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    一燐ドロライお題提示アカウントさんから、「みかん」お借りしました。

    #一燐
    ichiban

    夢くらい超えてやる「ファーストキスはレモンの味だと聞いていたんだ」

    突然の宣言に、手を止める。
    そんな俺に、一彩はもう一度繰り返した。

    「ファーストキスはレモンの味だと聞いていたんだ」
    「いや、聞こえてっけど」

    俺の返事に、弟は真面目な顔をして大きく頷く。いや、「ウム」じゃなくて。
    おまえいまお兄ちゃんとキスしたって理解してる? それ、お兄ちゃんにとってもファーストキスなンだけど。



    弟とキスをした。恋人として初めて。
    夕食後、風呂上がり。弟は食事のあとに「キスがしたい」と申し出た。俺もこの手の話題に精通はしていないが、なんとなく特殊な状況だとはわかる。念のため、キスだけでいいのかと訊ねたら、キスがしたいと返ってきた。それならばと思ったところで更に、風呂に入ってからにしたいと言い出した。歯磨きじゃなくて。やっぱりおまえはセックスがしたいんじゃないのか。それともおまえの言うキスにはセックスまで含まれるのか。言葉は尽きなかったがそのすべてを飲み込んだ。残念ながら、そんな器用な搦め手を使えるような弟じゃない。それは誰よりもよく知っている。たぶん。
    促されるままシャワーを浴びた。冷静になりたくて冷水のシャワーも浴びたし、時間をかけて念入りに歯磨きもした。動揺も期待も見せたくない。お兄ちゃんだから。「いいけど」の声が上擦っていた自覚はあるが、向こうも緊張でガチガチになっていたし、バレてはいないだろう。茶化すことも揶揄うこともできなかった。俺も一彩が許してくれるなら、キスだって、その先だってしたかったから。

    正直、キスなんて何回もしてきた。幼い頃は特に。鍛錬で怪我をした時、あるいは誰かに叱られて落ち込んでいる時。俺に知られたくなくて隠そうとして、幼さと本人の素直さが仇となって歪んでしまう顔をどうにかしてやりたくて。俺はただ、何も言わずに額や頬にキスを贈った。母上はいつもそうしてくれていたから。
    弟は俺の唇が触れると、小さな手のひらでそこを押さえてきょとんとして、それから林檎みたいに頬を赤くして、照れて笑った。それがかわいくてかわいくて、俺は理由をつけてはキスを贈った。
    もちろんそんなことは長くは続かなくて、一彩は大きくなるに連れて、「そんなことは正しくない」と言うようになったけど。

    だから、ひょっとしたら十年ぶりくらいかもしれない。もちろん唇は初めてだ。
    弟の唇はふにふにとして柔らかくて、こんなところまでかわいいのかと驚いた。唇が離れて、ついつい自分の唇を指でなぞっていたところに、「ファーストキスはレモンの味だと聞いていた」である。
    お兄ちゃん、思わず過去を振り返るくらい、嬉しかったンだけどなァ。

    「弟くん、それどこで聞いた?」
    「藍良から」

    あァ、なるほど。
    キラキラと目を輝かせて力説するあの子の様子は容易に目に浮かぶ。まさか本人は、語った相手が恋人との初めてのキスのあとにそんな感想を言うとは思ってもいなかっただろうが。
    少しだけ恨めしい。

    「おまえそれ信じてたの?」
    「いや、現実的ではないと理解はしていたよ。ただその俗説が偽であると証明されてしまったことが僕は悲しい」
    「お兄ちゃんとの初めてのキスの感想が悲しいなワケ? 仮にも恋人なのに? お兄ちゃんのファーストキスを奪っておいて?」
    「それはもちろん喜ばしいよ。けれどそれとこれとは別問題だ」

    かわいくない。別問題じゃない。
    こっちはおまえとキスをするからって隅から隅まで歯磨きしたのに。レモン味の歯磨き粉でも使えばよかったってか。かわいくない。弟の願いならなんだって叶えてやりたいけど、キスのあとに「レモン味だ!」って喜ばれるのもおもしろくない。
    むっとして、黙ってソファから乱暴に立ち上がる。拙いキスを黙って見届けてくれたソファから。かわいそうに。八つ当たりだ。
    大人一人分の重みが抜けた座面が急に浮いて、何故だかソファに正座していた弟が体勢を崩した。思わず手を伸ばしかけて、すぐに座り直したのを見て手を引いた。そして誤魔化すようにふい、と顔を背けてやる。お兄ちゃんは機嫌を損ねたんだぞ、の顔だ。
    案の定一彩はそんな俺を見上げて慌て出す。手をあわあわと宙に彷徨わせる仕草がまたひどくかわいらしい。眉尻はくぅんと下がってお兄ちゃん心を責め立てる。
    けどダメだ。いくらなんでも今の言い分は看過できない。お兄ちゃんとしては許せても、恋人としては受け入れられない。
    そんな俺に、一彩はしゅんとして小さくなる。

