残さず食べてね?「ルイ‼️ 今日という今日こそは逃がさないぞ‼️」
「ン〜? なに、司クン」
どこかの街の、とある幼稚園の教室。
ここ『ペガサス組』は少し不思議な存在である【ケモケモ】が通うクラスとなっており、元気がよすぎるカラフルなケモケモ達が日々楽しく生活をしている場所。ケモケモとは謎多き生き物で、頭部に角と牙があることが共通していたり、長命であることなど、様々な特徴があるが詳しい説明は今回は割愛させていただく。
そんなケモケモ達がいる、ペガサス組の昼下がり。他のケモケモ達が仲良く給食を食べている中、そそくさと給食を片付け始めようとした1匹のケモケモの前に、とある人物が仁王立ちで逃がさないとばかりに立ちはだかっていた。
「ルイ! 給食は全て食べ終わったのか? 見せてみろ!」
「ンーン」
「おい! 目を逸らして、後ろに給食を隠すんじゃなぁーい‼️ こっちに渡すんだ!」
「……ヨヨヨ……」
観念したように後ろに隠した給食を差し出している、このケモケモの名前はルイ。
黄色い毛並みに明るい水色のシマシマ模様。他のケモケモより少し大きい右手。頭にある1本の大きなねじが特徴的で、他にも小さな1本角とどこか眠たげそうな目がついており、紫色の髪にと月のように輝く瞳。そして猫のようにしなやかで細めの尻尾がいつもどこか楽しげにゆらゆらと揺れている。
対して、その回収した給食を確認しているのは、この『ペガサス組』の担任である天馬司だ。司はケモケモの担任としての経験はまだ短いながらも、警戒心が強いといわれるケモケモ達を遊びを通じて心を開き、先生として日々奔走している。
現に今こうやって話しているルイも、出会った当初は他のケモケモよりも少しだけ成長しているからだろうか人間嫌いが激しく、さらにケモケモ同士とも上手くコミュニケーションが取れずに教室にひとり、ポツンとその大きめな右手で器用に工具を握って機械いじりをしていた。だがそんなひとりぼっちだったルイを司は拒絶されながらも何度も何度も話しかける内に、司が得意とするショーにルイも興味をもち始め、一緒にショーをするまでになったのだ。すると他のケモケモ達も段々とルイに話しかけ始め、ひとり工具を持っていたルイの右手はみんなとショーの演出を考えるための鉛筆に持ち変わっていった。
時間はかかったがルイは司に心を開き、今では司のショーが大好きで、毎日司にニコニコとショーの演出を見せてくれるようになり、のびのびと幼稚園を楽しんでくれている。
だが、そんなルイには少し困った点があって。
「ルイ! やっぱりまたお前野菜だけ残しているじゃないか!」
「う゛う゛〜」
「唸ってもダメだ! ご家族からも『ルイに少しでも野菜を食べさせて欲しい』と、前々からお願いされているんだ。今日はずっとお前を見張っていたからな、この給食の野菜を全部食べるまでここから逃がさんぞ」
「くぅ…くうぅ〜ん」
「うっ…‼️ って、こら‼️ そうやってすぐにあざとく上目遣いをするんじゃない‼️ 気が揺らいでる間に逃げる魂胆だろう。何度も逃げられたからな、もう騙されんぞ‼️」
そう。ルイは野菜を全く食べないのである。
給食はきちんとケモケモの健康を考えた栄養バランスのとれた献立となっているのだが、そそくさとルイは給食を隠すように食べ終わると野菜を綺麗に残してどこかへ行ってしまうのだ。
司もそんなルイに対抗して、畑でケモケモ達と嫌がるルイを連れて実際に野菜を収穫してみた上で野菜を食べさせようとしてみたり、ルイが好きなハンバーグに細かく切った野菜を入れて調理してみたりと対策をしてみたが全て空振りに終わっている。
そんなこんなで司は人知れず、ルイに今日こそ、1口でもいいから野菜を食べさせようと司は日々努力しているのだ。成果は今の所出てはいないけれど。
「まったく。ほら、野菜をちゃんと食べないと大きくなれないぞ……といってもお前は既に大きいからこの常套句は使えんな…」
「きゅふふふ」
「ぐぬぬ、笑いおってぇ…。ほら、今度こそ、観念してそこに座るんだぞ。……よし、ルイ。準備はいいか? 今日こそは野菜を食べられるようになる、魔法みたいなショーをお前のためだけに作ってきたんだ。心して見るように!」
「がう? きゅーい」
逃げ出そうとしたルイの手を引いて、元いた自席に座らせ、司は食べ残した野菜を再度目の前に置いた。嫌々と目をそらすルイだったが司の宣言を聞くとショーという言葉に反応したのか、目をキラリと輝かせた。
(よし、ルイの反応は上々だな)と司はほくそ笑むと、どこからか帽子を取り出しかぶれば、そこに居たのは1人の農家の青年だ。
『よし、この魔法使いからもらったこの種でどんな作物ができるのか、早速育ててみよう!』
