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    bimiusa9931

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    bimiusa9931

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    マスターソードが人の魂を元に作られてたら面白いなと思って書きはじめた作品です。

    ⚠️スカイウォードソードのストーリーのパラレル的なお話です。話の展開で似てる部分もあるけど根本の設定が違うみたいな感じです。
    また基本原則としてギラファイが根底にありますが2人が絡んでる描写は限りなく少ないです。

    #ゼルダの伝説
    theLegendOfZelda
    #スカイウォードソード
    skywardSword
    #ギラヒム
    ghirahim.
    #ファイ

    剣の人柱1

    ここはスカイロフトの民が祈りを捧げる女神像の内部。
    神聖な場所とされているここには一部の人間を除き、誰も立入ることが出来ない。
    さぁこちらへと導かれて少女が連れられたのは、その中央の祭壇である。
    そこには青白い光を放つ一本の剣と壁に埋め込まれた三つの石版があった。

    「この剣の前にお立ち下さい。」

    長身の女に呼ばれて蒼の少女が後に続く。少女が剣の前に立ったのを認めると、女が口を開いた。

    「あなたは何もしなくていい。後はなるようになる…」

    少女は何も言わない。ただ虚空を見つめるのみである。沈黙を肯定と捉えたのか、女は更に続けた。

    「私は今からここを立ち去りますが…後は一人でも大丈夫ですね?」

    しばらくの沈黙の後、こくりと頷く少女。
    女はどこか寂しげな表情を浮かべながら少女を送り出した。
    女が外へと出た瞬間、女神像の入口は閉ざされてしまった。

    ***

    少女はスカイロフトで一番位の高い家に産まれた。
    少女がこの世に産み落とされたとき、産声をあげることはなかった。生まれたその瞬間から何かを悟ったように透き通る瞳が両親を見つめ返した。
    少女の見た目は常軌を逸していた。宝石のように透き通る空色の髪と瞳を持っていたのだ。いや、宝石の「ように」と表現するのは間違っているかもしれない。むしろ宝石なのだ。髪の毛の一本一本が間違いなく透き通る宝石だった。それに加え人間離れした青白い肌を持っていた。と言っても病人のように生気のないそれではなく、健康的な美しさを放つ青白さであった。
    また、見た目だけでなく性格もどこか人間離れしていた。というのも、この子供は滅多に感情を見せないのである。また、そうしたことはあるのかと疑問に思うほど言葉を発さなかった。
    しかし、このように見た目や性格が人間離れしていたとしても腹が空けば飯を食べるし、眠くなれば眠った。人間と寸分たがわぬ暮らしを少女は送っていた。間違いなく彼女は人間だった。
    そうは言っても客観的に少女が人間離れしているという点に変わりはない。人は理解できないものに恐怖を抱くので、村の人間は少女を忌み嫌った。隠れて石を投げつける者もいた。彼女がスカイロフトで一番高い位の家柄の娘だったとしても、村人たちによる差別的な態度は変わらなかった。
    そしてそんな少女には兄がいた。周囲から差別的な扱いを受けている彼女を気遣う優しい兄である。

    「なぜお前は感情を出さないのか」

    いしつぶてで傷ついた額を撫でながら優しく問いかけても、無表情の瞳が彼を見つめるだけだった。しかしいくら無反応を返されても、彼だけは少女を見捨てることは決して無かった。いつでも彼は少女の身を案じていた。少女が怪我をして帰ってきたときは怪我をさせた人物に倍以上の報いを返し、影でコソコソと悪口を言う使用人にはその人物に対する悪評を屋敷中に蔓延らせた。彼のこういった仕返しは行き過ぎていると一部で話題になったこともあったし、実際少女を護る方法としては間違っているという声もあがるだろうが、それでも少女にとってはただの優しい兄であった。いつしか彼の隣に少女がいる、という光景が当たり前となっていた。ちなみに、これは彼が少女に強制したものでは毛頭無い。少女が自ら兄の隣を選んだともいえる。その事実に一番喜んだのは無論彼である。やはり彼女には、「ファイ」には心があると、彼が誰よりも近くで理解した瞬間であった。

    2

    朝起きたらファイがいなかった。
    そう理解した瞬間、まだ寝起きで働かなかった頭は瞬時に覚醒し、ばさりと避けた毛布がぐしゃりと床に汚く落ちるのも気にせずワタシは声を枯らして叫んでいた。

    「ファイ!ファイ!どこにいる!!」

    いくら呼んでも普段無口な妹がワタシの呼び掛けに答えてくれる方が珍しい。そう理解した瞬間ワタシは呼びかけるのをやめて脇目も振らずに部屋中を探し回った。繊細な彫刻の美しいクローゼットや大きなシルクのカーテン裏、去年の冬に使ったまま放置していた暖炉の中など、小さな少女が隠れられそうな場所は全てこの目で確認した。それでもファイはいなかった。なぜ居なくなるのか。こんなことは、ファイが自らの意思でワタシの元に付き添うようになってからは一度たりとてなかった。
    それとも、あの時ファイが自らワタシの元に付き添うのを決めたように、他にやりたいことができたから自らの意思でワタシの元を離れたというのか。それならば置き手紙なりするはずである。今までだってそうだった。ワタシのそばを離れる際には彼女は何かしらのアクションを起こしていた。何か大きな用事がある際にはワタシに当てた言伝や手紙を事前に残していたり、それ以外にも、日常生活のささやかな一面、例えば厠や風呂などに行く際にもファイは必ずワタシに一言伝えてから離れていったのだ。
    そんな彼女が、ワタシが眠っている間に何も告げず居なくなるなどとは、何か大きな事態が起こったと考えざるを得なかった。
    こんなに不安や心配という感情が心を支配するのはいつぶりだろうか。こんなに心配していた自分が馬鹿みたいだと思えるくらい、いとも簡単に目の前の部屋の扉を開けてひょこりと彼女が顔を出す、なんて展開にはならないだろうか。
    しかし理由はわからないが、そんな可能性はありえないのだという確信のみがじわじわと胸中を支配していくのだけはわかった。ワタシは着替えるのも忘れて寝巻きのまま部屋を飛び出した。

    午前中、教育係による神事の授業をすっぽかして屋敷中駆け巡り、すれ違った使用人一人一人に質問して回ってみても、誰一人としてファイの目撃者を得られずワタシは悶々としていた。昼近くになっても見つからずついにワタシは屋敷を抜け出して外を探すことにした。
    まずは近いところから探そうと思い、屋敷の外に取り付けられたテラスや屋根の上に目を凝らした。それでも見つからなかったので、屋敷を出てすぐ近くにある備え付けの騎士学校付近を探索したが、やはりそこにもファイはいなかった。

    ***

    朝起きてから今のいままで神経を張り巡らして探してきたせいで心身共に疲れていたワタシは、次に探索しようと思っている女神像の所まで行って一度休憩を挟もうと考えた。
    女神像へ続く階段をのぼっていると、何やら人の話し声のようなものが聞こえてきた。階段をのぼり切った所にある敷地入口の壁面から中へ顔をのぞかせると、そこには巨大な女神像の足元の祭壇で話し込む母と家令のインパがいたのである。
    インパは母の両肩に手を置いて窘めるように何か言った。

    「噂が広まって大事になるのを防ぐためにとこのお役目を私に託されたのは貴女なのですよ。」
    「…………」

    インパの言葉に母は何かこぼしたようだったが、生憎彼女はワタシのいる位置から背を向けていたので、その言葉を聞き取ることはできなかった。

    「とにかく早くここから離れなくては。」

    インパはそう言うと母の肩に手を添えてこちらに向かって歩き始めた。咄嗟のことで焦ったワタシは入口付近の崖下にある小さい段差に飛び降りて身をかがめた。二人が階段を降りていく音に混ざって会話も聞こえてくる。

    「最後にもう一度確認致しますが、本当にファイ様は行方不明扱いということでよろしいのですね?」
    「ええ。よろしくお願いします。」

    母がそう言うと、インパは急に歩みを止めて振り返った。

    「……お待ちください。何者かの気配があります。」

    二人の会話に気が動転して尻もちをついた音が少なからず聞こえてしまったようだ。全身に汗が吹き出し、呼吸も荒くなる。とにかく悟られぬようにと両手で口を塞ぎ、必死に呼吸を落ち着かせた。
    しばらく辺りを見回していたインパは再度母の方を向いた。

    「……………………早くこの場を立ち去りましょう。」

    そう言うと二人は屋敷の方へ帰っていった。

    二人がたち去った後ワタシは直ぐに女神像へ向かった。やはり敷地内をどんなに探してもファイはいなかった。自分の非力さに無性に腹が立って、この気持ちをどこかに逃がしたい一心でそこら辺の壁を殴り付けた。
    なにより気になるのはインパのファイを行方不明扱いにする、という発言である。そして母は間違いなくその発言に是を示した。紛れもなくファイの失踪には母とインパが携わっている。その事実に心から信頼していた二人に対する失望もあったが、何よりワタシを支配するのは身も焼き尽くさんばかりの怒りだった。しかしこうやって怒りに身を任せていても進展することは何も無い。直ぐに気持ちを入れ替える。重要なのはファイを見つけ出すことだ。ファイが見つかりさえすればいいのだから。
    ワタシはもう一度目を凝らして女神像周辺を探し直すことにした。何も本人ばかりを探す必要は無いのだ。もちろん本人がそのまま見つかることが何よりも嬉しいことに変わりは無いが、そんなに単純な話では無いことは母とインパの会話から何となく察している。探すべきはファイの居場所に繋がりそうなヒントだ。もしかしたらファイがで困ってどこかにSOSを書き残したかもしれないし、そうでなくとも彼女が落し物をした可能性だってありうる。
    ワタシは周囲に生える木々の幹を一つ一つ確認した。女神像の周りを護るように存在する石造りの壁も細かくチェックする。

