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    bimiusa9931

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    bimiusa9931

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    ファイ&ギラヒムの誕生からスカウォ本編までに何があったのか、また彼らのこれからについて解釈したお話です。
    ⚠️スカウォと風タクのネタバレあり
    ⚠️捏造だらけ
    ⚠️ギラファイ前提
    ※作中に出てくる設定はハイラルヒストリアと百科の情報を元にしています。矛盾が生まれないように解釈したつもりですが、それでもところどころ見落としや説明の足りない部分があるかもしれません。
    それでもOKという方のみどうぞ!

    #スカイウォードソード
    skywardSword
    #ゼルダの伝説
    theLegendOfZelda
    #ギラヒム
    ghirahim.
    #ファイ
    #ギラファイ
    giraffe

    いつかまためぐり逢うその日まで【完全版】ファイが初めて天望の神殿で彼に出会った時、この世の全てを憎む禍々しさしか感じられなかった。彼女は無意識に、彼を倒さねばならないと理由もなく感じた。


    「フン、なかなかいいモノだね」


    戦闘中彼が「ファイ」に触れてきた時、理由もなく感じた既視感がなんなのか、感情を持たない彼女にはわからなかった。しかし、彼を倒さねばならないと強く思っていたはずなのに、何故か先程まで自分の考えていたこととは相反した思いが心の中を支配した。それは、人の言葉で言うところの「懐かしさ」というものであった。


    「さっきのギラヒムとかいう男、ファイに似てたね」


    何の気なしにファイの主人、リンクが呟く。
    聡明な彼女は悠久の時を生きて初めて感じた既視感とリンクの発言が無関係だとは思えなかった。自分はただ主人リンクのサポートをするためだけの存在でしかなく、感情も持ち合わせていないはずなのに、ファイの心の奥底にはもやもやとした説明のできない『何か』が確かに生まれつつあった。
    彼女はこの時初めて、心の奥底に渦巻く『何か』を強く知りたいと思った。彼女が自分から何かを望むことなど生まれて初めてのことであった。

    主人と旅を続けながらファイは頭の片隅で心の奥底に居座る『何か』について考え続けていた。主人の支障にならぬよう、余計なことは考えるべきでないと理解していたものの、一度知りたいと思ってしまったことを忘れる事などできなかった。






    ***






    空の勇者が終焉の者を倒し、ファイは永い眠りについた。かつての主人、リンクと旅を続けたあの日から実に数千年の月日が流れた。彼女は悠久の眠りの中で封印を続けながらあの既視感について考えた。ギラヒムに懐かしさを感じることはあっても、己の認識する記憶の中に彼は存在していない。ならば湧き上がるこの懐かしさはなんなのか。そこまで考えて、ふと彼女は己が自我を持つ以前のことを疑問に思い始めた。

    というのも、ファイが初めて「意識」を手にした頃には既に、「己が『聖地』を守護し、勇者を導く者である」という使命のことしか頭になかったのである。

    ここで少し説明をすると、『聖地』とは神々の遺産・トライフォースの眠る場所のことを指す。その『聖地』を開くための鍵として「マスターソード」が存在しており、その剣に宿る精霊こそファイなのである。

    言うなれば、彼女は勇者を導く使命を負う者であると同時に、トライフォースの眠る『聖地』の守護を任された者でもあるのだ。そんな使命を女神から託される以前の記憶が、ファイにはなかった。

    もちろん彼女は己が女神によって創造された剣であることを理解していた。しかし、それは彼女が自我を持ち始めた後に女神からファイに伝えられたことであって、ファイ自身がその事実を認識した訳では無い。

    やはり、己が意識をもつ以前の記憶が全くないことは少々不自然であると、剣の精霊・ファイは考える。言ってしまえば、彼女は自分のことさえよく分からないまま聖地の守護者としてただそこに存在しているだけの、曖昧な存在だったのだ。

    また、彼女の最初の主人であるリンクが最終決戦前にギラヒムと戦った際、彼は己が『剣の精霊』であることを明かしたのだ。同じく『剣の精霊』であったファイは、彼と自身との関係について考えずにはいられなかった。なにしろ、長い時を生きてきた中で同族を目にしたことなど、その時が最初で最後だったのだ。彼女は己が意識を得る以前の「欠けた記憶」の中に『ギラヒム』についての情報も含まれているのではないかと推測した。

    ファイは己の存在理由と「欠けた記憶」、そして『ギラヒム』について考え続けた。彼について考えれば考えるほど、覚えのない感情が心を支配した。それは、かつての主人、空の勇者から教えてもらった「喜び」や「感謝」の感情とは異なった性質を孕んでおり、何故か彼女の胸を締め付けさせるような、そんな気分にさせた。

    しかし、いくら考えたところで眠り続けることしか出来ない彼女には何の手がかりも掴むことが出来なかった。彼女は女神に問いかけた。何故ファイにこの役目を与えたのか、『ファイ』とはどのような存在なのかということを。そして、心の中に残り続ける『彼』のことも。

    それでも女神は答えてくれなかった。時が来たら教えましょうと、悲しげな顔で零すのみだった。ファイは初めて己の『やるせなさ』に打ちひしがれた。何も出来ない自分がやり切れなかった。

    今はただ、終焉の者の残留思念を完全に消滅させることにのみ専念すべきだと、「知りたい」と願う本心を押し殺すことしか出来なかった。







    ***







    更に数千年の時が流れ、ファイは遂に終焉の者の残留思念の完全なる消滅に成功した。人の目から見ればあまりにも長い時の流れであったが、彼女が『彼』を忘れることは一時として無かった。終焉の者の完全な消滅によって世界の平和が保証され、使命を一つ果たした彼女の前に、遂に女神が姿を現した。女神はファイに語りかけた。


    『マスターソードの精霊ファイよ、よくぞ使命を全うしてくださいました。あなたを長きに渡り使命によって縛りつけてしまったこと、どうかお許しください。』


    ファイは何故女神が己に頭を下げるのか分からなかった。己に与えられた使命を全うすることなど彼女にとって当たり前だったからだ。しかし、悠久ともいえる時をたった一人で封印のために眠ることしか出来ないというのがどんなに辛く悲しいことであるか、彼女は理解していなかった。『孤独』がいかに寂しい感情を纏うかを理解するには、ファイの心はまだまだ未熟過ぎたのだ。

    彼女は、こういう時どのように言葉を返せばいいのか分からないでいたが、少し考え込んだ後、ずっと前から知りたいと思っていたあれらのことを今ここで尋ねようと決めたのだった。


    「…………ハイリア様、使命をひとつ果たすことができた今、もしお許しいただけるなら、下僕ファイが貴方に幾つかお伺いしたいことがあるのです。」


    ファイは相変わらずの無表情であったが、本人の中では「尋ねるなら今しかない」という心持ちであった。何しろ、人とは異なる時の流れを歩む彼女達には、次に相対できる日が数千年後といったことも普通に有り得るのだ。

