『正解』「君の、意図がわからない」
突然の問いかけに、美味しそうに新作のフレーバーを味わっている金髪の青年、スターピースカンパニー戦略投資部のアベンチュリンは、パチリ、と一度瞬きをした。
「何のこと?」
アベンチュリンが問いかけると、対面に座るもう一人の男、同じくカンパニー技術開発部顧問のベリタス•レイシオは、コーヒーカップを片手に眉間に深いシワを刻んだ。
「君が、僕を誘う理由だ」
二人は今、ピアポイントにあるカフェでティータイムを楽しんでいる…はずだが、アベンチュリンはともかく、レイシオに関して言えばそういった雰囲気は微塵も感じられない。
「何故…僕に構う?」
カフェの穏やかな雰囲気とは裏腹に、レイシオは難しい顔をしてアベンチュリンを見つめている。
「なぜって…。ここは君のお気に入りのカフェで、僕はここの新作のフレーバーティーが気になっていて、今日はたまたま君が帰宅するところに僕が居合わせたから誘ったからだね。君は納得の上で来てくれたのだとばかり思ってたけど、そうじゃなかった?」
アベンチュリンは困ったように眉を下げた顔で微笑んでいるが、本当は全く困ってはいないのだとレイシオは知っている。相手を丸め込むためにそういう演技をするのは、彼の十八番だった。
「違う。そういう意味じゃない」
「じゃあ、どういう意味?」
「今日に限らず、君は最近…いつも僕と顔を合わせる度に何かしら僕に声をかける。何故だ?」
ピアポイントで顔を合わせれば食事に。休日には映画や博物館、はたまたショッピングなど。
普通であればレイシオもすっぱりと断るところだが、少し興味がある内容やちょうど買物に出かける必要があるタイミングを絶妙に攻めてくるので断り辛い。
さらに言えば、何度か断ってみたところで、
『君が気に入りそうなスイーツがあったから』
『君、この前万年筆を失くしたって言ってたよね』
と、何かと理由をつけて贈り物をされるのだ。
レイシオとて、大した理由もなく次々にプレゼントされることは本意ではないし、何より他人に借りを作ったままにしておくのは性に合わない。
そうして、いくつかお返しになるものを用意したところで、これまでの手間と今後のやり取りの非効率さを熟考した。結果、誘われた時には大人しく付き添う方が幾分かマシである、という結論に至った。
「それ、今さら言うの?」
アベンチュリンは困り顔のまま頬杖を付いて、じっとレイシオを見つめ返している。
正直なところ、レイシオはアベンチュリンのこの表情に、多少の居心地の悪さを感じている。形容し難い感覚が、レイシオの内側をざわつかせるのだ。
たとえそれが、常日ごろ憎たらしいだけのギャンブラーが、自分の印象操作のためだけに作っている表情だと理解していたとしても。
「僕は、君が…ビジネス以外で僕と過ごす時間には、何のメリットも無いと思っている」
「それは、レイシオ…君自身へのメリットの話?」
「君…もとい、戦略投資部への利益についての話だ」
なにしろ、ピノコニーの一件以降、レイシオのサポートが必要になるような大きな案件も、戦略投資部との繋がりもこれと言ってなかった。
「そうかな?技術開発部の顧問を僕たちの戦力に取り込んでしまうことのメリットの多さは、計り知れない利益になる可能性が高いと思うけど?」
「だったら、すでに技術開発部は戦略投資部の手の内になっているはずだ。そもそもアポリはそのような愚かな計略にはまるような人間じゃない。もちろん、僕もそのつもりだが」
だいたい、カンパニーの人間でもない外部協力の一顧問に、技術開発部そのものをどうにかできる権限などないし、味方に取り込みたいのであれば適任は他にたくさんいるはずだとレイシオは思っている。
「だから、他の十の石心が何か行動を起こしている様子もなければ、君が僕以外の技術開発部の人間に接触している様子もないことに、疑問を禁じ得ない」
すると、アベンチュリンは数秒、わずかに吐息を漏らしたあと、耐えられないというように盛大に笑い出した。
「ふ…はっ、あははっ!まあ、そうだよね。君の言う通りだよ」
