オメガバ アオオモ父と母に伴われて入った部屋は、どこかの国のお姫様の部屋かと思うぐらい豪華でかわいらしい部屋だった。
「オマエが、噛めば、俺たちはカントーに帰れる。もう、このお嬢様と会うこともない」
父が自分の肩を押して、言った。
「貴方が噛むだけで、この方は誰かにおびえずに生きていけるの。生きていく上での危険が減るの。貴方がこの方を助けるの」
母の必死めいた声が聞こえる。
自分が近づいたせいだろうか、ベッドで横になっていた少女の目が開いた。
夜空の色。星の瞬きまで再現した、美しい夜空の色。
彼女はふわりと幸せそうな笑みを浮かべると、自分に手を伸ばした。まだ10才になったばかりの少女の手は心許ないぐらい華奢だった。
「・・・あいたか・・・」
会いたかった。そう言い切る前に、彼女の瞳は閉じられ、意識を失ってしまった。
「君は本当に何も感じないのだな・・・」
ひどく落胆した声でつぶやいたのは、彼女の父親だった。彼女と同じように整った顔立ちの男性は、彼女を抱えるとその長く不思議な色をした髪をかき分けて、細いうなじを自分の前に差し出した。
なんて、むごいことを・・・
表情にでていたのだろう、父親はつらそう顔をしかめる。
「番に愛されないと知って生きていかなければならないんだ。せめて一度、君の痕跡を残してもらえないだろうか」
「自分にはそんな無責任なことは・・・」
「この子は僕たちが愛情を持って育てる。僕たちだけじゃなく、たくさんの人からも。そして、このこにはたくさんの人愛するように、教えていくよ」
「だって、君はこの子を愛せないだろう?」
気づけば隣にいたはずの両親がうずくまって、何かに耐えていた。ベータである二人ですら、彼女のヒートにあてられているのに、自分はなにも感じることすらできない。
アルファだと診断されたが、先天的欠陥のためかフェロモンを感知できなかった。ラットになったこともない。アルファとしてのカリスマ性も支配欲も特段秀でたところもない自分だ。
確かに自分では彼女は愛せない。それでも、できることがあるとすれば、
か細いうなじに口を寄せて歯を立てる。
「ありがとう」
彼女の父親が優しい声で語りかけてくれたが、あまり聞いていなかった。
一瞬、一瞬だけ、全身に震えるほどの多幸感が染み渡ったのが信じられなかった。