    ファイは少し緊張した雰囲気を纏わせながら女神の言葉を待った。ほんの少しの沈黙の後、ついに女神が口を開いた。


    『…分かりました。私に伝えられることならば全てあなたに話しましょう』


    女神があまりにあっさり承諾してくれたことにファイは少し戸惑った。彼女が疑問を抱き始めてから数千年、いくら尋ねても教えてくれなかった問いに今、女神が答えようとしている。

    ひと呼吸おき、ファイは口を開いた。


    「………ハイリア様、何故あなたはワタシに使命をお与えになったのですか。何故「聖地の守護者」が『ファイ』でなければならなかったのでしょう。
    ………また、ファイが意識をもつ以前の記憶が無いのは何故なのでしょうか。ワタシの欠如した記憶と『ギラヒム』との間には、何か関係があったのでしょうか……………」


    女神は動じなかった。人の感情を覚えつつあるファイにはいずれ全て知れてしまうことである。終焉の者の消滅に成功した今、彼女に全てを話す時が来たのかもしれないと、女神は腹をくくった。


    一泊置いて、女神が口を開いた。


    『ファイよ、これはあなたとギラヒムの誕生にまつわるとても重要な話です。

    あなたとギラヒムは────────』




















    女神が語ろうとした、次の瞬間























    ドーンという大砲のような音が神殿内に轟いた。どうやら封印の神殿入口付近が爆発したらしい。ゴォーという音が地響きと共に神殿内に反響した。爆風で土煙が舞い、視界が遮られてしまった。女神とファイは一瞬とも永遠ともいえるような時を過ごした。あまりにも突然の出来事に二人とも思考が追いつかなかった。ファイは女神の身の安全を確保するため、彼女を神殿奥の祭壇まで避難させた後、周囲に注意を払いながら入口付近を調べに向かう。
    やがて、神殿入口の方向から「カツカツ」という足音が聞こえてきた。神殿を爆破したと思われる人物がファイの目の前に現れた。



    その人物は血のように赤いマントを身に纏い、右耳に青いクリスタルの耳飾りを揺らしていた。アシンメトリーの長い銀髪から除く切れ長の目は出会った頃と寸分も変わらずにファイを捉えた。彼女が長い間忘れることの出来なかったあの男が、まさに今目の前に現れたのである。

    「おや、君は女神の使いっ走りの天剣じゃないか。
    こんなところで再び相見えるとは……
    ワタシの命運もあの時尽きたと思われたけど、あながちそういうことでもなさそうだね」

    まるで『ファイに会うため』にやってきたとでもいうように語るギラヒムは、歪な笑みを浮かべながら舐めるように目の前の彼女を見つめた。

    『何故あなたがここに…終焉の者の敗北とともにあなたも消滅したはずです!』

    神殿奥から女神が飛び出し、声を荒らげる。
    そう、剣の精霊ギラヒムは空の勇者リンクが終焉の者にトドメを刺したと同時に消滅したはずであった。どういう訳か生きながらえた彼は傷をおうどころか逆に魔力で満ち溢れ、生き生きとしていた。


    女神が「終焉の者」という言葉を口にした途端、ギラヒムの態度は豹変した。

    「うるせぇ!女神風情が魔王様の名前を軽々しく口にするんじゃねぇ!」

    ドスの効いた声は重い空気を纏い神殿中に反響した。彼の体表は剣の表面を再現するかのように硬質化し、赤黒く変色した。彼は己の主人をまさに今、目の前で完全に失ったことで悲しみに溺れているようだった。しかし、その割にはどこか余裕気な表情も垣間見せるギラヒムに、女神とファイは底知れぬ恐怖を感じたのだった。


    女神はとても焦っていた。彼が生きていてここを訪れる理由など一つしかないからだ。


    やがてギラヒムは焼け付く重い空気を切り裂くように声をあげた。


    「……あの方は消滅する寸前、残っていた魔力を全て俺に与えてくださった。俺に「生きろ」と仰った。
    だから俺は生きた。大切なものを奪ったお前らを憎みながら数千年生きた。

    ………お前らは俺が希望を抱いた瞬間に大切なもんを全部奪っていくよなぁ、、、
    なぁ、そんなに楽しいか?
    あぁ、楽しいよなァ、、
    わかるぜ、俺は今から全く同じことをお前らへ返してやる。
    俺はなんとしてでも、俺の命に替えても大切なものを取り戻す。
    俺も、これからお前らに起こることが楽しみで仕方ねぇぜ…」


    女神は歯を食いしばった。やはりギラヒムはこの場所に眠るトライフォースを求めてやってきたのだ。この場所で終焉の者は消滅したが、それと同時にここは『聖地』でもあり、正しく「トライフォース」の眠る場所であった。

    だとすれば、今この場で一番危険なのはファイである。彼女は終焉の者を封印し消滅させることの他に、もうひとつ重要な役目があった。
    そう、前述の通り、ファイは元来トライフォースの眠る『聖地』の守護者であり、聖地へ入るためのセーフティーロックのような存在であった。つまり、ギラヒムはセーフティーロックであるファイを破壊することによって聖地に乗り込み、そこに眠るトライフォースを手中にしようと企んだのだ。無論、ギラヒムの目的は彼が慕ってやまない終焉の者の復活であろう。


    ギラヒムは歪んだ表情で目の前のファイを見つめた。この世の憎悪を全てかきあつめたような表情だった。

    「おい、女神の犬。あの時はよくも俺の中枢をめちゃくちゃにしてくれたな。
    あの痛み、苦しみ、忘れたことなんてない。全く同じものを今からお前に味あわせてやる!」

    「あの時」とは、恐らく最終決戦前の戦いの事を言っているのだろう。確かに彼女はそのように思われても仕方のないことを彼にした。彼にとってファイが憎むべき存在であることに違いはないし、彼女にとってもギラヒムは倒さねばならぬ存在だった。それなのに何故か彼女は、彼にそのような感情をぶつけられたことに酷く胸の痛みを覚えた。



    「……………………………………」



    ファイは考えた。彼は自分の命に替えても守りたい大切なものがあると言った。では己にとっての大切なものとは一体何なのだろう。しかし、いくら考えても彼女には分からなかった。ただ、彼の大切なものを奪ってしまったことに訳もなく心の痛みを覚えるのみだった。



    ファイは考えた。彼の大切なものを奪ったことが本当に正しい行いだったのかを。

    ……己の思う「正しさ」とは本当に全て「善」なのかを。

    しかし彼女には分からなかった。ただ、感情の乏しい己に「正解」など解るはずもなかった。



    彼女は何も言えなかった。何を言えばいいのか分からなかった。感情の欠落した己の考えることなど正しいはずがないと、それだけは理解していた。

    それは人の言葉で言うところの「諦め」だった。





    ギラヒムは禍々しいオーラを纏いながらファイめがけて突進した。酷く冷静な頭は、己の胸部のクリスタルを破壊するつもりなのだろうと勝手に分析した。剣の精霊にとって胸部のクリスタルは一番の急所となる。砕かれればほぼ間違いなく存在を保てず消滅するだろう。しかし、彼女はそれでもいいと思った。それが今彼女の思う「正しさ」であった。



