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    enochifox

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    おいかげ
    数ヶ月前までに書きかけたのを発掘

    大学生×プロ いつもと同じ時間に目が覚めたのは奇跡だと思った。
     自分の身長に合わせて買ったベッドよりも大きいそれには俺以外にもう一人が眠りこけている。俺とあまり身長の変わらない、男二人分が使うにはちょっと窮屈で、今にも落っこちそうな身体を真ん中へ転がす。どうせ俺はもうベッドに戻るつもりはないから、広々と使ってもらった方がいいと思ったからだ。
     フルセットの試合後でもこうはならないくらいに重い身体を引きずって、よたよたとバスルームを目指す。スリッパを履こうとしたら腰が抜けて、思いっきりベッドの縁にぶつかったけど起きなかったのは良かった。起きていたら絶対に揶揄われていた。
     立っていられなくはないけど、真っ直ぐ立つのはしんどくて冷たいタイルにべったり身体をくっ付けてシャワーを浴びる。冷たい水に身体が震えたのはほんの十秒くらいで、直ぐに温かいお湯がベタつく肌の上を流れ落ちた。
    「げ……」
     どんだけ強い力で掴んだ、あの人。左も右も腰にはくっきりと掌の痕があざになって残っている。一番やばいところは下着で隠れそうだけど、微妙にはみ出るから誰にも気づかれないうちに着替えなくちゃいけない。
     日課のロードワークもこの調子ではまともに走れそうもない。今日がミーティング中心の日で本当に良かった。
     気持ちよさそうに眠ってる顔は記憶よりも少し大人っぽい。じっと見つめているうちに昨日の夜に投げかけられた言葉や行為を思い出して恥ずかしくなった。財布から適当に掴んだ紙幣三枚を枕元に叩きつける。これだけあれば足りないことはない筈だ。
     見納めにもう一度寝てる姿を見る。高校を卒業して地元を離れたこの人と会わないまま三年が経った。バレーをしていたらどこかで再会すると思っていただけに、昨日の夜はイレギュラーな出会いでお互い望んでいたものじゃない。部屋を出たら昨日の夜から今までのことは全部忘れてしまおう。歩く度に不調を訴える身体を無理矢理動かしてホテルを後にする。
     俺の脳みそは単細胞と称されるくらい単純だ。一週間もすればこの出来事を忘れる自信があった。

    ****

     今までの人生で三本指に入る最悪の日だった。
     高校卒業後、俺には三つ選択肢があった。一つは複数から声が掛かってる推薦を受けて大学に行く。二つ目はスカウトされている実業団に入る。そして三つ目がホセの指導を受けるために日本を離れる。俺の気持ちの七割は三つ目の選択肢に偏っていた。資金面でしばらく親に迷惑をかけるけど、説得してみせると決意していた。けれど進路について切り出そうとした矢先、お父ちゃんに手術が必要な病気が見つかった。早期発見のお陰で手術自体は無事に終わり、経過観察でも再発の可能性が低いというお墨付きを貰っている。
     言い出せなかった。手術に関する費用が嵩んでいたし、いくら蓄えがあると言ってもしばらくは出費を抑えようとしてる親にいつ返せるかわからない金を当分工面して欲しいと頼めなかった。
     声が掛かってる実業団は決して待遇も悪くはないけれど、俺の起用はあくまでも正セッターのサブ扱いにされることはひしひしと感じた。それでもいいかもしれないけど、上を目指すには物足りない。一方で大学は推薦を受ければいくらか学費を免除して貰えるし、生活費も寮に入るから親の負担が少なくて済む。俺の身分は宮城の高校生から都内在住の大学生に変わった。
     卒業まで寮に居るつもりだったが二年の夏休みに老朽化で建て直しになり、付き合っていた彼女と同棲することにした。飲食店のバイトを一年の秋口から始めており、仕送りを少し減らしてもらっても充分やっていけた。
     寝る場所を共にしてもレギュラーに選ばれているから練習で遅くなったり、遠征で家を空けたりと寂しい思いをさせていたのは認める。だからこそ一緒にいられる時はめいいっぱい甘やかしたし、彼女が見たいというなら真夜中に車を出して夜空を眺めた。俺なりに彼女に対して誠意を尽くしてきたつもりだったけれど、この度別れることになった。

