雑な導入!
吸血鬼「セックスしないと出られない部屋」にいる30年後ロナドラ二人!!
『はいはい、あんた達ね〜。さっさとヤって出ていってくれる?』
なんだまたアレックスかと肩の力を抜いたロナルドとドラルク二人に、同じくなんだまたお前らかと部屋本体が声をかけた。
クサフグを釣り上げた釣り人のような、おざなりすぎるキャッチアンドリリース対応である。普段ならばそもそも声をかけたり絶対にしない。人格があり交渉できるなんてことがバレるようなまねはタブー中のタブー。鍵を固く閉じて何も言わずに、神秘性を保っているものだ。ただでさえ性行しないと出られないなどと脅迫的な場所に閉じ込められてパニックになる者へ、それ以上の混乱を与えて話しをややこしくしてはいけない。その位はアレックスとて心得ている。
しかし死んでしまって吸血できないドラルクと、ドラルクのマーキングがしっかりついて飲む気にならないロナルドは、アレックスにとってまさに毒があるクサフグと同じである。さらに言うとシーツやローションといった消耗品類をアレックスは自分の力で整えているのだから、ただ利用されるだけでは栄養補給にもならず。収支マイナス。餌の横取りがうまいところまでクサフグそっくり。せめてこれが、両片思いでじれじれしていた30年前や、仲がこじれていればちょっとは面白いのにどうやら今の二人は通常モード。つまりラブラブなのだ。アレックスに何の得もない。投げやりになってしまうのも当然と言えるアレックスだった。
一方のロナルドはやる気満々で、すでに退治人服を脱いでパンツ一枚の格好だ。冷蔵庫からミネラルウォーター、ベッドサイドの引き出しからローションを取り出して「今日は一番オーソドックスなラブホタイプかー」と、鼻歌まじりに部屋を物色している。素早い。派手なパンツを恥ずかしげもなく晒して歩き回る様子はもはや自宅事務所以上の寛ぎっぷりであった。これが締め切り前や退治依頼の途中ならばまた違っただろうが、今はパトロールの帰り。買い物に行くところだったのだ。アレックスに捕まった、と一報しておいたのでドラルクの優秀な使い魔がきちんと戸締りをしてくれるだろう。
「なぁアレックスー、やる前にちょっとなんかつまみたいんだけど、軽食出してー」
「どうせ宿泊コースだろ。食べるならいつもの夕飯時間にちゃんとしたもの食べろ。ただしジャンクなものはダメだぞ。あ、私には特選牛乳お願いね」
ドラルクもドラルクでロナルドとこれから仲良しすることに否やもなく、当たり前のように泊まる気満々で、ソファーに座ってテレビの番組ラインナップを悠々と確認している。主にクソ映画やクソゲームやクソAVが無いかについて。クソしか愛せない病は30年後も健在であった。
「悲報。クソというには惜しいB級しかない……私が求めるのはZ級なのに……」
「俺には朗報。アレックスよーい、今日は楽しい”おもちゃ”や”オプション”ないのか? 冷蔵庫のやつ有料?」
「しょうがないソシャゲのデイリーしとくか。あっれ? アレックス、Wi-Fiのパス変えた?」
「あ、ジャグジーあるじゃん。ドラルク〜泡風呂入ろぉ〜♪」
「いいけど。風呂ではしないぞ? それよりアレックス〜Wi-Fi〜。後、加湿器〜」
『俺は都合のいいヤリ部屋じゃないんだよ!』
部屋はキレた。音量マックスのその爆音にドラルクは砂ったが、構わずアレックスは続ける。マックスアレックス怒りのdeathロードである。
『俺はさぁ。片想いどうしの二人が実は両思いでしたって、俺の後押しでくっつくのが好きなの!』
残念すぎる性癖を強く主張した。
『実は両思いなのにくっつけないでいるのを、俺が後押しするのが好きなの! わかるか? ここの見極めが一番重要で、本気で嫌いあってるようなのはダメだ! 内心では両思い! なのにお互いに言い出せないでこのままだとスタート地点にすら立てず、フラグさえ立たず始まらずに終わってしまうような! そんな恋を応援して! 陰ながら見守って、嬉し恥ずかしで俺から出ていく二人を祝福するのが生きがいなんだよ!』
ここまで一気に言い切った部屋は、反省しろと言わんばかりに怒鳴りつける。
『かつての!お前らみたいに!』