    彼の黒く硬い皮膚がクリスタルに掠れる。そこにはかつて感じた「懐かしさ」が確かに存在していて、彼女は自分がこれから消滅する身だというのに酷く心地良さを覚えていた。この感覚に名前をつけられないことだけが彼女の心残りだった。



















    己の頬を伝う水滴が地面に跡を作る頃には自分はもうこの世に居ない。



    願わくば、悲しげに涙を流す彼の心が救われますように。


























    神殿に雫の落ちる音が響いた。


    それは、感情を持たぬはずの精霊『ファイ』が生まれて初めて流した涙だった。
































    「────────っ!!!」




















    次の瞬間、目もくらむような光が神殿中を覆った。

    女神はハイリアの美しい自然に宿る精霊たちに語りかけた。どうかあなた達の力を貸してくれないかと。精霊たちは答えた。彼らは彼女の統べる美しい大地が大好きだった。ハイラルの美しい自然に溢れるエネルギーは、大地を統べる彼女の力そのものだった。光り輝く分厚い壁が女神とファイを包み込む。

    「何故だ!何故攻撃が通らない!」

    ギラヒムの叫ぶ声が響き渡る。彼の悲痛な面持ちは絶望の色に染まっていた。

    女神は大地の精霊達の力で彼を拘束した。

    『精霊ギラヒムよ、もう無益な争いは終わりにしませんか』

    「うるせぇ!もうなにもかも遅いんだよ。俺の大切なもん全部奪っておいて上から指図すんじゃねぇ!」

    ファイは霞む意識の片隅で二人の会話を聞いていた。

    彼女は動揺した。先の攻撃で自分は消滅したはずなのに己の意識はまだ生き続けている。

    二人の会話はまだ続く。

    『あなたは終焉のものが完全に消滅し、私とファイが油断したこの瞬間を狙っていたのですね…。』

    女神は辛そうな表情を浮かべながら続けた。

    『あなたには知る由もなかったと思います。あなたと同じく、私もまた同じ過ちを繰り返さぬよう、このような事態に備えて準備してきましたから。』

    「同じ過ち」とは一体何なのかファイは考えた。やはり女神はファイに何かを隠していた。女神とギラヒムとの間には、決して拭うことの出来ない確執が確かに存在していた。そして、きっとそこには意識を得る以前のファイの存在も関係していることだろう。

    ギラヒムは苦しげな表情を浮かべた。この日のために幾千年かけて準備してきたことの全てが灰燼に帰した。彼と同じく、女神もまた数千年の時をかけて「いつか起こるかもしれないこの時」のために備えてきたのだ。同じ条件下で比較した時、精霊のギラヒムは「神」の力に叶わなかった。

    彼は女神に負けたのだ。たとえ数千年かけて蓄えた魔力が彼にあったとしても、ハイリアの全てを味方に付けた女神に叶うはずがなかった。

    女神は何かに耐えるかのような表情でギラヒムに語りかけた。

    『…私があなたに対して行ってきたことは決して許されるものでないと理解しています。あなたが私を憎み、殺めたくなる気持ちも理解しています。しかしどうか、今この瞬間だけは私の話に耳を傾けてくれないでしょうか。』

    ギラヒムは全てを諦めたように地面に崩れ落ちた。怒りさえ湧いてこなかった。広大な大地のエネルギーを目の当たりにした瞬間、いかに自分がちっぽけな存在であるかを悟った。

    「もう、いい。もう俺は考えることも疲れた。お前らの望むようにすればいい。」

    『…ありがとう、ギラヒム』

    おもむろに、女神はファイに向き直った。

    『ファイ、意識はありますか?』

    ファイは霞む意識を何とか奮い立たせ、重い口を開いた。現状を何も理解していない彼女であったが、胸の中のジクジクとした痛みだけは鮮明であった。

    「イエス、ファイの意識は正常に稼働しています。
    ………ハイリア様、何故ワタシの胸はこんなにも痛むのでしょうか。この胸に巣食うジクジクとした痛みを、ファイはなんと表現したら良いのでしょう………」

    女神は泣きたくなった。
    全て己の始めたことだったとしても、ファイが感情を『取り戻しつつある』ことに涙が止まらなかった。

    女神は厳かな雰囲気をまといながら二人の精霊を見やった。

    『今こそ話しましょう。』

    これから語られる話は、世界に二つしか存在しない剣の精霊達の誕生と、彼らを取り巻く運命の物語である。






    ***






    かつて、世界の均衡を保つため、三大神によってトライフォースが創造された。トライフォースは触れたものの願いをなんでも叶えてくれる万能の力であったが、願いの善悪の判断をしなかった。何故なら、一方の信じる善がもう一方にとって悪となる可能性があるように、善と悪は立場によって常に変化するという世界の理があったからである。立場が変われば「善」は「悪」となり、その逆もまた然り。トライフォースはそんな世界の理の元で創造されたのだ。

    何でも叶える万能の力はいつの時代も争いの元となった。そこで女神ハイリアはトライフォースを「聖地」に収め、人々が簡単に見つけることの出来ないようにした。そして、女神が聖地を創る際にその守護者として創造されたのが、「思考」と「感情」を持つ剣の精霊『ファイ』と『ギラヒム』である。二人は善悪が立場によって逆転する世界の理の象徴としての側面も持ち合わせ、それは正に互いに『対』となる存在であることを意味した。世界に二つしか存在しない剣の精霊は、二人ともトライフォースの眠る聖地を守護するという重要な使命を担っており、そういった意味でもお互いに分かり合える唯一の存在であった。

    やがてトライフォースの眠る聖地の存在が伝説として語り継がれるようになった頃、二人は大地の人々から厚い信仰を受けるようになっていた。創造当初から精霊体だけでなく人の姿も与えられていた二人は人々にとってより身近な存在となり、二人もまた大地の人々を深く愛したのだった。

    あるとき、トライフォースの存在を信じ、聖地を見つけようとする者たちによって戦の耐えぬ時代があった。世界が荒廃していく中、平和を望む人々からの悲痛な叫びに二人は深く嘆いた。やがて感情を持つ二人は、いつの時代も争いの原因となるトライフォースの存在に疑問を抱くようになった。そもそもトライフォースが存在しているせいで争いが絶えないのだから、トライフォース自体を消滅させれば無益な争いをうむこともないと、そう考えたのである。ファイとギラヒムは女神に創造されはしたものの、大地の人々の生活に寄り添う日々を送っていた彼らにとって、いつしか考え方も生活に苦しむ民の実情に寄り添うものへと変化した。そんなこともあって、いつしか二人は女神の意向に背くようになり、トライフォースの消滅を主張するようになってしまったのである。

