雷に似た音 つんざく轟音で目が覚めた。
最悪の寝覚めだ。思わず枕に顔を押し付け唸る。不機嫌にちらりと横目に近くに置いてある時計で時刻を確認してみれば先ほど布団に入ってからまだ1、2時間程度しか経っておらず、心の中でチッと舌打ちをした。外は雷雨であり、室内は真っ暗なはずなのに時折暗闇に光が瞬き、窓枠がギシギシと波打ちながらも外の豪雨を防いでいた。
その音を遮断するように布団をさらに自身に覆いかぶせてまた目を閉じていたが、音はますます大きくなるばかり。安眠を諦めた参謀はベッドからモゾりと動くと、蝋燭に火をつけ部屋に光を灯し、この嵐を過ぎ去ることを待つことにした。
「せっかくあの忌々しい将校殿から開放される一時なのに、こんな雷雨ごときに邪魔されるとは……」と小言を呟きながらも、得意の工具で個人的な趣味で作成した兵器や機械の修繕をしながらいくらか経った頃。
ふと、どこかで何か音が聞こえた。
参謀は作業を止め、顔を上げて周りを見渡し耳をすませてみたが、ガタガタザワザワと風と雨の音が邪魔をしてもうよく聞こえなくなっていた。
きっと外の嵐で倒れた木々の音かもしれない。そう、いつもの参謀なら興味もなく作業に戻ったことだろう。
──だがなんとなく。
ただなんとなく気になった参謀は立ち上がると部屋の扉を開け、薄暗い廊下に1歩を踏み出した。
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嵐のためか、いつもの静かな月夜より真っ暗になっている廊下を確認してみるが特に変わった様子はない。
「…気のせい、か」
特に何か期待していた訳では無いが零れた言葉に含まれた残念そうな声色に気付かぬフリをして、部屋に戻ろうとした。
すると突然、窓の外で稲光がカッと輝き、廊下をパッと照らしたその瞬間、何かが見えた。
それは、廊下の隅で蹲まっている影。
どこかそれに見覚えがあった参謀がゆっくりと近づけば、その影は手で耳をギュッと塞ぎ、カタカタと震えながら自分自身を守るように小さく蹲まった、自分の上司である──将校、その人であった。
いつも無愛想で、皮肉な憎まれ口を叩き、そして将校を1度手にかけようとした自分を部下に引き入れた変人。当たり前だが参謀は将校が考えていることが理解ができず、苦手だ。
「……しょ、将校殿……?」
「すまん、助けられなくてすまん…すまん…」
しかし、そんな将校が今何故か普段とは全く違う様子で、なにかにひたすら謝り続け目の焦点がぐるぐると合わないまま廊下に蹲っている姿に思わず参謀は唖然と立ちすくんでいると、また近くに雷が落ちたのか閃光が走り、轟音がビリビリと響き渡る。すると『ひっ、ひっ、うっうう』と将校は何も見たくないとばかりに目をギュッとつぶり、その隙間からぽたぽたと涙を零し、言葉の意味をなさない嗚咽を洩らし始めた。それに段々と呼吸もハッハッと浅くなっているように感じる。
そして小さく何かを言葉を零した。
「──た、す…けて」
「アァ、クソっ!」
髪をぐしゃりと掻きむしった参謀は蹲る将校を抱き抱えると急ぎ自室へと戻る。将校は戦場においてまず彼に勝る人はいないと言われるほどの凄まじい強さを誇り、普段鍛錬でも日々休まず部下よりも鍛えているはずなのにその体のどこに筋肉があるのかと思ってしまうほど、将校の重さを軽く感じ、参謀は少し背中がひやりとした。
不自由な手に代わり、足で扉を無理やりこじ開け、先程まで自分が寝ていたベッドに将校を寝かせてやる。
将校は『ひゅぅ、ひゅう』と息苦しそうに顔を歪め、意識は朦朧としているようだった。時折首を掻きむしるような動作をし、苦しげな表情で横たわる上司の姿をみて嘲笑する余裕も参謀にはなく。ただ、無意識にその苦しさから自身を傷つけようとしてしまうその手を解放してあげようと、おもむろに将校の手を握った。
するとピクリと震えた将校の体だったが、参謀の手の温もりを感じたのかその温もりを逃がさないように優しく握り返してきた。そして少しずつ呼吸は落ち着いていき、その表情も迷子だった子供が母親を見つけたのかのようにホッと柔らかくなった様な気がした。そんな姿を見た参謀はふぅと息をついていたが、それと同時にどっと疲れと眠気が押し寄せ、あっという間に意識は黒く塗りつぶされてしまった。
そして、ちゅんちゅんと鳥のさえずりと共に目が覚めれば参謀は床に座り、ベッドにもたれ掛かるようにして眠っていたようで。昨日は何があったんだっけかとぼんやりとまだ疲れが残る体を動かそうとすると、何故か肩には見覚えのないブランケットを掛けられており、そして肝心のベッドは何事も無かったのかのように、もぬけの殻だった。
ちなみに、なんでもない顔で業務をしている将校にあれはなんだったんだとイラつきつつ業務報告も終わりさっさと立ち去ろうとした時に『昨日は、すまなかった。…ありがとう』って言われて何も言えなくなる参謀がいるのはまた別の話。