パライソに立つ「三ツ谷さんに会いに来ました」
そうはっきりと言ったのは、故人の嫁だった。
「はじめまして、ですよね。私、花垣日向です。三ツ谷さんとは、夫を通じて仲良くしていただいております」
「ご丁寧にどうも。柴大寿だ。三ツ谷から弟とも仲良くしてくれていると話に聞いている」
「八戒君、やっとある程度会話してくれるようになったんですよ」
「弟がすまない……三ツ谷はいるが人に会えるような状態じゃない」
それでもいいならば、と目の前の彼女を中に入れる。
「先に謝ります。ごめんなさい」
そう言って橘は散らばったアトリエに臆することなく、奥にいる草臥れた男を目指して廊下を歩んでいく。
「こんにちは、三ツ谷さん」
「ヒナちゃん…」
三ツ谷は無精髭にボサボサの髪、泣いてばかりで赤くなった目元。 対する橘は綺麗な身なりをしている。化粧で隠しているのか、涙の跡も感じられない。
三ツ谷が、花垣武道とその妻の結婚式のドレスを製作していたのは周知の事実で、どうしても作りたかったのだと、酒の席で言っていたのは、俺だけが知っていた。だから泣いて荒れているのを、慰めることができずに、見守っているしかなかった。
彼女はきっとドレスのオーダーを取り下げに来たのだろう。三ツ谷もそれに思い当たったのか、泣き腫らした顔のまま、今更愛想笑いを浮かべて、話し出そうとしていた。長くなるだろうし、茶でも用意するかと二人から視線を外した時だった。
鋭い音がした。かつて聞いたことのある、人が叩かれる音だった。振り返って見ると。橘が三ツ谷の胸ぐらを掴み、平手打ちをしたようだった。
思いもよらない光景に口が開く。三ツ谷は叩かれた理由が分からないらしく目が白黒していた。
「目は醒めましたか。武道君の葬式はあと一週間もありません。依頼していたドレスを色はそのままに喪服に仕立ててください。オーダーの変更料はお支払します」
「えっ?喪服?白?」
「ヒナはこれから先、武道君以外の人と結婚する気はありません。だから白でいいんです。奇異の目で見られようとも白を着ます。中学の頃、あなた達が後ろ指を差されようと特攻服を着ていたように、白の喪服がヒナの特攻服になります」
強いな、と眩しく思った。誰よりも泣き叫んでいい立場なのに、その両足で堂々と立っている。その姿が、あの聖夜で立ち続けた男と重なった。確かに似た者夫婦だった。
「武道君のスーツも特攻服に仕立て直してください」
「すごい無茶言うね」
「マイキー君よりマシでしょう」
「ははっ、それもそうだ。うん、任されたよ」
花垣日向は、三ツ谷の服から手を離した。
きっと、1週間後の斎場には、特攻服を纏った女がいるだろう。