    対して、女神もその事については常々考えていたのだが、前述の通り、トライフォースは世界の均衡を保つために必ず存在していなければならないものなのである。この世に存在する全ての「モノ」は『フォース』と呼ばれるエネルギーをその身に宿しており、その中でもトライフォースの持つ力は別格であった。世界の秩序を保つほどの膨大なフォースを宿す黄金の聖三角を破壊することで、世界は秩序を保てなくなり、崩壊してしまう。天変地異が起こり、世界の均衡は乱れ、魔物の徘徊する恐ろしい世界となってしまうのだ。そのようなこともあり、女神は何度も二人にこのことを説明したのだが、それでもファイとギラヒムは目の前で困っている人々を見捨てることが出来なかったのである。

    やがて二人は「聖地の守護」という課された使命よりも目先の人々の救済を優先するようになった。彼らが聖地の守護を放棄し、聖地が手薄になったことで第三者にトライフォースを奪われる危険性が増え、間接的にではあるが世界は危険にさらされることとなった。

    全ては二人が人々の気持ちに寄り添いすぎた結果であると考えた女神は、二人に感情を与えてしまったことを後悔した。そこで女神はまずファイの感情を抜き取り、使命以外のことを考えられないようにした。感情を持つ精霊として彼女が過ごしてきた記憶もまた、全て忘れさせる他なかった。また、人の姿を与えたことも大地の人々と近くなりすぎた原因であると考えた女神は、人の姿までもファイから奪い去ってしまう。このようにして彼女は、ただひたすら聖地を守ることだけに徹する機械のような存在となってしまったのだ。

    これに対し、ギラヒムはただただ絶望した。彼だけは上手く立ち回り、運良く女神に感情を抜き取られることは無かったが、感情を抜き取られたファイは女神に従順な下僕となってしまった。互いに『対』となる、まさに片割れのような存在の感情を抜き取られたことは、ギラヒムにとって彼女の死を意味した。さらにあろうことか、女神に歯向かうギラヒムは、感情を失ったファイにとって「反逆者」となってしまったのである。ギラヒムはただただ女神を憎み、恨んだ。この頃にはもう彼は世界の平和などどうでも良くなっていた。

    やがてギラヒムは、ファイを取り戻したいという気持ちの元、聖地の守護者としての立場を利用してトライフォースを手中にしてしまう。
    彼はトライフォースが何か一つだけ望みを聞いてくれるという時に、最初はファイの感情を取り戻すことを優先させようとした。しかし、その度に障壁となって現れるだろう女神の存在を考慮し、結局は「女神ハイリアの持つ神の座を手に入れること」を願ったのだった。己がハイリアに代わって神になってしまえば、ハイリアと同等の力を利用してファイに感情を戻してやることが出来る。また、己が神になればハイリアを女神の座から引きずり下ろすこともできる。そうすることでハイリアは神の力を失い、ギラヒムに刃向かえる力もなくなるだろう。まさに彼にとってはこれ以上ないほど好都合な願いであった。

    しかし、その願いは完全に叶えられることは無かった。「知恵・力・勇気」の三つの性格を等しく持ち合わせた者にしかトライフォースの真価を発揮させることが出来なかったため、トライフォースを構成する三要素のうち彼が一番望む「力」を司るトライフォースのみが彼の手元に残った。

    トライフォースは三つが全て揃わなければ完全な力を発揮しない。

    結局ギラヒムの願いは女神ハイリアの神としての力を極力弱めることだけに留まった。彼はハイリアに代わって神になることが出来なかったのである。

    やがて、願いの実現に失敗したギラヒムは今度こそ女神を打倒するため、遂に「禁忌」に触れてしまう。それがかの『終焉の者』である。終焉の者はかつて地上を支配しようと地上の至る所で残忍な所業を行っていたが、ある時代に女神によって封印されてしまっていた。ギラヒムは手に入れた「力のトライフォース」と己が精霊としての特性として与えられた本来の力を用いて遂に『終焉の者』の復活に成功してしまう。

    復活した終焉の者はギラヒムの心に巣食う『闇』に漬け込んた。「我に与すれば女神の力など取るに足らぬと思えるほどの力を授けてやろう」と唆した。それは甘美な響きを伴って彼の脳髄を震わせた。

    終焉の者に唆されたギラヒムの心は増幅した『闇』によって日に日に蝕まれていった。時間が経つのと比例して、女神を憎む心は益々狂暴さを増していった。

    やがて、悠久とも言えるような年月が過ぎ、身を焦がすような憎しみはいつしか「ファイを取り戻す」という気持ちさえも奪ってしまった。また、彼は復活した終焉の者のあまりに強大な力に畏怖の念を抱くようになり、いつしか終焉の者を崇敬するようになった。自身に宿った「力のトライフォース」も終焉の者が望んだため、譲ることを厭わなかった。彼はひたすら終焉の者の願いを聞き入れ実行に移す従順な下僕となり果てた。もはや彼はファイがかつて自分にとってどのような存在だったのかも気づけずに、女神打倒による世界の破滅だけを願う悲しい存在となってしまったのである。

    女神は己の使命と私情との狭間で葛藤した。たとえファイやギラヒムが彼女にとって大切な存在だったとしても、ハイリアを統べる彼女は大地の人々の平和のために私情を殺さねばならなかった。

    女神は何度もギラヒムを諭した。全て己の始めたことだったとしても、彼がファイを忘れてしまったことが辛く悲しかった。しかし、憎しみに心を支配された彼には女神の言葉が聞こえなかった。終焉の者から多大な魔力を得た彼は何度も何度も女神を攻撃した。最早女神は彼を諭すことを諦めるほかなかった。

    その後、女神ハイリアはギラヒムによって復活した終焉の者を再度封印し、力のトライフォースの奪取に成功したものの、ギラヒムによって神の力のほとんどを奪われた彼女が終焉の者を封印し続けることは難しく、いつ封印をといて襲ってくるか分からない状況まで追い込まれてしまった。

    追い詰められた女神は、トライフォースを使用して終焉の者の完全な消滅を願う事を考えた。しかし、トライフォースは神には扱う事ができなかったため、女神は地上に残った人間、そしてトライフォースとそれを守護する剣の精霊・ファイを空へと逃がし、人間として転生することを決意したのである。




    ***




    『そして、私が人間に転生した姿こそ、かつてのあなたの主人、空の勇者リンクの幼なじみ、ゼルダなのです』



    ──────────











    彼は、ギラヒムは、全てを思い出した。
    己の心が闇に飲み込まれるほどに、自分にとって彼女は大きな存在だった。彼はこくりと湿った空気を嚥下して、真横に坐している己とは対の精霊を見つめた。彼女もまた、ゆっくりと顔を上げて彼を見つめ返した。

    おもむろにギラヒムが問いかける。

    「お前は、思い出したのか」

    それを聞いて、ファイは感情の読み取りにくい表情を崩さずに答えた。

    「………わかりません。
    ファイにはまだ実感がわかないのです……
    しかし、あなたに対して懐かしさを覚えているのもまた事実です。……あなたのことを更に知りたいと思う自分は確かに存在しています。」

