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    mlw_nee

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    死にプロットより

    無題#

    「そういうのはちゃんと断ってきてよ!」
    「僕はプロデューサーの勇気を買いたいけどね」
     あろうことか乗っかるような発言をした千に、百はいよいよ頭から湯気でも出そうな勢いで血が煮えたぎるのを感じていた。そんな百の様子も露知らず、千は向かいのソファで涼しい微笑を浮かべている。
     控室内に立ち込める空気の温度差は広がるばかりだったが、その程度でマネージャーの岡崎が態度を崩すことはなかった。
    「千くんの方が乗り気なんですか? てっきり逆の反応をするかと思ってましたよ」
    「だって、面白そうじゃない。僕たち、なんだかんだしたことないもんね? キス」
    「いいから断っといて。今回以降もどんだけ積まれたって絶対NGだって伝えといてね」
    「おかりん、保留にしておいて。モモは僕が説得しておくから」
    「まあ、まだ時間には猶予がありますんで。お二人で話し合ってくださいね」
     出番が近付いたらまた声掛けに来ます。岡崎がそう言い残して出て行ったのを皮切りに、百は分かりやすく目を吊り上げた。
    「いくらユキの言い分だからってここは譲れないよ。受けるなんてありえない。後悔するに決まってんじゃん」
     岡崎が持ってきたオファーはごくごく普通のゴールデンのバラエティ、三時間枠の収録だった。ただ、最近キス芸を売りにしている芸人がゲストとして共演するということで、そのくだりをRe:valeに振っても問題はないかという、今現在の二人の立ち位置からしても中々大胆な、そして百にとっては言語道断の提案がセットだったという話だ。
     もちろんダメ元の提案ではあるらしいが、それだけ視聴率稼ぎに困っているというシビアな内部事情だって、自分たちには関係ないと切り捨てていいと考えているわけではない。しかしそこで一皮脱ぐのはあくまで百の方だけでいいのであって、千を巻き込む必要は微塵もないし、そんなことがあってはならないのだ。
    「別に、ライブならそれまがいのことはしてるじゃない。モモは割とこういうノリが好きなんじゃないかって思ってたけど?」
    「なにそれ、オレのことなんだと思ってんの……? ていうか、いい? 夫婦売りはあくまで一線を越えてないギリギリのオーバーエンタメだから面白がってもらえてんだよ?」
    「キスぐらい別にライトの内に入るだろう」
    「モモちゃんとしてはがっつりアウトです……!」
    「なに、モモが緊張するから無理ってこと?」
    「ちげーよ! なんでそうなんの!? ……いや、まあ別に、違うこともないけどさ……」
     ああ、疼く動揺が邪魔でたまらない。普段は口数の多くない千も、こう言う時に限って黙ってくれない。
    「じゃあ練習したらいいじゃない」
    「は?」
    「だから、今ここで、僕と何の意味もないキスをするリハーサル」
     どうしてそうなる、とうまい返事を返せずに後ずさりながらも、対岸にいたはずの千はもうこちら側に辿り着き、百の隣に腰を下ろす。
    「ちょっと。無理だよ、シャレになんない」
    「大丈夫。モモは座ってるだけでいいよ」
    「なにが大丈夫なの!?」
     そして“何の意味もない”表情で百に身を寄せる。──が、そんな状況は百に言わせれば地獄と天国の最悪なミックスジュースでしかない。千の肩を押し返して強制的な一時停止を行使しつつ、「いい加減にしてよ」と、百はいよいよ低い声を取り繕うことができずにそのまま千にぶつける。
    「悪ふざけが過ぎるってマジで」
    「このくらい、どうってことないと思うけど。僕とモモの仲じゃない」
     絆の深さをここで持ち出すのはおかしい、しかし正論でひっくり返しても恐らくこの男は納得しないだろう。逃れる方法を探すにも、百の脳のパフォーマンスは迫ってくるイケメンによる視覚的な暴力のおかげで著しく落ちている。理性の脆さに嘆息している隙に唇を奪われてしまいそうで、百はかろうじて弱々しく腰を引くばかりだ。
     俳優業の才能をこんなところで無駄に発揮しないでほしい。千がどういうつもりなのか、百にはとうとう読み切れない。本当に何の感情も抱かずに彼と口づけをかわせるなら百も楽だった。しかし、そんなことができるわけがないのだ。これからしてしまうかもしれない接吻は確実に、百にとって絶望的に忘れられない一瞬になってしまう。
    「逃げないでよ」