    「やはりないか……」

    いくら探してもめぼしいものは得られず、思わずため息がこぼれる。もはやここですべきことがわからなくなり、ワタシは何となく女神像の足元に戻っていった。
    ふと女神の顔を見たくなって上を見上げてみたが、この女神像はとても大きいので、下から見上げただけでは表情を確認することが出来なかった。
    しかし年に一度、鳥乗りの儀の間だけその顔を拝むことのできる者がいる。それは、鳥乗りの儀の優勝者と女神ハイリア役、そして神主家の長である。神主家の長は神事を取り仕切る者たちの代表として、優勝者たちと共に女神の手元に降り立つことが許されているのだ。
    かくいうワタシも、後に一族の跡を継ぐ者として父と共に女神の手元に連れて行ってもらったことがある。その時に見た女神は、母親のように柔らかい笑みを浮かべて人間らしくもあったが、逆に人間とはかけ離れた神々しさも持ち合わせていたと記憶している。
    ふと、人間らしさと人間離れを持ち合わせているという点で女神とファイは似ていると思ったワタシは、像の足元に刻まれた女神の紋章に向かって手を伸ばした。すると驚いたことに、ワタシの手は紋章に触れることなくすり抜けたのだ。驚いて手を引くと紋章の刻まれた壁は元通りただの壁に戻る。意を決してもう一度手を伸ばすと、やはり手は壁の向こうへと吸い込まれた。まさに実体の無い壁という感じだ。驚きで少し体が固まってしまったが、手が壁の向こう側へ吸い込まれたことで女神像の中に空間があるということが分かり、ワタシは恐る恐る中へ踏み出した。

    ***

    中に入ってまず視界に映りこんだのは、一本の剣だった。ワタシは見えない何かに引っ張られるように剣の前に立つ。美しい彫り込みがなされたオフェリアの柄と柔らかい光を放つ乳白色の刀身を携えたこの剣に、これを視界に入れた者を魅了する何かを感じ取った。もはや化学や物理といった人間たちの生み出した法則では説明のつかない、神域に至る何かであった。
    ワタシは無意識にその剣に引き寄せられて、柄に手を伸ばした。そして触れた瞬間、

    「っ!!」

    ワタシの手は大きく弾かれてしまった。触れた右手にバチバチと痺れが走る。同時にどこか懐かしい記憶みたいなものもフラッシュバックする。記憶の中でワタシは誰かの近くにいるけれど、その「誰か」の顔は分からなかった。

    「これは一体……」

    突然のことに驚いて動けずにいた身体が落ち着いた頃、改めて剣を凝視する。
    あの記憶は何なのか、そしてあの身を包み込むような懐かしさは一体……。
    情報が足りなすぎて考えても考えても埒が明かない。わかったことといえば、剣は結界のようなもので護られていて、かつワタシがその剣にとってお呼びでは無いということだけだ。なんといっても、ワタシは剣に弾かれてしまったのだからね。
    ということで剣のことは一旦後回しにして、他を調べようと思う。実は先程から剣の他にずっと気になっていたものがある。ワタシは剣の台座の奥へと歩みを進めた。そこにはフワフワと浮かぶ女神の紋章のモチーフと、三つの石版が嵌められた台座があった。石版にはそれぞれ「フィローネ・オルディン・ラネール」の文字とそれに対応する地図のようなものが刻まれており、一つずつ小さいクリスタルも嵌め込まれていた。

    (どれも見たことの無い言葉と地域だ……)

    剣の時からそうだったが、この空間にあるもの全てに何か重要な意味を感じてならなかったワタシは、見落としのないように隅から隅まで調べることに専念した。
    石版の上に指をはわせて地図の地形を確かめていると、「ラネール」の石版に女神の紋章に似たモチーフが刻まれていることに気付いた。そのモチーフは女神の紋章と違って、上に三つの正三角が足されていた。ワタシはその正三角を伽話に出てくるトライフォースのようだとも思ったが、気になったことといえばそれだけだった。なによりこれがトライフォースだという確証も持てなかった。

    (他に気になることといえば……あるにはあるが、見たことも聞いたことも無いものが多すぎてワタシの手には負えない。)

    そもそも人間の住む世界にこのように広い地面の広がる場所など存在するはずがないのだ。

    (ただの空想上の産物か……?)

    そう思って石版から顔を離し立ち上がる。かがみっぱなしで凝り固まった肩と首をぐるぐる回すとポキポキ軽快な音が鳴った。

    (空想上の産物だと無理やり考えてしまえれば楽だが、それだとどうにも納得がいかない……)

    そうして諦めきれずに再度石版を見つめると、あることに気がついた。石版の周り、絵画でいうところの額縁のようなところに文字のようなものが刻まれていたのだ。近づいて確認してみるとそこには「雲海の下」と刻まれていた。

    (「雲海」とは、スカイロフトの下に広がる厚い雲のことか?)

    そしてその下、とは一体何なのか。まさかあの雲の下にこの広い地面の世界が広がっているとでも言うのか。
    しかし盲点ではあったと思う。なんせ生まれてこのかた雲の下のことなど考えたことがなかったからだ。今まで雲の下には奈落が広がっていると当たり前に思っていた。いや、思い込んでいたのだ。この目で確かめた訳でもないのに。
    やはりこれがファイの失踪に関係しているに違いないと、そう思ったワタシは一度屋敷に戻り、母とインパを問いただそうと決める。二人の「ファイを行方不明扱いにする」という会話も気になったが、何よりワタシは「なぜ二人が女神像に居たのか」、その理由を何ひとつとして知らない。ここは自分がリスクを犯してでも真実をつきとめなければならない。そう固く決意し、ワタシは女神像を後にした。

    ***

    (くそ、こんな時に限って母上とインパはどこにいるんだ!)

    屋敷に戻って二人を探し初めて早一時間が経とうとしていた。ファイの失踪に続き母とインパの会話、そして見聞きしたことの無い女神像の内部。朝からイレギュラーな事態が起こりすぎたせいか、根拠もない焦りはワタシの思考を鈍らせる。今ファイを見つけられなければ二度と会うことが出来ないのではと、そんな不安ばかりが押し寄せる。

    「おいそこのお前、母上とインパはどこにいる!」

    通りすがりの使用人に怒鳴り散らす。八つ当たりだ。こうでもしなければやっていられなかった。

    「い、いえ、私は見ておりませんが……」

    全く、使用人の脳天気な答えに思わず舌打ちが出る。

    (くそ……母上とインパを探しているこの時間がものすごく惜しい。しょうがない、二人の探索は使用人に任せるとして、ワタシはその間「雲海の下」について書庫で調べるとしよう。何かヒントに繋がりそうなものがあるかもしれないしな。)

    ワタシは先程の脳天気な使用人を呼び止めた。

    「お前、名をなんという。」
    「ホーネルと申しますが……」
    「そうか、ホーネル。お前にひとつ頼みごとがある。ワタシの代わりに母上とインパを探して欲しいのだ。もし見つけたらワタシが書庫で待っていると伝えて欲しい。」
    「了解致しました!」

    そう言うと、ホーネルはその身に纏う脳天気な雰囲気とはかけ離れた様子でどたばたとその場を去っていった。少々危なっかしげなところがあるが大丈夫だろうか。正直かなり不安である。

    (まぁあのように単純明快なやつほど仕事はきっちりこなす、なんてことも珍しくは無いからな。ともかく今はアイツを信じるしかないだろう)

    心の中でひとりごちながらワタシは書庫へ向かった。

    結論から言うと、歴史書を隅から隅まで調べても雲の下のことなど書かれていなかった。また、「ラネール」の石版に描かれた女神の紋章に似たモチーフについても調べたが、そのような記載はひとつたりとてなかった。トライフォースの有無についてもやはり伽噺の域を出なかった。

    (八方塞がりか)

    長時間の酷使で疲弊した両目をぎゅっと瞑る。親指と人差し指でこめかみをグッと押し込んだ。

    (ホーネルのやつ遅いな……まだ二人は見つからないのか?)

    雲の下を調べることでファイの手がかりが見つかるかもしれないと思ったのに、その少しばかりの希望すらすっかり打ち砕かれてしまった。何もかも振り出しに戻ったワタシの苛立ちは最高潮に達しようとしていた。そして母とインパがいつまで経っても見つからないという事実が、沸点など既に超えている苛立ちにさらに拍車をかけていた。しかしワタシはこの苛立ちに呑みこまれてはならない。思い通りにいかないとすぐ感情的になってしまうのは、幼い頃からのワタシの悪い癖だった。どうにか心を落ち着けて、他になにか手がかりがないか考える。しばらくそうしていると、ふとピンと閃いた。

    (父上の書斎……)

    ワタシが幼かった頃のあやふやな記憶の中に、一つだけ確かに覚えていることがある。それは「父上の書斎には入ってはいけない」という母との約束だった。なぜ入ってはいけないのかとか、中にはどんなものがあるのかとか、そんな小難しいことを考えられるほどあの頃のワタシは大きくなかったし、なによりともかく幼かったので、本を読む以外にも生活の楽しみがごろごろしていたからあれ以来その書斎について興味を持つことすらなかった。それなのに何故か今この瞬間閃いた。根拠は無いが、ワタシの感は「父の書斎を調べろ」と訴えかけてくる。

    (しかし父上の書斎は立ち入り禁止だからな……仕方ない、こっそり中に入って、もし見つかったら……まぁその時はその時だ)