    「…………そうか」

    それ以降、会話は続かなかった。
    永遠とも思える沈黙を破ったのは二人の創造主、女神ハイリアである。

    『ファイにギラヒム。あなた達は、これからの己の在り方について決めてゆかねばなりません。これからどう過ごしていくのか、二人の考えを聞かせて欲しいのです。
    無論、今直ぐにとは言いません。時間は存分にあります。自分の納得出来ると思う答えが出た時には、神々にこれからの己の在り方を示しなさい。いいですね?』

    優しく諭すように女神が言う。
    彼女は続けた。

    『ギラヒム、申し訳ありませんが、現魔族長であるあなたを今外の世界に帰す訳にはいきません。暫くは私の監視下の元、ファイと共に封印の神殿で過ごして貰うことになります。勿論、あなたが私たちに危害を加えるようなことをしない限りは神殿内を自由に過ごしてもらっても構いません。』

    女神は少し苦しげな表情をして、さらに続ける。

    『……私が言えたことではありませんが、ギラヒムにファイ、あなた達は少し己の心に休息を与えた方がいい。いくら世界の平和のためとはいえ、勝手な都合であなた達の運命を狂わせてしまったことを、私はずっと後悔していました。これがあなた達に対する贖罪となる筈もありませんが、なるべくなら、あなた達にはこれからの日々を自分達の望む在り方で生きて欲しいのです。』

    無論、それでも世界の安寧を第一に考えねばならないのは変わりませんが、と女神は付け加えた。


    「ワタシは別に、それでもいい。」

    少しの間を置いてギラヒムが告げる。

    「ワタシも、少し考えを整理したいと思っていたところだ。……君とも話したいことがあるしな。」

    そう言って、彼は己の隣に座す聖剣に視線を向ける。
    その言葉に反応して、青い精霊はふるりと体を震わせた。





    ***





    「……ワタシはやはり、これからを君と共に過ごしていくべきでは無いのかもしれない」

    ある温かな昼下がり、聖剣の台座付近に腰を下ろしたギラヒムがやんわりと言い放った。
    彼の声に反応し、マスターソードの精霊は柄から姿を現した。そのまま彼の隣へと舞い降りて、静かに目を伏せ問いかける。

    「…何故」

    ファイから発せられた声は心做しか震えているようにも思える。そんな彼女の様子に気付かぬふりをして、ギラヒムは口を開いた。

    「……ワタシはあの頃、確かに君のことを大切に思っていた。君よりも数千年長く、人の感情と共に生きてきた今だからわかる。かつてワタシが君に向けていた感情は、きっと人が抱く『愛』に近いものだったのだろう。」

    何かを懐かしむように、穏やかな目付きで彼は語った。ファイの反応を待たず、彼は続ける。

    「……しかし、ワタシたちがこれからを共に過ごしていくには、あまりにもこの先障壁が多すぎる。」

    ファイと横並びに座るギラヒムは、前の方を向いたまま彼女に視線を向けることはしない。

    「……障壁、とは」

    淡々とファイは問いかける。彼女の纏う雰囲気が寂しげなものに変化したのを感じ取れるのは、かつての彼女の主人を除き、世界中どこを探しても目前にいる魔剣くらいのものだろう。
    ギラヒムは横目でチラとファイを見て、再度視線を正面へと戻す。彼はそのまま少しだけ俯き気味になって口を開いた。

    「……ワタシは確かにあの時、マスターに『唆された』のかもしれない。あの方に唆されて、都合よく扱われるだけのただの剣だったかもしれない。
    ……しかし、ワタシは考えてしまうのだよ。
    ──ならば何故、マスターはあの時ワタシに『生きよ』と仰ったのかを。」

    その言葉を聞いた瞬間、嗚呼、やはりそうなのだとファイは悟る。

    彼はその後も一つ一つ噛み砕くように言葉を紡いだ。

    「君を愛する気持ちは変わらない。ワタシと君はそうなるべくして生まれた存在だからだ。
    ……しかし、それと同じくらい、根本からワタシと君とは変わってしまった。」

    ファイは何も返さない。ギラヒムのやけに芯の通った声だけが彼女の鼓膜を震わせた。

    「ワタシは今、魔族を統べる長だ。マスターから与えられたこの役目を、途中で投げ出すことは出来ない。」

    「…………………………」

    耳が痛くなるほどの沈黙が二人の間を貫いた。
    そんな沈黙を最初に破ったのは、ファイの方であった。

    「……ワタシがあなたの立場でも、そうしていたと思います」

    なんとはなしにファイはギラヒムに語り掛ける。

    「主を慕い、使われる『喜び』を、ファイもかつてのマスター、リンクから学びました」

    彼女の言葉にギラヒムはハハと吐息混じりの笑みを零して、ファイに語りかける。

    「きっとこれは、剣として産み落とされたワタシたちには永遠についてまわる感情なのだろうね……」

    「………………」

    「魔族と人間。絶対に相容れないと誰もが思うだろうし、実際そうなのかもしれない。もしこの関係を続けたなら、ワタシと君の関係も、永遠に相容れない。」

    伏せ目がちにギラヒムが続けた。

    「けれど、全てを思い出してしまった今、君の全てと決別なんて出来はしない、……したくないとも思ってしまう。
    ……こんな中途半端なことを考えてしまうワタシは剣の精霊失格だな」

    それは、……

    「それは、ファイも同じことです」

    彼女は顔を上げ、おもむろに呟いた。

    「以前伝えたように、ワタシは欠落したあなたとの記憶を完全に思い出したわけではありません。実際、あなたと過ごしてきた筈の日々にまだ実感を持てないでいます。
    ……けれど、妙に惹かれてしまうのです。あなたの隣にありたいと理由もなく思うのは、きっと精霊に有るまじき感情、使命を果たすのみのワタシたちには要らぬ私情なのでしょう……」

    「………君も随分と、人らしくなったみたいだ」

    「……………………」

    ギラヒムの言葉にファイは無言を貫く。
    永遠とも思える沈黙を先に貫いたのはギラヒムだった。悠然と顔を上げ、横に座る天剣の顔を見つめ言い放つ。

    「ワタシは君とは居られない。
    けれど、時間を見つけて必ず君の元へ会いにいくよ。」

    彼から放たれた突然の言葉に、ファイが肩を震わせた。

    「……ワタシも君も、使命は果たさなければならない。だから、これから君とは個人的な関わり合いを築きたい。」

    それでもよいかと問いかけるように、彼は彼女の顔を見つめた。

    「……………………………………」

    ファイは何も発さない。ぽかんとした表情で、ただ彼を見つめるだけ。
    あまりに長く沈黙が続いたので、ギラヒムがふいと視線を逸らした。

    「…………何か言ったらどうなんだい」

    そう呟く彼の顔は、心做しか赤くなっているようにも思える。

    「……嬉しい、です」

    おもむろにぽそりと呟かれたその言葉は、ギラヒムを動揺させるには十分すぎるほど衝撃的なものであった。感情に乏しい彼女が自ら思い、考え発せられたセリフは言霊となって彼の心に深く染み込んだ。かつての記憶、感情豊かに優しく微笑む彼女の姿がギラヒムの脳裏を掠る。

