拐ってしまいたい。人の少なくなった大通りにて。追ってくる車から逃げる為に、なりふり構わず全力疾走をする。アイツに捕まったら何もかも終わる。そう思って、ただひたすら交番を目指して走る。
履きなれた革靴も、動きやすさを重視したスーツも、運動には全く不向きだった。小指の付け根、足首が靴で擦れて痛みを感じる。汗が吸収されない上着もベストも、かなり前に脱ぎ捨ててしまった。
「ッの、クソッがっ…!」
口内は血の味がする。こんなに必死に走り回っているのに、人は一人もいない。都内の深夜にしては、やけに不気味だった。
「ッだ…ァ!」
人より体力があると自負していたが、それもとうとう尽きて足がもつれ転ぶ。布越しとはいえ、コンクリートで擦られた膝がジリジリと痛む。
それでも、逃げねばならぬ理由があった。だが、止まってしまった足は、立ち上がることすら困難だと伝えてくる。
車のエンジン音。
ドアの開閉の音。
革靴の音。
人が、近くで、立ち止まる音。
「追いかけっこはもう終わりでいーい?」
「クソっ、クソっ!」
背後に立つ男から、少しでも遠ざかろうと、転んだ体制からそのまま匍匐前進をしていく。
「もう立てないほど疲れてるのに、まだ逃げる気なんだ」
ーでもダメだよ。
乾いた音。瞬間、焼けるような痛みが脹脛を貫く。
「ぐっ…テメェ…!」
「大寿君、俺に飼われてよ。不便はさせないよ。ご飯もあげるし、時々なら外にも出してあげる。欲しいものがあれば買ってあげる。」
痛みを我慢し、振り返る。パープルシルバーの髪色の男が、煙が漂う銃口をこちらに向けていた。
「テメェなんかに飼われてたまるかよ」
男は既知の人物だった。高校生になって初めてできた友人だった。数年前に連絡が途絶えてしまって、弟も同じ時期に消息を絶たれて。数ヶ月はずっと辛かった。
「残念ながら、大寿君の意思は関係ないんだよね」
ニコリと笑う男が、左手をあげる。
再びの乾いた音。衝撃を受ける肩口。
じょじょに朦朧としてくる意識。
「三ツ谷ァ…てめえ…ここまで堕ちたか…よ…」
あの日からどうしてと泣いていた。一緒に連れて行ってほしかった。なんで今更。
「今更…てめえの…手元になんか…」
暗転。
「最初から手元に置いたら、弱みとして殺されちゃうだろ」
明日には病気を理由にした退職届を職場に提出させよう。妹は既に嫁入りして、弟はこちら側だ。誰からも探されない。
「仲良く暮らそうな、大寿くん」