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    こたなつ(ごゆ用)

    @natsustandby

    しぶに置いてある話の番外編が主。
    予告なくひっそり加筆したり消したり。

    いつも応援ありがとうございます。
    ニヤニヤしながら創作の糧にしていますもぐもぐ。
    ぴくしぶ→https://www.pixiv.net/users/1204463

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    POIPOI 8

    バレンタイン&ホワイトデー話

    甘いのおひとつどうぞ・原作沿い平和軸
    ・一時しぶに上げていた話です
    ・初恋に余裕のないポンコツな五と健気男前な悠がいます


    ✳︎



     二月十四日。これまで悠仁にとっては義理チョコをいくつか貰える日だった。
     けれど今年は少し違う。チョコはたったひとつ、本命だけ。そして貰うのではない。あげるのだ。
     

    「……作っちゃった」
     ころりと丸い、チョコレートトリュフ。初めてにしては上手く出来たそれを繁々と眺める。自分が作ったと思うとやはりどこか照れ臭かった。しかし、かといって渡さなければ何も始まらない。
     形の良いものを選び、用意した箱に詰め、リボンを巻いた。よくある赤やピンクではなく水色にしたのは好きな人の瞳の色だからだ。
     慣れないラッピングに苦戦しつつもなんとか完成させたそれを手の上に乗せる。
    「出来た、けど…やっぱ恥ず…」
     片手で持てるほど小さな箱。この中に悠仁は自分の想いも詰め込んだ。届くかどうかは分からないけれど。
    「受け取ってくれっかなあ」
     五条先生。
     零れ落ちた声はやはり不安を孕んでいた。

     五条のことをいつ好きになったかは分からない。ただ、積もりに積もった想いを抱えきれなくなってきたことだけは確かだった。
     箱を持って朝の構内を探し回る。今日はこの後任務があるため、朝のこの時間しか渡すチャンスはない。
     探す間もドキドキと胸が煩かった。
     気持ちを受け入れてくれなくてもいい。せめてこれを受け取ってくれたら、甘い物だと喜んでくれたら。それだけでいいーーのは嘘。本当はちょっとくらいは何かしらの反応があると嬉しい。勿論受け取って貰うことが第一だが。
     思考を行ったり来たりさせながら教員専用の部屋の前を通った時だ。誰かの声がして、立ち止まった。
    「…いい…、そろそろ……るよ…」
     五条の声だ。誰かと話しているようだがよく聞こえず、ダメだと思いつつも息を潜めて扉に耳を当てた。
    「だぁから、いらないって言ってるだろ」
     はっきりと聞こえた声は苛立ちに満ちていた。
    「今更チョコレートとかいらないから。……は?見合い相手?しかも手作りぃ?一番いらないやつじゃん、キッモ。無理無理、いらない。……はぁ?知らないよ、全部捨てといて。あ、こっちに送ってきても無駄だよ。この時期の僕宛の荷物は受け取らないことにしてるから」
     突き放すような言葉たちに先程とは違う意味で鼓動が煩くなった。ザッと血が落ちて、手先が冷えていく。
     五条はまだ何か言っているようだったが、これ以上盗み聞きする勇気はなかった。
     急いで、しかし音と気配をなるべく消してその場から逃げた。早く早くと急ぐうちに、いつの間にか外まで出ていた。見慣れた自動販売機の隙間に入り、隠れるように座り込む。周囲に人の姿はなく、ようやく息をつけた。
     落ち着けばどうしても先程聞いたことを思い出す。
     多分、五条は電話をしていた。相手は実家かその関係者だろう。見合いの話もしていたが、そこはまあいい。前にもあったことだ。それより気になったのは。
    「いらないのかあ」
     そっか、と確認するように呟く。
     考えてみれば当たり前だ。五条ならどれだけ高いチョコレートも自分で買えるし、手作りに抵抗があるなら受け取らないのも分かる。
     いらないものは拒否する。当然のことだ。
     ならきっと、この箱も捨てられる。中に詰めた想いごと「そういうのはいらないかな」と、いつもの軽薄な笑みで切り捨てられたら。
    「あー……それは流石にキツい」
     ギュッと心臓が締め付けられた。目の奥が熱くて痛い。油断すると何かが溢れそうで、ゴシゴシと袖で乱雑に拭う。
    「……よし」
     捨てられるくらいなら渡さずに自分で処理しよう。渡せなかったのは残念だが、五条が嫌がることをしたくない。
     このまま食べようかと迷っていると、スマホが震えた。どうやらもう集合時間になったらしい。今日の同行者は伏黒だ。遅れて不機嫌にさせたくない。
    「小さいし、いけっかな」
     ひとまずポケットの中に捩じ込んで、悠仁は静かに立ち上がった。



