モーニングルーティンチチチ、とどこかで鳥の鳴き声が聞こえる。
とある朝。
電気のついてない少し暗がりの部屋に、窓から漏れた太陽の暖かい日差しが差し込んだ。
そしてその光はすやすやとベッドに眠る1匹の猫を照らす。
暖かい太陽の光にその猫の手入れされている美しい毛並みがキラキラと輝き、その様子はまるでスポットライトに照らされたステージのスターのようだ。ただ、気持ちよさそうに体を丸めて、耳をピクピクと動かしながら寝息を立てて眠りこける姿はどこか幼さも感じられるけれど。
突然、ガチャリと部屋のドアが開く。
まるで太陽を避けるように、大きい影がのそのそと部屋へ入ってきた。影の手足には鋭い爪と、大きな口には研ぎ澄まされたような鋭い牙がみえる。影の大きさは猫の何倍以上もあり、噛みつかれたら一溜りもないだろう。
影は、猫が寝ているベッドへゆっくりと近づき、ベッドへ飛び乗ると時折舌なめずりしながらじっと猫を見つめていた。
そして影は何も知らずに眠る猫にその大きな口をあけた。
──ぺろり
☆
「…ふにゃっ…?」
どこかポカポカした温かさと、背中を撫でられる気持ちよさ、あとどこか全身のむず痒さを感じて夢の微睡みの中にいた意識が段々と浮上する。目の前の光に顔を顰めながらうっすらと目を開ける。
目の前には大きなボサボサの影──ではなく、少し毛並みが乱れてはいるが、すらっとした尻尾をゆらりゆらりと揺らしながらにっこりと笑う白い毛並みの虎が傍にいた。
「おはよ、司くん」
「………なんだ、類か。おはよう」
くぁ…と大きく伸びをしながら司はあくびをする。脳が段々と酸素を取り込み、意識がはっきりし、ふと己の身体に目をやると寝る前に丁寧に何時間もかけて手入れをした自慢の毛並みがボサボサになってしまっている。
ただ寝ただけではこんな事になるはずがない。
白虎、改め類目掛けてポカポカと司は猫パンチを食らわす。
「ゃっ!! 類ー!! オレが寝てる間に勝手にグルーミングするのはやめろと言っただろう!!」
「ふふ、ごめんね司くん、あまりに気持ちよさそうに寝てたから、つい」
と、司の爪の立てていないためそこまで強くない猫パンチを類はわざと避けずにその身で受け、ふにゃふにゃと虎の威厳はどこへやら、尻尾をゆらゆらと振り子のようにご機嫌に揺らし笑っていた。
そんな悪びれない様子の類にこれ以上猫パンチしても仕方ないと折れた司は、太陽がのぼりだいぶ明るくなった部屋の中で乱れてしまった毛並みを丁寧に、かつ集中し整え始める。
まずは前足から。ゆっくりと丹精こめて舌を使い丁寧に手入れすると、顔の部分を前足で撫でて整える。もちろん耳の裏と肉球も忘れずに。
そのあとは体。まずは背中を整えたあと、人間が座るような体勢にかえてお腹部分。終わればそのままのばした後足を口元に近づける。
そして最後にスラリと伸びた自慢の尻尾をフワフワに手入れすれば、時短ではあるが司流グルーミングの完成だ。
ふふん、と司は満足気に自身のグルーミングの出来栄えを称えていると、ふと隣にいるはずの類が静かなことに気づいた。いつもなら構って構ってとわざとらしく司の視界にフェードインしてくるのに。
類を見てみると司の傍でその大きな体を器用に丸めて眠っていた。気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らしながらすやすやと眠る類は虎というより、体格の大きな子猫のようだった。
類は今朝のように時折司にグルーミングをしてくれるが、グルーミングが少し苦手なようで、どうしてもボサボサになってしまう。それはもちろ体格差もあるだろうけど、司を傷つけないように優しくグルーミングをしてくれていることはわかっている。
だから司起きている時にして欲しいと頼んでいるが、類は聞いていないのかその願いは聞き届けられたことはまだ無い。
だから、少しだけ司のなかでちょっとだけイタズラしてやろうと思ってしまったのだ。
眠っているうちに全てが終わってしまっている寂しさをお前も味わえ、と。
すやすやと眠っている類の顔にそろりと小さな舌を這わせる。そのままゆっくりと毛並みをぺろぺろとグルーミングをしていく。
時折ゴロゴロとさらに大きく喉を鳴らし始めた類に思わずビックリしながらも、司よりも大きい類のために、そしてなるべく寝ている類を起こさないよう細心の注意を払いつつ、自分にかける時間より長く、少しづつだがその小さな舌を使って整えていく。
何分かかっただろうか。
いつもどこか乱れているようなボサボサの毛並みが綺麗に整えられ、日差しのなかで輝く美しい白虎がそこにはいた。
やり切った…!と司は満足感で満たされているなか、美しい白虎の寝顔を見つめていたが、その寝顔に顔を近づけると、
「いつも、ありがとな類。ずっと大好きだぞ」
と鼻先へキスを落とした。
──すると何故か視界が反転して、天井がみえたと思ったら顔を少し赤らめた類が視界に映り込む。
「……司くん…?」
「んにゃっ!?お、お前いつから起きて」
「ふふ、最初から…といったら?」
あ、ハメられたと思った時にはもう遅い。
逃げ出そうと体をよじってみるがふーっと牙をわざとらしく見せつける虎を前に、一匹の小さな猫は為す術はなかった。
類がその小さな司の首元に顔を埋め、チュッと甘噛みをしたと思うと、小さく囁く。
「…責任、とってくれるよね?」
☆
「ふーーー!! もうや、やめてくれ〜!!」
そんな猫の甲高い啼き声が、部屋の中でのぼった太陽が沈むまで聞こえたとかなんとか。