どさっ、と地面に押し倒される。布団はまだ敷いていないし、風呂だってまだだ。鍛錬から帰ってきたばかりでつかれているはずなのに、三郎は興奮している。その顔には余裕がないが、しかし笑っている。獲物を見つけた狩人のような、ぎらぎらとした目つきで。
今日の三郎はずいぶんと性急だった。いつもなら散々焦らしてから、「そろそろ触ってあげようか?」とでも言わんばかりに笑って、ようやく触ってくれるくせに。いきなり褌の中に手を突っ込んで、やわやわと撫でられる。
「う、ぐっ……!」
思わず出た声を抑えようと、咄嗟に手で塞ぐ。なんとも色気のない声だという自覚はあったが、それでも聞かれるのは恥ずかしい。そんなことを知ってか知らずか三郎は笑った。「はは、色っぽい声」。どこが。
三郎は褌に手を入れたまま、僕の首筋を舐めた。わざと唾を多く出して、厭らしい水音を響かせる。ざらざらとした感触は気持ち悪く、けれどどこかゾクゾクと気持ちいい。悔しいことに、僕にこの感覚を快感と教えたのは、この男だ。
三郎の舌は首から下へと降りていって、鎖骨をなぞって、肩を吸う。脇を舐められると、くすぐったくてビクリとした。性行為のことを食べると表現したのは誰なのか僕は知らないけれど、三郎の愛情表現は、褒めたり舐めたり吸ったり、たまに噛んだりと、確かに口を使うものが多い。それどころか、甘いとか、おいしいなんて言うこともあって、いつか本当に食べられてしまう気さえする。
「しょっぱい」
また、味か。三郎を見ると、相変わらず欲を含んだ目で嬉しそうに僕を舐めている。前は甘いなんて言っていたけど、今日はしょっぱい。味なんてしないだろうに適当な。いや待てよ、風呂に入っていないからだ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐と気が付いた僕は、慌てて三郎を引き剝がした。
「馬鹿っ、汗かいてるからだよ! 風呂、入らないと……」
「知ってるよ。たまには汗ばんだ肌をくっつけあうのもいいじゃないか。興奮する。汗の匂いと、雷蔵の匂いと……んべ。腋毛が口に入ってた」
三郎が口から毛を摘み出す。ああもう嫌だ。けれど僕が脇なんて舐めるな、といったところで、三郎はまた懲りずに舐めるであろうことを知っている。下手に刺激して、じゃあ剃るか?なんて話になっても困るので、僕は口を噤んだ。毛の生えかけのチクチクとした感触が嫌いなので、剃りたくない。
とりあえず風呂に入る流れになったかな、と僕が起き上がろうとすると、三郎はちょっと待てと手で制した。だめ?と目で訴えるが、三郎はあのぎらぎらした目つきで、当たり前だろと言わんばかりに笑う。やっぱり逃がしてはくれないか。三郎の股間は持ち上げた袴を下す気配はない。なんだって今日は、そんなに昂っているのか。
「…犬が君を舐めただろ」
まるで僕の考えていることが漏れたようなタイミングで、三郎は何かを思い出してにやにやと笑った。
…犬? 確かに、鍛錬の帰りに野良犬がいて、人懐っこかったので少し撫でたら、舐められたけど。それが何だっていうんだ。
僕が怪訝な顔をしていると、三郎は僕の耳を舐めて、そのまま耳元で囁く。
「あれを見たら私も舐めたくなった。汗が光って、官能的で」
「はぁ? そ、それだけ?」
困惑する僕を他所に、三郎は犬のように息を荒くして、膨らんだ股間を僕のそれに擦り付けた。今、もし三郎にも尻尾があったのなら、それはそれは激しく振っているのだろう。
また首筋を舌が這った。撫でてあげたら喜んで甘えてくるところは、あの犬と同じ。けれどあの子みたいに無邪気ではない。舐められた箇所が熱を帯び、僕の身体はすっかり火照ってしまった。
仕方がないので、僕はこの大型犬の発情期の世話をしてやることにする。けれどもうしばらくは三郎の前で犬には近づかないよう、僕は心に決めた。