     今回の討伐対象の等級はそう高くなかった。ただ、現場に多数の一般人がいたため、等級以上の難易度だった。
     結果として伏黒と共にうまく立ち回れたため彼らに怪我人は出なかったが、庇ったこちらはそうもいかなかった。

    「で、派手にいったわけだ?」
     この腕、とすでに家入の治療を受けた右腕を五条が指差す。その威圧感に負けそうになりながらも、悠仁はひとつ頷いた。
     ふぅんとこちらを見下ろす五条の機嫌は悪い。それは突然医務室に現れ、「どういうことか説明しろ」と言われてからずっとだ。
     任務のあらましを説明してもなお機嫌は直らず、思わず「ごめん」と謝った。そのくらい、今の五条は怖かった。
    「それは何に対する謝罪?」
    「えっと、先生に稽古つけてもらってんのになかなか強くなれないから怒ってるんかなって……怪我もしちまったし」
    「そんなことで僕は怒らない。恵からもあの状況なら一般人かこちらのどちらかが無傷ではすまなかったって聞いてるし、実際庇ったんでしょ?ま、僕なら無傷で祓えたけどね」
    「そりゃ先生はそうだろうけど……え、でもそれなら何でそんな怒ってるの?」
    「庇ったの、他人だけじゃないだろ」
     あ、と思った。バレているのだ。
     咄嗟に首を振ったが逆効果だったらしい。五条の気配がより鋭くなった。
    「しらばっくれる気?……これ庇ったから、腕をバッサリ切られたんでしょ?」
    「え、嘘、なんでそれっ」
     五条が持っていたのは例のチョコだった。おそらく脱ぎっぱなしの上着から勝手に取ったのだろう。
     返せ。そう言おうとしたが言えなかった。五条の放つ空気が恐ろしいほど冷たかったのだ。
     喉を詰まらせ黙り込むと、五条が「誰に貰った」と言った。聞いたことないほど刺々しい声だった。
    「だれって…」
    「今日バレンタインだもんね。誰かに貰ったんでしょ?わざわざ庇っちゃうくらい大事だった?」
    「ちが、」
    「まあいいや、どうでも。どうせ潰すし」
     そう言うと五条が箱の方を向いた。一瞬の後、箱の端がぐしゃっと音を立てて拉げる。いつか見た缶のようだった。
    「先生やめろって!」
    「何で?こういう余計なものを持ってちゃダメでしょ。悠仁、遊びじゃないんだよ?分かってる?」
    「っ……わかってるよ」
     その箱に気を取られて怪我をしたのは自分の落ち度だ。そこは否定しようがない。反省もしている。けれど、それと箱を壊されるのはまた話が別だ。
    「反省したし、もう同じことはしない。だからそれを返して」
    「嫌だね」
    「なんでだよ!」
    「気に入らないから」
    「な…んだよ、それ……」
     どんな理由だ。子供でももう少しマシなことを言うだろうに。あまりの言い草に固まっていると、五条の呪力が練られる気配を察知した。本当に箱を潰すつもりなのだ。五条なら時間などかからない。一瞬だ。
     だから咄嗟に飛びつくようにその箱へ腕を伸ばした。
    「返せよっ」
    「あっ、バカ…!」
     飛びついた拍子に五条の手から箱が滑り落ちる。手を差し出したが間に合わず、床に落ちて中身がコロコロと転がった。
    「……あーあ」
     これは食えねえなと零し、すぐそばにしゃがむ。下を向いているとポタリと床に何かが落ちた。ポタポタとそれは止まらない。一緒に鼻水まで出てきて、ず、と啜る。
    「泣くほどそれが大事だった?」
     抑揚のない声に、もうどうでもよくなった。こうなったらいっそ、このチョコレートのようにダメになってしまえと。そう思い、言った。
    「俺、初めて作ったんだ。トリュフチョコレートなんてもらったことすらなかったのに。レシピ調べて、釘崎に聞いて、ちょっと良い材料も揃えてさ。知ってる?板チョコじゃなくて、くーべるちゅーるってやつで作った方が綺麗にできるんだって。製菓材料店も初めて行った。周り女の子ばっかでさ、恥ずかしいのなんのって。でも、少しでもちゃんと作れたら、先生、食べてくれるかなって……そう思って、頑張ったんだ」
     きっと何度も作れないから。もしかしたら、これが最後のバレンタインかもしれないから。
     全部吐露し終わると、五条は呆然とした様子でこちらを見ていた。マスク越しで分かりにくいが、もう怒っている気配はなかった。代わりに戸惑いと落胆が見え、むしろ悠仁の方が困惑した。
    「五条センセ?」
