お嫁さんヴェール事件「しょっくーん!今日は来年6月の花嫁のための刺繍ヴェール講座後編だ!前回と今回のパターンで大凡の基礎ができるから、気になった人は前回配信も参照してくれたまえ!」
「ヌヌヌ!」
古参畏怖民が結婚するので自分でマリアヴェールを作りたいんだけどおススメ教本とかないかな、もちろんあるけど、せっかくだからここはこのドラドラちゃんが畏怖民のためにひとつ胸を貸そうじゃないか。
そんな心温まる雑談から始まったドラドラちゃんの花嫁ヴェールにも使える刺繍講座である。第一回は先日のいい刺繍の日、その日は事務仕事の消化とかで、途中ドラドラちゃんが午前3時のヘルシーおやつを差し入れに行った以外は存在感のなかった5歳が今回はヒラヒラ手を振るドラドラちゃんの真横を陣取っている。
「ああ、隣の5歳は気にしないで、なんか刺繍さしてるとこ見て畏怖したいんだって」
「畏怖はしねえ、小説の参考にする」
5歳なんのお話書いてるの。距離近いのでは。カップル配信なら肩を抱いてるやつ。画面見てごらんよヌーくんがヌアーって顔してる。
「今日はリビングのソファからだから、まあ狭いしね、ほら離れた離れた」
ぺしぺしとドラドラちゃんは5歳の肩を叩いたが、5歳の筋肉岩の如しである動きゃしねえ。
ところでこの5歳、ドラドラちゃんをガン見である。こっちには一瞥もくれない。横面がいい。ママのこと大好きだな。イケメンがうるさい。黙ってるのに。
「じゃあ前回と同様に、私はカメラからオフで」
画面が切り替わって、ドラドラちゃんの手元が映される。けれどそこにドラドラちゃんの指先は見えない。針と糸が魔法のように浮かんで、魔法のように細かな模様が出来上がっていく。
丁寧に入る注釈はとてもわかりやすい。畏怖だ。素直な賞賛コメントが連なる。けれど手元に集中しているらしいドラドラちゃんは、この畏怖民からの溢れる畏怖を受け取るのは後になるのだろう。
逆に、今のドラドラちゃんの顔が見たい。そんなコメントが混じる。わかる。ゲーム配信では愛嬌や喘ぎ声(違う)のえっちさ、レシピ配信ではママみとえちおねみが勝って忘れられがちだが、クラシック吸血鬼のドラドラちゃんはクラシカルに整ったお顔をしているのだ。
真剣なドラドラちゃんはそれはそれは美人さんだろう。
と、たぶんそれなりの畏怖民が思ったところで、画面の端に、我々畏怖民にはもはや見慣れたちょっとゴツい男の指先が映り込んだ。5歳のおててだ。銃火器を取扱うがっしりした指は、しかしあどけない仕草でレースの端を撫でたり持ち上げたりしている。
その程度ならまあ微笑ましい。ドラドラちゃんも気にしない程度なのか、構わず刺繍講座が続く。
と、思ったら、指先がレースを潜って、つ、と画面の奥へと滑る。
ぴたりと針が止まった。
「こら邪魔」
「お前が針動かすと、ここの」すり、と今度は分かりやすく腕の形をなぞって5歳の指が動く。「筋が浮いたりひっこんだり」
「君が仕事道具手入れしてる時もそうだよ」
「へー?」
何度か5歳は指を往復させて、やがて気が済んだのかレースの端に戻る。ドラドラちゃんも何事もないみたいに解説を続けてくれるありがとう。
いやナニコレ。
我々は今なにを見せられたのかな?ドラドラちゃん見えないのに?えっち?えっちなのでは?ドラドラちゃん見えないのに???1回目はそんなことなかったよ?じゃあ5歳のせいか?5歳のせいだな。スパチャした。
「パターンはだいたいこんなところかな、あとはこれを繰り返してお好みの形にしていってくれたまえ、若造、ちょっとそっちの端持って」
