邂逅 「なあ、あれ、グンソーだったんだろ」
店の前で月島と別れた後、杉元が前を見たままそう口に出す。
「多分な」
たぶん、そうだ。
ツキシマ、そう口の中でさっき聞いた名前を転がしてみる。
もう、ずっと前から知っているように、それはじんわりと染み込んでくる。
鯉登と杉元には、「前世の記憶」があった。
細かいことまでは覚えていなかったが、それは確かに「あった」ことで、確かすぎて、おいそれと手放すことができない。
そして、その記憶の欠落は、それぞれの魂のどこか柔らかいところを無理矢理えぐりとられたようで、二人とも自分たちが大きな穴を抱えていると自覚していた。その感覚を共有出来るのがお互いだけだったから、二人は腐れ縁のように繋がっている。
鯉登も杉元も記憶は曖昧な事もあって、鯉登は、自分の抱えた穴の朧気な佇まいや軍人だったこと、おそらく軍曹であったこと、位は覚えていたが、名前まではわかっていなかったのだ。
「……よかったな、会えて」
取り敢えずは、と杉元は続ける。
「そうだな」
「うん」
「そうだ」
生きていた。
存在していた。
健康そうだった。
飢えてはいなかった。
偶然相席になって、食事を一緒に取った。たったそれだけの邂逅では、詳しいことは分からない。
幸せな人生ですか?と聞くわけにもいかない。
でもああやって、生きて動いて食べて話す姿を、間近でみられた。
「……どうするんだ?」
「……何も」
「そっか」
そう答えると、その後杉元はなにもいわなかった。
月島さんには、きっと自分達のような<記憶>はない。
それは、二人にもわかった。
あのひとは、自分たちのような悪夢には、悩まされてはいないのだ。
偶然に相席になっただけとは言え、同じ卓につき、ともに食事ができたこと。
世間話程度ではあっても言葉を交わせたこと。
鯉登さん、と、他人行儀ではあっても名を呼んでもらえたこと。
じゃあまた。社交辞令でも、そう言ってもらえたこと。
全てが、手にはいるとは思っていなかった宝物で、鯉登はそれを自分はずっと抱えて、この先生きていくんだろうなあ、と思った。
それでも何て僥倖だろう。
杉元の抱えた穴は、まだ姿形も分からないのだ。