    「……先生って、硝子のこと?」
    「へ?」
     五条の声は予想よりずっと情けなかった。先程までとの空気の差に驚いていると、五条が「やっぱり」と小さく呟いた。
    「確かに硝子は優秀だけど……でも酒飲みだし、今は禁煙してるけどヘビースモーカーだし、言うことキツいし、容赦ないよ?真顔でクズって言ってくるよ?」
    「いやそれ俺言われたことねえし……てかそもそも、家入先生じゃない」
    「えっ、じゃあ……七海は先生じゃないから違うよね?あと悠仁が接点あるのって……まさか学長とか言わないよね!?」
    「言わないよ。てかいるじゃん、俺と接点があって、俺が好きになっちゃう先生」
     どうにでもなれと言ってしまうと、五条はピシリと固まった。
    「待って……え、待って……嘘でしょ」
    「嘘じゃないよ」
    「……歌姫はやめた方が、」
    「五条先生だよ!!他にいるわけねえじゃん!」
     嘘だろなんでこの人こんなに鈍いの、と頭を抱える。涙はとっくに引っ込んでいた。
    「俺は先生が好きだからこれ作ったの!渡して玉砕する気だったの!でも先生がいらないって言、…ってちょっ、何してんの!?」
     何を思ったか、五条は床に転がっていたチョコレートを拾うとそのまま口に運んだ。あまりの速さに止めることはできず、ただモゴモゴと動く頬に手を伸ばした。
    「先生!ぺっして早く!ぺっ!」
    「ん〜んん」
    「え〜ヤダ、じゃない!汚ねえって!」
    「んんんーん」
    「は?ダイジョーブ?どこが!?」
     言っても素直に吐き出すような五条ではなく。もぐもぐと音も立てずに綺麗に咀嚼し、最後にこくんと喉が動いた。
    「ご馳走様でした」
     深々と礼をされた。お手本のように美しい所作に悠仁は思わず「お粗末さまでした」なんて返してしまった。
    「じゃなくて!何で食べちゃうかなあ!?」
    「だって僕へのでしょ?しかも悠仁の手作りとかさ、食べるしかなくない?」
    「いや落ちたやつじゃん!」
    「それでも食べたかったんだよ」
    「っ…」
     マスクの向こうから真っ直ぐ見つめられ、声が出なかった。ドキドキと、少しずつ心臓が煩くなっていく。
    「ごめんね。こんなことならちゃんと悠仁の話を聞いてればよかった」
    「……それはまあ、そうかもだけど。え、てか、食べたかったん?だって先生、チョコはいらないって…」
    「うん、いらないよ」
     キッパリと、そしてバッサリと言われて心臓が縮こまった。また溢れてきそうな涙をグッと堪え、精一杯五条を睨みつける。しかし五条は表情を変えずに続けた。
    「いらないのは悠仁以外からのだよ。僕は悠仁のだけが欲しかった。だから、その悠仁が誰かにチョコ貰ったんだと思ったらイラッとしちゃって…」
    「潰そうとしたん?」
    「……うん」
    「なにそれ過激派じゃん」
     はは、と思わず笑ってしまった。やっていることは恐ろしいのに思考は子供のそれだ。こういうところがあるのは知っていたし、そこも好きなところではあるのだ、一応。
     だから嬉しさが先に来た。来てしまった。悲しさも腹立たしさも全部追い越して、嬉しいと思った。
     思ったものは、もう仕方がない。
    「ね、先生。俺の作ったチョコはどうだった?」
     少し上擦った声で問いかけると、五条は口元を緩めた。
    「ちょっとジャリってしたけどそんなの気にならないくらいに美味しかったしちょー愛感じた!」
    「マジかそれ土じゃん!……んで、先生はそれを受け取ってくれるん?」
     分かって投げた問いに、五条はゆっくりと目隠しを下ろした。剥き出しになった美しい蒼が悠仁を捉える。
    「勿論。全部貰うし、全部あげる。言っとくけど、僕の愛は重いよ?何なら今すぐ三倍返ししてあげようか」
    「顔面でゴリ押してこんでよ。んでも、普通には返してほしい……かも」
     悠仁の素直な願いに五条が笑い、そっと唇を寄せてきた。
     一瞬だ。掠めるように口付けられ、あっという間に離れていく。
    「いや手ぇ早くない!?」
    「行動力には自信があるよ」
    「……まあ、そうじゃないと落ちたチョコ食べんよな」
    「そこは愛だよ、愛!」
    「お、おう…」
     それで流されるのは流石にどうかと思いつつ。でもまあ嬉しいから良いかと悠仁は小さく微笑んだ。