短くはないが長くもない配信時間中、丸い淵に沿って隙間なく刺繍を施されたヴェールが引の画面に広がる。お手本として刺してくれた花はラヴェンダー、カサブランカ、クチナシ、マーガレット。レースの上の白い糸の刺繍なのに活き活きと鮮やかささえ感じる花々だ。ドラドラちゃんはお絵描きあれなのに一体どうして。
依然としてドラドラちゃんは映らないままなので、5歳が片端だけ持ってるのでちょっと手品みたいで面白い。純粋な気持ちの教材ありがとうスパチャを行う。
そのままヴェールは5歳に預けられ、ドラドラちゃんは配信中いい子にしていたヌーくんを抱っこした。ドラドラちゃんはまだ映らないので、ヌーくんはソファからちょっと浮くみたいになってるかわいいヌーを崇めよスパチャ。
「後でヌイッターの方に図面あげておくからそちらも参考に、あと良さそうなキットも探しておくね」
優しい手厚いありがとうドラドラちゃん。
「ふふふ存分に畏怖したまえ」
機嫌良いドラドラちゃんの笑い声。ヌフフーと笑う○もかわいい。
そろそろドラドラちゃんの顔が見たい。誰かのコメントが見えたところで、ふわ、とヴェールが広がって、画面の真ん中に浮く。そこにドラドラちゃんがいるのだろう。
ヴェールをかけたのはもちろん、先ほどそれを預けられた5歳児様だ。いつのまにかソファの後ろに移動していた。ソファに座っていることを前提に高さを合わせられたカメラには、5歳の首元までしか映らない。
「透明マネキン」
「なんだそりゃ」
「ちょっとこっち」
「引っ張るな赤ちゃんか、んー、でもそうだな」
ソファの上で方向転換したらしく、ヴェールの位置が少しだけ上がる。刺繍の花畑越しに見えるヌーくんがかわいいヌーが天使なればそこは天国ヌーパラうおおおヌーを崇めよスパチャ。ヌーくん信者の課金すげえな。
ドラドラちゃんはおそらく片手でヌーくんを抱っこしたまま、もう片方の手で適当に被せられたヴェールを整えた。細い肩にかけられて、繊細な模様が広がる。なんか優雅だ。
「実際に着用するとこんな感じ。これは今回の配信用だから短めだけど、大体ウェディング用に用意されている図面の花は、ドレープになった時も美しく見えるようになっているものだけど、どうかな」
ヌヌイーヌヌイーとヌーくんが声を上げる。それってかわいーなのかなきれいーなのかな、そうだよねそうだろうな畏怖民も見たいよドラドラちゃんのヴェール姿、うおおおドラドラちゃん結婚してくれー、というコメントが流れたところでふと誰か気がつく。
5歳とヌーくん、ドラドラちゃんウェディングベールの姿を1人と1匹占めなのか。
うおおお5歳オノレ貴様またしてもマウントか見せつけか匂わせるだけにしろ撃ち込んでくるなちくしょう衛生兵衛生兵ちくしょうふざけんな俺のドラドラちゃんが5歳児様そこ代わって
「やだ」「え、なにコメント?」「ヌア」
見えないけれど、振り返ろうとしたドラドラちゃんの頭を大きな手が包んだ。5歳がちょっとだけ屈んで顎のラインが見えた、ところでドラドラちゃんの形が一瞬見えてやつの顔が隠れた。
コメント欄が悲鳴と赤スパで埋まる。
5歳お前おまえおまえおまえー!!!!
「わり、ドラ公のやつ殺しちまったから配信終わるな」
めちゃくちゃいい笑顔で抜かしよる。嘘だおまえ抱っこしてるのそれドラドラちゃんだろヴェールちゃんと形になってるじゃねえかヌーくんこまっちゃってるだろああああああ俺のドラドラちゃんが
「お前のじゃねえよ」
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