翔玲「DANCE DANCE DANCE」※ 学園に入る前。なんならグールにもなってない。過去捏造。
「……ハロウィンナイトって聞いて気合い入れてきたのに、大したことないじゃん」
思い思いのコスチュームの人が踊るフロアを横目で見ながら、玲音は皮肉っぽく笑った。
エントランスのロッカールームの時点で、様々なコスチュームに身を包んだ人々で混み合っている。
まだ中に入れてないのに、すでに人混みで酔いそうになっている。
慣れ親しんだクラブのいたるところに黒とオレンジ、蛍光緑のライトがあり、ハロウィンの雰囲気を醸し出していた。
喧騒の中で玲音は翔平に耳打ちする。
「みんなしょぼすぎ。
オレが一番じゃん?ね、翔ちゃん」
「はいはい、そうだな」
隣に立つ翔平の方を見つめ、望んだ答えが帰ってきたことに満更でもない表情をする。
「ま、せっかく来たなら楽しまなきゃ」
楽しげに笑う玲音本人は、悪魔を増したコスチュームに身を包んでいた。
頭には小さなツノがはえ、フリルの多い白いシャツを着ている。
そのウエストを絞るようにエナメルのような艶のある素材のコルセットと揃いのショートパンツ。
太ももの上には、細い線のようなホルスターガーター。
その下に同じくエナメル素材のブーツを履いていた。
色素の薄い肌が黒い衣装に映えている。
その手には鎖が握られており、その先は隣に立つ翔平の首輪に繋がっていた。
やや疲れた顔で立つ翔平は、黒いカソックの上に、白い金色の縁取りがついたストラがかかる。
元々のガタイの良さが厚い布越しにもわかる。
首にかかる十字架のかわりに首輪と鎖がついているのは、ただの玲音の趣味だった。
恥ずかしくて嫌だと言ったが、これ込みの衣装なんだからと力説され渋々承知した。
過去の衣装に比べたら格段にマジだったことも大きい。
「……はぁ……それにしても、なにもこんな日にわざわざ人ごみにくる必要なかったんじゃねぇか」
店に辿り着くまでの仮装する人の波ですでに疲労が馴染む翔平は悪態をついた。
「こんな日だから、いいんじゃん」
不敵に笑う玲音を見つけた馴染みの女が声をかける。
「LEOだ?
来てたんだ」
露出度の高いゾンビ系のナース服を着た女は親しげに話しかけ、隣に立つ翔平をみつけ目を丸くした。
「翔平もいる!
何その鎖、悪趣味〜!!」
「いいでしょ?
オレが悪魔で翔ちゃんが神父。
悪魔の誘惑で堕落して奴隷やってるって設定」
玲音は楽しげにそういうと全部を聞き終わる前から女は爆笑していた。
「なにそれッ、マジで頭どうかしてる!!」
「ありがと♡褒めてるよね、それ?」
「当たり前じゃん。じゃあね〜」
その場限りのテンションで騒ぎきると女は次の興味の対象へと移っていく。
隣でそれを聞いていた翔平は、怪訝な顔で玲音の裾を引いた。
「なぁ、その設定正気かよ?
つーか、それやるためだけにわざわざ今日……」
「そだよ?
だって、オレ翔ちゃん見せびらかしたいし?
こんなかっこいい彼氏がオレのだよ、って」
玲音は翔平の腕に抱きつくと、機嫌良く続ける。
「それにさ、禁欲的でよく似合ってるよ?
本当に襲いたくなっちゃうかも」
手放しで褒められると満更でもなく、いままでの疲労が一瞬で消えてしまうあたり、現金なものだと翔平自身も思う。
横目で玲音を見て、ようやくクラブの雰囲気を楽しむ自覚が湧いてきた。
「ま、とりあえずせっかく来たんだから楽しみますか」
フロアに続くドアを開けた。
アルコールと紫雲の香り。
腹の底まで響く重低音とそれにまけないのうな音楽とそれに乗って揺れるフロア。
照明は暗く表情の確認すら困難なのに、時折客席にあたる強い光が一瞬の表情を射抜く。
その刹那の瞬間で、笑う玲音を見るのが好きだった。
たくさんの人の中で唯一目が離せない。
視線に気づいた玲音が不敵に笑うと、何かを伝えようと口を開く。
フロアの中の音が大きすぎて、何を言っているのかはわからなかった。
伝わらないことにまどかしく思ったのか、玲音はより大きく口を開いて何かを話しかけた。
(……??
