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    EastBudTree

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    ※相当の捏造があります。

    本が好きではない藍宗主の話「藍湛遅いなあ」

    亥の刻も過ぎた夜半、魏嬰は静室の屋根から道侶の帰りを待っていた。

    「藍湛のやつ、いったい何処まで買いに行ったんだ?」

    一人屋根の上でぶらぶらとそうぼやいていると、ふといつの間にか灯っている蔵書閣がちらりと見えた。

    「誰だ?見回りしている奴以外で亥の刻を過ぎても起きているなんて」

    ふとした疑問はむくむくと湧き出し、魏嬰は辺りをキョロキョロ見回した。
    どうやら藍忘機はまだ戻る気配はない。

    魏嬰はニヤリと笑うと好奇心のまま蔵書閣に向かうのだった。


    1.

    やはり間違いはないらしい。
    蔵書閣の中は行燈が一つだけ灯っているらしく、薄ぼんやりと明かりのみであった。
    魏嬰は外から覗いていたのだが、その行燈に写る影がぴたりと動かず、ただただ立っているだけである。どうやらその影は動く気配が無いようだ。
    魏嬰は最初じっとその様子を眺めていたのだが、それだけでは到底我慢できなくなり、
    すっと扉に指をかけると指ひとつ分の隙間を開けて片目だけで覗き込んだ。

    「あ、」

    思わずその人物を目の当たりにし、声を上げてしまった。
    相手はそれを聞き逃すような人物では無かった。
    いや、最初から扉を開ける擦り音で気づいていたのかも知れない。
    蔵書閣の人物はゆっくりと外の扉を見つめ、彼の道侶とそっくりの顔で優しく微笑んだ。

    「やあ、魏公子。こんな夜分にどうしたんだい」

    2.

    「澤蕪君こそ、こんな時間にどうしたんですか」

    魏嬰は内心驚いていた。驚き過ぎていつもより動作が大仰になったかもしれない。
    ぱたぱたと服をはたくふりをしたり、大きく肩をすくめて見せながら、何でもないことのように蔵書閣に侵入した。
    なにしろ、澤蕪君が閉閑してからというもの、公式な場所以外で会うことがほどんどなかったのだ。
    そのほんの少しの機会すら、彼の弟、藍忘機がいるときだけで、こうして一対一での話すのは第二次乱葬崗殲滅戦前のときだけだ。
    妙な緊張をしている魏嬰を気にもせず、澤蕪君はついと蔵書閣の眺めた。

    「いやなに、ちょっと焼いてしまおうかと思って」

    「何ですって!」

    「冗談だよ」

    あまりの事に魏嬰は言葉が無かった。
    まさか藍宗主から蔵書閣を焼くなどという言葉を、冗談でも聞くとは思わなかったのだ。
    それが分かったのか、少し困ったように眉を下げると、小さくため息をつく音が聞こえた。
    行燈のあかりはとても小さく、恐らくとでしか魏嬰にはその表情は分からなかったが。

    「忘機には内緒にしてくれないか。私はね魏公子、実は本がそれほど好きではないのだ」

    「それは、意外です」

    本当に意外だった。彼は、いや藍氏は古来の文献や蔵書をとても愛しているのだと思っていたからだ。

    「昔は、そうだった。だから私は温家が雲深不知処を襲撃したとき、私はここの蔵書をもって身を潜めた。いや、潜めろと言われた」

    だけどね。と沈んだ声で小さく、小さく、だけどと言う。

    「はたしてそれは、家族より大事なものだったのだろうか」

    「澤蕪君…」

    雲深不知処が襲撃に会った時、彼が蔵書をもって身を隠し、藍家の他の者たちが戦ったのだと聶懐桑から昔聞いたことがあった。

    「私があの場所に残っていたら、本は燃えてしまったかもしれない、けれど父を逃がすことは出来たかもしれない。忘機は酷いけがを負うことも無かったかもしれない、門弟たちが…」

    「澤蕪君!」

    魏嬰は大きくかぶりを振った。もうそれ以上は言う必要が無いと思ったからだ、過ぎたことはもうどうしようもない。それは魏嬰が一番よく知っていた。
    澤蕪君とて分かっているのだろう。魏嬰を寂しそうに見詰めている。

