幸せさがし「私、トップチャンピオンを辞そうかと考えております」
急な話にアオキは特に驚いた様子もない。
「そうですか」
「驚かないのですね」
「貴方の突飛な行動に離れていますから、昔から」
ガラルに旅に出ていたネモさんが帰ってきた。アオイさんもトップチャンピオン補佐として業務を任せられるようになった。ポピーも素晴らしいレディに成長してくれた。ジムリーダー達もそれぞれが力をつけ、周囲を引きつけるような存在になっている。
リーグもアカデミーも優秀な人材が集まり、いや違う、それぞれの才を活かし、輝いている組織になった。もちろん、問題は発生するし、課題は山積みだけれども、それすら彼らの輝き糧になると信じている。
嬉しいことだらけで、自然と微笑んでしまう。
「私の夢は、すべて叶ったのです」
「はぁ」
「リーグの運営も安定していますし、後進達も素晴らしい成果を上げています。それに、クラベル校長の下アカデミー内の秩序も良好、他国からもこのパルデアで過ごしたいと多くの人がやってきます。どんどんこのパルデアが発展して行くのを感じるんです」
アオキは、なぜこんな話を自分にするのだろうとつまらなそうだ。本当に私はなぜこんな話を彼にしているのだろう。アカデミー時代からの付き合いとは言え、今は上司と部下だ。それでもなぜか、アオキのそばだと話してしまいたくなる。
「これ以上の幸せってあるのでしょうか」
思い起こすだけで自然と胸が高鳴り、口元が上がってしまう。
「ありきたりな幸せは知らないんじゃないですか」
「ありきたり、とは具体的にどのような」
私の問いにアオキは少し考えると口を動かした。
「普通のことです、家でゆっくり誰かと食事をとるとか、」
「それなら、もう、したことがありますよ」
アオキは表情を変えずに数秒私の目を見つめた。
「本当に?」
「・・・・・・父も母も、忙しい人でしたし、・・・シッターさんは一緒には食べてはくれませんでしたね。誰かを家に呼ぶことはありませんでしたし、誰かの家に行ったことも」
「良かったですね、まだ幸せになれるようで」
冷たい言い方に聞こえるが、アオキなりの励ましなのだろうか。
「知らない、幸せがまだあるのですね」
それは、夢のために顧みなかった幸せ。その存在すら知らない門があるかもしれない。どのようなものがあるのか、思考を巡らせていると、
「オモダカ」
久々に名を呼ばれた気がする。アカデミー時代、一緒に駆け回っていたときは、いつも名前で呼ばれていた。それはそうだ、あの頃の私に肩書きなんて無かった。
「さっきの話なら、今からでもできるかと」
仕事を振ろうかと思っていたのに、どうしてもアオキからの誘いが魅力的に見えて、彼の家にまでついて行ってしまった。
男性の家らしい、装飾もなくて、荷物や本が所々に積み重ねておいてある当たりが、アオキらしいと思う。
「男の雑な料理です、期待しないで下さい」
「ええ、ありきたりなものがいいのです」
アオキは背広を雑にハンガーに掛けると、外したネクタイを投げかける。そのままキッチンに向かう。
「何を作るのですか?」
「焼きめしにします」
ほう、とおもっているとアオキは冷蔵庫から野菜などの具材を取り出して準備を始める。ただ眺めているのも手持ち無沙汰なので狭いキッチンの隣に立つと、アオキもすぐに包丁を手渡してくる当たり、ちゃっかりしているだろう。
「どんな感じに切ればいいんです?」
「適当に」
「大きさは?」
「適当に」
嫌がらせでも何でも無く、本当に普段から適当に切っているのだろう。私が野菜を切るのを見向きもせずに、炊飯器から大量のご飯を取り出している。
「アオキのウインナーはムクホークにしてあげます」
そう言って、ウインナーに切れ込みを入れる。
「・・・貴方、器用ですけどセンスないですよね」
こういうことはちゃんと言ってくる当たりがアオキらしい。
アオキは、大きなフライパンに豪快に油を引くと、順番なぞ考えずに具材を手近なものからどんどん炒めていく。ある程度火が通れば、山のようなご飯をどんと一気にフライパンに落とし入れた。フライパンからあふれかえっているご飯を、潰していくように炒めていくのを隣で眺めていた。
アオキの家の小さなテーブルで向かい合う。大皿に山盛りになったチャーハンをアオキはスプーンですくってどんどん口の中に放り込んでいく。
「アオキ、ちゃんと噛んで食べてなさい」
スプーンを止めることなく、アオキは一度顔を上げたが、改める様子はない。
アオキの親でもないのだし、これ以上言う必要は無いと思って、スプーンで一口すくって口に含む。少し焦げている。油も多いし、混ぜ切れていないせいか味が場所によって濃かったり、無かったり、到底プロの味には届かない。空腹なのもある、それでも、
それが、あたたかくて、美味しい。
自分のお皿の半分ほど食べ終わったとき、アオキはもう9割方食べ終わっていた。
その目の前のアオキに思わず微笑んでしまった。
私の作ったムクホークのウインナーを食べてしまわないように気をつけながら、口を動かしている姿になんだか、幸せを感じてしまった。