先ほどまでのレイシオに困らされているようなアピールは止めたのか、向き直ったアベンチュリンの表情はすでに、油断ならないギャンブラーの顔へと変わっていた。
「まず、カンパニーの各部門はきちんと独立した意思のもとで運営されてるからね。必要に応じた協力関係はあっても、そういうことはなかなか起こらないと思うよ。まあ、個人単位での癒着は知らないけどね。でも、レイシオ。大前提として、僕は仕事の話を含め、そういう何かの意図を持って君を食事に誘ってるわけじゃないんだよ」
「…じゃあ、なんだと言うんだ」
「君と、もっと交友を深めたいから…では納得してもらえない?」
その言葉に、レイシオの眉間のシワは一層深くなる。
「僕と君の関係は友人ではない。ビジネスライクの付き合いだと認識しているが?」
「けど、僕の認識はちょっと違う。そうでなければ、君を外出に誘わないし、贈り物をしたいとは思わないからね」
にこり、とアベンチュリンが微笑む。けれど、その目は全く笑っていない。
「今まで贈った物も、君のことを真剣に考えて選んだものだったんだけど、お気に召さなかったかな?」
「そうではない…が、」
何しろ、菓子や雑貨など、これまでアベンチュリンから贈られたものは、レイシオの好みを十分に把握したものばかりだった。
「そのプレゼントも、僕には贈られる理由がないものだった」
「でも、僕には贈る理由がある」
レイシオには無いのに、アベンチュリンにはあるもの。その答えにうっすらと思い当たって、レイシオは一瞬息を呑んだ。
「君はもう、答えはわかってるのだと思うけど?」
そして、アベンチュリンの観察眼は、その一瞬の動揺も見逃さなかった。
「人の問いかけに…問いで返すな」
「僕はもともと、答えるつもりがない質問だったからね。君が自覚していてもそうでなかったとしても。君がこの疑問を口にしなければ、僕から投げかけるつもりもなかった」
淡々と話すアベンチュリンの表情は変わることがない。
「でも…君はそうしなかった。だから、僕からは答えないけれど、君が知りたいのであれば、答え合わせはしてあげる」
そして、レイシオを見つめる瞳はまるで、獲物を逃さないとする肉食獣のように鋭かった。
「ほら、答えてみてよ」
愉しげな様子で話すその声に、レイシオは今さら後悔した。この質問は、するべきではないものだったのだと。
「君は…」
「うん?」
「僕…に、好意がある、のか?」
一拍置いて、薄く微笑んでいたアベンチュリンの口角がきゅ、とさらに上がった。
「正解!」
満面の笑みを浮かべて答えるアベンチュリンはその表情を崩さずに、さらにレイシオを追い詰めていく。
「もちろん、友愛ではなく、恋愛的な意味でね。そして、それを君が知ってしまったからには、君に対してそういうアプローチをかける用意もある」
レイシオは自身の疑問を解き明かしたいがために、不用意に藪をつついてしまった。
「僕は…」
「ああ、待って。答えは今すぐじゃなくていいよ」
レイシオの返答は間髪入れずに遮られた。
「言っただろう?君に対してアプローチする用意があるって。僕は、君の疑問に誤魔化すことなく答えたんだ。たとえ今後君の返答が変わらないとしても、少しくらいは受けてくれてもいいんじゃないかな?」
グローブを着けたままのしなやかな指が真っすぐに伸びて、未だカップの取手に添えられたままのレイシオの手を包みこむ。
「ね?返事はそれからでも、良いでしょ?」
ぴたり、と肌に貼りつくような革の感触にレイシオは顔を顰めたが、それ以上の抵抗はしなかった。どの道、アベンチュリンの設置したテーブルに引き摺り出されてしまった以上、逃げることなどできないのだという諦めだった。
「ありがとう、レイシオ」
アベンチュリンはその沈黙を、レイシオの了承として受け取った。
「それじゃあ、楽しみにしていてよ」
そうして、レイシオの内側をざわつかせるその表情で、ふにゃりと笑った。
***
要らぬ補足。
この🦚は、🛁に突っ込まれた時点でテーブルの下で左手握り締めてるし、ふにゃってる顔は別に演技じゃなくてほぼ素、という。
本文に書けないものを書こうとするな。