くれるんだ?「脹相先輩じゃん。何してんの」
ピークタイムを外れた時間の、人もまばらなファストフード店の店内。
虎杖悠仁は二階窓際の席に見知った顔を見つけ声をかけた。正確には、その人物の特徴的な髪型から、顔を確認する前に話しかけていた。
脹相先輩と呼ばれたその男は、首だけで軽く振り返ると声をかけてきた人物を確認した。
「……虎杖か」
虎杖とは直接の接点こそないが、運動神経の良さや赤みがかった派手な髪など何かと目立つため、学年が違っていてもその存在を認識していた。しかし何より弟・壊相とクラスが一緒であるという点が、脹相の記憶に虎杖を留めさせていた。そして虎杖の質問に返答をする。
「弟の、血塗のお迎えだ。傘を忘れていったからな。一緒に帰る」
脹相の足元には大きめの黒い傘が一本立て掛けられていた。今日は朝こそ晴れていたが、昼前からしとしとと雨が降り続いている。
「中学生だっけか。イヤがんねぇの? 学校来んなとか言わん?」
質問を続けながら脹相の隣の席にトレイを置くと、自身も椅子に座った。
すると脹相は虎杖にスマホの画面を向けた。
『兄者 傘 忘れた 助けて』
そこには血塗からの助けを求める声と、涙目のスタンプが押されたメッセージアプリが表示されていた。
「こりゃ行かんとだな」
「オマエは何してるんだ」
今度は脹相が質問を返した。
「ポテトのクーポンあったから。今日までの」
そう言ってフライドポテトをつまんでいく。だがポテトへの関心もそこそこに虎杖は『はぁ』とため息をつくと、腕を組んでテーブルに突っ伏した。
「期末試験ダルすぎ」
虎杖は基本的に悩みはない方だが、今は学生らしい課題に頭を悩ませていた。
「先輩も数学ゴジョセンだったっしょ? 過去問見してよ」
身体は突っ伏したまま、頭だけ向けて隣の脹相を見上げた。脹相は視線だけを虎杖に向ける。
「壊相にやったから見たいなら壊相に言え」
「えー。兄さんのだから貸しませんって言われるよきっと」
「それは……」
たしかに壊相なら言いかねないという発想に至り言葉を詰まらせた。虎杖が話題を少し変える。
「ほんと仲良いよね」
「……そうだな」
「……先輩に、かまってもらえんの羨ましい」
言葉の意味を掴みかねた脹相が視線だけでなく顔も虎杖の方へ向けた。虎杖が言葉を続ける。
「俺、ひとりっ子だから」
『兄弟がいることが羨ましいのか』そう納得すると、脹相は食べかけで置いてあったチキンナゲットをつまみ、ソースをつけて口に入れた。
「あ、ナゲット、俺もバーベキュー派。一個ちょーだい。あーん」
冗談混じりの口調でつらつらと図々しいお願いを言い立てた。虎杖もこれはさすがに怒られるか無視でもされるだろうと考えていた。
だが、脹相はナゲットをひとつつまみ上げると、ソースをつけて虎杖の口にそれを運んだ。
──くれるんだ?
半分かじる。
「おい一口で食え」
「次はソースたっぷりでオナシャス。あー」
脹相は怪訝な顔をしながらも、言われるがまま今度はこれでもかとソースをつけ、ナゲットを虎杖の口に押し込んだ。
「あざす」
軽く礼を言い、バーベキューソースに味を支配されたナゲットをもしゃもしゃと咀嚼する。
──あ。ソース、指についてる。
つい、脹相の手を目で追ってしまった。脹相は指についていたそれをひと舐めすると──視線を窓の外にやった。
未だ降り止まない小雨は窓ガラスに無数の雫をつけている。
「……雨、やまんなー」
虎杖は雨の様子を見るふりをしながら、そこに映る脹相の姿を見つめていた。