朝食を終えて、二人はソファでのんびりと過ごすことにした。身長の高い須永が寝転べるように大きめで、男二人でくつろいでもかなり余裕がある。
まだ付き合っていない、ただの仲のいい同僚だった頃は桐島はここで寝ていた。その時はもう須永のことが好きだったので、寝心地がいいはずなのに緊張してよく眠れなかった。
今では昼間から堂々とごろごろしていることもあるし、桐島の好みのクッションも持ち込んでいる。須永はここでくつろぐ桐島が好きらしく「なついた猫みたいでかわいい」とソファを占領しているのをにこにこと眺めているときがある。桐島にはよくわからないし、見ていないで近くに来ればいいのに、と思うが須永がなんだか嬉しそうなのであまり言わないようにしている。
桐島が読みかけの文庫本を持ってくると、もう座っていた須永がおいで、と隣をぽんぽん叩いた。大きいソファの真ん中でくっついて座る。自分より少し高めの体温を感じる。落ち着く匂いがする。本を読むつもりだったが眠ってしまいそうだな、と桐島は思った。
「今それ読んてるんだ。読み終わったら感想聞かせて」
「須永さんがミステリ好きなの今でも意外です」
「そうか〜? まあそもそも本読むタイプじゃなさそうと思われてることはある」
「ほんとは読書家なのにね」
「家で静かに本読んでるの似合わないってか! わかる」
「わかるんだ……」
須永は明るく社交的で、スーツを着ていてもわかる程度に筋肉質なので、一見アウトドアな気質に見える。実際に人と遊んだり外で体を動かすのも好きらしいが、静かに一人で没頭するような時間を好むところもあり、そういうところは見るからにインドアな桐島と趣味が合う。
多趣味でコミュニケーション能力が高くて、みんなに好かれる人だな、と桐島はいつも感心している。桐島も人と話すのは好きな方なのだが、どうにも近寄りがたい印象があるらしく、初対面の人となかなか打ち解けられない。
須永は「桐島が美人だから、オーラがあるからみんな緊張してるんだよ」などと言うが、桐島はあまり信じていない。初対面の須永はとても緊張しているようには見えなかったからだ。ほとんど一目惚れに近かったので、よく覚えている。
眠ってしまいそうだなと思っていたが、読みはじめれば案外集中してしまっていた。隣を伺うと、一瞬目があってすぐそらされる。そらされた視線の先にはスマホがあるが、須永の表情がなんだか少し気まずそうに感じたので、桐島は身を乗り出して無理やり視線を合わせようとした。
「近いよ」
「……すみません、退屈でしたか」
「そうじゃないけど、わ!」
「なんですか」
ほとんど膝にまたがるようにして正面から顔を見ると、須永の目にはかすかに欲情の影が見えた。須永は恥ずかしそうにまた目をそらす。
「……くっついてたら触りたくなっただけだから」
「……昨日あんなにしたのに?」
「自分でもやばいなとは思ったよ!」
だから隠そうとしたのに、と須永は気まずげに呟いて、桐島を膝から降ろそうとする。桐島は抵抗した。体格差も筋力差もそれなりにあるので、強引に降ろそうとすればできるはずなのに、須永はやらない。そういう風に甘いから自分のようなやつに付け込まれるんだぞ、と桐島は他人事のように思った。
「そういうわけなので、降りていただいていいですか」
「僕はもうちょっとくっついていたいので、いやです」
「何? 拷問? かわいいけど! これはわがままだわ……」
「目の前にいるのに、触らないんですか?」
須永が驚いたような顔でこちらを見るので、桐島は満足した。やっと目があった。
「……いいの?」
「嫌なら嫌って、言うほうなので」
「……うん、そうだった」
「僕はわがままなので、言いたいことを言います」
「うん」
「あなたのやりたいことも無理やりやらせます」
「ふ、はは、俺のやりたいことなのに、桐島が無理やりやらせるの?」
「そうです」
桐島はわがままで優しいな、と須永は膝の上の桐島を抱え込むように抱き寄せ、肩に顔を埋めた。首筋にかかる息が熱い。オーバーサイズ気味の部屋着の下から手を入れられて、桐島は思わず目の前のシャツにしがみついた。須永が肩を震わせ笑うので、吐息が耳にかかってくすぐったい。
「はー、かわいい」
「だって、急に触るから」
「もっと触りたい」
「……はい」
隠そうとするのでついむきになってしまったが、早まったかもしれない。しかし、スイッチの入った須永はしばらく止まらないだろう。早くも夕方の買い物を諦めた桐島はおとなしく心地いい熱に身を委ねた。