    もしワタシに逆らうものがいたら少しばかり力で脅してやればいいと、単純な脳ミソはそんなことを考えた。
    そういえば、父上がワタシの前から姿を消したのもあの頃あたりだったような気がする。母は「大事なお役目を果たしに行ったのよ」と教えてくれただけで、それ以外にワタシが父について知ることはほとんどない。あの頃は父はすぐに戻ってくるものだとばかり思っていたが、気付いたら帰らぬ人となっていた。いや、もしかしたらまだどこかでふらっと生きているのかもしれないが、神主家の長として日々仕事に追われていた父との思い出などほとんどないに等しかったので、ワタシにとっては正直生きてても死んでいてもどちらでも良かった。
    しかし母が自室で一人父の写真を悲しげに眺めているのを盗み見てしまった時だけは、家族を見捨てた父に対する軽蔑が少しも生まれなかったのかと言われれば、それは嘘になる。
    まぁともかく、ワタシは幼い頃から興味のないことにはとことん無関心なタチなので、あの頃は父や書斎のことについて何一つ考えていなかったのだ。しかし今はとても興味がある。父の書斎を調べることでファイの失踪について手がかりが掴めるかもしれないからだ。逸る気持ちを抑え、ワタシは父の書斎へと駆け出した。

    ***

    さて、「立ち入り禁止」とするくらいだから、父の書斎の扉に鍵がかかっているなんてことは想像にかたくなかった。ということでまず母の部屋に忍び込んでそれらしい鍵束を拝借してきた。ジャラジャラと沢山の鍵がホルダーにかかっているが、恐らくこの中に扉の鍵があるのだろう。いや、絶対にそうであって欲しいところだ。流石に扉を蹴り飛ばすなんて手荒な真似はしたくないからな。
    ワタシは一つ一つ丁寧に確かめていった。すると六つめの鍵を差し込んだ時にカチャリと軽快な音が鳴り響いたのである。なかば半信半疑だったのにあっさり開いてしまったので少し拍子抜けしてしまった。

    (まさか本当に開いてしまうなんて……母上は本当に立ち入り禁止にするつもりがあったのか?)

    流石にザルすぎやしないか。確かに鍵束は少し見つかりにくい場所に隠すように置いてあったが、本気で書斎に入りたい者に探させれば見つからないことも無いような場所にあったのである。

    (まぁ……母上は父上がいなくなってからいつもどこか上の空だったからな。もしかしたら鍵の管理を疎かにしていたのかもしれない。それかワタシが思っているよりも大したものは置かれていないとか?)

    それも大いに有りうる。確か、母に書斎に入ってはいけないと言われたのはワタシが四歳頃のことだった。高いところに置かれた重い本などは幼い子供にとって危なかったりするので、あえてワタシを部屋から遠ざけていただけかもしれない。
    しかしもしそうだとしてもワタシは書斎を調べないわけにはいかなかった。父はスカイロフトを統率する長だったので、そんな父だけしか知らない秘密があった可能性も十分に高いのである。例えば女神像の内部や雲海の下について記載された書物があっても全くおかしくなかった。
    ワタシは古びたドアノブを掴んでそっと扉を開いた。長い間開けられていない扉はキィと鈍い音をたてて軋んだ。時間の経過で劣化した本の匂いが鼻をかすめる。ホコリ臭いのを我慢してワタシは中へと足を進めた。
    部屋の中はどこにでもある普通の書斎という感じだった。早速棚に立てかけられた本の背表紙を端から目で追っていく。指を添わせながら確認していると、ある題名に目が留まった。背表紙には『大地の歴史』と書かれている。

    (『大地』……?)

    聞いた事のない言葉だ。女神像内部の石版に続いて新たな言葉の発見である。

    (大きい地と書いて『大地』、か)

    まさか、この『大地』とやらが石版に刻まれた地図の地面の広がりを指しているのだろうか。
    ワタシは早速本の表紙に手をかけた。しかし同時に躊躇してしまう自分もいた。間違いなくこの本にはワタシたちが『本来知ってはいけないこと』が書かれている。スカイロフトで一番の蔵書数を誇る屋敷の書庫にもこんな本はなかったのだ。女神像の内部ですら禁断の場所である可能性が高いのに、こんなものまで知ってしまってもいいのかと戸惑う気持ちも否定できなかった。
    しかし本来ワタシもあと二年でこの家を正式に継ぐ身。実際はこういった事実を知るのが少し早まったに過ぎないのだ。それに、あの時父が失踪せずすぐに帰ってきていれば、跡継ぎであるワタシはこの本について教えて貰えていた可能性だってあるのだ。
    ともかくこの本を読んで得られるものは、どんなものよりもワタシをファイの元へ押し上げてくれるに違いない。
    未知の世界にバクバクと心臓が脈打つ。ワタシは目を瞑ってゆっくりと深呼吸を繰り返した。
    脳裏に浮かぶのは無機質な表情でこちらを見つめるファイ。しかし実際には、無機質な表情の裏に本人ですら説明のできない悲しみや苦しさが垣間見える。
    そう、消えてしまった我が妹の気持ちを思えば、未知に対する恐怖など赤子の手をひねるように克服できるような気がした。
    ───しかし実際には、真実を知れば知るほどワタシの心が打ち砕かれていくだけとは、今この瞬間思いもしない。

    3

    『大地の歴史』

    注:本書は神主家の血筋を持つ人間にのみ閲覧が許可されている。無関係な人間が本書に触れることのできないよう強力な防衛魔法を施してあるが、念の為扱いには十分注意を払って欲しい。

    あなたたちは空に点在する浮島だけが世界の全てだと思い込んでいないか。しかし実際には私たちの住む浮島は広大な世界のごく一部分にしか過ぎない。
    ではなぜ私たちは空で生活するのか。そしてなぜ、人々は狭い世界で生きねばならなくなったのか。
    ここには本来知ってはならない私たちハイリア人の歩んだ真の歴史について書かれている。先に述べておくが、保身を図る者はこの先に進まないことを推奨する。時に「知らない」ことが真の幸せだといえる場面も存在するからだ。そしてその決断を降した者は懸命な判断をしたと言えるだろう。しかし、その危険を承知で全てを知ろうとする者もまた素晴らしい決断を降したと言える。そのような人物に出会うため、私はこの本を書き残した。
    覚悟のある者は先へ進み、未来あるハイリアの道標となって欲しい。

    ***

    私たちスカイロフトに住む人々は元々『大地』に住んでいた。『大地』とは、厚い雲の下に広がる果てのない地面の広がりである。
    かつて私たち人間は、そんな果てのない地面の広がり『大地』で豊かな暮らしを送っていた。しかし、ある日突然そんな私たちの平和な暮らしを脅かす存在が現れた。突如地を割りその姿を現した邪悪なる存在……仮に彼らを『魔族』とする。彼らは大地に暮らす者たちから笑顔を奪い取った。森を焼き、泉を枯らし、無抵抗な人々を殺め続けた。
    魔族の目的……それは太古の神々が創造したとされる万能の力「トライフォース」であった。全ての願いを、欲望を叶えると伝えられる究極の力である。これが邪悪なものたちに奪われてしまえば世界がどうなってしまうか、誰だって一目瞭然だろう。
    そこで女神ハイリアにトライフォースの管理と人間たちの統率を任されていた神主家は、女神より賜りし聖なる力で魔族たちを封印した。
    誰しも勝利の女神は人間たちに舞い降りたと思っていた。しかし、魔族はそうやって油断した人間たちの裏をかいたのだ。魔族たちが神主家の人々に封印されるその瞬間、魔族の長が最後の力を振り絞って多数の人間に怨念を取り憑かせ、操ったのである。
    タチの悪いことに、怨念に憑かれた人間は「憑かれている」という認識すらなく、ただ狂信的に、まるでそうすることが当たり前だとでも言うように魔族たちを敬い、彼らに従うのだった。(仮に彼らを『魔族派』とし、神主家率いる無事だった人間たちを『ハイリア派』とする。)
    神主家のおかげで魔族たちが封印されはしたものの、ハイリア派は怨念に憑かれてしまった仲間たちを相手に戦うことを余儀なくされた。
    この二者間の戦いにおいて戦力などの条件は一見どちらも同じであると思われていたが、実際には魔族たちの封印によって疲弊したハイリア派と怨念によって強化された魔族派の戦力には天と地ほどの差があった。
    また皮肉なことに、自我を失った魔族派の強さは心身共に計り知れないのにも関わらず、信頼していた仲間を奪われたと、裏切られたと感じたハイリア派の人々は戦意喪失しかけており、精神面でも勝ち目などないに等しかった。
    そうして選択を迫られた神主家の長は、最後の手段として一族が守り抜いてきたトライフォースを使って生き延びたハイリア派を寄せ集めて大地を切り取り、島を空へ浮かべて逃がしたのだ。
    ここでハイリア派は魔族派を殲滅すべきだったと、ここまで読み進めたならばそう思った者も少なからずいるだろう。しかし彼らには怨念に憑かれた仲間たちを皆殺しになど出来なかった。今まで築き上げてきた思い出が、そう決断させなかったのだ。
    結果として神主家は誤った決断を下した。
    『やはり貴方たち人間にトライフォースを任せたのは間違いでしたか。』
    どこからともなく女神ハイリアが舞い降りる。
    他から言われなくとも、彼らには罪を犯したという自覚があった。だから彼ら神主家は女神ハイリアにある願いを残したのである。
    『いつ襲い掛かるとも分からぬ恐怖から民を解放して欲しい』、そして『これから空で生きることになる人々にいつか再び災いが襲いかかる時、それに対抗できる力が欲しい』と。
    そして女神は彼らの願いを聞き入れた。女神は人々から大地で生きてきた日々の記憶を消し去った。そして空に浮かび上がろうとする島に一本の剣を投げ込んだのだ。
    女神は神主家の人々に向けて言い放った。

    『これは神界で造られた聖なる剣。しかしこの剣単体ではその真価を発揮しません。この剣はあくまで「器」にすぎない……。剣の力を最大限引き出す為には、人の子の魂をこの剣に捧げる必要があります。そして剣に捧げられる人の子は、必ず貴方たち神主家の元に生まれることになる……。それが、あの時貴方たちが判断を誤った罰なのです。』