    「……ギラヒム?」

    何も発さない彼を不思議に思ったファイが、何の気なしに問いかける。

    「いや、なんでもないよ」

    「そうですか」

    やはりその後の会話は続かない。再び沈黙が二人を取り巻いた。けれど、二人を包み込む空気は決して気の重くなるようなそれではない。優しく温かに二人を包み込み、寧ろ彼らは沈黙に心地良ささえ感じるのだった。

    「君はこれからどうするんだい」

    微睡みのような沈黙を突き破り、ギラヒムがファイに問いかける。

    「ワタシは……」

    ファイは思い返す。かつての主、空の勇者リンクと共に旅した記録を。そして、あの時彼に感じた『喜び』や『感謝』の感情を。
    彼女は大切な思い出を一つ一つ辿りながら言葉を紡いだ。

    「ワタシは、今までと同じくここで聖地を守り続けようと思います。」

    単調に話す彼女を横目にギラヒムが相槌する。
    ただ、とファイが付け加えた。

    「あなたと言葉を交わしたことで、もうひとつだけ、ワタシが果たしたいと思う使命を見つけ出すことが出来ました」

    「ほう、一体なんなんだい、その『使命』とやらは」

    ギラヒムが興味ありげに訊いてくる。

    そんな彼を一瞥して、ファイはしっかりとした口調で言葉を紡いだ。

    「かつて空の勇者リンクと共に旅した記録は、数千年経った今でもファイの中で最も重要な情報として刻みこまれています。自我の芽生え、『喜び』や『感謝』の気持ち、それら全ては、記憶を失ってからのワタシへ彼が初めて与えてくれたもの。ワタシが今あなたに対して満たされた思いを抱けているのも、全ては彼のおかげなのです。」

    ギラヒムは何も言わなかった。暗に続けてくれという意図を汲み取り、ファイは口を開く。

    「リンクはワタシの自我を芽生えさせたいなどとは、最後まで思っていなかったはずです。ただ使命完遂の為の下僕でしかなかったワタシに自我を芽生えさせるほどに光輝く魂を、彼はその身に宿していた。そんな彼の紡いだ物語を、ワタシは後世に遺したい。」

    芯の通った美しい声でファイは言い切る。
    暫くの沈黙の後、ギラヒムがポツリと呟いた。
    なんだか、嫉妬してしまうね、と。

    それを聞いたファイは顔を上げ、彼と視線を絡ませた。

    「それを言うなら、あなたも同じです。
    あなたが終焉の者に対して抱く純な思いが本物であると、共に言葉を交わしたことで気づけました。そしてあなたのおかげで、ワタシもリンクへと向ける自分の思いに気づくことが出来たのです。気づきを与えてくれたという意味では、ギラヒムもワタシにとってかけがえのない存在なのです。」

    彼女は少し天を仰いで、崩れかけた天井から零れる日の光を見つめながら続けた。

    「きっと、記憶を失う前のワタシにとって、あなたと共に過ごす日々はとても輝かしいものだったのでしょう。……それこそかつてのワタシにとってギラヒムは、自我を与えてくれたリンクと同じような存在であった筈だと、確信めいたものを感じています。」

    何も言わずに正面を見続けるギラヒムの前へふわりと降り立ち、ファイは唄うように告げた。

    「ワタシは聖地を守護しながら、空の勇者リンクの記録を後世に紡いでいこうと思います。」





    ***





    あれから暫くして、彼らは神々に己の願うこれからの在り方についてを示した。
    それを聞いた女神は、二人に向けてそれぞれ言伝を遺すことになる。

    まず女神はギラヒムに向けてあることを告げた。

    『ギラヒムよ、あなたの魔族長であり続けたいという願いを叶えるためにはいつくかの制約を設ける必要があります。全てを思い出したあなたなら理解していると思いますが、あなたの率いる魔族が世界の均衡を乱そうとするならば、あなたにもそれなりの制裁を与えねばなりません。』

    その言葉を聞いたギラヒムは神妙な面持ちで女神に言葉を返した。

    「そのことについては理解している。あれからワタシも考えた。どうすれば人と魔族が分かり合えるのかと。結論を言えば、それは難しいだろう。基本的に人と魔族は相容れない。長い年月をかけて刻まれた両者間の血塗られた歴史は、簡単に覆せるものではないからだ。」

    『では、その問題を少しでも解決へと導く考えが、あなたにはありますか?』

    女神の言葉に、ギラヒムは一呼吸置いてあぁと頷いた。

    「ワタシは貴女にあることを提案したい。ワタシは魔族の長として、これまで通り彼らを率いる。そのとき、我ら魔族は極力人間と関わらないようにする。他人のものを奪う考え方を改め、魔族が本来持ちうる良さを生かす方向へと考え方を転換させるよう、ワタシは魔族長として彼らに働きかけようと思う。」

    彼の話を、女神は静かに聞いていた。おもむろに彼が続ける。

    「無論、この話はそう簡単にいくことではないだろう。魔族が元来抱えている攻撃的な性格を、少しばかりの時間で変えていくことは不可能だからだ。
    しかし、そうすることで人間達にとってはワタシという存在がある程度魔族の抑止力となるのもまた事実。それに、女神である貴女にとって、遺された魔族を野放しにするよりよっぽど安全な策である筈だ。
    また、奪うのではなく新たに生み出していこうとする考え方は、我ら魔族にとってもより良い発展の兆しとなる。
    …………ふと思う。我ら魔族がいつも人間に負け続けていた理由を。
    他人から奪うことばかりを考えて、より良いものを生み出すために試行錯誤することを放棄した魔族がいくら力の面で人間に優っていたとしても、それは本当の強さでは無い。そのことを、ワタシは最近になってようやく気づいたんだ。」

    彼の言葉を、女神は静かに聞いていた。
    最後に付け足すようにギラヒムは告げた。

    「何より、マスターは魔族の繁栄を何よりも望んでいた。いつからか魔族の不遇を気に病んで他種族を攻撃するようになってしまったが、数千年の時をあのお方の下僕として過ごしてきたワタシにはわかる。確かにあのお方の根底には、魔族を心から愛する気持ちが存在していたのだと。ワタシはマスターの意向に添い、魔族をより良い繁栄へと導く使命がある。」

    しっかりとした口調でギラヒムは言い切った。女神は潤む両の瞳で彼を見つめ、おもむろに言い放った。

    『今のあなたならば、安心して魔族のこれからを任せることが出来そうですね……。
    ……あなたが言うように、基本的に人間と魔族は相容れない存在でしょう。しかし、その裏でどこか期待もしているのです。人間も魔族も関係なく、互いが手を取りあって共生していく未来を。あなたのような人が増えればきっと、その願いは現実のものとなるのでしょうね……』