    「燃えていれば、阿瑤があの楽譜を見ることも、無かったかもしれない」

    「それは!」

    論外である。そんなのは企みを持った金光瑤のせいである。たとえ楽譜が燃えていても金光瑤はまた違う手をきっと考えていただろう。だが、澤蕪君だってそんなことは当然考えていたのだろう、軽く頷いて魏嬰の言葉を遮った。

    「分かっている、これはただの駄々だと。けれどね魏公子、私は」

    もう、本を好きになれそうにない。

    そう澤蕪君は言った。

    「だから、時々燃やせもしないのに、こっそりやって来てしまうのだ。そう言うわけで魏公子、私がここに居ることを秘密にしてくれるかい」

    澤蕪君は彼の道侶と同じ顔に悲しみを乗せて言うものだから、魏嬰は何か言わずにはいられなかった。

    「それは違います藍宗主。確かに青蘅君と藍湛と藍先生は雲深不知処に残って戦ったんでしょう、でも本を守りたかったんじゃない。俺は思うんですがね、守りたかったのは本じゃない、貴方を隠すために本を守るように言ったんじゃないでしょうか」

    「何?」

    「そうでもしなければ、藍宗主はきっと最期の一人を逃がすまで戦ったと思ったから、貴方を先に逃がそうとしたのです」

    「…それは」

    「つまりは、みんな貴方が好きなんですよ」

    もちろん俺もですよ。そう言って魏嬰はぱちりと片目をつむって見せた。

    「献舎をご存じですか」

    「それは…」

    「俺が蘇った術の事です」

    もちろん知っていた、つい先日の事件はこれから始まったと言っても過言ではないのだ。

    「献舎の術は非常に成功例が少ない術で、俺の研究も中途半端なものでした。それはひとえに前例の文献が少なすぎたからです」

    魏嬰が何を言いたいのか分からず、ただ彼の言葉に相槌のように澤蕪君は頷いた。

    「それなのに何故彼らは成功したのか。これも俺の推測ですがね、金光瑤はもう一つ盗んでいたんじゃないでしょうか。献舎に係わる禁書をこの蔵書閣で」

    「!?」

    「もちろん、今となっては分からないことですが。でもそうだとすれば、藍宗主は俺の恩人です」

    「魏公子…」

    魏嬰は拱手を澤蕪君に示した。

    「あのとき、本を守ってくれてありがとうございました」


    3.


    「魏嬰」

    その時、ちょうど藍忘機の声が蔵書閣にひっそりと響いた。

    「藍湛!」

    駆け寄った魏嬰を抱きとめようとして、胸に抱えた買い物がぽとりと落ちる。

    「あ」

    魏嬰はそれが何かを悟ると、勢いよくそれを後ろ手に隠した。

    「はははっ」

    笑って胡麻化そうとする魏嬰に藍忘機が首を傾げた。

    「何故隠す。君がこれがいいと言ったのでは」

    「今はタイミングが悪い」

    こっそりと言っているが、耳のいい藍家には無意味である。
    2人のやり取りは澤蕪君には筒抜けだ。

    「どうしたんだい、2人とも。何か、私に知られては不味いことかな」

    「いや、それは、その」

    「何も問題はありません。むしろ」

    その時、鐘が一つなった。
    子の刻である。

    「ちょうど良いです」

    「あー…」

    そう言った藍忘機に、なにか諦めたように魏嬰は澤蕪君にそれを差し出した。
    それを不思議そうに眺める澤蕪君。

    「昔、兄上が好きだったものの話を魏嬰にしたことがありました。魏嬰がそれを覚えていて街で見つけたと言ったので。買ってきました」

    「澤蕪君これはその、けして悪気があったわけでなくてですね」

    「これは…」

    魏嬰が差し出したそれは、確かに昔自分が好きだったものだ。
    資料的価値がないと自分から燃える蔵書閣に置いてきた。

    「ああ」

    澤蕪君はそれをついとなぞると酷く懐かしくなった。
    父から与えられ、母に読んでもらい、忘機に読み聞かせた、古い東の国の物語――。

    「俺と藍湛からの贈物です」

    魏嬰は澤蕪君の手のひらにそれを乗せた。

    「俺は思うんですよ、藍宗主は嫌いだから蔵書閣に来ていたわけじゃない、それでも好きだから来ていたんじゃないでしょか」


    古い古い書物を、確かに彼は好きだったのだ。


    「誕生日おめでとうございます、澤蕪君」





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