傷跡 「死んでかたがつくんなら、楽なもんじゃ」
そう呟きながら、鯉登は軍服の詰まった襟の隙間に指を差し入れる。
査問の間中、立ちっぱなしだったし、水の一口も許されなかったのだ。喉が乾いたせいか、うまく息が出来ない気がする。
額に落ちてくる髪も鬱陶しいし、さっきから頬の傷のひきつれがひどい気がする。痛くはないが、むず痒くてしかたがない。
「詰め腹切ってすむような話なら、とっくにそうしとるわ」
あの石頭どもめ。そう口の中だけで呟く。
頬の掻痒感をどうにかしたくて、傷跡に爪をたてようとしたところで、黙って横を歩いていた月島に、がしり、と腕を掴まれた。
「馬鹿なことを言ってないで、しゃんとなさい」
下から厳しい目で見上げてくる部下に、少しだけ眉尻をさげて、だって、と言い募ろうとすると、そのまま引き寄せられて耳元で小さく、敵陣です、と囁かれた。そのたった六つの音の連なりだけで、鯉登は自分の頭の芯がきん、と冷えた気がした。
「傷跡が痒いからって、子供みたいに駄々をこねんでください」
あとで、薬塗ってあげますから。続けて、今度は周りにも聞こえるように、そう月島は続ける。
「っ!子供扱いすな!」
わざとらしく聞こえませんように、そう願いながら、鯉登は月島の腕を振り払い、さも部下の言葉に腹を立てた様子で、荒々しい足音を立てて、足早にその場を立ち去る。
どこの角まで進めば、月島を待っても良いだろうか、そんなことを算段していたのは、月島にも知られないようにしなければ、と思いながら。