    女神は更に続けた。

    『覚えておきなさい。生まれる子供は人と異なった見た目を有し、人より言葉を発さず、感情も無いに等しい。その特性が剣の内に宿る魂として最も優れていると言えるからです。その子が十四歳になったとき、女神像に贄として差し出しなさい。剣の精霊に生まれ変わった子供は人間だった時の記憶を失いますが、むしろそれでいいのです。その方が贄として捧げられた子にとっても救われる。』

    更に女神は淡々と続けた。

    『また神の祝福の元創造されたこの剣は真価を発揮すればどんな悪も貫く最強の剣になりますが、その代わり剣の使い手は「剣自身に才能を認められる」必要があります。貴方たち神主家は来るべき時に備え、剣の使い手を見つけだす必要があるのです。
    ……しかしこれについてはさほど心配する必要はないでしょう。何故かいつの時代も、神の剣とその使い手は自ずと惹かれ合うように出来ている。』

    そう言うと女神は、一度人の願いを聞き入れバラバラになった聖三角を腕に抱えて空へと消えていった。
    こうして女神像内部に眠る「女神の剣」が出来上がった。 どんな願いでも叶えるトライフォースが人間の住む世界から消えた今、女神の剣は人々を、そして世界を救う希望なのである。

    ***

    私がこの本を通じて読者に伝えたいことがある。この真実は一般の民には絶対に知られてはならない。しかし、決して人々の記憶から完全に忘れ去られることがあってはならないのだ。ならば誰が記憶を語り継ぐのか。それは神主家の血筋を引く者たちに他ならない。
    尚、本書に書かれた歴史の真実は神主家の長になる者に必ず受け継がれる決まりとなっている。ならばこのような本を書かなくとも記憶は確実に受け継がれるでは無いかと思う読者もいるだろう。しかしそれはあくまで人間が勝手に決めたルールなのである。破ろうと思えば簡単に破れる脆い決まりの上に歴史の真実は語り継がれている。スカイロフトは一見平和に思えるが、実はとても危うい状況の淵に立たされているのである。
    重要なのは真実を「知る」ことだ。この本を読んだことで、あなたは既に私の願いをひとつ叶えてくれている。そしてあなたには命が尽きるその瞬間までこの記憶を忘れないでいて欲しい。そしてもし世界に危機が訪れたら、是非真実を知るあなたに世界の救世主の一員になって欲しいというのが私の正直な気持ちである。

    4

    この本を読んだ第一の感想は「突拍子も無さすぎて言葉も出ない」だった。「言葉では言い表せない」とも言い換えられる。ワタシは深く考えることが得意では無いので、あまりにも現実からかけ離れた内容に思考が止まりかけている。しかし言葉で表さなくとも、怒りや絶望といった負の感情が胸の奥からひしひしと湧き上がってくるのだけはハッキリわかった。つまりこの本はワタシに「ファイが世界平和の代償として差し出された」ことを教えたかったのである。

    ────ふざけるな

    湧き上がる怒りは止まらない。何が世界平和だ。そんなもののためにワタシの妹は生贄にされたのか。こんなこと信じたくもないが、女神像の中で剣に触れた時の妙な懐かしさを思い出すと脳は無意識に現実を受け入れようとした。それがワタシには到底許せなかった。血に塗れた世界だったとしても、そこでファイと共に生きていく方が数万倍良かった。
    馬鹿げたことしか書かれていない本を力任せに叩きつける。

    ────叩きつけようとした。

    「おやめ下さい、ギラヒム様」

    振り上げた右腕を掴まれる。
    聞き馴染みのある声に咄嗟に振り向いた。インパだった。その後ろには母もいた。

    「お前たち……!」

    こいつらだ。こいつらがファイを連れていったんだ。そう理解した瞬間、目の前が赤く染まった。

    「ワタシはお前たちのことを許せない。ワタシがお前たちを裏切るのでは無い。お前たちがワタシを裏切ったんだ。何も知らないファイをお前たちは……」

    掴まれた右腕を振り払いインパに殴り掛かる。しかし力任せの攻撃は意図も容易く躱され、ワタシは逆にインパに抑え込まれてしまった。

    「お言葉ですがギラヒム様、ファイ様は何もご存知なかった訳ではありません。むしろファイ様はあなたに無用な心配をかけまいとこのことを隠し通していらっしゃいました。」
    「ではファイは自分が贄となることを承知で女神像に向かったというのか!」
    「……やはりあの時の気配はギラヒム様でしたか」

    ───しまった。勢いに任せてボロが出てしまった。二人をつけていたことがバレてしまった。

    「…………」

    無言でこちらを睨みつけるインパに気圧される。

    「私がこの屋敷の家令であることをお忘れですか?屋敷に戻って早々、部下たちが私の元に飛んで来ましたよ。『ギラヒム様が神事の授業を放り出してどこかに行ってしまった』とね。それから察しました。あの時の気配はギラヒム様のものだったと。」

    インパはハァと大きなため息をついた。

    「喜怒哀楽が豊かなのは良いことですが、時には感情を抑える術も持たなければ自分で自分の首を締めることになりますよ。今のようにね。」

    何も言い返せないのが悔しかった。

    「……わかった。もう攻撃はしない。だから離してくれないか?」

    インパはまだこちらを警戒しているのか考える素振りを見せている。

    「インパ、離してやりなさい。」

    今まで黙ってワタシたちの様子を伺っていた母が漸く口を開いた。

    「ですが奥様」
    「よいのです。この子はただファイのことを思って行動しただけなのですから。」

    そう言うと母はこちらに向かってきた。拘束をとかれて両腕が自由になる。母は言葉を続けた。

    「あなたは納得いかないかもしれないけれど、ファイは自分からこの役目に名乗り出たの。自分がどんな使命を背負わされているか、本人にも教えたことがなかったのに。きっと生まれた時から自分の使命を悟っていたのね。」
    「………………」

    ワタシはなんだか母と目を合わせられなくて、視線を逸らした。

    「ギラヒム、あなたが本当にファイの事を想うなら、これから自分がすべきことをしっかり考えて行動しなければならないわ。」

    まるで小さい子供を諭す様に母は言葉を紡ぐ。つい視線をあげてしまえば、そこには大粒の涙を零しながら震える母の姿があった。

    「私だってあの子を送り出したくなかったわ。けれど運命はそうさせてはくれなかったの。私はあの子に行かせないつもりでいたから使命のことなんてひとつも教えなかった。それなのにあの子は自分から言ったのよ。『これがワタシの生きがいだ』って。その時私も決断したわ。あの子が平和のために戦うというのなら、私も笑顔でファイを送り出そうってね。」
    「母上…………」

    母は涙に濡れた目を拭って優しく笑った。

    これがファイの生きがいだというのなら、自分もその手伝いをしてやりたい。何か自分に出来ることはないだろうか。
    しばらく考えて漸くたどり着いた結論、それは……

    「本には剣の使い手が必要だと書かれていました。どうやらその使い手は誰でも良いという訳では無いらしい……だから母上、ワタシは剣の使い手を探しにいってきます。本当ならワタシがその役目を請け負いたかったのですが、剣に触れた時弾かれてしまったので」
    「……ギラヒム、あなた剣に触れたのね」
    「はい。見たことも聞いたこともない空間にあのようなものがあれば、気になって触りたくもなるでしょう。」

    どうしたのだろうか。少し母の様子がおかしい。神妙な面持ちで何か考え込んでいる。

    「母上?」
    「……いえ、なんでもないわ。ギラヒム、剣の使い手を探すと言うなら善は急げよ。実は私もこれから探そうと思ってたところなの。私達も探す手伝いをするからスカイロフト中の騎士を集めて引き抜かせてみましょうか。」

    すぐ元の優しい笑顔にもどった母上に妙な感情を抱いたが、問い詰める前に母が口を開いてしまい、その疑念も有耶無耶になってしまった。

    「ところで母上、屋敷に戻ってからあなた達をずっと探していたのですが一向に見つからなくて……一体どこにいたのですか?」

    母はポカンとしていたが、少しして意味を理解したのかワタシの質問に答えた。

    「屋敷に戻った時インパから『女神像での気配はギラヒム様だ』って教えられてね。あなたの行動が気になって後をつけていたのよ。インパの手にかかればあなただって私たちを見つけることは出来ないみたいね。」

    チラッとインパの方を見ると、気まずいのか視線をふいとそらされてしまった。

    「……ホーネルのやつには会いましたか?」
    「ホーネル?あぁ、屋敷の使用人かしら。ギラヒム様が私たちを探してました!って、へとへとになりながら報告に来たわよ。けれど口止めをしておいたの。私たちがあなたの後をつけていたってことをね。」

    それで待っても待っても報告にすら来ないわけだ。

    「どうやら見事一杯食わされたみたいですね。」
    「まぁそういうことになるわね。」

    なんだか急に、どっと疲労が押し寄せてきた。思わず大きなため息が出る。そんなワタシを気遣ってか母が語りかけてきた。

    「ギラヒム、あと少しの辛抱よ。あと少ししたら使命も何もかもなくなって、私たちはいつも通りの生活に戻れるの。だからあと少しだけがんばってね……。」

    そういう母の目はどこか遠くを見据えていた。
    いつも通りの生活、か。
    残念ながらそれは少し違う。母にとってはいつも通りでも、ファイのいなくなったワタシにとってはそれは日常のどこを切りとっても普段の平穏な日々ではない。それなのに二人に協力するのは、他ならないファイのためだ。ファイのために、ワタシは残りの人生の平穏な日々を捧げたのだ。
    やはり心の奥底ではまだ二人を許せない自分がいる。ワタシとファイの思い出を奪った二人が。そしてこんなくだらない決まりを作り上げた神々に対しても。剣の精霊になってしまったファイはもうワタシのことなんて覚えちゃいない。

