キスフレ オモチリひどく驚いた顔に満足した。
見た目通り小さな腔内を堪能し、最後にチリはペロリとオモダカの唇を一舐めした。
目を見開いて固まっている姿に、意外に初心なのかとチリは勘ぐってしまうぐらいだった。
このパルデアで誰もが憧れる存在のトップチャンピオンの唇を奪ってやった。それぐらいの軽いノリだった。
怒られるかと思ったが驚きが大きすぎたのか、何も言われることもなく許された。
それが、今まで手に触れることが許されない宝物を手に入れたようで、ひどく満足した。
それから、隙を見てはチリはオモダカの唇に触れた。
特に理由なんてない、気まぐれなキスが気に入って、ちょっかいをかけるようにキスをした。
言語化できないまでも、他の人とは違う関係になれたのが、どこか自慢だったし、チリにとってはいけないものに手を出しているスリルをも味わっていた。
オモダカが驚いた表情をしたのは最初の一回だけで、あとは子供がいたずらしたのを微笑ましく見守るように、ただ微笑むばかりだった。
その表情を崩すために、チリは他人の見ていない隙を狙ってキスを落としていったが、それすら見透かされているように、微笑まれているだけだった。
いつものようにキスしようと顔を寄せたチリを、オモダカの細い指先が遮った。
二人きりの執務室、勤務時間も過ぎているので二人以外にはいない。スリルや優越感を味わいたくて、触れようとしたんじゃない。ただ触れたくなっただけなのに、初めての拒絶にいらだちが混じる。
「なんで?」
チリの問いにオモダカは眉をひそめる。そもそも、恋人でもなくただの上司と部下の関係でキスを求める方がおかしい。
「チリのキスは強引ですもの、ムードも何もない」
そう言われてかっとなる。
「そんなこと言われたことないで」
それなりの数を経験してきたが、大抵誰とやってもうっとりと身を任される。テクニックを褒められたことはあっても、否定されたことはなかった。
「チリは美しい顔立ちをしていますし、その宝石のような瞳に見つめられただけでドキドキしてしまいますからね」
彫像のような顔立ちのオモダカに何も言われたくはないし、落ち着いた表情からはまったくドキドキしているようには見えない。それが余計に、下手だと言っているようにも聞こえた。
「強引なのも好きだという人はいるでしょうけど、もっと丁寧にされた方が、お相手にも愛情が伝わるかと」
「チリちゃんの下手なキスじゃ、愛情が伝わらんゆうとるんです?」
この遊びのようなキスに愛情という言葉がそぐわないのは分かってはいたが、それを指摘されるのは腹が立った。
「そうではありませんが、何事にも効果的な手順があるでしょう?」
チリの指先に暖かいものが触れた。
「優秀なトレーナーである貴方にも分かるかと思いますが、技を放つにも自分に有利な場を整えたり、勝つために下調べもするでしょう?それと変わりません」
温かい指先は、ただ一度皮膚をなぞったきり、動きを止めてしまった。耐えきれずに、チリがその指先を追おうとすれば、するりと逃げる。
「思いをぶつけるだけでは、バトルには勝てません。相手の愛情がほしいのであれば、こちらも相応の手を打たなければなりません」
ゆっくりとした丁寧な口調はいつもと変わらないはずなのに、聞き心地の良い声が脳をぐらぐらと揺らす。
「ただ、この場合は愛情があるというのが前提ですが」
正直、内容なんてどうでも良かった。ただ触れられている指先、その指に触れる熱や、柔らかさ、肉の感触にすべての感覚が持って行かれているのを感じた。
「チリ」
耳元でささやかれて、全身がしびれた。
真っ白になって呆けていると、夜空の深い色をした瞳と目が合う。
その底知れない深い色とその瞳に浮かぶ輝きがじっと何かを待つようにチリに向けられていた。
あぁ、とようやく気づく。目を閉じれば、一瞬だけ唇に柔らかいものが触れた。
しばらく目を開くのもためらうような気分で、チリはオモダカを見上げた。当人はいつもの余裕の笑みを浮かべて、のんびりとグローブをつけ直していた。いつグローブを外していたのだろうか、確かにあの時触れた手は素肌で、温もりを感じたものだが、出し抜かれたようで悔しい。
最後に手首のあたりをぎゅっと絞って、オモダカはチリを見た。そして、ひどく満足そうに笑った。
「チリ、顔真っ赤です」