そう、何を隠そうロナルドとドラルク。この二人も、アレックスの後押しでくっ付いた数いる魔都シンヨコ・アレックス・カップルの内の一組なのだ。
かつて二人は、ドアの上にこれ見よがしに掲げられた『セックスしないと出られない部屋』の文字に慌てふためき他の脱出方法を試みた後、これしか方法がないならと言い訳をしながらその実両思いだった体を繋げ、順番が逆になったと謝りつつも告白し付き合うことになった。まさにアレックス殿堂入り理想の両片思いカップルであった。
「いや〜。懐かしいな! 確かに告る前から諦めてたわ〜その節はどうも〜!」
「体験した者として言わせて貰えば、若干……いや非常に迷惑な癖ではあるが。なんと……この街ではまだマシな方だと思えるのが魔都シンヨコ」
あれから早30年。あまりにも理想のカップルすぎたからかこの二人、よく部屋に入ってきてしまうのである。ス○ンド使いが引かれ合うように、吸血鬼も引かれ合うというのか。ポンチがポンチを引き寄せるのか。シンヨコの不思議な宇宙的因果関係が働いて、カップル成立のその後もなぜか頻繁に出入りすることになったロナルドとドラルク。
「いやー、まあ? 両思いだろうと、それでも他の善良な民間人が閉じ込められるのは迷惑だろうし? 未然に防ぐため、俺たちが身体をはるぜー」
というのが退治人としてのロナルドの建前。正直、同居人が多くいつ依頼や知人や吸血セロリが乱入するかわからない自宅よりも、アレックスにはコトが終わるまで二人っきりという安心安全な保証がある。ヤリ部屋扱いに憤るアレックスには悪いが、本音としてはラッキー!と思っている。
30年も手を替え品を替えポンチな事態に巻き込まれまくった退治人とその相棒はアレックス如きでいまさら動じない。さらに長い付き合いで徐々にアレックスには自我があることや更には喋れることも分かってくると、部屋の中で行ってきた行為が行為であるだけに、気の置けない友人のような関係になっていた。友人にも当然親族にも言えないような赤裸々な性活の初っ端を否応なしにもう知られているのだ、開き直ったとも言う。無機物の部屋、だということも大きい。
それが冒頭の『またあんたらか』という投げやりな態度につながるわけだが、まさかここまで馴れ合いの関係になるとは、双方にとっても誤算ではあったとは言える。
そして、その気安さが、この日アレックスから失言を生んだ。
『あー。もういいや、ドア開けるから。さっさと出てって、VRCに連絡するなりなんなりしろよ』
「え?! 君、任意で鍵開けられたの?!」
ドラルクが驚きの声を上げた。
アレックスは気まずそうに押し黙った。完全な失言だ。
好意的に見れば部屋の後押しのおかげで付き合いがスタートできたとも言えるものの、その手法の強引さはアレックスも自覚していた。両片思いでいずれ付き合うカウントダウンは始まっていたとしても、告白から付き合ってキスをして、徐々に、という段階をふむ嬉し恥ずかしの時間を奪ったとも言えるからだ。ロナルドが「初めては夜景の見えるホテルでしたかったのに」と残念そうに言っていたことを部屋は今でも覚えていた。部屋は部屋であってホテルにはなれないので、その希望は叶えてやれないし、叶える機会は誰にでも一生に一度なのだから。
「君とも30年の付き合いになるが、初めて知ったよ……」
『あっわわ、いや、その、できそうな時もあるかもって話で。こう、ウギョアアアアア――――!って、気合い入れれば、もしかして……』
「君にとってセックスの定義って何?」
『めんどくさいこと言い出した――――!』
「ああ〜、ドラ公がこうなったら納得するまで付き合うしかねぇからな。覚悟しろよ」
「さあ、アレックス君? 君の裏ルートを見つけようじゃないか! オーラルはセックスかね?! ちなみに平成29年7月13日から施行された刑法改正で、オーラルもセックスとなった言えるが、君の基準ではどうかね?」
ここに、初々しさも恥じらいもない二人には早く出ていって欲しいアレックスVSアレックスにいると情景反射でいちゃいちゃしたくなるロナルドVSクソゲーマーの性分でアレックスの定義・限界を調べたくなったドラルクによる三つ巴の戦いの火蓋が切って落とされたのである!