    「……ギラヒム?」

    気付くと量の瞳から大量の雫が零れていた。拭っても拭っても留まることを知らないそれに翻弄されて、自分でも何が何だかわからなくなってしまう。
    突如、ふわりとやわらかい匂いに包まれた。母に抱きしめられていた。

    「落ち着くまで泣けばいいわ。」

    優しい声が鼓膜を震わして、それが余計に高ぶった感情を溢れさせた。全然似ていないのに何故か母にファイの面影を感じてしまって、それに安心している自分にもなんだか腹が立った。心の中はぐちゃぐちゃだった。

    「おやめ下さい。ワタシはこんなことをされる年でもありません。」
    「何言ってるの。私にとってはいつまでも可愛い我が子よ。」

    髪の毛を優しく梳かれる感触がくすぐったい。なんだか恥ずかしくなってきて、いつの間にか涙は引っ込んでいた。少し力を込めて母の肩を押す。

    「わかっていますよ。必ずそのいつも通りの日々とやらを取り戻してみせます。このワタシがね。」

    ワタシがそう言うと母はにこりと笑った。

    「やっといつもの生意気なギラヒムに戻ったわね。」
    「そういうからかいはおやめ下さい。」

    母と不毛なやり取りをしていると、少し離れた場所からフッと笑う声が聞こえてきて、ワタシはそちらをキッと睨んだ。インパだった。

    「申し訳ございません、つい」

    思わず口に出そうになったが、咄嗟にインパの言葉を思い出した。『時には感情を抑えなければ自分で自分の首を締めることになる』と。

    「いや、いいんだ。今回のことでお前にも色々教えられたからな。」
    「それは恐縮です。」

    インパは口角をすいとあげて微笑んだ。

    「ところで何故インパは本のことを知っていたんだ?本だけじゃない。「行方不明扱いにする」という言葉から想像するに、ファイのことも神主家だけが知るのを許されているはずだ。なのに何故お前はどちらも当たり前のように知っているんだ?」

    屋敷の講堂へと三人で向かいながらワタシは当然の疑問を口にした。するとインパは切れ長な目を細めながら答えてくれた。

    「なに、ただの口伝ですよ。」
    「口伝、か。誰から教わったんだ?」

    思考の読めないインパの顔をじっと見据えるが、彼女は答えを口にしなかった。

    「時がくればいずれ分かる時がやってきますよ。」

    なんだその答えは。今この時点では答えたくない、ということなのだろうか。しかしワタシの中では既に明確な答えがあった。

    「父上から、なのだろう?」

    そう言った瞬間インパは目を大きく見開いた。

    「何故そう思ったのですか?」

    あくまで冷静に問いかけてくる彼女に、こちらも自ずと急いていた気持ちが落ち着く。

    「何故って…スカイロフトでこれらの事実を知っていて、かつお前のような赤の他人に事実を語り継ぐことのできる人物といえば父上くらいのものだからな。」

    ワタシがそう言うとインパは考え込む素振りを見せ、前を歩く母を呼び止めた。インパの呼びかけに母が一度頷いた。

    「図星だったか?」

    インパにそう問えば、彼女は観念したように鋭い眼光を緩めた。

    「ギラヒム様が幼かった頃にご主人様からご教示賜りました。」
    「なるほどな。それで単刀直入に聞くが、父上は失踪する前何をしに行くと言っていたんだ?これ程の機密を授ける程父上はお前のことを信頼していたようだからな。まさか何も知らない訳は無いだろう?」

    問いかけながら横を歩くインパを観察するが、もう先程のように動揺したりはしなかった。さすができる家令なだけはあるということか。
    無言を貫くインパの横を歩きながら辛抱強く答えを待つ。

    「新たに発見されたという小島を視察しに行っただけです。」

    そうしてワタシの問いに答えたのはインパではなく前をゆく母だった。ワタシは母の有無を言わせぬという雰囲気に出かかった言葉が詰まった。

    「その役目を果たしに行くと言ったきり、あの人は帰ってきません」

    …たしかにそう言われてしまえばワタシは何も言えなくなってしまう。それで一応辻褄が合うからだ。しかし本当にそれだけだろうか。ワタシの胸にくすぶる疑念は晴れない。父は本当にそれだけのことで居なくなってしまったというのか。

    「さぁ、この話はおしまいにしましょうか。講堂に着いたらまずは全ての兵士に剣の使い手かどうか確かめさせましょう。」

    母はパンと手を叩いて場違いに明るい笑顔を浮かべた。

    ***

    それからは早かった。スカイロフトの治安を司る全兵士を招集し、女神から祝福を賜るという名目で一人ずつ女神像の足元の女神の紋章に触れさせる。ギラヒムの母の話によると、剣の管理を任された神主家と勇者の素質を持つ者のみが壁をすり抜けることが出来るらしい。つまりギラヒムたち三人の他に女神像内部に入ることが出来た者が剣の使い手ということになる。ちなみにあの時ギラヒムが壁をすり抜けることが出来たのもこれが理由である。
    また、女神の島に入ることを許されたのはギラヒムたち三人を除いて一名のみ。兵士たちは一人ずつ女神の島へと赴き、それ以外の者は入口階段下での待機となる。そうしなければ女神像内部の剣と石版に刻まれた『大地』と思われるものが周囲に知れ渡ってしまうからだ。
    三人はこの手順に習い一人ずつ兵士に祈りを捧げさせたが、結局誰一人として壁を通り抜けることは出来なかった。

    「困ったわね。こうなると使用人達にも祈りを捧げさせるしかないかしら」

    女神の足元で三人は語り合う。母親の発言に二人は暫く無言を貫いた。しかしその静寂を押し切るようにギラヒムが口火を切る。

    「使用人達だけではぬるいです。スカイロフト全体に命令を下し、全ての住人に指示を及ばせるべきです。」

    彼の意見は既に二人も考えていたことなのか特段驚きはしなかったが、母親は彼の真意を探るように問い返す。

    「剣を扱ったことのない民たちに使命を押し付けるというのですか?」

    母親の冷静な切り返しにもギラヒムは屈しなかった。

    「選ばれなかったのならそれまでです。しかし選ばれたのならば、その者がたとえ手を握ることの出来ぬ赤子であろうと剣の使い手にならねばならぬ運命が変わることはない。使命は他人が押し付けるものではありません。その者が産まれた時から当たり前のように付いてくるもの……」

    言いながら、ギラヒムの脳裏には愛してやまぬ妹が静かに彼を見つめていた。産まれた時から常軌を逸していた彼女は、産まれたその瞬間から、もしくは産まれるより遥か前から使命を背負わされていたのである。けれど彼女はその使命から逃げなかった。ファイは、最後まで己の運命と向き合った。

    「だから母上、剣の使い手が如何に幼き赤子であろうと自らの運命を受け入れさせぬなどという愚かな考えはこのワタシが許しません。」

    ギラヒムの黒曜石の瞳が母親を捉えた。彼女は彼の深淵の瞳の中に確固たる信念を見た気がした。

    「わかりました。すぐに島全体に命令を下しましょう。」

    ***

    翌日、命令はスカイロフト全体に行き渡った。そして次の日には三人が兵士たちに行ったのと同じ方法で民たちに祈りを捧げさせた。
    結果、不幸にもギラヒムの望む剣の使い手は現れず、場面はその日の夕刻に移り変わる。
    悠然とする女神像を背景に沈みゆく夕日は、この世のどんな悪逆非道な人間であってもその美しさに舌を巻くだろう。しかしその絶景が眼中に入らない程いきり立つ者が一人いた。

    「やはりワタシがもう一度試してみます。ワタシがやったことといえばたった一度剣に触れたことだけだ。たったそれだけのことで諦めるなどワタシにはできない!」

    そういうギラヒムを母親は止めなかった。

    「良いのですか?」

    剣の使い手が存在しないという事実を受け入れられないのは、使命のためにと娘を失わざるをえなくなった彼女とて同じだが、ギラヒムの抱く悔しさは軽く母親のものを超えていた。彼がファイへ抱く想いは母親が我が子に抱く愛情とはもはや全くの別物であった。母親は彼の執念とも呼べる想いに不安さえ抱いていた。彼女は諦めたように乾いた笑みを零すしかなかった。

    「私が止めたからといって大人しく言うことを聞く子じゃありませんよ。それよりあの子が剣に触れる様子を見に行きましょう。」

    インパの返事を待たず、母親は女神像の中へ入っていった。

    二人が女神像の中に入れば何度も剣に触れようと試みるギラヒムが彼女らの視界に映った。
    何度も剣に弾かれた彼の右腕からは鮮血が滴り落ち、彼の奮闘ぶりが垣間見える。

    「奥様、これは…」
    「ええ。書庫であの子と話した時からおかしいと思っていたのよ。」
    「…神主家は剣を引き抜けずとも触れることは出来る、ですか?」
    「そう。あの子も正当な神主家の一員のはず…なのになぜ剣はあの子を弾いてしまうのかしら。」

    そういう彼女の面持ちはどこか暗く沈んでいた。

    「やはりギラヒム様は…」

    何か悟ったのかインパが妙な発言をするが、母親がその問いかけに応えることはなかった。

    「ギラヒム」

    母親が彼に近づき問いかける。しかし剣を引き抜こうと奮闘する彼には周囲の音など聞こえていないようだった。

    「ギラヒム!」

    彼女はその温和な雰囲気からは似つかわしくない大声で再度呼びかけた。
    するとギラヒムは憑き物が取れたかのようにハッとして彼女の方を振り返った。

    「何を焦っているのですか?」

    冷酷な声色で母親はギラヒムを問い詰めた。その声に彼ははみるみる顔を赤くさせた。感情的になっているのが母親とインパには丸わかりだった。

    「焦りもします!剣の使い手が見つからなかったということは、人類のためにとファイが命をかけて下した決断が全て水の泡になるということだ!そして今まさにそのような状況に陥りつつあるというのに……」

