アオオモ 同棲話2アオキの家は、チャンプルタウン郊外の広い一軒家だった。周りに家もみあたらず、静かでポケモン育成には適した場所だった。室内も、広く整頓されており、飛行ポケモンでも暮らしやすいように吹き抜けになっていた。2階の奥の部屋に案内され、オモダカの荷物を置かれる。段ボールが隅にいくつか置かれているが、ポケモンが眠れるぐらいに広い部屋だった。
「どうぞ、ポケモンがいるので定期的に掃除はしていますが、何かあったら言ってください。それと、ベッドはないので、布団は後でもってきます」
「え、えぇ、ありがとうございます」
必要最低限の説明だけするとアオキはさっさと部屋から出ていく。何を考えているのかわからない部下にどう対応するか考えていると、扉がかすかに開いた。
扉の隙間から見えるのは、アオキの手持ちのポケモンたち。オモダカと目が合い、恐る恐る近づいてくる。オモダカは手を伸ばし、ポケモンたちを待つ。匂いをかぐように鼻を寄せられ、彼らから許可が出たら、ゆっくりと指を触れさせる。
「ご挨拶が遅れましたね。一晩ですが、よろしくお願いします。
ポケモンと触れ合っているときは、何を考えているのかわからない部下のことも、身に降りかかっている騒動のことも、このひと時だけは忘れられた。
遠慮もあるのだろう、早々に部屋に引きこもったオモダカに反して、アオキは普段通りにのんびりと過ごした。ポケモンたちを膝にのせて、ソファでだらける。中身のないエンタメ番組を見ながら、夜食をつついていると、頭をつんと固いものが触れた。
「…トップのキラフロルですか。どうしました」
にこにこと笑っているキラフロルが何かを言いたげにアオキの周りをくるくると回りだす。アオキが立ち上がれば、ついてきてと言わんばかりに体を揺らしながら、2階へ案内された。
女性の寝室に入るのは気が引けたが、彼女の手持ちがはいれと言わんばかりに背中を押してくるので、ゆっくりと扉を開く。
「トップ、すみません。キラフロルが・・・」
勝手に入ったことを謝罪しようと思ったが、慌てて口を閉ざした。地べたに引かれた布団の中でオモダカが気持ちよさそうに眠っていた。この時ばかりはアオキが声が小さいことに感謝した。
やましいことはないのだが、音を立てないように忍び足で近づき、オモダカが眠っているそばに座り込んだ。続いて、ぞろぞろとアオキのポケモンたちもオモダカを囲う。
時刻は9時を過ぎたころだろうか、オモダカがこんな時間に眠っていることにアオキは静かに驚いていた。トップからのメールは日付が変わった時間にも来ることがある。正直、朝メールを開いた瞬間にげんなりするのでアオキは止めてほしいと思っている。
未だに認知されていないポケモンリーグ、崩壊寸前だったアカデミー。ただでさえ、多くの業務と責任を背負った状況で、本気とは見なしていないだろうが殺意をむけられ、嫌がらせに日常生活を奪われた。
オモダカの中で一番安全だと判断したリーグの自室ですら、夜間にも人の出入りもある。自宅に戻るのをやめたのは、自身のことより機密を守るため、ホテルを使わなかったのは、無関係な人を巻き込みたくなかったから。今に始まったことではないが、オモダカの優先順位の中でオモダカ自身はかなり低く見積もられている。
「・・・あなたは、ここで眠れるんですね・・・」
いつしかつぶやいていた言葉に、キラフロルが体を摺り寄せてきた。
「お礼を言っているんですか?」
うなずくようなしぐさをみせるキラフロルにいつしかアオキの口元も上がっていた。
「あなたも眠って良いんですよ」
そう声をかけ頭をなでれば、にこりと笑みを向けられ、トップのそばに置いてあったボールの中に戻っていった。
部屋を出てアオキが向かったのは、ポケモンのフードが置かれている部屋だった。その一番奥の木箱に入っていた大きな麻袋を抱え上げる。それを、デリバードのように担ぐと重たそうな足取りで家を出て行く。人も住んでおらず、月明かりしか頼る者がないが、アオキは黙々と足を進めた。
アオキが足を止めたのは、森の中の空き地、そこだけがぽっかりと空の開けた場所だった。アオキがふぅと荒れた息を整えると、周囲を見渡す。静かで風の音しかしない中、暗い木の陰からは無数の鋭い瞳がアオキに向けられていた。
「面倒なことになりました」
アオキはその視線を受けながら、ぽつりとつぶやいた。
「お疲れ様です。皆さん。今日は皆さんにお願いしたいことが・・・」
アオキの言葉に、ムックル達はピーピーと激しく鳴き立てる。
「おっと、これは失礼いたしました」
持っていた大きな袋から中身を盛大にまき散らす。アオキの回りをころころと転がっていったものは木の実だった。それらを、ムックル達が素早い動きで咥えていく。
その中の一羽が、アオキの前でふわりと羽ばたいた。
「業務外の上やっかい事です。お願いできますか」