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    kxxx94dr

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    94/ドラロナ(五十路、やもめ、Δ)ミニパパ
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    kxxx94dr

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    ミニルド×ロナルド

    みにぱぱちゃんの街、シンヨコでも花火大会がありました
    でもお店がある今は花火大会には行けなくなったそんな日のお話

    #吸死
    suckedToDeath
    #ミニルド
    minilde
    #ミニパパ
    mini-dad

    夏の終わり 遠くで大きく空気が震えた。乾いた破裂音は聞き慣れたものによく似ているが、どこか優しさを含んでいた。
     ピリッとした緊張感を含まぬ音は、柔らかく耳に届く。総毛立つこともなく、静かな振動と共に地を伝いここまでやってきた。

    「もうそんな時間かぁ」

     木製の扉の外は黒く染められ、人通りもない通りはやけに寒々しく思えた。また遠くでドォンと鈍い音が響き、扉に填められているガラスがビリビリと小刻みに震えている。静かな夜に不釣り合いなほど大きな音だった。
     今日は年に一度の花火大会。会場はここからそれほど遠くはないが音だけで、眩しい光はここからは見えない。
     そのせいか、町中から人影は消えていて、普段の賑やかさは姿を隠してしまった。騒々しいのが当たり前の日常で、空々しいほどの静寂がまるで夢のようだった。

    「なんだ」
    「ほら、今日シンヨコの花火大会。だから街に人がいないんだよ」

     店内も常連さんと何人かの退治人の人たちがいるだけで、こうしてまったり外を眺めるくらいには暇ではあった。僕の隣に立った父さんが開けたドアから、今にもひび割れそうな音を上げる遠くの空を眺めていた。
     何を考えているのか。散々聞いた空気を割くリボルバーに似た音を出し続ける空を見つめる瞳。その瞳は何も語らない。こんなにもおしゃべりな瞳は、こういった時だけは驚くほど凪いでいる。

    「やっぱりここからじゃ見えないな」
    「高い建物も増えたしねえ」

     幼い頃、仕事の合間に手を繋ぎ見に行った花火は、あまりにも至大な花が空一面に咲いていて目を丸くした。吸い込まれそうなほどの深い黒のキャンバスに散りばめられた極彩色の花は、僕たち親子の上に降り注いでくるのに触れることもできなくて、僕は何度も手を伸ばした。
     見えているのに綺麗なものには手が届かない。悔しくて目一杯、指先まで力をこめて伸ばしてみても、何かに触れることはなかった。
     けれど指先が、赤や青に染まっていった。燃えてしまいそうなほど明るい光が、指先にちょこんと止まっている。触れられない花火の欠片たちが、確かにここにあった。
     それを見て父さんは笑った。父さんの頬にも同じ色が乗っていた。そっと触れても逃げてしまう色だったけれど、確かにここに花火はあった。

    「花火、キレイだな」

     父さんの頬に触れた指先に、同じ色が落ちる。燃えるような眩しさの光が僕たちを照らしている。けれど僕も父さんも燃え尽きることなく、花火の下にいた。

    「うん」

     花火が掴めずに泣きそうだったはずの僕は笑って答えたのを覚えている。父さんと一緒にいるこの街の空に、たしかにあの花は咲いていた。二人の上で、この街を包むように咲く花。それを二人で飽きることなく眺めていた。
     びりびりと響く破裂音は、この街の音をすべて飲み込んでしまったようで、もう自分たちの声さえ聞こえなくなっていた。すぐ隣にいたのにも関わらず、父さんと呼ぶ声すらかき消された。

    「わっ!?」

     花火を見入る父さんに抱きつくと、声を上げふわりとしたいつもの顔で僕を見た。その笑顔に何も言わずに抱きついた。どうせ何を言ってもかき消されてしまうから、と。
     真っ暗な夜の中で見る父さんの横顔は、知らない人のようだった。幼い僕には見せない顔。そんな顔でじっと空を見上げている姿は、どこかへ消えていってしまいそうで、けれど何を言ってもいいかわからずに僕はここに父さんを縫いとめるように抱きつくしかできなかった。
     何も言わない僕に、父さんは花火の音に驚いたと思ったのか、笑って頭を撫でてくれた。真っ赤な炎のような色をした手は、溶けて消えることもなく、いつものやわらかさを持った温度をしていて、幼い僕はひどく安心したのを覚えている。

    「マスター、チェックで」
    「はい」

     ほんの数分、いやそれすらなかったかもしれない。そんな瞬きのような空に目を奪われた一瞬すら、この世界の時間は進んでいる。父さんは何もなかったかのようにカウンターへと戻った。
     いつも通りの日常。いつも通りの店内。何なら今日は依頼の電話も少なくて、どこかのんびりとした気配がするくらいだ。

    「ありがとうございました」

     ドアを開け街に溶けていくお客様を見送った。夜に紛れていく背中をただ見つめるだけ。あの人はここではない場所へと帰り、ここでは見せない顔を誰かに見せるのだ。
     僕はここから出ることはない。昼と夜の狭間のここが僕のいる場所だから。父さんの生きるこの場所が、僕が痛いと思える場所。

