【オカ研さんぽ】廃寺院編『第二回オカ研さんぽ!この間の動画はなんかヤバイの映ってたらしくて削除されたから、今回は生配信でお送りします!ジャーン!今日は廃ジイン?でーす!寺?これ』
元気よくカメラを回しているのは、恐らくウチの生徒と同じくらいの少年だった。
『ちなみに先輩たちは恐怖で気絶しちゃったんで俺、いた……ユージ一人でっす!んじゃ、いってみよー!』
どんより薄暗い廃寺院に軽い足取りで入っていくユージくん。生配信なため、コメント欄は既に心霊好きが集まって好き勝手に話し始めていた。『爽やかに入っていくじゃん』『躊躇ないの好感持てる』『既になんか映ってない?』映ってるよ、ユージくんの背中にぴったり寄り添って。
『うわっ、蜘蛛の巣?あれ、なんもねぇ。これ靴脱いだ方がいいのかな?』
蜘蛛の巣と間違って手を振り払った背後の霊は、風を切るように吹かれて消え去ってしまった。すごいなこの子、それだけで除霊できるんだ。コメント欄の"視える"らしい視聴者もクエスチョンマークを浮かべている。
「……なーんか面白い子見つけちゃったかも♡」
車の後部座席にて。動画を眺める五条はニヤリと楽しそうに口端を上げた。
♢
「うっわ高評価エグ~」
様々な障害を乗り越え死守した部室に、佐々木先輩の嬉しそうな声が響く。眺めているのは先日撮った生配信、廃寺院でのアーカイブ画面だ。ただ暗くて古い寺を歩いただけであるというのに、妙な層にウケているらしい。チャンネル登録者数も前回から引き続き増え、今や一万人を超えようとしている。なんでも『ユージくんの躊躇ない進み具合がクセになる』そうな。あと幽霊を知らず祓っているとの意見もあった。これは本人も先輩たちも確認できないので半信半疑である。
「虎杖アンタ才能あるわ……」
「マジ?やった」
「オカ研ッッ!!!!」
バンッと勢いよくドアを開けて入ってきたのは生徒会長の………生徒会長だ。いつも顔を真っ赤にして怒っているくせに、今は真っ青にして冷や汗をかいている。
「プランクトン会長どったの?」
「殺すぞ……じゃなくて、この動画は何だ!」
「動画ぁ~?ああ、この間の配信じゃない。ちゃんと活動してる記録なんだから、文句言われる筋合いないと思うけど?」
「ちがう!お前たち一体何をしているんだ!?この動画を見ていると寒気がするんだが!」
それは以前の動画でも言われたことである。動画を見ていると寒気がする、嫌な雰囲気がある。コメント欄にも流れてくるが、そういった人たちはすぐ視聴をやめるよう有識者と思われる人が注意喚起していた。オカ研メンバーは全員霊感が全くないため、見ても暗い画面と悠仁の姿が映るだけなのだが。どうやら会長は少しばかり分かる人だったらしい。
「虎杖!お前、霊を祓う力があるんだろう!?」
「あー、なんかそんな事言われたな」
「僕に憑いてる霊を祓ってくれ!お前たちが申請した廃寺院に下見に行ってから心霊現象が止まらないんだ!」
「会長そんなことしてたの?ウケんね」
「ウケない!生徒会長の仕事なんだから仕方ないだろう!!」
スマホを持ったまま自分を抱きしめる会長をケラケラ笑う先輩たちを背に、悠仁はその周りをくるりと一周回って見せる。しかしやはり何も見えない。当然である。
「祓うったって何すりゃいいの?」
「破ーッてやつじゃないの」
「叩いてみる?」
「なんでもいいから早くしてくれ!」
青ざめた会長に急かされ、とりあえずパッパと軽く肩を叩いてみる。埃を払う仕草。お経を唱えたわけでも、何か特別な道具を使ったわけでもない。けれど会長はたったそれだけで肩の重荷が下りたかのようにホッと全身の力を抜いた。へたりと尻が床に着く。
「お?」
「耳鳴りが収まった……」
「マジ?」
「俺ホントに除霊の才能あるかも」
「おい、調子に乗るなよ!お前たちのせいでこうなったんだからな!」
早くも復活したらしい会長がビシリとこちらを指差して喚いているが、先輩二人は悠仁の除霊に興味津々である。さすがオカ研というべきか。しきりに悠仁の手のひらを眺めては撫でたり虫眼鏡で観察したりと忙しい。そんなことをしても何も見えないと思うのだが。
