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    arbata_caj

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    arbata_caj

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    隠岐くんと水上くんと冬の話
    なんかまだ隊組んでちょっとくらいの頃かもしれないけどいつでもいいかもしれない
    関西弁は間違っていると思う

    おでんの話 天気予報によれば、明日朝の三門市は今季初の氷点下だという。だから、というわけでもないが、こう寒いと温かいものが欲しくなるのは道理だ。
    「なんや、隠岐やん」
     カップ麺と菓子パンやら飲み物やらが入った小さな袋を手にコンビニを出ようとしていた水上敏志は、入れ違いに店に入ってきた隠岐孝二に声をかけた。二人とも、ちょっとそこまで、というくらいのラフな格好であり、近所の住民であることがまる分かりだった。
    「あれ、水上先輩も来とったんですか。奇遇ですねぇ。何してはるんです?」
    「奇遇て、よお会うやろ。一番近い店なんやし。何してるも何も買い物や」
     冷めたような笑いを含んだ調子で頭を掻き、たった今隠岐が入ってきたばかりのドアに一瞥をくれ、水上は「さっむ」とつぶやいた。もう少し厚着してきてもよかったなどと、今更手遅れなことを考える。
    「ほんま冷えますねえ。こんな日は家から出たないわ~て思いません? こたつ欲しいわー、こたつ。こたつにみかんに猫でもおったら完璧やのに。そしたらおれ絶対家から出えへん自信ありますわ」
    「俺もお前もバッチリ出かけてきとるやん。こたつなあ。海も欲しい言うてたっけな」
    「でしょ? いっそ作戦室に置きません? 作戦会議にもええと思いますよ」
     へら、とか、ふにゃ、とかいう形容がこの世で一番似合いそうな、人好きのする笑顔である。この顔に骨抜きになる女子は多いのだろうと、何故か今あらためて水上は思う。隊長の生駒がイケメンだのモテるだの何かにつけて言いたくなるのもわかった。
    「作戦室は別に寒ないやろ……ってかお前、置いたら一生出てこおへんつもりやろ」
    「いやいや、流石に一生はないですて。春までは粘るかもしれへんけど。先輩も冬眠しません?」
    「せやなあ、あったかくなるまでな……って誰がクマや。ってコタツはもうええんや。ほんで隠岐もなんか用あって来たんやろ」
     実際のところそんなに出不精でもないくせに、と心のなかでツッコミを入れつつ、手ぶらの後輩に水を向ける。
    「あ、せやった。ちょっと夕飯と、切らしとったジュース買っとこかなて」
     ちょっと待っとってください、という言葉とゆるい笑顔の影を残し、隠岐は足早に冷蔵庫の方へと向かっていった。
    「俺、もう帰るとこやねんけど……」
     そうは言いつつも、ああ言われれば別に待つのもやぶさかではない。外気の冷たさから逃れようと踵を返し、水上はふとレジ横のものに目を留めた。
    「お」

    「隠岐ぃ」
    「わ、先輩。どないしたんですか急に」
     水上はレジへ向かう隠岐の後ろからぬっと顔を出した。流石の隠岐も少々吃驚して立ち止まったふうだったが、特にひどく驚いた様子ではなかった。
    「おでん食いたない? お前好きやろ、おでん」
    「おでん、ですか?」
     オウム返しとともに、先輩がまっすぐ伸ばした指の先に視線を移す。
    (おでん……)
     おでんといえば。隠岐の頭の中でいろいろな具材が思い浮かんでは消え始める。だいこん、卵、餅巾着、ちくわ、牛すじ。思い思いに具を詰め込んで食べる、こんな寒い日にはうってつけの温かい料理。そして何より、隠岐にとっては好物だ。
     カゴに放り込んだサラダとおにぎりとジュースとレジ横のそれを交互に見比べ、隠岐はうなずいた。
    「ええですね、おでん。おれ好きです」
    「やろ?」
     妙に悪巧みの似合いそうな不器用な笑いの水上と相変わらずのほほんとした笑みの隠岐は、お互いに分かりあったというふうに顔を見合わせて頷きあった。
    (ま、俺が食いとうなっただけなんやけど)
     ええですねえ、冬ですしねえ、と足取り軽い隠岐の背中を、水上はゆっくりと追いかけた。
    「ほんで、お前何にするん? 一つくらいなら奢るで」
    「えー、ひとつですか?」
     不満そうな声を上げる隠岐を横目に睨み、水上はかぶりを振る。
    「大事なもんいうんはな、一つに絞らなあかんで。欲張ってもええことないんや。一つに決め」
    「誰の受け売りですか、それ。……ほんなら、おれ牛すじにします」
    「ええな牛すじ。モテそうなチョイスや」
    「牛すじは別にモテへんでしょ」
    「いやいや。今どきは牛すじ男子がトレンドらしいで。知らんけど」
    「なかなか適当言わはりますね、水上先輩て」
    「今更や。あと卵いらんか?」
    「ふ、一つ言うたやないですか」
    「卵は別や」
     謎の熱い卵推しだった。笑いそうになる隠岐に対し、冗談なのか本気なのかわかりにくい真顔で、水上はうなずいてみせる。
    「なら、隠岐は卵と牛すじやな」
    「それでええですよ、もう。……あ、あと大根食べよ」

