揺れる「…あの、先輩。飴…いりませんか」
「飴?」
俺は鞄から飴を取り出すと、差し出された先輩の左の手のひらに置いた。
人にプレゼントをあげるなんてなんてことないはず、なのに。みんな、誰だってやっている事なのに。けれど、どうしてもそれだけで割り切る事なんて出来なくて。どうしてかも分からないまま、震えそうになる声を、手を…無意識に抑えた。
「……みゃーちゃん、これ好きだっけ」
「先輩、今日誕生日なので。誕生日プレゼント…みたいな…その…」
あれ?人にプレゼントをあげるのってこんなに難しかったっけ?こんなに、むず痒くなるものだったっけ?"いつもお世話に"なっている"先輩"に誕生日プレゼントを渡すだけ。……なんか、かお、あつい。
「おめでとうございます。勉強の息抜きにでも」
妙に顔が火照って汗が出る。どう、しよう。先輩の顔が見られない。ちゃんと顔を見て、目を見て「おめでとう」と言いたいのに。こんな祝い方、とても失礼だ。そんなの分かってる。けれど、どうしても顔は先輩の方に向いてくれそうにない。
大丈夫、だろうか。ちゃんと伝わっただろうか。彼を、佐々木先輩を祝いたい気持ちが本人に伝わってくれるだろうか。
「…ありがと」
ふ、と肩の力が抜けるのがわかった。いつもより存外低く響いたその声はとても柔らかくて、優しくて。よかった。ちゃんと伝わって。気が抜けたのか、固く結ばれていた鎖を意図も容易く解いてしまったかのように動かせる顔を、するりと先輩の方へ向けた。
「あっ!」
途端、暮沢の声が頭に響く。
『笑った顔がすごく可愛くて、あれで――…』
今、俺なんて思った?何を感じた?俺がプレゼントした飴を手に持って心の底から嬉しそうに笑い、どこでも買える棒キャンディを愛おしげに眺める先輩を見て、俺は
「ん?」
「い、いえ。なんでもないです」
(なんで一瞬可愛いとか思っ…)
可愛いと思った。いつもは少し瞼が開かれている切れ長の両目を柔らかく細め、八重歯をちらりと覗かせながら屈託なく笑う口元は薄く開かれていて、微笑みに近かった。いつもとは違う笑い方。けれど、印象の違う笑みが綺麗で
(いや!先輩はかっこいい人だから!あーもー!暮沢の呪いだ!)
あらぬ方向へ飛びかけた思考回路を暮沢のせいにして無理やり方向転換させる。そうでもしなければ飲み込まれそうだった。先輩の事はちゃんと考えたい。けれど、今まで自分の中に存在しなかった感覚が急に襲ってくるような感じがして。…戸惑いが大きいのも、事実だ。
「テストいけそーな気がしてきた」
「よかったです」
悶々と頭を回転させていた間に先輩は飴を口にくわえていた。
俺がこの先、先輩とどうしたいかなんて分からないけど、でも今はプレゼントを受け取ってくれた事実にただただ安堵した。