    END






     およそ自分に出来ないことはない。五条はそう自負して三十年近く生きてきた。事実、やって出来ないことを見つける方が難しい。
     けれど、出来ることとやって良いことはイコールとは限らないもので。

    「三十路を控えた男が手作りチョコって冷静になるとヤバい…?」
     作った時は深夜だったし疲れていたからわりとノリノリだった。スマホ一つで届けられた材料を混ぜながら「ゆじぴに手作りチョコ♡喜んでくれますよーに♡」なんて、今考えたらネジどころか脳みそ全部ぶっとんでいた。
     が、一晩明けたらあら不思議。正気と羞恥心が戻ってきた。
    「深夜テンションこっわ……」
     しかもいい出来なのがまた怖い。きっちりラッピングまで用意している完璧な自分が怖い。
    「………ま、折角だしね」
     何せ今日はホワイトデーだ。約一ヶ月前から付き合い始めたゆじぴ、もとい悠仁にバレンタインのお返しとして渡せばいい。
     綺麗に包んだ箱をポケットに突っ込み、五条は軽い足取りで学生寮を目指した。


     目的の人物はすぐに見つかった。向こうが見つけて駆け寄ってきたのだ。
    「先生!おっはよー!」
     ドンッと、軽自動車が突っ込んできたかというくらいの衝撃で悠仁が飛び付いてきた。それを難なく受け止めるまでが恒例だ。
    「おはよう。悠仁は今日も元気だねえ。走り込みしてきたんでしょ?」
    「おう!今日はあったかいから気持ちよくてさ、めちゃくちゃ走ったからあっちぃ!」
    「朝から熱心なのは大変よろしい!でも髪の毛が濡れたままなのはよくないね。風邪ひくよ」
     大方、すぐそこの水道に頭から突っ込んだんだろう。肩に掛かっているタオルで髪を拭いてやると、悠仁が「なんか犬みたい」と笑った。何それ犬の悠仁とか絶対可愛いじゃん、見たい。
    「そういう呪物あったかなぁ……」
    「何の話?」
    「こっちの話〜」
    「ふーん。あっそうそう。ランニングの時に麓のコンビニまで行ってきたんだけどさ、これ新作のスイーツ!今日からだって店長言ってたし、先生まだ食べてないっしょ?あげる!」
     悠仁はたまにこういうことをしてくれる。付き合い始めてからは特にそうだ。「先生お疲れさま!」とお日様みたいな笑顔で言われて何度世界が、もしくは伊地知が救われたか。
     普段ならただ礼を言うだけだが、今日はポケットにチョコがある。「じゃあ僕からもプレゼントでーす♡」みたいな軽いノリで渡せばいい。そういうのは得意だ。
     得意なはずなのに。
    「どしたん先生?」
    「いや……わざわざありがとう悠仁」
     どうしてもポケットに手は伸びず、代わりにまだ少し濡れている頭を撫でた。
    「お礼に今度焼肉連れてってあげる」
    「マジ?やった!…あ、俺そろそろ着替えなきゃ。んじゃまたなっ先生!」
     するりと離れた悠仁が寮に駆けていく。一度振り返って大きく手を振って、また走り出した頃にはもう見えなくなっていた。
     残されたのは五条と、悠仁から貰ったスイーツ。それから渡せなかったチョコ。
     そう、チョコ。悠仁のためにと作ったそれを五条は渡せなかった。
    「……マジか」
     はいダサい。これはダサい。五条自身も「渡せないってどういうこと?ダッセェ!プークスクス〜」と思うと同時に痛感していた。