    「ごめんなさい。酷いことを言った。本当にごめんなさい。嬉しかったんだ。本当だよ。兄さんとキスをできることが本当に嬉しかった。ただの言葉遊びでしかない俗説すらきっと真実にしてしまえると思うくらい。だから、それを実現できなかったことがなんだか悔しくて。自分の無力を嘆いていたんだ。こんなことを言うべきじゃなかった。僕のせいで嫌な思いをさせてしまったね、ごめんなさい」

    眼下でそんなふうに俯く旋毛がいとおしい。
    そんなことを言われてしまうと、なんだか自分の心が狭いようだし、そんな弟の小さな夢も叶えてやれなかった自分に腹すら立ってくる。さすがに俺も、何の仕掛けもなしに愛情だけでキスをレモン味にすることはできないと理解はしているが。
    さてどうしたものか。拗ねる気持ちはあるが、理由がなんであれ弟が落ち込んでいたら笑顔にしてやりたい。お兄ちゃんとはそういう生き物だ。こればかりはどうしようもない。

    考えて、それから見えない耳と尻尾を垂らした弟を置いて、キッチンに向かう。根菜の入ったカゴの隣。ちょうど今日、ニキからもらってきたばかりの段ボール。帰ったら早めに出して、重ならないように保存して。そう言われたそこから橙色のまるい実をひとつ。

    「兄さん……?」

    ソファから様子を窺うかわいくて小さな声が聞こえるが、この際無視だ。いちおう、機嫌を損ねているので。
    厚みのある外皮をぺりぺりと剥がして、薄皮に包まれたまるい実を取り出して、適当に一粒だか二粒だかを摘んで口に放り込む。口触りがイマイチだ。筋は取ったほうがよかったかもしれない。まァ、そこはお兄ちゃんを傷つけた代ということで。
    歯を立ててみると、なかなかに甘い。酸味というほどではないが、すっとした爽やかさも通ってくどくもない。ニキが選んだだけのことはある。これなら悪くはないだろう。

    ソファに戻って、いまだ正座を保ったままの一彩の隣にそっと座る。今度は体勢を崩すことがないように。少し慎重に。そうして、とん、とふにふにの唇を指でつつく。状況を理解できない一彩はぱちぱちと瞬きをして、首を傾げた。

    「ええっと、兄さん、んんぅ!?」

    油断した口にすかさず覆い被さって唇を重ねる。手のひらで頬を包んで、口の端に指を突っ込んで、閉じられなくなった口に舌を差し込んで。自分の唾液と混ざった果汁と、ついでにすり潰した果肉も押し込んで。それから俺への慰めとして、濡れた唇を何度も啄んだ。
    瑞々しい果物の香りの奥にあるのはミントの香りだ。俺と同じミント味の歯磨き粉の香り。弟もしっかり歯磨きしたらしい。少し嬉しい。俺を思ってかは知らないが、俺は一彩を思って、一彩で頭をいっぱいにして歯磨きしたから。これではいくらレモンの味を求めたってミントの味しかしないだろうに。

    唇を離して一時ぶりに見た弟の顔は、目を見開いて真っ赤になっていた。トマトみたいだ。幼い頃照れて笑った顔は林檎だったのに。これが兄弟と恋人の差だろうか。どちらもかわいいことに変わりはないが。
    トマト味のキス。思わず想像して、首を振る。いただけない。それこそ夢がない。初めての記憶がトマトというのはどうかと思う。振り返った時に微妙な気持ちになりそうだ。

    唇を舐めると、甘酸っぱいみかんの味がした。一彩の求めたレモンよりはだいぶ甘いが、どちらも柑橘類には違いない。アレンジが効いていると思えば、咄嗟の思いつきにしては上出来だ。
    一彩の顔も、少なくとももう落ち込んではいないし。

    「忘れらンねェ思い出になったっしょ?」

    鼻を鳴らした俺に、かわいい弟は口を覆ってこくこくこくと、真っ赤な顔で何度も頷いた。


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    夢くらい超えてやる「ファーストキスはレモンの味だと聞いていたんだ」

    突然の宣言に、手を止める。
    そんな俺に、一彩はもう一度繰り返した。

    「ファーストキスはレモンの味だと聞いていたんだ」
    「いや、聞こえてっけど」

    俺の返事に、弟は真面目な顔をして大きく頷く。いや、「ウム」じゃなくて。
    おまえいまお兄ちゃんとキスしたって理解してる? それ、お兄ちゃんにとってもファーストキスなンだけど。



    弟とキスをした。恋人として初めて。
    夕食後、風呂上がり。弟は食事のあとに「キスがしたい」と申し出た。俺もこの手の話題に精通はしていないが、なんとなく特殊な状況だとはわかる。念のため、キスだけでいいのかと訊ねたら、キスがしたいと返ってきた。それならばと思ったところで更に、風呂に入ってからにしたいと言い出した。歯磨きじゃなくて。やっぱりおまえはセックスがしたいんじゃないのか。それともおまえの言うキスにはセックスまで含まれるのか。言葉は尽きなかったがそのすべてを飲み込んだ。残念ながら、そんな器用な搦め手を使えるような弟じゃない。それは誰よりもよく知っている。たぶん。
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