    彼の悲痛な叫びは母親に向けてというよりも自分に対してのものに近かった。彼にとって一番許せないのはいつだって不甲斐ない自分だった。今だって、彼は剣の主を見つけ出せなかった上にいつまで経っても剣を引き抜けない自分に怒りを顕にしている。ギラヒムは何も出来ない自分が許せなかった。

    「逆にお聞きしますが母上、なぜあなたはそんなにも冷静でいられるのですか?」

    ギラヒムが食ってかかると、母親は背筋も凍るような声色で宣告した。

    「私たちが呆れ返るほどあなたがみっともなく剣にしがみついているからよ。」

    ギラヒムは己だけ時が止まったような錯覚を抱いた。
    彼は母親に殴りかかった。それは全くの無意識下での行動だった。気づいた時にはインパに押さえつけられていて、彼はやっとその時に自分が母親に殴りかかった事実を認識した。そして自分が殴りかかった原因である母親の言動を思い出し、彼はインパの腕の中で再度怒りに身を震わせた。
    牙をむいて母親を睨みつけるギラヒムの眼光はさながら猛獣の如き鋭さを放つ。しかし彼には言い返すだけの言葉がなかった。的確な一撃を放った母親に言い返す言葉がないということだけは考えずとも理解した。だから彼は獣のように唸り声を上げて威嚇することしか出来なかった。
    押さえつけられながら唸る獣を遠巻きに、冷めた目で見つめながら母親が言う。

    「あなたに何ができると言うの?何度も試したところで剣があなたを受け入れないという事実は変わらないのに、なぜそんな無意味なことを続けているの?」

    あくまで淡々と話す母親に、全てにおいて図星を突かれていると感じたギラヒムの視界は黒く塗りつぶされた。

    「あなたはそうやって剣に受け入れてもらえない自分が許せなくて癇癪を起こしているだけ。
    じゃあ何かしら。そうやって癇癪を起こせば事態は解決するのかしら。
    ……そうではないでしょう?
    インパにも言われていたようだけれど、あなたが真に望むことを叶えたいならまずは感情を抑えるすべを身につけなさい。」

    ***

    あの後、何度も剣に弾かれたことで心身共に負傷したギラヒムは母親とインパに支えられながら女神像を後にした。
    頭を冷やせと言われ自室に籠ったギラヒムは、ファイが消えてから忙しなかった数日間で放置された部屋の惨状をぼんやり見つめた。
    開けっ放しのクローゼットに中途半端に開かれたシルクのカーテン、その日の朝に着ようと思って前日に出しておいた一張羅。あの時はファイが居なくなり慌てていたので寝巻きのまま飛び出してしまい、袖を通すこともなかった。
    この惨状を見れば見るほど、ファイが居なくなった事実と今までの行動が全て無意味に終わった現実を目の当たりにして嫌になる。乱暴な手つきでクローゼットの中に一張羅を放り投げ、その勢いのままカーテンも乱雑に閉ざした。
    ギラヒムは傍らにあるファイの寝具に腰掛けた。数日経って彼女の温もりを忘れたマットレスは、皮肉なことにほどよく冷たくて肌触りも良かった。
    消えた温もりを追い求めるようにベッドに倒れ込む。そのままギラヒムはひたすら考えた。
    女神像で母親と対峙した時、彼は最後まで何も言えなかった。ただ最後には全身を支配する醜い感情から解き放たれたような感覚を覚えた。
    また感情に飲み込まれてしまったと、ギラヒムは心の内で思う。
    彼には彼なりに人の言葉に耳を傾け、認めたくなくともそれがひとつの正しさであると理解するだけの力があったし、そう自負もしていた。だが時にそれを無視して無意識下で感情だけが先走ってしまう。
    事実プライドの高い彼は、インパからだけでなく母親からも似たような指摘を受けてしまったことに少なからず苛立ちを覚えていた。しかしそれこそが己の最大の弱点であると、いい加減彼もこの頃には理解していた。
    しかしこれは治そうとして簡単に治るものではない。なにしろ自分の意識を置き去りにして先に手が出てしまうほどの感情の昂りだからだ。いつか失くさなくて良いものまで失ってしまいそうで、それが少しだけ怖かった。
    ギラヒムは、ファイを失った今自分はのうのうと生きているのだから後で何を失くそうと結局何も変わりはしないと頭の片隅で考えたが、それが単なる強がりとは気づきもしなかった。
    彼は過ぎたことを考えても仕方ないと心に無理やり踏ん切りをつけた。そして己が次にすべきことを考え、その日の晩を明かした。

    ***

    翌日、ギラヒムは母親の書斎で彼女を問い詰めていた。

    「それで、大地には今もいるんですよね」
    「いる、とは?」
    「魔物の怨念に取り憑かれた仲間の子孫たちが、ですよ」

    その言葉を聞いた瞬間、母親は嫌な顔を浮かべた。その表情を傍目で捉えながらも気付かないふりをして、ギラヒムは更に続けた。

    「あの禁書に書かれていたことが本当なら、大地は存在しているということになる。そしてワタシたちの祖先は怨念に取り憑かれた仲間を見捨て空へと逃れた。では見捨てられた仲間たちの所在は今どうなっているのでしょうか。」

    昨日の様子とはうってかわって冷静沈着に己の疑問を口にするギラヒムを母親は静かに観察した。一時的に感情に飲み込まれていたのが嘘のように彼は自分自身を見つめ直している。その様子に母親は安堵したが、それとこれとは別にこれ以上大地の話を続けるのは彼女の心身がうけつけなかった。

    「あの後彼らがどうなったかは分かりませんが、恐らく魔物に取り憑かれて己の心を失った者があのまま生き永らえるというのは無理な話でしょう。」

    曖昧に濁した言葉からは母親の心の内が如実に垣間見えた。しかしそれを見透かすかのようにギラヒムは追い打ちをかけてくる。

    「……本当にそうでしょうか?」

    本当に正解が分からなくて問いかけているという様子は彼にはない。むしろこれが正解だと信じて疑わないからこそ、己の望む回答と違うものを示した母親を根本から揺さぶってくるのだった。

    「……ギラヒム、あなたの言うようにもし彼らが生きながらえていたとしても、その事実を確認する方法はありませんよ。そもそも大地が本当に存在しているのかすら私たちは確認できていない。それが出来ていれば、今頃私たちは狭い空島で慎ましく暮らすことなく大地で豊かな暮らしを築いているはずなのですから。」

    その発言を聞いた時ギラヒムは一応その意見を聞き入れはしたが、肯定することは無かった。

    「母上、大地は実在しますよ。剣の存在が何よりの証拠ではありませんか。だから母上、ワタシは大地に───」
    「なりません!」

    最後まで言わせないと、言いかけた言葉を遮って母親はギラヒムの両肩を強く掴んだ。彼の両肩に母親の形良く切りそろえられた爪が食い込む。母親は普段の淑やかな面持ちが嘘のように鬼の形相を浮かべた。

    「その反応、どうやら図星だったようですね。」

    ニヤリと不敵な笑みを浮かべたギラヒムに母親は体をビクリとふるわせた。その反応に彼は内心でほくそ笑む。

    「母上がいくら反対しようとワタシは大地へ降りますよ。女神の剣がなくともワタシは自分の力で敵を殲滅する。ファイの願いはなんとしてでもワタシがこの手で実現させてみせます。」

    勝ち誇ったように言葉を連ねるギラヒムに、母親はなんのことは無いというふうに告げた。

    「どこの誰が書いたとも分からない本を信じるというのですか?」

    その問いにギラヒムはお話にならないと首を振った。

    「ですから剣の存在が証拠だと……」
    「あれも何者かによるただの創作物にすぎません。」

    目をふせながらそう言う母親は、そっとギラヒムの両肩を掴む手をどけた。

    「なるほど、確かにそうかもしれない……誰かが己の妄想を本に表し、それを裏付けるかのように女神像内部を作り上げただけかもしれない。
    しかしそれがなんだと言うのです?
    ファイが居なくなった今自分にできることを考えた結果、この結論に至りました。
    自分のすべきことを考えろとおっしゃったのは母上ですよ?
    あなたは己の発言が矛盾していることに気づかないのですか?」
    「………………」

    物言わぬ母親の両手を、今度はギラヒムが握った。母親へと訴えかける彼の真剣な瞳に、母親はつい心を奪われそうになった。そういえば彼がこのような瞳を見せるのは後にも先にもファイに関することだけだったなと、母親はその場に似つかわしくない思考を巡らせた。

    「お願いです。行かせてください。大地へ行く方法がなかったとしてもワタシは試さねばならないのです。
    ……もうそれしかファイの望みを叶えてやることができないのですから。」

    揺らがぬ決意を示すギラヒムに、それでも母親は諦めきれず悪あがきする。

    「……死にに行く様なものですよ」
    「だとしてもです。」

    ギラヒムの芯の通った声は、決して全てを諦めたわけではないということを母親に知らしめるには十分だった。
    そんなギラヒムに何かを感じた母親は、ため息をついて呟いた。

    「……少し待って貰えますか?」

    彼女はそう言って自分の部屋を後にした。

    一人取り残され何となく手持ち無沙汰となったギラヒムは、重厚なチェストの上に立てかけられた父親の写真を眺めていた。
    何を思ったのか彼は時間も忘れて父親の写真を眺め続けた。
    ファイに似た柔らかい面影に、もしも今まで世間一般の父子と同じように過ごせていたら、心の底から大好きだと言えるような頼りある父だったのだろうと、そしてそんな父上を母上は心の底から愛していたのだろうとギラヒムは思った。