     いやこれ無茶苦茶恥ずかしくない?と。

     何せ手作りだ。しかもチョコ。この顔と地位に生まれて約三十年。手作りのチョコを貰ったことは数知れずーーーただし食べたことはほぼ無いーーーしかしあげたことなど一度もなかった。
     世の中のカップル達はみんな普通にこんなことしてんの?だとしたらやべぇなあいつら、なんて素直に思えるほど、五条にはこの行為が気恥ずかしかった。
     これが既製品なら話は早かった。今まで悠仁は勿論、生徒や同僚にも色々と渡している。結構な確率で嫌な顔をされるけど、悠仁ならその心配もない。「ありがと先生!」と笑う姿が目に浮かぶ。
     いっそ今からでもスニーカーや服にするかと考えたが、すぐに却下した。せっかく悠仁にと作ったものだから、たとえ深夜テンションの産物だとしても本人に食べてほしい。あと単純に自分に出来ないことがあるとかムカつくし。
    「ま、次会った時に渡せばいいか」



    「とかいってたらもう夕方ってウケる〜」
     嘘。全くウケない。
     単純に悠仁と会う暇が無かったのもある。が、それは言い訳だ。今も悠仁は校内にいるはずのため、探せば 渡すことはできる。しかし五条は当のチョコをテーブルに置き、待機場所になっている応接室で悶々としていた。
    「自分がこんなダッセェ奴とは思わなかったなぁ」
     正直ショックだ。今まではもっとスマートで、何でも卒なくこなしてきたのに。チョコひとつ渡せないとは。
     このままでは悠仁に嫌われる。というか笑われる。「先生もそういうとこあんだね」なんて言われてみろ。この一カ月間保ってきた大人の威厳はボロボロ、プライドもズタズタだ。始まりがアレだっただけにカッコつけたいというのに。
     時間が経てば経つほど渡しにくくなっていく。さてどうしたものかと五条が天井を見上げた時だった。扉がノックされ、控えめに開いた。
    「あ、ホントに先生いた」
     顔を覗かせたのは悠仁だった。
    「伊地知さんにここにいるって聞いたから来たんだけど……まずかった?」
    「全っ然!おいでおいで」
     手招きすれば悠仁はパァッと顔を綻ばせて駆け寄ってくる。尻尾があれば絶対振っているだろう。
    「はー悠仁が可愛い」
    「いや俺そんなタイプじゃねぇっしょ。てか先生、何かあった?」
    「ん〜実は上の連中が煩くってさあ。悠仁癒して〜」
     五条が両手を広げると、悠仁は一瞬固まったもののすぐ飛び込んできた。
     歳の割に筋肉がしっかりと付いた身体を抱きしめる。子供体温らしい悠仁はあたたかくて、思わず「あぁ〜」と声が出た。
    「ふはっそれ温泉入った時のやつ!」
    「悠仁には温泉と同じ効果があるんですぅ。ていうか温泉行きたいな。今度行こ」
    「いいけど、先生忙しいじゃん」
    「そこは伊地知が何とかするし、調整すれば日帰りくらいはすぐ出来るよ。それとも泊まりが良かった?」
    「どっちでもいいかな。泊まりだとゆっくり出来そうだとは思うけど……でも変なことはせんでよ」
