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    ashuka_g

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    アイドル羽風がひとめぼれしたパンピー神崎♀(にょたの必要があったかは謎)

    水族館の君神崎は困惑していた。
    しかし、幼い頃より己の感情を顕にしないように訓練を重ねてきたため、傍目には落ち着いて見えるだろう。
    それでなくとも目の前には己よりも困惑し、明らかに動揺している者がいる。周囲に自分よりも動揺しているものがいれば冷静になるもので、例に漏れず神崎は彼より落ち着いていた。
    月に一度か、二度。知人の家が経営している水族館に赴き、ぼんやりと魚たちを眺めるのが神崎のストレス発散法である。ていねいに手入れされた水槽の中、ゆうゆうと泳いだり、漂っている海洋生物を見るのは心が落ち着くのだ。
    ​───閑話休題。
    神崎の前に座る男は、数ヶ月前から水族館で目にしていた。否、この表現では少々、語弊がある。
    彼はアイドルだ。ただのアイドルであれば、流行に疎い神崎はまったく知りもしない。
    アイドルである友人と同じユニットに所属しているから、という理由で神崎は彼を認識していた。だからと言って、特別に興味があるとか言う気持ちは無い。会って話をしたいだとか、サインを強請ったりだとか、そんなことは断じてしたことが無い。
    そもそも名前もはっきりとは覚えていないし、テレビなどで見る限り、神崎は彼に軽薄な印象を抱いていた。友人いわく。キャラ付けのためにそのように振舞っているとのことだったが、生涯関わらないであろう神崎にとってはさして興味のないこと。関係の無いこと。
    だったというのに。
    彼らの行きつけだというオシャレなバーの様な喫茶店の、とある一角。周りの客からはあまり見えない席で、なぜか相対していた。ふたりきりで。
    さきほどまではふたりの共通の知人がいたのだが、今は不在。大した紹介をする間もなく、タイミング悪く鳴った電話により、彼はどこかへ行ってしまったのであった。帰ってくるのを待っているのだが、その気配が無いまま五分は経過。薄暗い店内に雰囲気のあるジャズが流れており、雰囲気はとても良いと言えよう。しかし、置いていかれたふたりは初対面なのだ。
    (……さて、どうしたものか)
    友人である乙狩から、紹介したい人がいると聞いた。彼のことは信頼しているから、変な人を紹介されることは無いだろう。だからきっと目の前にいる人物も、悪い人では無いのだ。
    これまでぼんやりとしか認識していなかったが、なるほど。とても整った顔をしている。世の女性を虜にしていると評判のとおり、美しく魅力的だと、神崎は客観的に彼を評価した。個人的に魅力的かと問われれば、それは迷ってしまうのだけれど。
    はちみつ色の髪をやたらとさわり、灰とも茶とも表現しがたい不思議な色の瞳を忙しなく動かし、体全体をそわそわとさせていなければ、不審者とも思わないのだが。なぜ彼は自分を前にしてこのように落ち着きがないのだろう。これほどに整った容姿ならば、女性関係に困ったことなどないだろうに。
    ともあれ。どうやら神崎に話があるのはこの男らしい。だから神崎は話を振られるのを待っているのだが、彼はなかなか話を振ってこない。振ろうとしているのはわかるので、神崎は律儀に待った。それが淑女だと言われて育てられてきたからだ。
    「……あの」
    「む?」
    あ、だとか、うーだとか。言葉にならない音を発していた男が、やっと話しかけてきた。
    意を決したかのように力まれた声は、テレビやCDで聞くよりも高く、固い。
    「ご趣味はっ」
    若干前のめりぎみの問いかけに、神崎は一瞬ほうける。