『良いもん見せてもらいました〜!とか、お前らお幸せにな〜! エンダ〜!ってなると、こう自分でもわからんけど、自然にガチャって開くんよ』
「ふむ?では、今までどういうタイミングで空いたのかね?」
ドラルクによる事情聴取が始まった。ロナルドは気にせず泡風呂の準備をしている。
『両方がいったらってのが一番多い。普通に』
「ふつう、ねぇ……。君に入る犠牲者って男女カップルが多いんだよね? 女性はイク演技をしているというが本当に見抜けてる?」
『うっ! そ、それは、いやどうかな。本当に、と言われると……自信はないけど、そこは雰囲気で……』
「ふむふむ、面白い。完全に君次第なんだな。ロナルド君!」
「おう、なんだ?」
「こっちへ来るんだ!」
ドラルクは座っているソファーの右側をバンバン叩いてロナルドを呼び寄せた。
「なに〜? 俺は普通にイチャイチャしたいんだけどぉ〜」
ドラルクが完全にイチャイチャモードで無くなったため不服なロナルドだが、口では拗ねアピールしつつも素直にドラルクの傍へと座る。
「君は気にならないのかい? お騒がせな吸血鬼の能力を把握しておくのも大事なお仕事だろう?」
「それは、そうかもだけど〜。本人にも分からないみたいだしぃ〜」
「それとも自信がないのかな? 私を気持ち良くさせることに、他ならぬ、君が」
「ほう? 俺のこと、そう煽っちゃうの? 全力出しちゃうよ?」
「ふふっ、だよねぇ。君ならできるよねぇ?」
そう言って、ドラルクはロナルドの右手を両手で掴んだ。
「あったかい手だな。大きくて、太くて。好き。……いつでも爪を短く整えてるの、スケベ」
ドラルクの細くしなやかな指が、確かめるようにロナルドの指先をなぞる。
「なんとでも言えよ。ささくれなんか当たったらお前一発で死ぬだろ」
「それはそう」
退治人としても作家としても生命線であるはずの右手を、気楽な様子で吸血鬼に預けながら。なんなら触りやすいように体勢をドラルクの方へと向けながらロナルドは握られているのと反対の手で彼の長い髪の一房を梳った。
「なあ、キスしたい」
「だぁーめ。手と手だけで、できること、してみよ?」
んふっと微笑みながら小首を傾げて上目遣いでオネダリするドラルク。この顔にロナルドは弱い。覿面に弱い。当然ドラルクも知った上での、あざと可愛いアピールだった。煽りの後の可愛いオネダリに退治人はうぐぅ……と喉を鳴らして完全に白旗を上げた。風呂が溜まるまで時間もあるしこいつの気まぐれに付き合ってやるのもいいだろう、と。
力を抜いて自由にさせているロナルドの手の内側を、ドラルクが触れるか触れないかフェザータッチで滑る。反射的にひくり、とロナルドの指が動いた。
「っふ、くすぐってぇ」
「気持ち良くない?」
「神経多いのかな、ビリビリする。けど、気持ちいいってよりかその、お前の指の動き見てると、ムラムラはする」
「そう? もし、握手した時に相手がここ、くすぐってきても嬉しそうにするなよ?」
「あったりまえだろ。お前こそコナかけられんなよ」
そう言って、されるばかりだったロナルドがくすぐり返す。
「んっ」
「ドラ公は、ここも感じるよな」
「感じて、な、あっ、あっ」
「どこもかしこも敏感でか〜わいい。なぁ、キスしていい?」
「ま、だ。だめってばぁ……」
「ふ〜ん? そういや、ゲームは?」
「え? ……え? な、なに?」
「ゲーム、周回がどうとか、さっき言ってなかったか?」
「あ、ま、まだ……っ! んっ! まって、そこ!」
「今のうちにやっといたら?」
「そん、なっ! 手、みぎて……!」
「うん。でも、左手は空いてるぞ?」
言われて、ドラルクが緩慢な動作でソファーの座面に置いてあったスマホを持ち上げる。スリープ状態だった画面は触れることで明るくなり、すぐに耳慣れたゲーム音楽が流れ出す。
いつもの編成、いつものマップ。画面を見なくてもできるほどに覚えたルーティン。単純作業のはずのそれが、今のドラルクにはことさら難しい。
震える指でタップしようとして取り落とし、ソファーの下にまで滑り落ちていったスマホ。それは誰にも拾われず。足元から虚しく電子音が流れる。その音も幾度かのリピートの後、またスリープモードへと移行したのか音が消えた。