例えば本当に自分に除霊ができたとして、しかし霊が見えていないのだから救える人は限られてくる。霊は存在する。多分。これはオカ研に属している限り変えてはいけない信条である。しかし悠仁にはそれが見えない。実際、祖父が死んでも祖父の霊を見たことは一度もないので。霊になっていない可能性もあるけれど。それでもこうして会長のように助けを求めてくれない限り、悠仁にできることは何もないのだ。便利なのかどうかわからない力である。
「虎杖!今日も配信するわよ!」
「おっ、どこ行く?」
「廃寺院!モチロン前回とは違う場所」
「俺らも行くけど足手まといだったら置いてってくれ」
「それじゃ意味なくね?」
オカ研の中心人物は間違いなくこの二人なのだ。悠仁一人で行ってしまっては意味がない。気絶してしまったのなら仕方がないが。
会長は今回行く予定の廃寺院に下見に行っていろんなものを引っ付けてきたらしい。本当に"出る"ならオカ研が行くには持ってこいの場所である。先輩が差し出したスマホを覗き込めば、『仙台市の心霊スポット集』の上位に食い込んでいる場所だった。おどろおどろしい雰囲気が漂っていて、まさに、という感じ。
「いいじゃん雰囲気出てる~」
「でしょ!大分ヤバそうだけど……」
「先輩たちは俺の後ろに居りゃいいよ」
先陣は俺が切る!サムズアップした悠仁の親指を握って「頼もしい!」と目を輝かせる先輩たちと、背後で喧しく騒ぎ立てる会長のカオス空間が完成して、放課後は過ぎていく。活動は今夜。廃寺院に踏み込んだ頃、日付が変わるくらいの時間帯。
オカ研さんぽ、三度目の配信だ。
【オカ研さんぽ】廃寺院編part2
「オカ研さんぽ、ユージです!本日の配信も廃寺院~!イェーイ!先輩たちは今気分悪くなってトイレ行ってんだけど、学校に申請した日が今日だからもうやるっきゃねぇ!ってことで、また俺だけで行くぜ!お邪魔しまーっす!」
先輩が貸してくれた自撮り棒に自身のスマホを取り付け、見えやすいよう上へ掲げて歩き出す。寺院に入る手前で一応会釈。玄関らしき場所で靴を脱いで、広々とした廊下を満遍なく映しながら辺りを見渡した。
「なんっもねぇ~、って何これ。お経唱えるやつ?こういうの回収してかねーんだな」
あ、虫。淡く光る蛍のような虫を手で払うと、触れた感触もないのにフッと視界から消えてしまった。近くに川があるから、もしかすると本当に蛍だったのかもしれない。光が消えたということは弱っているのだろうか、それは悪いことをした。
コメント欄を見ると『配信三回目にしてもう慣れたわ』『無自覚無双キモチ~~』などと余り理解できないものが流れている。それにどう反応すればいいのかわからず、とりあえず先を進むことにした。ライトを当てるとどこもかしこも埃っぽく、宙に舞うそれらが反射してキラキラしている。
「裏庭みたいなとこに墓あんね。俺のじーちゃんもこの間墓入ったんだけど、先祖代々で入ってる墓って狭くねーのかな?人増えたら手狭になりそう」
まだ納められているのかわからないが、両手を合わせて拝んでおく。お邪魔しています。すぐ帰るようにするんで、配信見てくれてる人の所に行ったりしないでください。会長の事例があるので、一応お願いもしておいた。勝手に上がり込んでいるのは自分だから、怒られるのは悠仁一人で充分である。
「草すげーな。ちょっと毟ってこっかな~、お邪魔したお礼的な」
スマホを縁側らしき所に設置して、目についた所の雑草を毟っていく。さっきからやたらと蜘蛛の巣に引っかかる気がするが、少し腕を振るだけで簡単に取れたので恐らくあまり大きな巣ではないのだろう。これだけ雑草が生い茂っていれば当然虫も多い。足に乗ってきた珍しい見た目のムカデを払ったり、どこから湧いたのか蛆を土に戻したりと忙しい。さすがに全部は処理できないので、粗方雑草を抜いたところで再びスマホの元へ戻る。
「てかごめん!草抜いてるだけの配信とかオカルト関係ねーよな」
コメント欄には『草抜いてるだけなのに伝説見た気がする』『草。草だけに』『なんの配信だよw』などなど楽しんでくれてる人たちが溢れていてうれしくなる。暗い廃寺院で雑草抜いてるだけの配信をこんなに楽しんでくれるのか。オカ研の活動も無駄ではなさそう。
いい気分のまま足裏の土を払って縁側に上がる。ライトを照らして再び中を覗き込むと、仏像か、黒い人影が見えた。おや。もしや幽霊?