    こういった場合、経験が豊富にあるというわけではないが……ふつうは自己紹介から入るのではなかろうか。
    「あっ、ごめ……ちが、ああああもう!」
    神崎のほうけた顔にか、己の発言にか。自身がおかしな発言をしたことに気がついた彼は、さらにわたわたと手を振った。
    その様子がおかしくて、神崎の口から小さな笑い声が漏れる。大の男が慌てている様子は中々見られない。
    「く……っ、ふふ……。趣味……趣味、と言えるかわからぬが、そうだな。料理は好きであるな」
    「そ、そうなんだ……お料理が好きなんだね」
    笑いをこらえながら返答すれば、安堵したような相槌が返ってきた。
    緊張していたのか、己のような小娘に。
    おかしな御仁だと思いながら、神崎は改めて彼に向き直る。
    「我は神崎颯馬という。貴殿の名を伺っても良いだろうか」
    「まずは自己紹介だったね、ごめんなさい。俺は羽風薫。アドニスくんと同じUNDEADのメンバーだよ」
    神崎が自己紹介をすれば、いくぶん落ち着いた様子の羽風もようやく名乗った。
    その名乗りに、そういえばそのような名前だったなと、神崎も思い至る。共通の知人である乙狩は、たまに会う度に同じユニットのメンバーの話もしてくれるのだ。楽しそうに話すから、彼が仲間を好きなことをひしひしと感じ、仲のいいユニットなのだなと聞く度にほほえましくなる。
    「我はアドニス殿と高校生の時分より仲良くしてもらっていた友人である。アドニス殿が『あいどる』をしておることも、貴殿がおなじ『ゆにっと』であることも知ってはいたのだが名前が思い出せず……失礼を」
    「や、いや!そこは気にしないで!そんなに俺、有名だとか思ってないしさ、いまはあの、アイドルとしてじゃなくて、その……その、ひとりの人間として、知って欲しい、というか……」
    どうにもTVや雑誌で見るのと違う印象を受ける男に、神崎は多少の興味が湧いた。
    帰宅したら、彼も載っていた雑誌を読み返してみようか。友人のページしか読まないでいた、新品同様の雑誌を蔵から取り出してこなければならないなと算段を立てる。
    「ご気分を害されていないようで安心した。して、我はなぜ羽風殿と引き合わされたのだろうか?」
    乙狩からも、理由を聞いていない。ただ、会ってみて欲しい人がいると。それだけしか聞いていない。
    しかし、彼なら理由を知っているのではないだろうか。そう思って尋ねてみるも、羽風はなにやらいたたまれない表情をうかべる。
    話したのはこれがはじめてで。名前を認識したのも、今しがた。
    もしや知らぬうちに気分を害する事でもしたのだろうかと、考えてみても当然の事ながら思い至るふしは無い。
    「あ、あおうみ水族館……」
    「うむ?」
    「あおうみ水族館で、よく、見かけるんだ。君のこと。それで、もしかして、海の生き物が好きなら、気が合うかなって、アドニスくんと話してたら、友人だから紹介するって言ってもらって……あ、いやぁ……あはは!ごめんね、気持ち悪いね」
    「貴殿も海の生き物が好きなのか?」
    自嘲するような羽風の言葉をさえぎり、神崎は尋ねる。その問いに羽風の表情が明るくなった。
    「うん、好きなんだ」
    「そうか。我も好きだ。気が合うな」
    海洋生物が好きだという共通点。そうか、それがあったのか。
    などと納得して、抹茶ラテを口に含んだ神崎を、頬を染めた羽風が見つめていた。
    どうしたのかと問えば、彼は「なんでもない」と言いながらカフェオレを口にする。カロンカロン、と氷がグラスに当たる涼やかな音色が響いた。
    「……あのさ、また今度、水族館で見かけたら、声をかけ」
    「それはお断りさせていただく」