     本日の練習試合相手はあのウシワカのいる元治大学であることが俺の機嫌を一段と下げた。ウシワカは倒すべき相手であるが、それは公式戦の話であって記録にも残らない試合で顔はあまり見たくない。つい最近も赤いユニフォームを着て世界レベルを相手にした男だ。高校からまた一段と威力を上げたスパイクに翻弄されて俺のチームは負けた。その後は両大学交流飲み会が開かれ、当然牛島から遠くのテーブルに座った。だけど奴が俺の心情を知る由もなくわざわざ俺のところへやって来て飛雄の所属するシュヴァイデンアドラーズのスカウトを受けていることを話題にしてきた。
     烏野を卒業して鳴り物入りで実業団に所属した飛雄は、早くもA代表に選出されている。未だ大学生としては強いバレー選手でしかない俺を焦らせたが、自分には自分のペースがあると言い聞かせている。だというのに牛島は「組んで思ったがアレは良いセッターになるぞ」と嘯き俺の神経を逆撫でした。ムカついたので無視して唐揚げを摘んでいるうちにお開きになった。二次会に誘われても行く気にはならず、彼女の待つアパートへ帰宅したのである。
    「……くん、……ったら、んっ、もう!」
     玄関に見たことがない男物のスニーカーが置かれていた。電気を点けずに寝室まで向かうとドアの向こうから甘ったれた彼女の声がする。これは現行犯と思って間違いないだろう。嫌な奴と顔を合わせた試合と飲み会で疲弊しているというのにこの仕打ちだ。聖人君主ではないけれど、それなりに真面目に生きていた俺にあんまりじゃないか。一年半育んできた彼女への愛情も綺麗さっぱりどこかへ行ってしまった。今晩ここで過ごす気にもならないし、だったらいっそ部屋ごと彼女に渡して俺は出て行こう。
     リビングに置いてある貴重品を鞄に入れる。教科書類は一気に持っていけないし、後日引き取りに来ればいい。残るは、と寝室のドアに目を向ける。明日の分くらい着替えは持っていきたい。ふーっと息を吐いて気持ちを落ち着け、覚悟を決めてノブを回す。
     ばん、と思いのほか勢いづいてドアが開いた。闖入者の俺に驚愕する二人は当たり前のように全裸で、男に隠れて見えないけど下半身も合体済みだろう。
    「と、徹くん、その、これはね……」
    「いいよ。言い訳しなくて。俺がバレーにかまけてあまり居なかったのが寂しかったんでしょ。今日も飲み会だから遅くなると思って男連れ込んだみたいだし、別れようか。後は二人でお幸せにどうぞ」
     彼女が息を呑む音が聞こえた。矢継ぎ早に言いたいことだけ言って俺は荷物を持って部屋を退散する。スニーカーに足を突っ込んだところで後ろから彼女が泣きながら抱き着いてきた。
    「徹くんごめんね。私が悪かったから」
     背中に直で当たる柔らかい感触もほんの一時間前の俺なら興奮できた。だけど今は不快でたまらない。
    「教科書と服はまた取りに来るからそのままにして。あとは好きにしていいから」
     振り返らず、冷たい言葉で突き放す。部屋の外に出ると啜り泣く声が聞こえたが構わずアパートを後にした。夏の暑さを引きずる夜でも、俺の気分はこれ以上ないくらい冷め切っている。
     こういう時はアルコールに逃げるのだと先人たちも言っていた。飲み会ではノンアルコールしか口にしなかったのは飲めないと思われている方が楽だからだ。
     閉店間際のスーパーに駆け込み、缶チューハイを適当に籠に入れる。大サイズのレジ袋を抱えて頼りない光源しかない公園のベンチに座った。一本目や二本目に飲んだのは甘口でジュースみたいなサワーだったことは覚えている。これなら何本でも飲めると思った矢先、四本目に開けたグレープフルーツ味はアルコールがツンと鼻を抜けた。そういえば岩ちゃんがストロング系は止めとけと言っていた気がする。ちゃぷりと揺れる度数八パーセントがそうなのかもしれない。素直に従うなら捨てるべきだけど、貧乏性でちびちびと口をつける。
    「浮気するくらいなら、言ってくれればいいのに」
     バレー優先なのは変えられない。俺ができることはもう少し連絡をまめに取るくらいだけど、それでも彼女が満足できないなら別れる。まあ、あの引き留め方だと俺とは別れたくなさそうだった。寂しいから他の男と寝ただけで本命は俺のつもりらしい。それを許容するほど、俺の心は広くなかった。
    「この後どうしよう……」
     チームメイトに泊まらせてもらうのも手だ。しかしあの様子ならまだ飲んでいるかもしれない。バレー部以外にも友人はいるがいきなり泊めてくれそうな親しい人間はいなかった。
     レジ袋の中にはまだ未開封の酒が残っている。持ち上げようとしたらぐらりぐらりと視界がぶれた。立ち上がろうとしても上手くいかない。アルコールのお陰で眠気と疲労が一気に襲ってきた。シュワシュワと口の中で弾ける泡のように考えていたことも消えていく。そのままベンチに横になると睡魔に襲われて俺は眠ってしまった。