    「これを持っていきなさい。」

    気づけば部屋に戻ってきていた母親に後ろからそっと声をかけられる。
    振り返ると、小さめの刀を大事そうに抱えた母親がそこにいた。

    「これはあなたが生まれた時に鍛治職人に打たせた短刀です。これを護身用に持っていきなさい。」

    神主家の者が生まれる際に必ず作られるという剣……。神主家の者は必ず己の剣をひとつ持っている。神事の際に使用されるという神聖なものだ。それを母親はギラヒムに託してくれるようだった。
    しかし彼は礼よりも先に己の願望を口にした。

    「……ファイのものが良いです。その方がワタシもより一層頑張れるので。」

    そんなギラヒムの反応に、先程まで表情の暗かった母親はポカンとして呟いた。

    「……ほんとうに、あなたは何も変わりませんね。」

    彼女はギラヒムの真意に気づくと同時に思わずといった様子で乾いた笑いをこぼした。

    「でもそれではダメなのです。己のものでないと剣を上手く使いこなせない用にできているので」

    母親がそう言って聞かせても尚食い下がらず、ギラヒムは己の願いを口にする。

    「……ではワタシの剣の他にファイのものを持っていくことも許していただけませんか?」

    もう十八歳を過ぎた青年であるはずのギラヒムは、ファイのこととなるとまるで言うことを聞かない幼子のようになってしまう。
    母親はそんなギラヒムを注意しながらも、その実彼のそういうところが可愛らしいと心の底では思っていた。しかしこの時ばかりは彼のその純然たる幼さを憎んだ。

    「……ダメです」

    思わぬ否定に不意をつかれたギラヒムはすぐに食ってかかった。

    「なぜですか!母上がそれを持っていてもしょうがないでしょう!?」

    彼は鬼気迫る表情ですがりつくが、こればかりは譲れないと母親も必死だった。

    「……これは私に残された唯一の形見なの。」

    震える声でそう言う母親に思わず顔を覗き込んだギラヒムは言葉を失った。
    そこには必死で涙を堪える母親の姿があった。

    「お願いだから、これだけは奪わないで」

    最愛の息子の願いであろうと、母親がそれを許すことだけは到底できなかった。

    「…………ファイのことを物のように扱ったあなたがそういうのですか」

    母親のしおらしい様子が気に食わないのかギラヒムがそう言い返す。

    「………………」

    何も言い返さない母親に痺れを切らして視界を上げると、彼女は今までにないほど悲しそうな顔をしていた。
    その時、言ってしまったものは元に戻らないのだと、ギラヒムは生まれて初めて思ったのだった。
    先程とは打って変わって今度はギラヒムの方が何も言えなくなった。何を言えばいいのか彼にはわからなかった。そうやって鉛のように重い沈黙が二人を包み込む。
    ギラヒムは自分の言動の何がそんなに気に入らなかったのかと思考を巡らせた。ただ事実を述べただけなのにと、それしか考えられなかったのだ。
    考えを巡らせても何も分からず、やがてギラヒムの脳内はフリーズした。そんなギラヒムのことを差し置いて沈黙を切り裂いたのは母親のほうだった。

    「……私だってあなたやファイのことを大切に思っているのよ。でもファイはもうこの世にいない……。だから今を生きているあなただけはなんとしてでも危険から守るって、そう思ってただけよ。そう思ってただけなのに……」
    「……………………」
    「あなたもあの人やファイと同じよ。私が止めたって聞きやしない。それなら力づくでもと、止められる力が私にあればよかったのにそんな気概もない……。結局何も出来ない無力な母親よ…………」

    そう言う母親は、本当にただ夫や子供の安泰を望んでいただけだった。しかし彼らの望みを叶えてやりたいとも思っていた。その望みが彼女の望む家族の安泰を脅かすものだったとしても、それが彼らの生き甲斐だと言われてしまえばその思いを受け入れてやりたいとも思っていた。その二つの相反する思いに母親はいつも悩まされていた。そして愛する人たちの心からの願いに打ち負かされ、夫と娘を手の届かぬ場所においやってしまったと、後悔の念に駆られない日はなかった。本当に、彼女はどこにでもいるただの母親だった。
    実際のところ彼女は、ギラヒムだけは己と共に生き続けてくれるとなんの根拠もなく信じていた。しかし実際には彼のファイに対する異常な執念が今彼を大地へ誘おうとしていた。彼女にとってそれはあまりにも予想外な出来事だった。ギラヒムがファイを追って屋敷を飛び出したあの日から、彼女の胸の中には息子を失ってしまうかもしれないという嫌な予感がいつも渦巻いていた。
    彼女の曖昧な言動や行動の矛盾は全てここから来ていた。本当はギラヒムには何も知らぬまま過ごして欲しいと母親は願っていた。だから彼女はファイの宿る剣にギラヒムを近づけたくなかったのにギラヒムの妹を思う気持ちを蔑ろにしたくないという思いが邪魔をして、感情に飲み込まれた息子に喝を入れてしまった。父の話を聞きたがるギラヒムを遮った時もそうだった。
    彼の望みを聞き入れてやりたい、けれど息子を失いたくない。そんな相反する思いがいつの間にか己の行動に現れていたのだと実の息子に指摘されたことで気付かされ、彼女の弱った心に鋭い言の葉のナイフが突き刺さった。

    「行きたいというのなら止めないわ。あなたは私が止めた所で大人しく言うことを聞く子じゃないもの。」

    母親はギラヒムから顔を隠しながらそう言った。彼はそんな彼女の足元にこぼれ落ちる雫を見てしまった。

    「母上……」

    ギラヒムは己が如何に自分の欲望のことしか考えていなかったかを思い知らされた気がした。
    けれど己の決意を揺るがせるつもりは毛頭なかった。
    だから彼は母親の目を真っ直ぐに見つめて言い放ったのだ。

    「いつか必ず、生きてあなたの元に帰ります。」

    黒曜石の瞳は、初めて母親だけを映し出した。

    5

    神主家に生まれた蒼の少女は、まるでその部分だけが欠落したとでもいうように無感情だった。
    だがある時急に、彼女は自分の存在する意味について考え出すようになる。そのきっかけの際たるものが兄のギラヒムであった。
    なぜこれほどまで人としての機能が欠落した自分に構うのか最初はわけのわからなかった彼女は、ギラヒムと共に過ごしていくうちに、自分でも気づかない程微量ではあるが人のように思考するようになったのだ。
    生まれてから今まで知識を吸収することだけは卓越していたファイだが、これまではその知識は生かされるでもなくたったひとつの事実として彼女の中に積み重ねられていくだけだった。
    なのでその知識を生かし「考える」という行為に及んだ時点で、彼女は確実に人として成長していたといえる。
    そして最初は本人も気づかない程微量だった思考することへの執着も、ギラヒムと共に過ごしていくほどより培われていった。
    なぜ彼は自分に構うのか、なぜ彼はこんなにも感情豊かなのに自分は感情が欠落しているのか等、あまりにも顕著なギラヒムと己との違いは数えあげればキリがない。
    そして気づけばファイは、彼と己が異なる理由についていつも追求するようになっていた。そして調べていくうちに彼も根本はそこらの人間と殆ど変わらぬことに気づいていく。
    その気づきをきっかけに、いつしか彼女の中で渦巻いていた『ギラヒムと己はなぜ違うのか』という疑問が、世間一般の人間と己との違いへのものと変化した。
    ファイにとって、己と世間一般の人間が根本から異なっていることはただ一つの事実として既に心の中に留められていたことだったし、そのことに対して自身があれこれと思案することもなかった。
    だが兄がきっかけで生じた疑問を追求してその事実へとたどり着いたことで、もはや心に留めているだけではいられなくなった。
    なぜ人と己は違うのか。その理由が知りたくて、彼女は人に言われるではなく自ら学ぶようになった。

    ある昼下がり、いつものようにファイは書庫へと向かった。
    緑の勇者が魔王を倒し世界に平和をもたらすというこの世界ではありきたりな伽噺を、ファイはこの日敢えて選びとった。自らの命を顧みず他人を救わんとする、その勇者の心のうちが知りたかった。感情の乏しいファイにとって、彼のその行いは到底理解できない行動の代表格だったからだ。
    だからそれを知ることで己と世間一般の人間との根本的な違いがなんなのか、理解出来るかもしれないと思ったのだ。

    「おや、お前が伽噺の本を選ぶだなんて珍しいね。いつもはハイリア神学とか学問の本を借りてくるのに。」

    ファイが部屋に戻って早々、ギラヒムはそう言った。本当に観察力の鋭い人だ、とファイは思った。

    「その伽話に何か気になることでもあるのかい?」
    「イエス、ファイの中に生じたごくささやかな疑問です」

    ギラヒムの問いに淡々と答えるファイを見て彼は驚く。
    彼女が何かを学び知識を蓄えるのはあくまで現神主家の長である母の意向によるものでしかなく、自分から知りたいという気持ちで本を選びとることは今まで一度もなかったのだ。

    「その疑問ってなんなんだ?」
    「ワタシと人が根本から異なる理由についての疑問です。」

    開いた本に目を落としながらそう言う彼女に、ギラヒムは不安に思うでもなくむしろ嬉しいとすら思っていた。

    「それを読めば答えがわかるのか?」

    ファイが開いたページには、深手の傷を負いながらも魔物に立ち向かおうとする勇者が描かれていた。

    「…わかりません。この本を深く読み込まなければ。」

    当たり前だとでもいうようにそう言う彼女に、ギラヒムは思わず笑みがこぼれた。

    「そうだな。…だがお前はそれを知りたいと思ったのだろう?
    ワタシはそれが答えだと思うけどね。」
    「何が言いたいのですか?」

    真意の汲み取れないギラヒムの発言にファイが問い返すと、彼は宝石のように煌めく空色の髪を優しく梳いた。黒曜石の瞳が、普段からは想像できないほど柔らかな眼差しで少女を見つめていた。