    「え……?あ……!」

     突然のノイズが花火の音をかき消した。あっという間に街を白く染め、輪郭をぼんやりとさせていくのを、僕はぽかんと口を開けて眺めるしかなかった。

    「雨」

     レースのカーテンを下ろしたみたいに街を包みこんでしまった雨は、勢いも量も増していき、久々の花火に心踊らせる人々を隠していく。バタバタと大きな音は花火の音が遠くにあるのかすらわからなくしていた。
     激しく地面に叩きつける雨はまるで連続して上がる花火のようで、むしろ無音にも感じてしまった。

     雨かぁ、なんて残念そうな声が店内からぽつりと上がる。傘を持っている人も少なかったから当然の反応だ。花火を見に行こうかと席を立つ人も立ち止まってしまっていた。
     そんな時、ポンと肩を叩かれた。

    「迷惑じゃなかったらこれ」
    「え?」

     すぐ横にはこれから帰る様子の男性が立っていた。雨を気にして外を一瞥すると眉を顰めた。手元に傘がないのだから当然の反応かもしれないり
     手渡されたのは派手なデザインでパッケージされた手持ち花火。最近は夏になるとスーパーだけでなくコンビニでも見かける子供増えた。
     でもなぜと思い見返すと、雨に濡れたら使えなくなるからと答えてくれた。それなら勿体ないからここで皆でやってほしい。花火見ながらやるつもりだったけど、帰る時間を読み間違えたなぁと笑っていた。
     確かに彼は今日は一杯だけと最初に言っていた。この後花火を見に行くから、と。
     雨が落ち着くまでと提案しても、今日は早く帰ると家族に伝えているからと、彼は白く染まったシンヨコの街の中に消えて行った。
     カウンターにいた父さんに珍しい差し入れを見せると、夏の置き土産だなとどこか寂しげに笑った。
     夏は父さんの心にずっと小さな傷をつける季節であったから。癒えたかのように見えたかさぶたをが季節が巡ることで剥がされて、また柔らかい部分が顔を出す。夏が来ないことはないから、この傷は癒えることはきっとないのだ。

    「ねぇ、父さん。せっかくだから」

     花火大会も見れていない。ならば少しくらいと、人気がなくなり早めに締め作業に入っていた父さんに声をかける。
     元から今日は皆花火を見に行ってしまい店内は静かだったのに、この雨だ。いつもなら賑やかな時間だというのに、街にすら人影はないし、退治依頼の電話も鳴らない。
     ドラ公は僕の手にあるものをくだらないとでも言いたげにちらりと視線だけを寄越し、奥へと消えていった。必要以上の家族ごっこは最近はしなくなった。

    「この雨だと難しいだろ」
    「これくらいならだめかな」
    「まぁ……そのくらいなら……」

     派手な袋の中身を指差すと、父さんは不思議な顔をした。大人びた顔が子供みたいにくしゃりと歪むのが楽しくて、僕は思わず笑ってしまう。
     父さんの気持ちが揺らぐ前にと、僕は札をCLOSEにかけかえ、傘を一本手に取ると父さんの腕を引く。乗り気ではない父さんは僕に引かれ仕方なくといった状態でついてきた。
     風向きであまりに雨が入りこまない軒先にしゃがみ込んで、濃紺の傘の中に二人で入り込む。聞こえるのはバタバタと降り続ける雨の音だけで、いつもは騒がしいほどの人々の行き交う足音すら今は何も聞こえない。
     この傘の中だけが隔離されていた。雨の音が全ての音を吸い込んで、無音にも近いここは吐息だけでなく瞬きの音すら聞こえそうだった。

    「はい」
    「あぁ」

     細い花火を手渡すと、頼りないこよりを指先で摘み、ライターで僕の分にも火を付けてくれた。暗い空間をぼんやりと照らすあたたかい色。提灯のようなまあるい光が二つ、傘の中で灯った。
     線香花火。セットになっているものには必ず入っていて、大体が手持ち花火の締めにされるもの。これくらいならこの雨の中でも出来ると踏んだ。
     ジジ……ジ……ジジ…………ッ。
     細い煙を棚引かせ、まあるい火球が静かに揺れる。内包した熱さを抑えきれず先端で震え、静かに溢れていった。繊細に、時に大胆に形を作り零れ落ちていく。
     二人で寄り添う傘の中、全てを照らすほどの華々しさで舞っていく。小さな空間を彩る小さな花。
     弱々しいオレンジの光が、父さんの横顔を柔く染めていたのを、ただ黙って眺めていた。落ちないように、終わらないようにじっと動かずに、横目で盗み見る。
     太陽の下のような、あたたかい色に包まれた父さんの姿を。

    「父さん」

     ゆっくりとまつ毛が持ち上がり、淡く色づく瞳がこちらを向く。なんだ、と返事をするために薄く開いた唇に、そっと口付けた。
     今、確かにここにいることを確かめたくて。一度、顔を離すと父さんは目を丸くしていた。キスくらいでというよりは、こんな場所でということだったのだろう。
     だから僕は傘を更に深く持ち替えて、もう一度唇を重ねる。熱を共有するだけの静かなキス。目の前の綺麗な長いまつ毛はそっと伏せられた。
     今ここは世界から切り離され、今この中は二人きりだった。

     どれくらいそうしていたのだろう。何もなかった顔で唇を離す。
     相変わらず雨はこの街に降り注いでいた。今日も一日、時間は止まることなく続いていく。
     手元から落ちてしまった火球は地面で静かに終わろうとしていた。細く棚引く煙は空へと登っていく。
     傘の向こうへ、この街を見下ろす空へと続く煙は、まるで送り火のようだった。
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