    「……さん、おい……ん、起きてください」
     肩を揺すぶられている。ほっといてほしいのにそれすら口にするのも億劫で無視を決め込む。公園で寝る酔っぱらいに声をかけるなんて随分とお人好しだ。それともお巡りさんなのだろうか。それにしてはやけに耳馴染みのある声だ。猛烈に確かめたくなって、目を開ける。
    「ぁ……」
     懐かしい故郷をそこに見た。東京の濁った紺色に比べて彩度が高い宮城の夜空。年に数回の帰省でしか見る機会がなくなった空が俺を見下ろしている。
    「とびお……?」
    「ウス。アンタ、なんでこんな場所で寝てるんすか」
     腕を引っ張る。バランスを崩してベンチの背もたれに手を付いていた。近づいた顔は自分が知るものより幾分か精悍になっても、むすりとした唇の形は変わっていなかった。
    「あぶな、っ……酒くさっ!」
     ぐにゃりとする俺をどうにか座らせて散らばった缶を持ってどこかへ行った。しばらくして戻ってきた飛雄がパキ、とキャップを開けたペットボトルを寄越す。喉を通る冷えた水がアルコールに浸かった思考を洗い流した。
     もう一口水を含んで目の前の後輩をもう一度見る。消えない。やはり本物か。チーム本拠地が東京なのは知っていたけれど、こんな場所で巡り会うのは一体どれだけの確率なんだろう。
    「家、帰れますか?」
    「ムリ」
    「歩けないなら送りますが」
    「そうじゃなくて、帰りたくない」
     飛雄が訝しげな顔をした。他人どころか自分の機微にも疎い後輩に察せというのは無理な話だ。
    「彼女に浮気されて傷心なの!」
    「はぁ」
     俺の剣幕に慄いた顔から気の抜けた返答に変わる。ベンチを叩いて隣に座るように促すと、渋々といった感じで座った。すっかり並んだ目線の高さが離れていた月日をあぶり出す。
    「ショーシンって傷ついてる、で合ってますよね?」
    「そうだよ。だからヤケ酒してた」
    「なんで浮気されたんスか?」
    「俺がバレーを優先してたから」
     飛雄が考え込む。下手くそなトスを上げろと言われたみたいにうんうんと唸って、「俺は恋愛とかそういうのよくわかりませんけど……」と前置きをして続けた。
    「それって普通じゃないっスか? バレー最優先なんて当たり前です」
     バレーを続けるならばそれが当然だと思っている飛雄の考えに呆れると同時に感心すら覚える。飛雄のように一握りの天才はそれこそ全てをバレーに注いでいるような奴なのだ。
    「世の中はバレーだけで食っていけるほど甘くないんだよ」
    「でも俺はバレーで金を稼いでいます」
    「そりゃあトビオちゃんくらいの才能があればね。俺だって負けてるつもりはないけど、この先もずっとバレー一本で生きていけるかはわからない」
     選手になれても活躍できないかもしれない。色んな事情で早く引退するかもしれない。そうなった時、バレー以外に残るものを用意して安心したいのだ。
     飛雄は俺の話を聞いて、むず痒そうな顔をしている。天才のこいつにこの気持ちは一生理解できないだろう。だから俺は飛雄を嫌いだったし、同時に羨ましくもあった。バレーは好きだけど、それだけじゃこの先やっていけないと不安になる秀才とは真反対で、こいつは自分の才能だけを信じて生きている。
     また水を飲んで酔いを醒ます。頭は冴えた反面、問題に向き合わなければならなくなった。俺を起こして介抱した飛雄にも責任の四割はある。
    「ねえ、今晩泊めてよ」
    「ダメです」
    「さっきの話を聞いて先輩見捨てるの?」
    「大変だとは思ってます。どうしてもダメでなんです」
     飛雄はだんまりと口をつぐんでしまい頑なだ。その癖こちらを気にするような視線を向け、煮え切らない態度をするものだから苛々する。手を貸さないならばはなから構わないでほしかった。
    「飛雄が泊めてくれないなら、俺はこのままベンチで寝るよ? あーあ、トビオちゃんが泊めてくれない所為で野宿する及川さん可哀想〜」
    「ゔっ……ホテル代出しますからそれで勘弁してください」
     苦虫を噛み潰したような顔に気を良くする。冗談半分、本気半分の発言を真に受けてくれて良かった。俺だってもちろん外で寝たくはないけれど、飛雄が通りかからなければあり得た未来だ。

     公園を出てすぐの裏通りにあるホテル《﹅﹅﹅》はフロントが無人のタイプである。どんな場所かわかっていない飛雄は「便利っスね」と感想を漏らしていた。俺を部屋まで連れて行き、金を渡せばお役御免だと思ってるたいへん世間知らず《お馬鹿》な後輩だ。そんな甘っちょろい考えを持つ飛雄の腕を掴んでベッドに押し倒す。
    「トビオちゃんもここで寝ていきなよ」
    「は? なんでですか」
    「俺、さっき言ったよね? 浮気されたから傷心中って。だから慰めてよ」
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