    暫くの沈黙の後、続いて女神はギラヒムの隣で静かに話を聞いていたファイに話しかけた。

    『ファイ、あなたは今までと同じく聖地を守護し続けるのだと望みましたが、本当にそれで良いのですか?もしあなたが望むなら、あなたを縛り付ける使命から解放してやることも出来るのに…』

    ファイもまた、運命に身を狂わされた存在であった。女神は己がファイに行った仕打ちに対して心を痛めていた。世界の平和が完全に保証された今、彼女を重く縛り付ける使命から解放してやることこそ、ファイの為に己ができる最大の贖罪なのでは無いかと女神は考えていた。
    だからこそ、彼女はファイの返した答えを聞いた時、驚きに目を見開くこととなったのだ。

    「ハイリア様、ワタシはあなたから与えられた使命を辛いと思ったことなど一度もありません。寧ろ、長い時を経てワタシに再び感情が形成されつつある今、己が剣の精霊でよかったと心の底から思えるのです。」

    女神の瞳を真っ直ぐに見つめ、ファイはさらに続けた。

    「そしてワタシはこれからも、あなたの愛するハイリアの地をこの目で見つめていたい。」

    空の勇者・リンクの紡いだ物語と共に。

    透き通った声で、彼女はそう告げた。





    二人の答えを聞いた女神は、涙が出そうになる反面、少し思い詰めたような表情をして彼らに言葉を返した。

    『わかりました。しかし、自ら望んで使命を担うということは、ハイリアの大地の全てに対する責任があなた達に重くのしかかってくるということでもあります。あなた達には常にハイリアの安寧を第一に考えた行動が強いられるのです。それはギラヒム、現魔族のあなたについても言えたこと。もしあなた達が自ら示した己の在り方に背くようなことがあれば、神々はあなた達を許さない。また、世界の安寧のためにはやむを得ないと、神々があなた達に理不尽な仕打ちをすることもあるでしょう。最悪の場合、それによってあなた達の存在自体が消滅してしまうかもしれない……。もしそうなったとしても、遺された者は使命のために奔走し続けなければなりません。』

    というのも二人には、己の使命を無下にして民個人の幸せを優先させたことで聖地を手薄にさせ、ハイリアの地を危険に晒した過去があったのだ。二人ともハイリアの平和を思っての行動ではあったが、結局はその行動のせいでハイリアを根本から危険に晒してしまった。二人は一番ハイリアの平和のためになる選択を見誤ったのだ。その結果彼らには女神からの制裁が与えられた。「ファイの感情、記憶、人の姿を奪う」という制裁を。

    女神は更に言葉を連ねる。

    『また、あなたたちの使命はハイリアの大地が消滅するその時まで続きます。ハイリアの大地の消滅は、トライフォースや精霊たち、さらにはハイリアの神々など、まさにハイリアの地に「伝説」として語られるものの全てが大地の人々から『忘れ去られる』時に訪れます。その時が訪れるまで、あなた達は使命によって縛りつけられるのです。そしてもしその時がやって来たとすれば、世界の理であるトライフォースのみを遺して、ハイリアの神々や精霊たちは共に衰退の一途を辿り、自ずと消滅していくのです。無論それはあなた達にも言えたこと。
    ……あなた達の望む使命に「終わり」はありません。つまり、あなた達の使命の完遂とは、あなた達の存在の消滅を意味するのです。』

    一呼吸おいて、女神は彼らを一瞥し続けた。

    『最後の確認です。
    それでもあなた達は自ら使命を負いますか?』

    ファイとギラヒムは顔を見合せた。ギラヒムはしばらくファイと見つめあった後、顔を上げて女神を見据え、しっかりと述べた。

    「ワタシたちはかつて重大な過ちを犯した。ファイの感情を貴女に抜かれたのはその罰であったのに、ワタシはその事にも気づかず憎しみに溺れて破壊を繰り返し、なんと惨めで自分本位だったのだろう。そのことに気づけた今、ワタシには新たにハイリアの安寧を護る義務がある。最もこの世に生きる人間や魔族のためになることを見極め、その結果、もし片割れの命が散ることとなったとしても、ワタシは己の使命を全うすると誓おう。」

    続けて、横で静かに話を聞いていたファイも口を開いた。

    「ワタシには、創造当初のギラヒムとの過去に対する実感がまだありません。…しかし、これから長い年月をかけて徐々に思い出していくのでしょう。その時に、ワタシの中に既に育ちつつある自分本位な思いが更に肥大して、使命の遂行を滞らせてしまうことがあるかもしれません。………はっきりとした確信には至りませんが、恐らくワタシは今もギラヒムを『愛して』いるのでしょう。しかし、それと同じほどに、ワタシはあなたの統べるハイリアの大地のことも深く『愛して』いるのです。そして、あなたから授かった使命のことも……。
    もし、聖地を守護していく過程で彼の死を受け入れねばならぬ時がきたとしても、ワタシはその事実を受け止めましょう。そして、ワタシがこの世に存在する限り、あなたの愛する大地の為につくすことを誓いましょう。」


    彼らの気持ちを聞いた女神は、二人のあまりに誠実な思いに感謝の念が耐えなかった。辛い思いをさせてしまったのにも関わらず、二人はその運命すら受け入れて、女神の統べる大地のために己が尽くすべきことを真剣に考えてくれている。

    女神は二人の思いに応え、より一層ハイラルを善き方へ導いていかねばと気を引き締めるのだった。

    女神は少し赤くなった瞳で彼らを見つめ言った。

    『二人とも本当にありがとう…………。
    きっと、長い時の中で思いもよらぬ困難があなた達を襲うこともあるでしょう。
    あなたたちは互いに異なる使命を背負う者ではありますが、もしそうであったとしても、世界に二つしか存在しない剣の精霊同士、どうかお互いに手を取り合うことを忘れないでください。
    ……あなた達の運命を狂わせてしまった私が言えることでもありませんが、私も、あなた達を創造したその瞬間からあなた達のことを我が子のように愛していました。
    そして、これからもあなた達に沢山の幸せが舞い降りることを祈っています。』






    ある日の温かな昼下がり、剣の精霊たちは産まれて初めて己の在り方に確かな願いを見出した。それは、彼らが各々の使命に囚われることなく自らの意思の元生み出された『私情』に基づいていた。

    剣の精霊たちはまだ知らない。己で自ら考え、そうであれと願い行動する心持ちが如何に望みを実現させるための大きな力となるのかを。
    そしていずれ気づくだろう。
    その力が、黄金の聖三角に縋らなくとも良いと思えるほどに、美しく偉大なのだということに。

    長い時の経過で朽ちゆく封印の神殿内部、崩れた天井の隙間から温かい陽光が差し込んだ。
    その光は、まだ見ぬハイリアの未来に希望を抱かせるように、彼らを柔らかく包み込むのだった。










    ***










    あの日から数百万年の月日が経った。

    ワタシの愛した大地は海の底に沈み、人々からは「ハイラル」という国があったことすらも忘れ去られてしまっている。

    世界が海に沈んだと同時に、世界の理であるトライフォースだけは消滅することなく欠片となってこの世のどこかに隠された。
    全て、かつて女神が言っていた通りとなった。

