隠れ鬼「なァ、隊長さん、遊ンでくれよ」
目前の鬼が嗤う
***
いつの頃からだっただろうか
吸血鬼対策課、通称ドラルク隊に人でも、ダンピールでもないモノが出入りするようになったのは
“ソレ”は凡そ古き血と呼ばれる程の歳月を生きつつ、尚歳若いと称される見目の、ナンとも美しい姿の吸血鬼であった
銀の髪に蒼空の瞳、血色のいい、しかし白い肌を持つその姿は見惚れるくらい美しかった
体格もよく、何度肌蹴させたシャツの胸元を閉めろと注意したことか
その度に唇を尖らせて「畏怖くない…」と文句を言うものだから、笑ってしまったものだ
その吸血鬼は退屈を厭う
吸血鬼であれば全般的に享楽主義であり、退屈を嫌う傾向はあるが、彼においては輪をかけて暇が苦手な様子を見せた
退屈を嫌い、休みの日に何もしないことに罪悪感を持つような、そんな彼の思いつきに何度振り回されたことか
古い吸血鬼が思いつきだけで動こうとすると、こちらが割と甚大な被害を蒙るものだ
主に計画性のなさで
ある時、意外と自分のことについては語らない彼が、ぼんやりと胸の内を話してくれたことがあった
そもそもこの街に来た理由が「死んで生き返りたいから」な彼だが、何故そんな思考に至ったのか
兄の素晴らしさを散々語ったあと(これはいつもの事だが)、虚空を見上げるようにして、ぽつりぽつりと昔出会った人間やダンピール達のことを教えてくれた
いつの時も限られた短い生の中を必死で駆け抜ける愛しい存在を
ただ唯一自分たちを嗅ぎ分けることの出来る光のような存在を
その駆け抜けた軌跡を、訥々と、なぞるように
そして、自分は悠久の時の中をただ漫然と、揺蕩う様な眠りと去り逝く者と共に、ただただ生きてきたのだと微笑んだ
「退屈は罪だ」
“それ”は眠りを呼ぶ
昼の世界で生きていても
簡単に消えゆく命の隣で
それを忘れて眠ってしまうなら
「孤独は罰だ」
いつの間にか人は死んで逝く
人よりは長生きするダンピールだって、転化しなければその先は同じだ
元々は普通の吸血鬼と同じように、仲間たちと同じように、夜に生きようと思った
でも、この体は限りなく人に近く、夜の生き物はあまりにも陽の光に弱すぎた
昼に生き、人と同じ生き様を求めるのに
同じ夜の生き物と同じ時間を過ごせないのに
同じような眠りにつけないのなら
どっちつかずの生き方に付き纏う孤独は、
それはきっと、
決めきれない自分への罰なのだと彼は語った
俺はさ、兄貴と同じ、畏怖い吸血鬼になりたいンだ
こんなさ、吸血鬼らしくない、コスプレ野郎みたいなンじゃなくてさ、畏怖くてかっこいい、兄貴みたいな吸血鬼になりたいンだよ
「だからさ、おれをころしてくれよな、ドラルク」
君は笑った
そして、美しく泣いた
***
退屈を君は厭う
馬鹿馬鹿しくも愛おしい、魔都と呼ばれたこの街で、君は誰よりも笑って駆け抜けた
いつまでも死にたいと言う君は変わらなかったし、きっとこれからも畏怖い吸血鬼になるために死にたがるのだろうけれど
でも、この街の“隣人達”は、何時でも騒がしくて、夜も昼も関係なく、いつもいつもその眠りを叩き起してくれるから
きっときっと、その命を忘れられやしないだろう?
さぁ、お望み通り遊ぼうか
「隠れ鬼だ、ロナルドくん」
いつだってどこかで君に巡り会うだろう
どこの世界でも見つけてくれよ、私の愛しい吸血鬼
何度繰り返したって、どんな立場になったって、きっと私たちは互いを見つけ合うのだから
ずっとずっと遊ぼう
寂しい眠りになんてつかせない
鬼は君だよ、ロナルドくん