アイオライト1人が好きだった。
産まれたばかりの僕は少し変みたいで、他の魚たちとうまく友達ができなかった。ちょっと1人だけ色味が違うクラゲ。たったそれだけで僕は仲間はずれにされてしまった。
悲しかったけど、僕には秘密の場所があった。美しい、サンゴ礁に囲まれた小さな入江。人間たちも簡単にはやって来れない、周りを木に囲まれた隔離された場所。この場所を見つけられるのは空を飛ぶことのできる鳥ぐらいだろう。
そんな秘密の場所で1人楽しく、海の底に沈んだ船から拾い集めた輝く石を眺めたり、ぼんやりと海に揺られながら歌を歌ったりして一人ぼっちの夜を過ごす日々だった。でもその時間が好きだったんだと思う。
だからあの日も明るい太陽が沈んだ、優しい夜の月の下で、ふわふわと入江の浅瀬で漂いながら歌を歌っていたんだ。
「今うたっているのはお前か?」
「〜〜♪…?」
ふと、月の光が何かに遮られた。空を見上げてみると、白い光の中に何かシルエットが重なっていた。まるで天使のように広げられた小さな翼がパタパタと音を立てている。そこにいたのはぼくと同じくらいの年齢の白い鳥…所謂「ハミングバード」と呼ばれる種族だった。
「……そ、そうだけれど…」
「おぉ!やはりお前か!夜、群れの中でうまく眠れなくて、夜のぼーけんをしてるとこだったんだが、とてもきれいなうたが聞こえたんだ!なぁもっと聞かせてくれ!名前はなんていうんだ??どこに住んでるんだ??ほかに仲間はいないのか??」
と目をキラキラとさせてジリジリと近寄ってくる彼と質問の量に思わず僕はびっくりしてしまったけど、彼の裏表のない笑顔と僕に対する好奇心に、どこか嬉しかったのを覚えている。
これが僕とツカサくんの出会い。
▲ ▽ ▲ ▽
それ以来、夜に彼はこの入江やってきて、月夜の優しい光の中で僕らはたくさん話をするようになった。彼は「ツカサ」という名前で、なんでも興味を持つ好奇心旺盛な子だった。それに歌がとても上手だった。だから時々、「ハミングバード」という種族の名に恥じぬ歌声を夜の海に響かせることもあったし、一緒に僕と歌ってくれる事もあった。そんなツカサくんはこの近くで彼の群れと共にやってきており、「ルイに会うためにこっそり夜ぬけだしてるんだ!」と悪戯っぽく笑っていた。
ある時、こんな話をした。
「なぁ、あの海と空の境界線ってどんな風になっているんだろうな」
「さぁ…僕はこの入江から出たことないからわからないけど…でもかなり距離ありそうだよね」
「…いつか行ってみたいな!ルイと!」
「ふふ、そうだね。僕が海から、ツカサくんが空から見に行けたらいいねぇ。でもツカサくんの方が体力無くなっちゃうんじゃないかい?」
「む!オレは本気だぞ!!」
とぷりぷりと怒り出すツカサくんがとても可愛かったのは内緒だ。
そうやって過ごしているうちに、一人ぼっちだったはずの夜が、ツカサくんがいることが当たり前になって、もう寂しくないと思い始めていた頃だった。
その日は珍しく、ツカサくんがいつもより早い、日の暮れたばかりの僕の入江へ訪れていた。僕はどうしたのだろうと、彼のの座り込んでいる岩場へ近づくと、僕の姿を見た途端、ツカサくんは目をジワリと潤ませて、
「…ルイ…ッ!…今日はお別れを言いに来たんだ…突然でごめん…」
とポツリと零した
「え…」
「ごめん、ごめんなルイ…オレらハミングバードは定期的に引っ越す習性があるんだが、今度の場所はここからずっとずーーっと離れた場所になってしまう…。ずっと言えなかったんだ!ルイに会えなくなるのが…辛くて…ッ」
とポロポロと涙を零すツカサくんに僕は何も言えなくなってしまった。こういう時、なんて声をかければいいんだろう…。
「ツカサくん…」
「一人前のハミングバードとして認められたら、群れから卒業できる…けど、何年かかるかわからない……うぅ、やっと友達になれたのに!…ルイともっと一緒にいたいのにッ…!もっとたくさん話をしたいのに…ッ!!」
とさらに泣いてしまったツカサくんにどうにか涙を止めて欲しくて、笑顔になって欲しくて、僕は「ツカサくん、ちょっと待っててくれないかい?」と一言伝えると急いで海中へと潜る。そして小さな宝箱を手に取ると、僕は海面へと浮上した。そしてその宝箱から1つの小さな石を取り出すと、ツカサくんへ差し出した。
「…?コレは…?」
「僕の宝物の輝く石だよ。…お別れは寂しいけれど、君のこれからの旅が少しでも道を示してくれるように、これを預けておくよ。だからいつかこれを僕に返しに来てくれるかい…?」
するとツカサくんはその石をおずおずと受け取ってくれると大事そうに手に抱いた。そして夕日が落ちて少しづつ星が瞬き出した空にその石を掲げた。その石は少し暗くなりだした青い空と日が落ちたばかりの赤い空が混じりあったような紫色に美しく輝き、時折角度によって黄色く瞬いていた。
「…この石、まるでルイみたいだ…ッうん、大切に、預かっておく…!!……ぁ、そうだ!」
とツカサくんは宝石を1度しまうと、自身の右耳に着けていた小さな羽のイヤリングを外すと僕の右耳に付けた。
「お前にもオレのこのイヤリングを預けておく。また会える時まで、付けておいてくれないか…?」
「…あぁ、もちろんだよ。君だと思って大切にしておくよ」
そういって2人は泣き顔を拭い、再会を誓って笑いあった。
「次会えた時、いつか話したあの海と空が交わる境界線の先を見に行こう!!約束だぞ!!!」
▲ ▽ ▲ ▽
ちゃり…と、耳に付けられた小さな羽が海の中で揺れた音で意識が浮上した。
久しぶりにツカサくんの夢を見たなとぼんやりと思う。
あれから数十年は経ったけれど、まだツカサくんはやって来ない。
あの時の僕らはまだ小さかった。もうツカサくんも僕のことや、約束など忘れてしまっているのだろう。
でも、心のどこかでツカサくんが僕の渡した石を持って、この入江から連れ出してくれるのを待ってしまうのだ。
思わず自分の未練だらけなこの思いに苦笑いをすると、ふわふわと海面に浮上する。眩しい太陽の光に目がくらみ、思わず目を細めた。
ふとバサリ!と何かが大きく羽ばたく音が聞こえ、その強い光がが大きい何か遮られた。
「……え…?」
空を見上げてみると、青い空に映えるような白い大きな翼が視界に広がっている。
─── そこにいたのは、いつか僕が渡した輝く石を左耳に着けた美しい純白のハミングバードだった。
『その石の名前はアイオライトと言うらしい』