つい先程までと空気が違うことにドラルク気づいた。こんなシーンとした部屋の中では、自分の声がことさら響いて耳につくようだ。アレックスの新しい攻略法がみつかるかも、なんてゲーマー魂で始めてしまったことを若干後悔しつつ、ドラルクは必死に吐息を押し殺していた。
一見するとふたりがけのソファーに座って、二人はただ握手をしているだけ。触れているのは手、だけ。体は他にどこも接触していない。
しかしその掌の中ではお互いに中指や薬指を使っていたずらを仕掛けている。神経の集中した指先、親指の付け根。血管の通る手首。肉の少ないドラルクは元から神経が人よりも皮膚に近いのか、過敏な部分があった。繊細ともいう。それを、30年かけて愛し愛されたロナルドに触れられている。くすぐるように、なでるように。互いの反応を見ながらのそれは、全身の代わりに手のひらを使うコンパクトな前戯のようだ。指の股の間をぬこぬこと擦られると、まるで素股を擬似的にされているようだったし。くすぐられると同じように乳首をくすぐられた快感を思い出し、指を扱かれるとフェラチオを思い出す。指と指を絡ませて強く握るのは、全身でのハグを思い出した。だいしゅきホールドってやつだ。ぎゅっぎゅ、と一定の店舗で圧迫されるとぎゅっぎゅっと上から押し付けられるテンポと息苦しさを思い出す。
一度連想してしまえば後は頭から振り払うのも難しく、快感を思い出したドラルクの下腹部はジクジクと疼いた。
声を耐え、手のひらを愛撫される度にピクピクと反応して、ソファーの背もたれにくったりと体重を預けているドラルクのその紅潮した顔は明らかに感じて。潤んだ瞳で反撃者を睨みつけているが。もちろんそんな愛おしい据え膳に怯むロナルドではない。
「いや〜。手だけでこんななるなんてな」
「うっ、さいぃ!」
「ああ! もしかして、もっと手も触って欲しくて、それで手と手だけで、できることしよ〜なんて可愛いこと言ったのか?」
「ち、ちが! っぁ、ぅぅぅ」
「っは〜! 気づかなくてごめんな〜。これからは手も愛撫するな。あ、でも、他のとこも触りたいからなぁ」
「んっんん……こんな、はず、じゃ」
「でも、流石にこれだけではイケないよな〜?」
手だけでいくなんて上級者すぎる。さすがにそれは無理だから、もう止めるのかと期待したドラルクの手をようやく離したロナルドは、
「ドラルク」
と、名前を呼んだ。離されてもう繋いでいないはずの掌は、くすぐられ続けたせいでいまだにそこを刺激されているようだった。
「……、や……」
「ドラルク」
低く、甘いウィスパーボイス。
愛し愛し合った30年とはいえ、喧嘩友達としての関係も健在で普段は相変わらずクソ砂だの雑魚だのドラ公だのと呼ぶ彼が、改まってこんな声でドラルクと呼ぶのはベットの上。
「ぁ、あ、まって」
「……ドラルク」
「っひ、……あっ ぁぁ……」
三度、ロナルドが名前を呼んで、ドラルクの全身に微細な電流のような痺れが走った。
蓄積された快感の記憶が連鎖して弾けるように、ロナルドの一言で崩壊した。
「イッタの?」
「ん、ん……のう、いき、したぁ……」
ロナルドの手と声だけでドラルクは指一本動かせないようなくたくたのふにゃふにゃになった。そんなできあがったドラルクを前に、お遊びはここまでとばかりに本格的に愛撫を始めようとしたロナルドを、しかし無粋なアラームが遮る。
『ピロリロリーン。お風呂が沸きましたお風呂が沸きました』
「チッ……入れてたの忘れてた。しょうがねぇ、続きは風呂でしよ?」
「や、だぁ」
「ええ……やなのぉ?」
「だめ、まだ。イって……びりびり……しゅる、から。あああ……ん」
触れるだけで嬌声をあげるドラルクから、ロナルドは丁寧に服を脱がせた。ベスト、シャツ、トラウザース。先走りで湿ったグレーのボクサーパンツ。そして、靴下。衣類を取られても衰弱気配もなくなすがままにされる姿は身も心も明け渡した証拠のようで、いつだってロナルドを安心させる。
それから、彼は生まれたままの姿になったドラルクを大事そうにお姫さま抱っこでバスルームへ運んで行った。
ちなみにアレックスは『まぁセックスかって言われるとセックスではないけど。いいもん見せてもらったからもうOKです!OKです〜!』と叫んでドアの鍵をガチャガチャ開け閉めしていたが、当然のように無視をするロナルドだった。
続く