    ーーーーーーーーーーーー🌊🐬🐠🐧🐢🐳🐙🐟🐚ーーーーーーーーーーーー


    門限があるからと言って喫茶店を出た彼女を見送り、羽風はテーブルに突っ伏した。
    話したこともなかったのに、ことを急ぎすぎただろうか。いや、待ち合わせて水族館へ行こうと誘ったわけではない。ただ、見かけた時は声をかけてもいいかと尋ねようとした。それだけなのに。
    にべも無くばっさりと断られて、ショックが大きい。
    「なんじゃい。連絡先の交換もしておらんのか」
    「つ~ことはよぉ、次の約束もしてねぇの?」
    「羽風先輩、そんなに落ち込まないでくれ」
    影からふたりを見守っていた三人がわらわらと出てきて好き勝手なことを言う。
    せめて、せめて共通の知人である乙狩がいたら、話はもう少しできたかもしれない。後輩にかっこ悪いところは見せられないと、もう少しシャキッとできたはずだ。
    そう考えても口にできないのが羽風という男だった。
    ファンの前であれば、『アイドル羽風薫』の仮面を被っていれば。心にもない、歯の浮くようなセリフが次から次へと出てくる。
    それなのに、彼女を前にすると、仮面の被り方を忘れてしまう。胸がぎゅうっと苦しくなって、だけれどもそれがしあわせで。見ているだけでもそうだったのだ。直接、対面し、言葉を交わした。それだけでもう……とてつもなく幸せだったのではないだろうか。
    次の約束だとか、連絡先の交換だとか。そんなことはしたくないと断られたと思って良いだろう。
    せっかく紹介をしてもらえたというのに、なんて不甲斐ない結果に終わってしまったのか。
    情けなさに出てきた涙をそでに染み込ませ、羽風は鼻をすする。
    「……薫くんや、そんなに落ち込まずともよかろう。まだまだこれからじゃよ」
    朔間の言葉に力無く首を振った。
    しつこくして迷惑に思われたら、つらい。せめてこれ以上に距離を離したくない。
    そもそも近しかったわけでもない。ついさきほどまで、名前も声も知らなかった。月に一度か二度、水族館で見かけただけ。ただそれだけなのに、心を奪われていた。
    冷静に考えたら、それは気持ち悪いことでは無いだろうか。
    「せっかく紹介してもらったけど、嫌われちゃったかなぁ」
    「それは、ないと思う」
    自嘲気味な羽風に、否を唱えたのは乙狩だった。
    「神崎は嫌いであればもっと激しく拒絶する。言葉遣いも、行動も荒々しくなる。ヤマトナデシコのような見た目だが……意外と激しい気性を持っている。しかし、優しくて、俺のような男にも親切にしてくれるし、その、すこし……言葉が足らないのだと、自分でも言っていたから、今回も言葉が足りなかっただけなのだと、俺は思う」
    口下手な彼なりになんとか気落ちしている先輩を元気づけようとしているらしい。その姿に羽風はふふ、とちいさく笑った。
    直接的に嫌いだと言われたわけでもないのに、落ち込みすぎたようだ。かわいがっている後輩にまで気を遣われて、元気を出さないわけにはいかない。
    「ありがと、アドニスくん。ごめんね~、変な空気にしちゃって!さて。俺のことは置いといて、次のライブの話しよ」
    本来、仕事の話で集まったはずの四人なのだ。
    羽風の気がそぞろであったから、原因を聞き出し、『水族館の君』を呼び出した。心配は本当だが、半分ほどは野次馬である。
    過激で背徳的なユニットを謳い、活動しているがゆえにつけられたキャラクター。軽薄で軟派なキャラクターを演じている羽風だが、本来は真面目で、女性に関してウブで、奥手。そんな彼が心を奪われている相手はどんな人なのかと、興味が湧いても仕方がないのだ。そう自分に言い聞かせた朔間は、よしよしと羽風の頭を撫でてさきほどまで『水族館の君』が座っていた席に腰を下ろした。
    「そうじゃの。ほれ、ワンコもアドニスくんも腰を下ろして話し合いをしようぞ。​────名付けて『薫くんの恋路を応援しちゃうぞい☆』作戦会議じゃ」
    「零くーん!?!?」

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