    「お前もワタシたちと同じ、人間だってことだよ」

    ***

    ファイはその日夜遅くまで本を読み込んだが、結局答えは分からずじまいだった。
    本を書庫に戻しに行く道中、彼女は昨晩のギラヒムの発言について考えた。

    『お前もワタシたちと同じ、人間だってことだよ』

    その発言の真意をファイは理解できないでいた。
    己と人で異なる部分など数えあげればきりがないのにと、そう考えてしまえば彼の言いたかったことなどファイにわかるはずもなかった。
    そのように考えながら歩いていて、かつて父親が使っていたという書斎の前を通り過ぎたときふとファイは足を止めた。中から母親とインパが会話する声が聞こえたからだ。
    何の話をしているのかとファイは扉越しに耳を傾けた。

    「やはり私はあの子を、ファイを捧げなければならないのかしら…」
    「…残念ですが奥様、生まれ持った使命には抗えないかと…。本に書かれていた通りファイ様が…『異形の子』が生まれてしまった以上、民の代表である私はあのお方を捧げて頂きたいとあなたにお願いすることしか出来ないのです。」

    どうやら母親とインパが自分のことで話し込んでいるようだとファイは悟る。そして己の行動によってスカイロフトの行く末が決まるのだと、聡明な彼女はたったこれだけの会話で理解した。

    「でも私は嫌よ!あの子は私の子なの。なぜあの子でなきゃならなかったの…」

    ため息をつきながらそう言う母親は心身共に疲れ果てていた。続く言葉が静まり返った書斎の中にむなしく響く。

    「それにそうしてしまったら、ファイを守る為にと大地へ向かったあの人の覚悟はどうなるの?
    もしあの子を捧げたら私たちが彼の覚悟を踏みにじることになってしまう…。そんなの絶対に認められていいはずがないわ」

    母親が「彼」と称する人物、かつて神主家の家族を残し一人何処かへ消え去ったギラヒムやファイの父親を差して母親はそう言った。

    「それは私も同じ気持ちです。…しかしだからといってファイ様を捧げない決断をすれば民たちが無自覚に求め続けるスカイロフトの平和や心の安寧を奪い取ることになってしまう……」

    インパは母親の気持ちを推し量りながらも首を縦に振ることをしなかった。雲の下に強大な敵が存在しいつ襲いかかってくるかも分からない一刻を争う事態に、インパ自身のファイを助けたいという気持ちが優先される余地など初めから存在してはいなかったのだ。
    しかし、立場上身の上にのしかかる責務と己の願望との狭間で苦しんでいるのは母親も同じだった。彼女はもがくように言葉を続けた。

    「…いずれにせよ、あの子が十四歳でいられるあと少しの期間だけでも共に過ごすことにするわ。それくらい女神様も許してくださるはずよ。」

    母親は一言一言確かめるようにそう自分に言い聞かせた。

    暫くしてがちゃり、入口の扉が開く。

    「っ…!」

    書斎を出ようとしていた母親とインパは目の前の光景に息を詰めた。母親は開き掛けの扉のノブを掴んだまま、あまりにも驚いて声が出せない様子だった。
    暫くしてやっと状況を飲み込んだ彼女は、顔を青ざめながら口を開いた。

    「ファイ、あなた…なんでこんな所にいるのよ…!」

    ファイは二人の会話を聞いた後、その場を去ることなく立ちつくし続けていた。

    「ワタシを捧げれば全てが丸く収まるのでは?」

    どこに捧げられるのかは存じ上げませんが。
    開口一番、さも当たり前のようにファイはそう言い放った。
    その発言に対し驚いて声も出せず放心しきっている母親は、やっとの思いで乾いた喉を湿らせ声を絞り出した。

    「…あなた自分が何を言ってるか分かってるの!?」

    母親は飛びかからんほどの勢いでファイの肩を鷲掴みにした。しかしファイはその挙動に臆する素振りすら見せず静かな瞳を相手に向けるだけだった。

    「ワタシは民と自分の命を天秤にかけ、合理的な判断をした迄です。」

    相も変わらず感情の読みにくい瞳でそう答える。それに対し母親はファイにすがりつき耳をつんざくような叫びをあげる。

    「あなたがよくても私は認めないわ!」

    ファイには母親のしたいことがわからなかった。緑の勇者の御伽噺を読んだ時に抱いたものと同じ疑念がちらりとファイの思考の端に顔を覗かせる。自分にとっての最善が目の前にあるのにそうしない。緑の勇者と同じくファイの母親も敢えて危険な道を選ぼうとしている。そんな矛盾がファイには理解できなかった。

    「何故ですか?お母様とインパの会話から察するに、そうする以外に最善の道はないと思われますが。」

    ファイは自分の思う当たり前のことを説いているだけだ。そんなファイに言葉を詰まらせた母親は、それでも少女に問いかけた。最善などどうでも良い、そこにお前の気持ちはあるのかと。
    お前の気持ちと言われてもファイにはわからなかった。喜んだ際に全身を駆け巡ると言われる高揚感も、悲しみと共に襲いかかる喪失感も、ファイは生まれてこの方感じたことがない。どれも周囲の人間や本の中から得たただの情報に過ぎない。だから何かを成し遂げて得る感情をファイは知らない。
    そして、だからこそ、なのかもしれないとファイは思う。

    「ワタシが自ら捧げられることに対する自身の気持ちについては、正直理解しかねます。」

    ファイは膝を着いて縋り付く母親に凪いだ湖面の瞳を向けてそう言った。

    「人の感情を知りたくて日々学んできました。しかしいくら調べようとも、人がどういう理由でどういう種類の感情を抱くかなどそこには記されていなかった。きっと、普通の人間には当たり前すぎて説明の必要すらないのでしょう。」

    なぜ緑の勇者は敢えて危険を背負い戦ったのか、なぜ母親は最善を捨てファイを助けようとするのか。答えはわからない。

    「───ならば自分で体験するしかない。」

    自身にとっての最善を捨て、敢えて危険な道に進む矛盾を。
    そこに感情が伴うから、人は矛盾した行動をとる。それだけはわかるから、ファイはその逆をすることにした。行動から生まれる感情もあると本に書かれていたから。
    ファイが知りたいのは人の感情だ。どういう理由で人が感情を抱くのか知れればそれで良かった。なんとも素直で安直で、ファイらしい。
    ファイは膝を着く母親の、垂れ下がる銀糸で隠れた顔をそろりと覗き込んだ。その面影はファイを一番気にかけてくれる兄にそっくりで、彼のファイに対する優しさは目の前の母親譲りなのだと実感する。
    ファイは俯く母親の白銀の髪に指を滑らせた。兄のものと寸分違わぬ銀糸を指を通して体感する。そこに何か感じたかと考えても、やはりファイには分からなかった。
    ただ何故か彼女は今、兄や母親がこれからも平和な世界で暮らし続ける未来を想像していた。
    理由はわからなかった。

    「ギラヒムはワタシと共に生きる日々を生きがいだと言っていました。生きがいが何か調べたら、生きることの喜びであると記されていました。ではワタシにとって喜びとは何なのでしょうか。」

    ファイは先程読んだ御伽噺を思い浮かべる。自ら危険を背負い戦って、一生消えない傷まで負って、それでも最後に勇者は喜んでいた。きっと目の前にいる母親も、ワタシが捧げられずに済めば喜ぶに違いない。

    「それを知れればきっとワタシは喜べる。ワタシの生きがい、とでも言っておきましょう。」

    本当の意味で生きがいを知らずとも、人の振りだけはさせて欲しい。

    「だから是非、ワタシを捧げてください。」

    まるで機械仕掛けの人形のように鉄仮面な少女は、それでも届かない何かをこの手に掴み取ろうと必死に生きていた。
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    bimiusa9931

    DONEファイ&ギラヒムの誕生からスカウォ本編までに何があったのか、また彼らのこれからについて解釈したお話です。
    ⚠️スカウォと風タクのネタバレあり
    ⚠️捏造だらけ
    ⚠️ギラファイ前提
    ※作中に出てくる設定はハイラルヒストリアと百科の情報を元にしています。矛盾が生まれないように解釈したつもりですが、それでもところどころ見落としや説明の足りない部分があるかもしれません。
    それでもOKという方のみどうぞ!
    いつかまためぐり逢うその日まで【完全版】ファイが初めて天望の神殿で彼に出会った時、この世の全てを憎む禍々しさしか感じられなかった。彼女は無意識に、彼を倒さねばならないと理由もなく感じた。


    「フン、なかなかいいモノだね」


    戦闘中彼が「ファイ」に触れてきた時、理由もなく感じた既視感がなんなのか、感情を持たない彼女にはわからなかった。しかし、彼を倒さねばならないと強く思っていたはずなのに、何故か先程まで自分の考えていたこととは相反した思いが心の中を支配した。それは、人の言葉で言うところの「懐かしさ」というものであった。


    「さっきのギラヒムとかいう男、ファイに似てたね」


    何の気なしにファイの主人、リンクが呟く。
    聡明な彼女は悠久の時を生きて初めて感じた既視感とリンクの発言が無関係だとは思えなかった。自分はただ主人リンクのサポートをするためだけの存在でしかなく、感情も持ち合わせていないはずなのに、ファイの心の奥底にはもやもやとした説明のできない『何か』が確かに生まれつつあった。
    21804

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    bimiusa9931

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    「さっきのギラヒムとかいう男、ファイに似てたね」


    何の気なしにファイの主人、リンクが呟く。
    聡明な彼女は悠久の時を生きて初めて感じた既視感とリンクの発言が無関係だとは思えなかった。自分はただ主人リンクのサポートをするためだけの存在でしかなく、感情も持ち合わせていないはずなのに、ファイの心の奥底にはもやもやとした説明のできない『何か』が確かに生まれつつあった。
    21804