猫になりたい今日のパトロールはマリオンと二人だ。
ただ隣を歩いているだけなのに「へらへら笑うな!」と度々怒られてしまう。
(そんなに笑ってるか? 俺)
今の自分がどんな顔をして、マリオンの隣に立ってるのかは分からない。
俺としては気を引き締めて歩いているつもりだけれど、道行く人に声をかけられれば愛想良く笑えと日頃から俺たちに言い聞かせているのはマリオンなのに。
愛想良く笑うのと、へらへら笑うのはきっとマリオンにとっては違うのだろう。
(難しいな……ま、なんとかなるだろ)
そう楽観視して、隣を歩くマリオンを盗み見る。
真面目な顔をして、周囲で何か異常は起きていないか気を配る。
その最中に市民に声をかけられると、俺たちに向ける表情とは打って変わって優しい笑みを浮かべるのだ。
さすがマリオンだ。
「やっぱマリオンは凄いな」
「何がだ」
「切り替えがうまいっつーか。見てて気持ちいいもんな」
「ふん。人のことをどうこう言う前に自分をなんとかしろ。
さっきの女性への対応、顔が引きつってたぞ」
「う」
最近では以前よりはうまく話せるようになったと思っていたんだが。
やっぱり長年の苦手はそう簡単に克服されるものではない。
「そもそもオマエは――」
その時だった。
どこからか『にーにー』と小さな声が聞こえる。
マリオンも聞こえたのだろう。すぐにどこから声がするのか周囲を確認する。
「マリオン、あそこだ!」
「! あんなところに…!」
俺たちのすぐ近くにある高い木の枝に猫がいた。
きっと登るだけ登って降りれなくなったのだろう。
助けを求めるように鳴く声が悲壮に満ちていた。
「くっ……!」
「ちょっと待て、マリオン!」
「なんだ!?」
すぐに木に登ろうとしたマリオンを慌てて止める。
「木の上なら俺が行った方が早いだろ?」
「……! そうか、オマエの能力で」
「ああ、だからマリオンはここで待っててくれ」
マリオンが頷くのを確認してから、俺は能力を使うことに集中した。
・・・
「よっと」
「無事か!?」
猫を抱きかかえて地上へ戻ると、マリオンがすぐに俺へ駆け寄ってくる。
心配そうな表情に、なぜだか心臓がぎゅっとなった。
「おお、このとおり俺はだいじょ――」
「誰がオマエの心配なんてするんだ? 猫のことだ」
「はは……、そうだよな」
マリオンは俺から猫をひったくると、猫が怪我をしていないか全身をくまなく確認する。
何も異常がないことに安心したのか、マリオンはふっと表情を綻ばせた。
「大丈夫そうだな。もうあんまり高いところに登ってはいけないぞ」
「にー」
猫と会話をするマリオン。なんつーか、すっげー……
「かわいい」
「何か言ったか?」
「!? いや、猫が無事でよかったなーって!!」
どうやらマリオンには聞こえていなかったようだ。
俺はいったい何を口走ってるんだ?
「ああ、そうだな。じゃあ、この子を下ろすぞ」
「ああ、そうしてやってくれ」
地面に下ろされた猫は俺とマリオンの足元に何回か身体をすり寄せた後、茂みの向こうへと駆けて行った。
「これに懲りてもう高いところに登らないといいけどな」
「そうだな。おい、ガスト」
「お、おう! どうかしたか」
「……よくやった。褒めてやる」
マリオンは軽く咳ばらいをした後、そう言った。
マリオンが俺を褒めた?
驚きのあまり瞬きを忘れてマリオンを見つめていると、柔らかかったはずの表情がすぐにいつもの厳しい表情へと変わった。
「間抜けな顔をするな! しゃきっとしろ!」
「え、ええ~!?」
褒められたのもつかの間。いつものようにマリオンの容赦ない鞭が飛んでくる。
俺がマリオンの表情に一喜一憂していることに気づくのは、もう少し後の話だ。