    ワタシは己の一生を振り返っていた。

    永遠のようにも感じる時の中で、ワタシは様々なことを体験した。
    あのお方、終焉の者が遺した呪縛によって、巫女ゼルダ・勇者リンク・終焉の者の魂をそれぞれ受け継ぐ三者は世界の命運を賭け何度も何度も争った。

    ワタシはマスターの生まれ変わりであるガノンドロフに付き従うことはしなかった。ガノンドロフは、ワタシが愛したあのお方のようでその実そうではない。ワタシに『生きよ』と仰ったあのお方は、あの時死んだのだ。

    その様に心の中で踏ん切りをつけたとしても、時が経つにつれて自我を失っていくあのお方の魂を見続けるのは心苦しいものがあった。しかし、だからこそワタシはあのお方の意志を受け継ぎ、魔族の更なる平和的な繁栄に無我夢中で力を注いだのだ。

    長い長い年月の中、ワタシの統率が上手くいって、魔族と人々が有効な関係を築けた時代もあった。しかしそれ以上に、元来人間と相容れない魔の者たちがワタシに背いて反乱を起こすことも数しれなかった。それでもワタシは奔走した。決して上手くことが運ばなかったとしても、もがき抗い続けた。それほどにワタシは彼らのことを大切に思っていた。

    しかし世界が海に沈んだ今、ワタシが、そしてあのお方が愛した魔の者たちはそのほとんどが息絶えてしまった。世界に取り残されたワタシは来たるべき消滅を静かに待つのみである。





    そしてそれは、ワタシの片割れについても言えたこと。

    地上が海に沈んだあの日から、ワタシはハイラル城の中枢、『退魔の剣』が安置された聖域で彼女、ファイを見守る日々を過ごしていた。

    「おはよう、ファイ」

    いつものように、一日の始まりに声をかけるが、彼女が反応することはない。

    「今日も君は、眠ったままなのかい」

    いつまで待っても言葉を発さない彼女に、一抹の寂しさを覚える。

    無理もない事だ。

    長い間人々から忘れ去られ、彼女の退魔の力は徐々に衰えを見せていった。
    そんな彼女はここの所ずっと台座に納まって、いつまで続くかもわからぬ眠りに身を投じている。





    ……ふと、長年の感が
    『そろそろ次の勇者が彼女を起こしに来る頃だろう』
    と告げた。

    きっと、今回の戦いがワタシ達の最後となる。

    「ファイ、君の一生は輝いたものだったかい」

    問いかけてみても、彼女から答えが得られることは無い。

    それでもワタシはわかるのだ。


    君が紡ぐ、始まりの勇者の物語。


    長い時をかけて人々と言葉が通じなくなっても、彼女の紡ぐ物語の根底は変わらず伝説としてハイラルに語り継がれた。
    そして、全てが海の底に沈んでしまった今も、君の愛した勇者の魂は変わらず今世まで受け継がれている。
    その事実を喜ばぬ下僕は、きっとこの世に存在しない。






    ──────緑の服を着た少年の気配がかすかにハイラル城内を漂う。長らく感じていなかった人の気配だった。

    「全く、最後の最後くらい、何か話したらどうなんだい」

    咎めるような口調に対して、ワタシの心はひどく晴れやかだ。

    これから消滅するという時に言葉を交わせないのは寂しいと思ったが、それでも彼女と同じ時の流れを生き、死ぬ時に共にあれることがワタシは嬉しかった。

    「いつか生まれ変わったなら、お前が世界中のどこにいたとしても、ワタシが必ず見つけ出してあげるよ」

    そしてその時は、命の灯火が消えるその瞬間まで、一緒にいよう。







    「その時まで、しばらくお別れだ。」









    ***









    風の勇者によって魔王ガノンドロフは倒されました。

    沈みゆく意識の中でも、『彼』がワタシを優しく包み込んだことだけはわかりました。

    ワタシ達はこれから、終焉の者の魂と共に永遠の眠りにつきます。

    それでも寂しくはないのです。

    ワタシの隣にあなたがいて、あなたの隣にワタシがいる。

    その事実だけでワタシは、ファイはとても幸せですから。















    ***
















    深い深い海の底、剣の精霊たちは寄り添いながら大波に飲み込まれるハイラルを眺めていた。




















    やがて、二人は全身から光のつぶを発しながら海に溶けるように消えていった。








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    Replies from the creator

    bimiusa9931

    DONEファイ&ギラヒムの誕生からスカウォ本編までに何があったのか、また彼らのこれからについて解釈したお話です。
    ⚠️スカウォと風タクのネタバレあり
    ⚠️捏造だらけ
    ⚠️ギラファイ前提
    ※作中に出てくる設定はハイラルヒストリアと百科の情報を元にしています。矛盾が生まれないように解釈したつもりですが、それでもところどころ見落としや説明の足りない部分があるかもしれません。
    それでもOKという方のみどうぞ!
    いつかまためぐり逢うその日まで【完全版】ファイが初めて天望の神殿で彼に出会った時、この世の全てを憎む禍々しさしか感じられなかった。彼女は無意識に、彼を倒さねばならないと理由もなく感じた。


    「フン、なかなかいいモノだね」


    戦闘中彼が「ファイ」に触れてきた時、理由もなく感じた既視感がなんなのか、感情を持たない彼女にはわからなかった。しかし、彼を倒さねばならないと強く思っていたはずなのに、何故か先程まで自分の考えていたこととは相反した思いが心の中を支配した。それは、人の言葉で言うところの「懐かしさ」というものであった。


    「さっきのギラヒムとかいう男、ファイに似てたね」


    何の気なしにファイの主人、リンクが呟く。
    聡明な彼女は悠久の時を生きて初めて感じた既視感とリンクの発言が無関係だとは思えなかった。自分はただ主人リンクのサポートをするためだけの存在でしかなく、感情も持ち合わせていないはずなのに、ファイの心の奥底にはもやもやとした説明のできない『何か』が確かに生まれつつあった。
    21804

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    bimiusa9931

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    それでもOKという方のみどうぞ!
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    「フン、なかなかいいモノだね」


    戦闘中彼が「ファイ」に触れてきた時、理由もなく感じた既視感がなんなのか、感情を持たない彼女にはわからなかった。しかし、彼を倒さねばならないと強く思っていたはずなのに、何故か先程まで自分の考えていたこととは相反した思いが心の中を支配した。それは、人の言葉で言うところの「懐かしさ」というものであった。


    「さっきのギラヒムとかいう男、ファイに似てたね」


    何の気なしにファイの主人、リンクが呟く。
    聡明な彼女は悠久の時を生きて初めて感じた既視感とリンクの発言が無関係だとは思えなかった。自分はただ主人リンクのサポートをするためだけの存在でしかなく、感情も持ち合わせていないはずなのに、ファイの心の奥底にはもやもやとした説明のできない『何か』が確かに生まれつつあった。
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