「ねーねーねーみんな今の見えた?あっ、インカメだから見えねーよな。なんか人影があった気がするんだよね。追いかけてみよ」
やめとけ!なんてコメントは、楽しそうに人影を追う彼には届かない。トントンと足取り軽く廊下を進み、階段を上がったり下がったりしながら辿り着いた大広間。悠仁より何倍も大きな仏像の下に、その影は佇んでいた。チカ、チカ。ライトの明かりが点滅して―――消える。
「虎杖悠仁くん」
「え?」
「杉沢第三高校一年生、心霊現象研究会所属。唯一の家族である祖父は先月他界し天涯孤独」
「なになになになに怖いわ!誰!?」
無駄に通る男の声が淡々と悠仁の個人情報を晒し上げていく。霊ではなく単にヤバイ人が映ってしまった。慌ててスマホ画面を見ると、いつの間にか配信は終了している。コメント欄の最後の言葉は『逃げろ』であった。確かに、霊よりも人間の方が怖いとはよく言ったものである。
悠仁の疑問に、「僕?」と楽しそうな声が返ってきた。徐に四角い明かりがその場を照らして、彼の姿を現していく。……足、なが。
「きみのファン」
「………は?」
向けられた四角の明かりは、男のスマホだった。表示されているのはオカ研の配信画面。ほぼ悠仁しか映っていないそれ。『配信は終了しました』の文字が浮かんでいる。
「ヤベー……」
どうやら配信3回目にして、ヤバいファンがついてしまったようである。
♢
男は五条悟と名乗った。暗闇から出てきた顔を見ると黒い目隠しで覆われていて、まともに表情が認識できない。口元を見る限り整っている顔立ち、だとは思う。全身真っ黒な姿でいかにも怪しげであるのに、こう見えて教師をしているらしい。縁側に腰を下ろした彼は長い足を組んでこちらを見つめている。……やっぱり、怪しい。
「まぁそう構えないでよ。今日は勧誘に来たんだ」
「勧誘?」
「そ。信じられないかもしれないけど、とりあえず最後まで全部聞いてくれる?」
こてん。首を傾げた男、五条悟はじっとこちらの答えを待っている。しかし悠仁にも都合というものがあるのだ。そう、まだトイレに籠っているだろう先輩たちを家まで送るという都合が。
「あー、でも俺、知ってると思うけど部活動中なんだよね。先輩たち気分悪くなってるから、家まで送らないとなの」
「それなら大丈夫。僕がさっき家まで安全に送り届けておいたから」
疑うなら確認しな。そう言って悠仁のスマホを指差され、思わずメッセージアプリを開いた。オカ研のグルチャに『人呼んでくれてありがとー』『虎杖も早く帰れよ』と覚えのないメッセが来ていて、深いため息を吐く。
「じゃあ、とりあえず話だけね」
「さっすが悠仁!」
宗教勧誘なら速攻逃げよう。そう心に誓った悠仁に途端笑顔になった五条が話し始めたのは、やはりどう足掻いても怪しいものだった。
曰く。この世界には幽霊とは別に呪霊なるものが存在するらしい。人の魂が彷徨い時たまに悪さをするだけの幽霊と違い、負の感情から生まれるそれは形を成して人に害を加える。霊感がなくとも霊は祓えるが、呪霊は呪力なるものが備わっていないと祓うことができないそう。怪死者、行方不明者は呪霊の被害であることがほとんどで、それらを祓っているのが五条たち呪術師であり、これは一般人には周知されていない事実である。五条はその呪術師の中でも特級と呼ばれる階級についていて、まぁ、要するに最強らしい。
悠仁は霊感など全くもってないに等しいし、呪力という呪霊を祓う力もない。しかし霊を祓う力は呪術師でいう特級に値するものである。それがなぜ勧誘に繋がるのか。
