守り守られ「敵襲! 敵襲ぅぅっ!!」
ガッシャアァアン、と窓ガラスが割れるよりも何倍も大きな音が何度も、古代の民の迷宮で見つかった大部屋の奥から響き渡る。
咄嗟に振り向いた先には、先程まで瓶詰めのようになっていた(培養器というらしい)モンスターがガラス片を撒き散らしながら次々飛び出してきていた。獣人を模したものも妖異らしき姿も混じった軍勢が詰め掛け、あちこちから悲鳴が上がる。
「誰か操作したか!?」
「いや、まだ触ってすら……!!」
「いいから逃げろッ! 突っ走れ!!」
叫びながら部屋の入口へ調査員達が雪崩れ込む一方で、同行していた冒険者達は雄叫びを上げながら流れに逆らい奥へと駆けていく。熟練の剣術士が誰よりも大きな声で敵を引きつけたのを皮切りに、次々とモンスターに斬りかかった。その後ろからは雷が、風が、矢が雨霰のように降り注ぐ。
私もまた、腰から魔道書を外しバイオを撃ちながら片手間で戦線を見渡す。大きく目立つモンスターは盾役(タンク)がしっかり引いているが、小さな個体が戦線をすり抜けこちらへ向かっており、どうやら非戦闘員を狙っているらしい。
小賢しい、というかなんて悪辣な。舌打ちしつつも学帽を被り直し意識を切り替える。
「リリィベル、前衛へ加護と癒しを!」
頷いたリリィベルが前線へ先行しフェイイルミネーションが輝いたのを横目に、全身の魔力を凝縮する。クリスタルのように可視化されるほどのエーテル圧縮で可能とする詠唱破棄、魔道士の大技――迅速魔だ。
漲る魔力全てで魔紋を満たし魔道書を閉じれば士気高揚の策が展開された。大人数へ癒しと障壁を齎す負担はエーテルフローで急速回復させ、軽くふらついた体を支える。
「――あ、まずった」
不意に、鬼気迫る状況の中とは思えない間抜けな声が出た。
次の手を、と視線を向けた先でインプ(バラー)がブリザドで調査員を追い立てていたが、直撃したはずの氷塊が障壁に阻まれたのに気付き忌々しげに睨み付けてきたのだ。
インプのみならず、治癒魔法の術者に気付いたモンスターの殺気が四方八方から突き刺さるのが分かる。顔から血の気が抜けて、いっそ冷静にこの状況を見ている自分がいる。ク・ヒリャが見たら怒られそう、だなんて現実逃避に近い言葉が浮かぶくらいには。
大型モンスターの目立つ姿にばかり気を取られていたが、思っていた以上に敵はすり抜けていたようで……徐に氷や雷といった妖異達の魔法が殺到した。雷撃で焼けるような痛みが、或いは凍結し肌を割く痛みが全身に降り掛かる。
「いたっ、た……ぐっ、ああ、もうっ!!」
瞬く間に障壁が崩れ、生命活性法で傷を癒しながら鼓舞激励の策を差し込むも猛攻の前には薄氷のようにひび割れていく。このままでは魔力は減る一方だが、かといって詠唱を止めて走り出したところで嬲られて終わりだ。つまり洒落じゃなく詰んでいる。
熟練の冒険者達だからこの状況も気付いてくれるはず。……でもそれはいつ?
痛みと後悔に息が詰まり、挫けそうな心がのろりと首を擡げる。
「――ッの馬鹿野郎! 癒し手(ヒーラー)がやられたらどうしようもねーだろ!?」
声に意識を引き戻された瞬間、目の前すれすれを矢が飛んだ。その軌道の先ではこちらに向かっていたバルフレーが体を進めようとのたうち、さらに飛んだ一矢が詠唱中のサキュバス(ディーライ)の頭を揺すぶり阻害した。
「ってグ・ラハ・ティア……!? あなた、なんで逃げてないの!」
射線の先へ振り返れば既に傍まで駆け寄ってきている赤毛のミコッテの姿が見えた。剥き出しの腕は傷を負っているのにも関わらず、止まることなく放った矢が過たずインプを射貫く。
「いいから回復してろ! すぐ前衛も来っから!」
こちらの抗議を撥ね除け普段から想像も付かない怒声をあげる様には一瞬だけ目が丸くなる。
でも彼の言うとおり驚いている場合じゃない。今も新たに飛び込んできた彼にまで魔法が撃たれているのだから。
「っ……勿論!」
目減りした魔力を底から汲み上げ、魔紋に流し込み、フィジクで傷を癒す。更に生命活性法を重ねたところで剣術士や他の前衛が敵を引き受けはじめてくれた。
そうしてやっと心身ともに人心地ついたのが分かり、深く溜息が出る。
「ごめんなさい、私の所為で」
並び立ったグ・ラハに横目を向ければ、顔までは見えなかったが所々の傷から無茶を通してきたのが分かる。
一先ずはリリィベルの光の囁きが戦場を覆ったのでその傷も徐々に癒えるだろう。
だが守る立場である冒険者としてはいたたまれない。彼は強いと自称しているが、それでもだ。
「ったく……説教は後でしてもらえ。オレが間に合ったおかげでたっぷり味わえるからな!」
しかし聞こえたのはいつものような声。戦場の中にあってその声はよく耳に響き、彼の気持ちが手に取るように伝わる。心配そうにしていたと思えば、自信に満ちた言葉が続く。
子供っぽいが安心できるいつも通りの様子に、戦闘中というのに苦笑いが込み上げる。きっと彼なりの気遣いなのだろう。
「……ん、その通りね。その腕前で時間もたんと作ってもらえそう」
「だろ? だからシルクスの塔はオレも前線に行かせてくれよ」
前衛が戦線を押し上げたとはいえ随分と余裕のある発言だ。それが心地よく、そして何よりも今の私を奮い立たせてくれるのだけれども。
返事代わりにぱぁんと本を閉じ、鼓舞激励の策を盾役に掛けてから、勢いよく地面を蹴る。
「それはこれが終わるまでの頑張り次第! じゃ、後方支援はよろしく!」
「って癒し手が何処行くんだよ!?」
「軍学者ってのは策と根性だから!」
答えになってねえぞ、なんて叫びを後ろに置いて前線へ掛けていく。だって破陣法は敵陣の真っ只中でないと意味がないのだ。
勿論、今度こそは戦況だって見えているし無茶はしない。
「英雄様の活躍、しっかり見てて!」
「……っお、おう!」
頼りにしてくれるその眼差しを受けて、軍学者らしからぬところなんて見せられやしないのだから!