な……ん……か……?とって……きて?
は?マジかよ)
飲み物をご所望らしい。
怪訝な顔をする翔平を見て、無事に伝わったことを察すると玲音は機嫌良く手を振った。
「……ったく、しょうがねぇな……」
翔平はため息を一つつくとドリンクカウンターの方へ向かった。
(……翔ちゃん、遅い。
何やってるわけ?)
痺れを切らした玲音は、フロアを抜けるとカウンターへと急いだ。
音楽は好きだし、踊るのも好きだ、この場の雰囲気が好きだし、知り合いだっている。
それでも、一人より一緒にいる方がずっとよかった。
(……あーっ、いた。
やっぱ、声かけられてるんじゃん!?)
カウンターから少し外れた壁際で、翔平は両手にドリンクを持った状態で、女性客に話しかけられている。
その顔に見覚えはなかった。
(……翔ちゃん、顔がいいし、変にとっつきやすいから、すぐに虫が湧く)
玲音は翔平のすぐ隣まで歩み寄ると首輪についた鎖をひく。
「ごめんね?
これ、オレのだから」
突然出てきた、顔の良い男に女性客は良い意味で困惑していた。
「……そういうことなんで。
すんません」
翔平は軽く頭を下げ、ふと手に持っていたドリンクに目を止める。
爽やかな青い飲み物の上に、赤いチェリーが載っている。
チェリーまでを一気に飲むと、首で鎖を引いて玲音の注意をこちらに向ける。
そのまま顔だけを近づけて、玲音と唇を合わせると口に含んだ液体をチェリーごと流し込んだ。
「……わりぃ、待たせた」
「喉乾いて死にそうだったんですけど」
玲音は平然とそう返すと、鎖を引いて翔平の顔をこちらに向けさせる。
「……これ、要らないから返す」
もう一度唇を合わせ、口内に残る種を翔平の口の中に押し込んだ。
そのまま少しだけ口内をなぞる。
「……んッ……翔ちゃんからって、珍しいじゃん?」
唇を離すと機嫌良く玲音はいった。
視線だけで先程の女性客を探したがすでにそばにはいなかった。
「……オレのオレのって必死になってる玲音見てたら、気分いいわ。
だから、俺も乗ってやった」
不敵に笑う翔平を玲音は横目で見ると口の端をあげた。
「は?なにそれ。
そっちがオレのこと好きすぎるから、我慢できなくなっただけじゃん」
「……かもな」
翔平は軽口を流すともう一度グラスを煽った。
アルコール特有の酩酊感が心地よい。
片方のグラスを玲音に渡し、耳元で囁いた。
「なぁ、戻る?」
少し熱っぽい問いかけに、玲音はもう一度横目で翔平を見た。
「……どうしようかな、まだ踊りたんない」
グラスを煽り翔平の続きを待つ玲音自身、すでに関心はフロアから移っている。
「誘惑して堕落させてくれんだろ?
このままじゃ、好青年で真面目な翔平くんに戻っちまうかも」
揶揄う翔平に玲音は思わず吹き出した。
「そんな翔ちゃんみたことないんですけど」
ひとしきり笑った後、ふと熱っぽく微笑んだ。
「翔ちゃんはまだまだオレの奴隷でいてもらわなきゃ困るし、クソ真面目な翔ちゃんなんてつまんないじゃん」
翔平の腕に抱きつくと、身体を預けた。
「帰ろっか。
誘惑してあげる」
朝焼けの空の下、歩く二人の上に金星がまたたいていた。