本題はここからだ。
「呪術師ってさぁ、呪霊を祓うのが仕事なわけよ。霊を祓うのは仕事じゃないの」
「違いがわからんけど」
「呪霊の仕業だと思ってたけど幽霊の悪戯でしたってことがたま~~にあるんだ。リサーチ不足でね。でも呪術師は万年人手不足だから、悪戯程度の悪さしかしない霊を相手にしてる暇はない」
そこで、虎杖悠仁くん!ビシッとこれまた長い指を突き付けられ、思わず身を引いた。そんな悠仁の様子に構うこともなく、五条は口元を緩めてご機嫌に言う。
「きみにはウチ所属の除霊師になってもらいたい!僕らの仕事が減ればもっと多くの人を助けられるんだよ!」
「いやでも俺幽霊見えんし、役に立てるかどうか……」
「見えなくても無問題!悠仁がその場に居るだけで大抵の霊は勝手に除霊されちゃうから」
「えぇ………」
確かに配信中のコメント欄には『ユージ自身が清めた塩みたいなもん』という発言が見られたけれど、自身で確認もできないのに怪しい勧誘に乗るわけにはいかない。それに悠仁は現在、祖父が亡くなったことでおりてきた生命保険で生活している。そのうちバイトもしなければならないのに、除霊のためにあちこち飛び回っている時間などないのだ。
申し訳ないが断ろう。そりゃあ人助けは祖父の遺言であるけれど、それは自分の生活がちゃんと成り立っているかどうかが前提であって、明日のご飯すらない状態で人を助けるなどできるはずもないので。悠仁は意外と現実的なのだ。
「あー……悪いんだけど」
「ちなみに引き受けてくれたら人並以上の報酬を払うよ。一般職より高収入間違いなし!」
「やります!」
「そうこなくっちゃ!」
いやぁ助かっちゃうなぁ~なんてヘラヘラ笑う五条の隣で、悠仁は生活費について考えていた。これで祖父の遺産を残しておける。長年安くはない保険金を払い続け、死してなお悠仁のためにと残してくれたお金すべてを使い切ったりなどしたくはなかったので、この申し出はありがたい。多少怪しくとも。
「あとこれは僕個人の頼み事なんだけど」
「ん?」
「虎杖悠仁くん」
「え、はい」
唐突に目隠しを外して悠仁に向き直った五条が、ゆったりと瞬きをして長い睫毛を揺らした。白に囲まれた青が真っすぐこちらを射抜く。やはり整った顔立ちをしている。男相手に、不覚にもどきりと胸が高鳴ってしまうくらいには。
それに戸惑い、どことなく居心地が悪くなる。無意味に尻の位置を変えて座り直したりして、そわそわとあちこちに視線を彷徨わせ、ふと気づく。
五条の頬が、赤い。
「僕、その」
「……」
「配信見てて、……えっと」
歯切れが悪い。さっきまでの勢いあるプレゼンはなんだったのか。もしかしてこっちが本性だったりして。
五条はもじもじと指を擦り合わせて、終いには俯いてしまった。頬の赤みはもう耳まで到達している。
「五条さん?用がないなら俺、」
「ま、待って、言う!言うから待って!」
「う、うん」
すー、はー。スマホのライト以外の明かりがない埃舞う廃寺院にて、見目麗しい男が深呼吸している。シュールだ。胸に手を当てて意を決したようにこちらを向いた五条が大きく息を吸い、叫んだ。
「好きです!僕と付き合ってください!」
「………………は?」
初対面、怪しすぎる男、唐突の告白。
あ、やっぱり除霊師、辞退した方がよかったかもしれない。
勢いよく下げられた白い頭と差し出された大きな手に、悠仁は早くも後悔するのであった。