     肩の端や、膝の先や、手のひら同士。触れ合ったところから火花が散るように熱が生まれる。「いいよね」と、ほとんど吐息で確認されて、百はとうとう何も言えない。どうせ拒否した後に残るのは、百が千を意識しているという事実か、百が千を生理的に受け付けないという事実のどちらかだ。肯定するのが穏便だろう──という、歪んだ判断を、きっと平時の自分ならしない、と百は知っていながらも、瞼をそっと閉じる。
     決死の諦めを強いた一瞬にしては、感触はややあっけなく、しかし剥がれた途端に発火しそうな後味を鮮やかに残していった。
     自分の上に跨った千は、静かに百を見下ろしている。物足りない、という表情を本当に千がしていたのか、それとも百の感情が見せた妄想なのか、そんなことさえ区別がつかない。
     もっと、と沈むように願ってしまったのは浅はかだろうか。愚かだろうか。気付けば千を押し倒していた。拒む素振りなんてひとつも見せず、彼の身体は滑らかに百の言いなりになった。
     それでも、逆転した視界のおかげで、やっと正気を取り戻す。
    「……ユキが悪いよ」
     じんわりと涙が滲みそうになる視界の中で、千は至って真面目な顔をしながら、腕を伸ばして百の後頭部を撫でた。そうね、にも、いいよ、にも、おいで、にも聞こえる。聞こえてしまう。けれどもそれすら、一線を踏みつけた二人にとっては既に些細な問題でしかない。
     ごめん、と呻くようにやっと謝って、百はその身を千の方に倒す。背中に回った千の腕に熱っぽく縋られて、求められてる、と肌で実感してしまうと底が抜けたように歯止めが効かなくなった。くるしげな吐息が彼から漏れたって、唾液が口の端から落ちたって、口付けは終わりを無視し続けた。
    「……ん、はあ、」
     千の脚の間に食い込んだ百の膝が、違和感のある塊をふと探り当てて、唇は唐突に離れた。
    「ね、ユキ、これ」
    「うるさい。……盛るなよ、こんなところで」
    「はあ……?」
     百はやけくそ気味に、生まれたてのその熱を慰めてやりたい気持ちを抑えながら「ユキが悪い」と今度こそはっきり言い切った。
    「おまえは相変わらずわかりにくい。やけくらい起こしたくなるだろ」
    「ならないよ普通は」
    「僕と代わればわかるよ」
     呆れた言い分には耳を貸さず、手を引いて百は千の身体を起こした。乱れた長髪と後味の残る深呼吸は艶かしい生々しさを纏っている。脳に悪いので視界から外して、百は改めて尋ねた。
    「で、どうすんの? オファー受けんの?」
    「……無理」
    「んも〜。頼むから好奇心でほいほい受けようとしないでよ」
    「説教は聞きたくない。モモが僕に手を出さないから切羽詰まったんだろ」
    「なにそのすんげー言いがかり……」
     百は肩を竦めて、千の表情をやっと直視した。見つめられていることに気付いた千が、余韻を匂わせるぬくい蜂蜜のような視線を返してくる。──多分、無自覚なんだろう。だからやってられない。
    「言っとくけど、ユキがオレとキスしてる顔がテレビで流れるなんて、オレは死んでも嫌だからね」
     ため息混じりの苦言のつもりだったのに、返ってきた千の声は隠し切れていない甘さが滲んでいる。
    「ねえ。もしかして、僕って愛されてる?」
    「ああもう……! はいはい! そうだよ愛してる!」
     ノックと共に、「もうすぐ出番ですけど準備大丈夫ですか?」という呼びかけが聞こえて、そのまま入ってきた岡崎は、二人の姿とそこに流れる絶妙な空気にしばし目を瞬かせた。
    「千くん、なんか髪崩れてません? あ、もしかしてまた取っ組み合いでも」
    「してないしてない! むしろ仲直り! ね、ユキ!」
    「そうね」
     モモちゃんが整えてあげちゃうっ、と千の髪に百は張り切って手櫛を通す。されるがままの千はなだらかなトーンでおかりん、と呼びかける。
    「キスはやっぱりNGにしといて」
    「了解です。千くんも気が変わったんですか?」
    「僕ならまだしも、モモのキスシーンなんてお茶の間には刺激が強すぎるでしょう」
    「っ……!?」
    「モモの本気はすごいから。ね?」
     まさか動揺するわけにはいかない。白黒しそうな表情も思考も必死に冷静に抑えて「ユっ、ユキに敵うわけないじゃんか〜!」と何とか笑顔を作る。帰ったら覚えてろよ、と内心掴みかかりたくなりつつも。
    「たしかにそうかもしれませんね」とにこやかに返した岡崎の声だけが、場違いな和やかさで、二人の間に着地する。

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