梅雨/スーツ (一次) 少し古くなった傘を見上げると、穴が開いているようには見えないのにシャフトに雨が伝っていた。
ゆっくり落ちてくる滴が自分の手を濡らすのも時間の問題だろう。
わざわざ古い傘で雨の中、タバコを吸うためだけに職場の喫煙所になっているベランダに出て時間を潰している。
禁煙の二文字が脳裏にチラつくが、一度失敗したあとの脳みそをかき混ぜられるような悦楽を思うと逆に何日か我慢してからの解禁が魅力的に思えてくる。
見るのではなくただぼんやりと視界に留めているだけの街並みに傘の中から煙を吹きかけていると、後ろのガラス戸がカラカラカラと軽い音を立てて開いた。
「お邪魔するよ」
この狭い雑居ビルのベランダでは飛来高さが二本並べない。雨の日の二人目の喫煙者は、先住者の傘に入れさせてもらうか雨に濡れるかがここのマナーになっている。そこそこに強い今日の雨に相手が誰であろうと端を上げて同じ傘に招き入れるつもりではあった。
「おつかれさまです」
支援を吐き出し返事をすると、するりと入り込んでくる姿に
「禁煙できそうにないですね、お互い」
と苦笑を投げかけた。
傘の中で混ざる違う煙草の匂いに(梅雨の間は……)と付け加えた。