    「先輩、おでんと言えばなんですけど」
     街灯の明かりの下、呼吸するたびに白い吐息がよく見える。鼻の奥にツンとくる冷気を飲み込み、水上は右手に提げたコンビニ袋の重みを感じた。横に並ぶ後輩もまた白い息を吐きながら「寒いですねぇ」などとわかりきったことを言いつつ切り出した。
    「冷めへんうちに帰らなな」
    「はい。……んで、おでんと言えばなんですけど。こっち来て……なんやっけ、そや、ちくわぶ。ちくわぶ初めて見たとき、おれびっくりしたんですよね」
    「ちくわぶて、あのちくわと見せかけて実は小麦粉っちゅうやつやんな」
    「です。ちょっと先輩に似てますね。アステロイドと見せかけてハウンド、的な」
    「誰がちくわぶやねん」
     軽いチョップを喰らい、隠岐はわあ、とやる気のない声を上げる。
    「んで、その水上先輩……やのうてちくわぶなんですけど」
     水上の「引きずるなや」というツッコミをあしらい、隠岐は続けた。
    「あれ、おれらの地元じゃあんまり馴染みないやないですか。それだけやのうてうどんとか醤油とか、色々ちゃうんよなぁ思て」
    「そら、関西とやったら違うな。このおでんの出汁かて違うし」
    「でしょ。別に寂しいんと違いますけど、ふとしたときに思うんですよ。あー、遠くに来たんやなあ……的な?」
     そこまで言って、隠岐は自分で首を傾げた。
    「なんで疑問形なん」
    「いやあ、自分でも何が言いたいかよう分からんくなってしもて」
     なんでですかねえ、などと笑ってみせる隠岐を横目に、水上は夜空を見上げた。静かに吐いた白い息がゆっくりと立ち上り、消えていく。二人ぶんの足音と、コンビニ袋の立てる乾いた音だけがふたりの耳に届く。
    「まあ、食いもん言うんは一番身近やし、毎日口にするもんやし。そういうとこで実感するのはあるんちゃう? マリオもイコさんもなんかあるんちゃうかな、聞いてみたら」
    「そういうもんですかね。じゃ、先輩もあります? そういうこと。なんか遠くに来たなあて実感すること」
     隠岐の声が一段低くなり、冷たい夜の闇にそっと溶ける。水上はしばらく答えず、また再び最低限の音だけが空間を満たす――と、街灯の明かりを抜けて次の街灯に入ったあたりで、隠岐の一歩先に出ていた水上が振り返る。ちょうど街灯に照らされ、ひょろりと背の高い姿が暗闇に浮かぶ。水上は少しの間物言いたげに隠岐の方を見ていたが、またすぐに背を向けてぶっきらぼうに答えた。
    「うちの隊見てみ? 賑やかでしゃあないし、そんなん思う暇ないわ」
     片手を上げてひらひらと、身振りだけはおどけたようにしてみせる水上の背中に、隠岐は静かに噴き出した。
    「あは、言われてみたらそうですねえ。結局おれらほとんど関西やし、海もふつうに同じノリで混ざるし」
    「やろ。強いて言うならやけど、食いもん言うたらあれや。粉もん食いたい思うことはあるわ。いっそプレート買うかちょっと悩んでてん」
    「ええですねえ。いっそ買いましょ。全員でタコパとかしたら絶対楽しいですって」
    「隠岐君、人に買わそうとしてへんか?」
    「気のせいですって。次のオフいつですっけ。プレート見にいきましょ。たこ焼きだけやのうて焼肉もできるとええなぁ」
    「決定事項なんかい」
    「楽しみやなあ。……てか、先輩も思うてはるんですね。うちの隊楽しい、て」
     もうひとつ先の街灯に照らされて、ツッコミを見事にスルーした隠岐の柔和な笑みが光る。対する水上はと言うと、仏頂面でふたたび隠岐を見やった。
    「賑やかや、言うたんや。しれっと盛ってんな隠岐」
    「そうでしたっけ。でもおれもなんやかんや楽しいですよ。先輩とこうやってダベんのも。タコパ楽しみですねえ。イコさん絶対うまいでしょ」
    「まだやるとは言うてへんわ」
     あと、明石焼きやなくてええんかい――というツッコミは飲み込んでおいた。
    (まあ、ええか。楽しそうやし)
     寒いのになんだかんだとよく喋っている隠岐を横目に、水上はウインドブレーカーに顔を埋めた。まだまだ冷え込みは厳しくなりそうだった。
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