山盛りビスケット【山盛りビスケット】
大量の小麦粉、少しとろけた山のようなバター、一体どこで手に入れたのかわからない量の卵などをもって地下の厨房へ現れたアルバート
「ちょっとだけキッチンを貸して欲しいんだけど…」
もちろん屋敷しもべ妖精は困惑、そんな生徒はいままでにいなかったし、許可した場合、校長にバレたら碌な目には遭わないのは火を見るより明らかである
「大丈夫!“梨をくすぐって”ここに入ってくる食いしん坊なんて、そうそういないよ!」
(半ば強引に荷物を置き始める)
魔法を使って手早く作ればいいものを、まるでマグルのように手作業で生地を捏ねているアルバートを、1匹の屋敷しもべ妖精が見つめている
「どうして魔法を使わないのですか?あの…もし、よろしければ、お手伝いを……」
「あぁ、ごめんね。大丈夫だよ。魔法ね…たしかに便利なんだけど、僕、料理だけは絶対に自分の手で作るんだ。」
「それはまた、何故ですか?」
「僕の母さんが作る“手料理”はとびきり美味しくてね!特に僕の大好きなビスケット!
それで、あんまりにも母さんのビスケットが美味しいものだから、父さんはいつでも作って食べられるようにレシピを教わって作ったことがあったんだ。もちろん魔法を使って。」
「普通の魔法使いはみなそうします。」
「だよね。でも父さんが作った料理、レシピ通りのはずなのに母さんが作ったやつと全然味が違うんだよ。
僕も魔法を教えてもらってやってみたけどおんなじ結果でさ。二人で悩んでた。
そしたら母さんが言うんだ。秘密のスパイスが足りてないって」
「スパイス?それは、レシピに書かなくてはいけなかったでしょうに!」
「ふふ、そうだね。でも、そのスパイスをレシピに書くには、ちょっと恥ずかしかったんじゃないかな。
だって、手で作らないとひと味足りなくなる、“愛情”なんて名前のスパイスなんだから!」
アルバートはすこしおどけた風に喋りながら、生地に砂糖をもうひとつまみ加える
焼き上がった大量のビスケット
こんなにたくさん焼いてどうするのかと聞く屋敷しもべ妖精に、少し焦げて失敗したビスケットを自分の口に放り込みながら、アルバートが話す
「他の寮の子たちとも仲良くなりたくて、寮の所属関係なしのちょっとしたパーティーを夕食が終わった後に開くんだ。」
「アミットの話がとっても面白くてみんなにも聞いて欲しいから、今日のパーティーはこの学校で星が一番きれいに見える場所にしたよ。
たくさん食べて、たくさん話せば、みんながもっと楽しくこの学校で暮らせるようになるって思わない?」
アミットの噂については屋敷しもべ妖精たちの耳にも入ってる。
生粋の天文学オタクで、とにかく話が長い。
飛行術の授業でまた勝手に飛び回った挙句、“屋敷しもべ妖精と共に床磨き”の罰則をくらっていたエベレットの話によれば、
「あんまりにも長いから、この時期は“星”すら彼の話を嫌がって顔を出したがらず、なかなか日が落ちない」のだという。
彼の話をうんざりせずに聞ける胆力は、アルバートの才能だろうか。
屋敷しもべ妖精は今日のパーティーの開催地と時間については異論を唱えようとしたが、
ワクワクとした様子でバスケットにビスケットを丁寧に詰めていくアルバートの横顔を見て口を噤む。
次回のパーティーの場所は、他の生徒たちからのブーイングにより
この学校で星から一番遠い場所になるだろうなと感じながら。