今日こそは ヴォックスは時々遠くを見つめる。心が奪いさられてしまった様な顔で。その度に、ミスタは何処を見ているのだろうか、自分の知らないあの過去に、想いを馳せているのだろうか、等と考える。そして腹を立てているのだ。だってミスタは知らない、この男が失った過去のことを。
毎回、何処を見ているのかと、恋人を放っておくなんて随分悪い男じゃないかと言ってやりたかった。なのに、どこかを見つめる横顔があんまりにも美しくて、哀しくて、ついぞミスタは声をかけることができなかった。
己の手でヴォックスを過去から引き戻すことが、できなかったのだ、一度だって。だからいつも、この男が自分でかえって来るのを待っていた、じっと見つめながら。
今だってこっちを見ろなんて言うこともできず、その顎を掴んでこっちを向かせることだってできやしないから、祈るのだ。
今日こそは俺を見てやくれないか、と。