***
『こうして、魔法の種から生まれた野菜達は青年たちの思いを受け取って、みんなの食卓に美味しく食べてもらおうと、わくわくと待っているのです。
おしまい』
〆の言葉と共に司は帽子をとりながらお辞儀をした。顔をあげれば「がうがぅ〜!」「きゅきゅっー!」と途中から集まりだしたのだろう、ケモケモ達が声を上げて手を叩き喜んでいる姿が見える。喜んでもらえて何よりだと満足気に頷きながら特別席にご招待したルイを見てみれば、食い入るように目をキラキラと輝かせて司に拍手を送ってくれていた。
「どうだ、ルイ。オレのショーは!」
「んきゅきゅ、司クン、きゅごい。ショー、おもシロかっタヨ」
「ハーッハッハッハ‼️ そうだろうそうだろう‼️ なんせルイが野菜を食べられるように考えたストーリーだからな。どうだ? これなら野菜を食べられるようになるだろう?」
フフンと、ドヤ顔よろしく得意げにルイに聞いてみると、ルイは何故かいつものようにその眉毛を困ったように下げながら笑っていた。
「ン、まほーのやさい、タベルのカワイそぅ」
「な、なんだと⁉️ 今のショーで野菜を食べるのが可哀想だから、食べたくないだとぉぉぉ⁉️⁉️」
「きゅきゅ」
コクコクと頷くルイにどこか目眩がして少し司はよろけてしまう。たしかにその感性はとても大事なものではあるんだけれど、ここまで野菜が食べたくないとは……。
万事休す。最後の手段を使うしかないと、司は拳を握った。
「ええぃ、やむを得えん‼️ ルイ、一緒に野菜を食べてやる‼️ 一口でも構わん‼️」
「ヨヨヨ……きゅー。……司クン、じゃあ、コレぜんぶ、タベテクれる?」
するとその言葉を待っていたかのようにルイは給食からとある1つの野菜を指さした。
「仕方ないな……どれどれ……うっ⁉️ ぴ、ピーマン…⁉️」
「きゅ? どうしたンダい? 司クンもにがて…?」
「い、い、いや⁉️ な、なんでもないぞ〜⁉️」
なんとか笑ってごまかしたが、何を隠そう司も野菜──ピーマンが苦手なのである。
まさかピンポイントで苦手なピーマンを当てられるとは思わず狼狽えてしまったが、先程の発言を撤回することも出来ず、ごくりと唾を飲み込んだ。(大丈夫。オレはみんなの先生だ。好き嫌いなんてしちゃダメだ……!)と心の中で何度も唱え、意を決してそのピーマンをルイのフォークを借りて口に放り込んだ。
その瞬間口の中に広がる、独特な苦味と青臭い匂い。
えづきそうになるのを必死に堪え、ピーマンをなんとか噛み砕いて、間髪入れずにまた新たなピーマンを口に運んでいく。その様子を他のケモケモ達もまるで「頑張れ!」とばかりに鳴き声を上げて応援してくれていた。
顔面蒼白になりながらも食べ続けて、数分後。
「…ご、ごちそうさまでしたッ‼️」
水を勢いよく口の中へ流し込み、一呼吸おいて司は手を合わせた。その様子をずっと見ていた、他のケモケモ達が拍手をしてくれているのを恥ずかしくなりながら、事の発端であるルイに話しかけた。
「さ、さぁルイ……。お前の望み通り食べたんだから次はお前の番だぞ……って、ルイ…? 姿が見えないんだが?」
先程まで座っていたはずの場所には何故かルイの姿はなく、周りのケモケモ達も全く気づかなかったのかキョロキョロとみんなで顔を見合わせていると、黄色とオレンジ色の毛並みの1匹のケモケモがトテトテと司に近づいてくると、教室のドアを指さして言った。
「ルイクン。サッキ、ニコニコ、オソト、イッタヨ? うれしい、コト、アッタ、カナァ?」
その言葉を聞いた瞬間、点と点が繋がった。
「ルイ〜〜〜〜〜‼️‼️‼️‼️ 次こそはもう許さんぞ〜〜〜‼️‼️‼️‼️」
***
ペガサス組から響く、司の大きな声に「ふふふ」と笑いながらルイはぴょこぴょことシッポをご機嫌に揺らしながら、園舎内でスキップをしていた。
もちろん司がピーマンを嫌いなことなんてずっと昔から知っていたことなので、自分のために必死に苦手なピーマンを食べようとする司の姿を思いだして、思わず頬が緩んでしまう。
ルイは野菜は今後もずっと苦手だし、食べようとは一生思わないが、司がこうやって自分のために一生懸命いろんな事を考えて、構ってくれるのが嬉しいため、いつかもし野菜が食べられるようになったとしても、食べれないをフリをし続けるんだろうな、とルイは思った。
「次はどんなことしようカナ〜? 野菜をタベテイルところに蝶々が飛んでキタラ、司クンきっと綺麗だってミトレテクレルかも! ヨシ、今度、蝶々どろーん、試作してミヨウ」
とルイが嬉しそうに次のプランを考えている頃、そのルイを必死になって探す司はどこか寒気を感じていた。
司の受難はまだまだ続きそうだ。