    「え〜変なことってなあに?」
    「っ…」
     迂闊なことを言ってしまうところもまた可愛い。五条はまだ未熟で素直な恋人の腰を引き寄せ、その真っ赤な耳に囁いた。
    「悠仁が想像した変なこと、教えてよ。ねぇ」
    「っ…耳、やめてってば…!」
    「ふふ、悠仁は耳弱いよね。この前も後ろ弄りながら息吹きかけたらすぐに、ンンッ」
    「そういうことを!外で言わんッ!!」
     悠仁の両手が五条の口を塞ぐ。鋭い目で睨み付けられたが、五条にすれば子犬の威嚇にしか見えず微笑ましい。
    「先生、顔見えなくても笑ってんのは分かるんだからな」
    「ごふぇんふぇ」
    「……いーよ。でももう変なことは無し!」
     悠仁の手がゆっくりと離れた。一度謝られただけでもう許してしまうところがチョロい。チョロ可愛いくて堪らない。
    「ごめんね。最近悠仁とこうやって一緒にいられなかったからつい。悠仁もそう思ったから会いにきてくれたんでしょ?」
    「……なんで分かんの」
    「そうだといいなって思っただけ」
    「ぅ……先生、ずりぃ」
     悠仁が赤く色づいた頬を五条の胸に擦り付けてくる。こうして甘えてくれるようになったのはつい最近だ。
    「ゆーうじ」
    「っ……せんせ」
     とびきり甘い声で呼び合い、見つめ合う。徐々に顔が近づき、もう少しで触れるかという時だ。
     目の前で悠仁の瞳が大きく見開かれた。
    「……悠仁?」
    「先生……それ、どしたん?」
     悠仁が机の上の箱を指す。そういえば置きっぱなしだった。
     ちょうどいい。今のこの空気なら良い感じに渡せるだろう。「悠仁のために作ったんだよ。食べてくれる?」と囁けばチョロ可愛い悠仁は喜んでくれるはず。
    「ああそれ貰ったんだよね」
     そう思って開いたはずの口は全く違う言葉を吐き出した。やべ、とは思った。しかしよく回る口は、悠仁の様子がおかしいと分かっていても止まらなかった。
    「いつもお世話になってます、的な?ほら僕最強だからそういうの多くってさ、困っちゃうよね。中身チョコなんだけど、結構…いや、かなり美味しそうだしさ、悠仁にもあげるよ。食べるでしょ?」
    「……ううん、いらない。先生が貰ったもんは先生が食べるべきっしょ。それ、手作りっぽいし」
     やけに硬い声だ。この時点で五条は嫌な予感はしたが、悠仁が離れる方が早かった。
    「ごめん先生。俺任務あるから行くね」
    「待っ、」
     伸ばした手が届くより先に悠仁が部屋を出て行った。去り際に見えた顔は誰がどう見ても傷ついていた。
    「……悠仁」
     悠仁が傷ついた理由なんてひとつしかない。このチョコだ。手作りのものを悠仁以外から受け取ったと、しかもそれを喜んでいると思われたのだ。ちっぽけな自分のプライドのせいで。
    「うわ……ダッサ」
     今日一番、いや過去一番にダサい自分に、五条は大きく息を吐いた。



