君が彩るもの「カブさ~ん!!こっちこっち」
キバナ君の大きな手が大きく振られる。そこまでしなくても、彼らは目立つからすぐわかるんだが、キバナ君があまりにうれしそうだったから、思わず手を振り返してしまった。
若い人たちに食事に誘われることが増えた。
これは、僕がどうというよりも彼らが優しいからだろう。ジムリーダーの世代交代が進み、いつしか最年長となり、同世代の人がいなくなっていた。それが悪いことだとは思ってもいないが、年長だからこそ彼らに歩み寄らなければと思っていたのに、彼らの方からぼくを受け入れようとこうやって誘ってくれている。
今日は、ひさびさにシュートシティでみんなで食事だ。
人の少なく、それでいておいしい店を彼らはよく知っている。
キバナ君に言われた席に、座ろうとした時、一瞬躊躇する。
隣の席にいたのが、彼女だったから。
このガラルで、女王として君臨する女性。十代はじめにガラルのチャンピオンとなり、それ以降成人後も彼女はその座を守り続けている。
彼女は、少しだけ白い肌を染めて、僕に微笑みかける。
「お疲れ様でした」
「ごめんね、遅くなって。先に食べててよかったのに」
彼女にうまく笑顔を返せているだろうか。
ふわりとしたいい香りが隣から香る。香水だろうか、シャンプーだろうか、甘くてどこか心地よい香りに酔ってしまいそうになる。
「せっかくカブさんがナックルシティまで来てくれるのに、先に食えませんよ」
「キバナ君が呼んでくれるならいつでもいくんだけどな」
「マジッスか!!」
みんなで笑いつつ、いい関係を作れていると思う。
隣にいる彼女に特別な感情を持ってしまっている。
親子ほどに年が違うのに何をしているのか、自分でも問いたい。
でも、彼女がチャンピオンとしての重責を背負いながら戦い続ける姿は実に美しいし、人を魅了する明るい性格も素敵だと思う。
ただ純粋に、彼女がかわいいというのもある。
これはとてもじゃないが、誰にもいえない話だ。
「そういえば、キバナ君の書いたワイルドエリア報告書を読んだよ」
運ばれてきた肉にナイフで切り込みながら、話を切り出した。
「あれ読んでくれたんですか、研究者たちには不評だったんですよ・・・」
「どんな報告書なんですか、私もワイルドエリアよくいくので知りたいです」
キバナ君が顔を上げた。その様子に、彼女も興味を持ったようだ。
「生態系の調査をしていたんだけど、卵のある場所をプロットしていったら、規則性があって、これマジいけるって思ったんだけどな」
「着眼点はとてもよかったと思うんだけど、エビデンスが弱かったよね。僕、気になっちゃって探しに行ったんだけど、キバナ君のいっていた場所が見当たらなかったんだ」
「あぁ、あそこは、口で言うのは難しいですね。今度空いているときあります?案内しますよ」
「本当かい!!」
「私もついて行ったら迷惑ですか」
その声に、思わず固まってしまう。
彼女のいっている言葉が問題じゃない、彼女の手で、僕の袖口を引いたからだ。
細くて小さな指先、その先には桜貝のようなかわいらしい爪がある。
そんな女の子の手が、僕の手を引く。
ぐっと奥歯をかみしめて、耐える。
何を勘違いしそうになっているんだ。カブよ。
「ごめんね。君の力量を見下しているわけじゃない。でも、危ない場所には違いない。女性が傷つくのはいやだから連れて行けないんだ」
「そ、そうですか」
見るからに肩を落とした彼女に胸が傷む。そんな顔をさせたいわけじゃないが、けがをさせたくないのは本心だ。それに、彼女と一緒にいて平静でいられる自信もない。
「僕らが行こうとしている場所は危険だけど、その手前のミロカロ湖あたりで君の好きそうな見頃の花がある」
「え?」
悲しそうにしていた彼女が目をキラキラさせて僕を見る。まぶしいくらいに彼女はまっすぐに僕を見る。
