くだらない話「ガストちゃま、おかえりなさいナノ♪」
「おおっ ジャクリーン」
部屋に入るなり、待ち構えていたジャクリーンが俺の足に飛びついてきた。
驚きに目を丸くする俺を見上げる無垢な瞳は、俺の帰宅を心から喜んでくれているように思えた。
それにどう返事をすればいいのか、内心戸惑っているとソファに座っていたマリオンが呆れたように息を吐いた。
「ジャクリーンはオマエを待っていたんだ。もっと喜んだらどうなんだ」
「ああ、ありがとな。ジャクリーン」
「ウフフ! どういたしましてナノ♪ それでネ、ガストちゃまにお願いがあるノ♪」
「ん? お願い?」
ジャクリーンの頭を撫でながら問うと、ジャクリーンは俺の手を掴んで歩き出した。
向かう先にいるのは――マリオンだ。
「あのネ、マリオンちゃまにくだらない話をしてほしいノ♪」
「え?」
「ちょ、ジャクリーン 一体何を――」
「マリオンちゃまね、ガストちゃまがいない間とっても淋しそうだったノ。だからお願いしますナノ♪」
「あ、ああ……」
ニコニコしているジャクリーンと顔を真っ赤したマリオンを交互に見つめていると、ジャクリーンは了承と受け取ったのか、俺の手を離して入口へ向かう。
「おい、ジャクリーン。どこへ?」
「ヴィクターちゃまのお見舞いにいくノ♪」
そう言って俺に飛びついてきた時よりも、ご機嫌な足取りで部屋を出ていった。
残された俺とマリオンの間には気まずい空気が流れる。
(ど、どうすべきだ)
ジャクリーンに頼まれたとはいえ、裏切る前と同じように話していいわけがない。
迎え入れてもらえただけでも感謝すべきだというのに、今までどおりを求めるなんて烏滸がましいにも程がある。
何かを言おうとしても言葉が喉に突っかかったみたいでうまく発することが出来ない。
時間の経過と共に喉が渇いていくのか、状況は悪くなるばかり。
けれど――
「おい」
長い長い沈黙を破ったのはマリオンだった。
「なにか話せ」
「なにかって……?」
「そんなことボクが知るか」
「そう、だよな……悪い」
「だから」
伸びてきた手が俺のネクタイを掴んだ。
そのまま力任せに引き寄せられ、マリオンとの距離が縮まる。
「マリオ――」
俺の胸に飛び込んできたマリオンの手が背中に回る。
僅かに震えた肩に心臓が痛いくらいに存在を主張する。
「おかえり、ガスト」
その声は、今まで聞いたどんな時よりも優しくて。
気付けばマリオンのことを強く抱きしめ返していた。
本当は、抱きしめてはいけないと思った。
ここを去る前と同じ関係に戻れるだなんて思っていなかった。
願ってもいけないと思っていた。
だって俺にはそんな資格はないから。
「――……っ」
もう二度と触れることのないと思っていた体温を感じる。
もう二度と手放したくないものが、俺にもあるのだと痛感させられる。
「ただいま、マリオン」
なんとか絞り出した声に、マリオンは呆れたように笑って。
「なんでもいいからくだらない話をしろ」
「なんでもいいって無茶ぶりだな。そうだな……」
くだらない話かもしれないが、今一番マリオンに話したいことは俺の好きな人についての話だ。
俺の言葉に、マリオンはまた顔を赤くしながらも呆れたように笑ってくれた。