     夜も深くなり始めた頃。静まり返った廊下を五条は一人歩いていた。立て続けに任務をこなし、ようやく先程解放されたばかりだった。
     普段なら自室に帰るが今向かっているのはそこではない。悠仁の部屋だ。
    「まず謝って、誤解を解いて、それから渡して……」
     ブツブツと繰り返す姿はさぞ滑稽だろう。けれどこれでまた失敗したらそれこそ笑えないのだから、必死にもなる。
     五条は緊張の面持ちでドアの前で立ち止まり、ノックをしようと手を上げた。
    「先生?」
     叩く直前、向こうの方から声がした。振り向くと五条が歩いてきた廊下の反対側に悠仁がいた。
    「こんな時間にどしたん?てかその格好……もしかして今まで任務だった?」
    「……まあそんなとこ」
    「そっか、お疲れ様」
    「悠仁は風呂?随分遅いね」
    「あーうん。ちょっと走ってて遅くなった」
     悠仁の視線が下に落ちる。なんとなく気まずい空気が流れ始め、五条はマズいと思った。これではあの時の二の舞だ。
     何とか切り出そうと口を開いたが言葉が出て来ず、代わりに悠仁が扉を指差した。
    「とりあえず中入る?俺も先生に話したいことあるから」
     不穏な言い方にさあっと血の気が引いた。この展開は別れ話だ。それしかない。
     咄嗟に「やだ」と呟いたが、手招きされながら「中、入って」と誘われたら行くしかない。ふらふらとした足取りで部屋へ入ると、前にいた悠仁が振り返りざまに頭を下げた。
    「昼間はごめん!俺、嫌な態度とった。その……手作りチョコを受け取ったって聞いて、ちょっとモヤモヤして……」
    「悠仁…」
    「勝手だよな。誰から何を受け取るかは先生の自由なのに」
     眉を下げ、寂しげに笑う姿に五条は言葉を詰まらせた。自分のちっぽけなプライドのせいで悠仁を傷つけた。戻れるならば「貰った」と嘘をついた時に戻りたい。
     けれどそれは出来ないから、代わりにポケットからチョコの入った箱を取り出した。すると悠仁は唇を引き結び、「まだ持ってたんだ」と呟いた。
    「悠仁にあげたくて」
    「先生……それは貰えんよ」
    「……違うんだ。これね、本当は僕が作ったんだ。バレンタインのお返しに」
    「……先生が?マジ?」
    「マジ」
     悠仁が大きく目を見開き、そろりと箱を見る。それからまた五条を見て、と数度繰り返した後、もう一度「マジか」と呟いた。
    「俺が貰っていいん?」
    「ウン」
    「じゃあ……いただきます」
     五条が蓋を開けて差し出すと、悠仁が恐る恐るといった様子で丸いチョコを一つ手に取った。約丸一日かけてやっとだ。やっと渡せた。
     悠仁が口を開けてチョコを頬張る。それを固唾を飲んで見守っていると、悠仁が「んん!」と声を上げた。
    「うんま!これすっげぇ美味い!」
    「っ…」
    「てか先生、お菓子とか作るんだな」
    「……作ったことない」
    「えっ初めてなん?じゃあ、作って人にあげたのも、俺が初めて?」
     五条がこくこくと頷けば、悠仁の顔がぱあっと晴れやかになった。
    「俺、今めちゃくちゃ嬉しい!ありがと先生!」
     キラキラ眩しい笑顔を向けられ、五条の心臓がギュンッと高鳴った。初めてだ。多分、今までどんな贈り物をしてもこんな気持ちにはならなかったのに。
    「心臓痛い……」
    「え、大丈夫?」
    「ううん、ダメ。でも悠仁がキスしてくれたら大丈夫かも」
    「いやそれもう大丈夫っしょ」
     悠仁はからりと笑うと五条の手から箱ごとチョコを取っていった。
    「先生、ありがとな。忙しいのにわざわざ作ってくれたんだろ」
    「昨日深夜テンションでいつの間にか作ってた」
    「うははっマジか。でもそれなら何でもっと早く渡してくれなかったん?」
    「それは……」
    「それは?」
     悠仁がじいっと五条を見つめる。適当に誤魔化すのも申し訳なくなるくらい、真っ直ぐな目に五条は白旗を上げた。
    「恥ずかしかったんだよ。手作りのお菓子をあげるなんて初めてだったし、どうやって渡せばいいか分からなくて……」
    「それで貰ったって嘘ついたの?」
    「うん……ごめんね、情け無い理由で。でも悠仁を傷つけるつもりは無かっ、」
     五条の言葉を遮るように悠仁が飛び付いてきた。ドンッと結構な音を響かせながらそれを受け止めて、五条はピンクの旋毛を見下ろす。
    「悠仁?」
     恐々と呼べば、応えるように悠仁がぎゅうっと抱きついてきた。
    「ずるい」
    「え…」
    「ずるい。そんなん言われたらさ、好きだーってなるじゃん。先生ずるいよ」
    「……好きだーってなってるの?」
     改めて言われると恥ずかしいのか、悠仁はまたぎゅうぎゅうと締め付けてくる。顔は見えないが耳は真っ赤だ。
     それを見た五条もまた「好きだー」となり、堪らず悠仁を抱きしめ返した。
    「てっきりダサいとか、情け無いって言われるかと思った」
    「言わんよ。好きな人に作ったもん渡すのって緊張すんじゃん。んで、先生にとってはそれが俺なんだってだけでさ……もう、嬉しいんだよ」
    「……悠仁」
    「うん……先生、ありがと。好き」
     胸に顔を押し当てたままそう言った悠仁に、五条は「僕も。好きだよ、悠仁」と囁き返した。
     作ってよかったと、渡してよかったと。この子を好きになってよかったと、そう思った。


    「ところでこのチョコマジで美味いね。何か入れたん?」
    「そりゃ僕の愛だよ、愛!」
    「あぁ、だからこんなに美味いんか」
    「……」
    「いや無言で目隠し取らんでよ。あと真顔怖ぇって…え、先生?せんせ、ンッ!」


    END


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