「木から落ちた花びらが水面を滑って流れていく様は本当に美しいよ。そうだ、キバナ君」
声をかければ、彼は、オレ様っ?と戸惑っていた。
「君が連れて行ってあげればいいよ、それなら安全だし、フライゴンで空から見たらきっと綺麗なんじゃないかな」
「そうだな、ユウリ」
「はい、いつか」
返事がちょっと曖昧なのは気になるが、キバナ君は信頼できる人だ、頷いてくれた以上、確実にやってくれるだろう。
彼女の方を見れば、口元が上がって、うれしそうにしていた。
やっぱり、若い人には若い人がそばにいた方がいい。
二人が会話をしているのを聞いていると、こちらまで和やかな気分になる。
これでよかったのだろう。
これが年長者としての役目だ。
そう思いながらも、細くて小さな女性の手が、僕の袖をつかんで頼ってくれる様が頭に残ってしまっていた。
ジムリーダー定例会議、いつもと変わらず無事に会議が終了し、和やかな雰囲気でそれぞれ雑談に入っていた。
司会を務めていたダンデとオリーヴが席を外し、次いで、彼女がリーグ関係者に呼び出されて部屋から出て行った。
それを見計らっていた、ルリナが、会議室の鍵を閉める。
「みんな、集合」
その言葉で、ジムリーダーが会議室中心、ルリナを中心に集まる。
「メールでも伝えたとおり、来月、ユウリの誕生日よ。それで、ジムリーダー全員でユウリにプレゼントをあげたいと思うの。まず、これについて反対意見はあるかしら」
ない、とその場にいた全員が、首を振る。
その様子に、ルリナは少し表情を和らげた。
「ありがとう。キバナとも話し合ったんだけど、ユウリの誕生日の一週間後に海外の祝賀会にユウリが招かれているらしいの。それ用のドレスとかアクセサリーを送るのはどうかと思ったんだけど、それでもいいかしら」
「ガラルの女王が他国でオレ様たちジムリーダーの選んだ服着て立っていると思うと誇らしくね?」
キバナ君も熱を込めて言葉にする。きっとルリナとキバナ君二人は彼女の誕生日のために相当考えてきてくれていたようだ。
二人の自主性と計画性の成長を感じてうれしくなってしまう。
「成人するユウリにふさわしいものを送りたい、それで私は・・・」
prrrr・・・
この着信音はエンジンジムからのものだ、無視するわけにもいかず、ルリナにジェスチャーで謝りつつ、その電話に出る。
「カブです。何かあったのかい?」
「すみません、会議中に。ノブヒロです。明日のスポンサーマッチに急遽来賓として、・・・」
ノブヒロ君の相談に乗り、席に戻る。
多少話を聞かなくても、大丈夫だと高をくくっていた。
「じゃあ、カブさんは口紅ね」
「へ?」
聞き慣れない言葉と一緒に呼ばれたのは、間違いなく自分の名前だろう。
「もう、聞いてなかったんですか。今度のユウリの誕生日プレゼントとして、それぞれ、ユウリに似合うものを買ってくるって話ですよ。私がドレス、キバナが靴。マリィが指輪、ヤローくんが髪飾り、マクワがネックレス、ビートがイヤリング、オニオンくんがブレスレット。で、最後にカブさんが口紅。って決まったんですよ」
正直なところ、全く聞いていなかった。にこにこと、経緯を説明してくれるルリナに、感謝こそすれ、ほかの感情を抱くようなことはあってはならないはずだ。だが、焦りでいっぱいになってしまう。
「いや、ちょっと待ってくれ。口紅だって!!」
「ええ、知りませんか?メイクの一つで唇に塗るものです」
それはさすがに知っている。多分だけど。
「じょ、女性のく、口紅って、それは重要なものなんじゃないのかい!?」
「重要ですよ。だからカブさんにお願いします」
がっと、腕をつかまれ熱く語られる。
「ちゃんとカブさんが選んでくださいね!!」
念を押されるように、ルリナに言い聞かされた。