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    一燐ドロライお題提示アカウントさんから、「日の出」をお借りしました。お誕生日おめでとうひいろ!

    #一燐
    ichiban

    その日は今も色鮮やかに秋は何故短いのか。
    僕のその疑問は、都会ではどうやら地球温暖化や気候変動といった言葉で説明されるらしかった。酷い言い草だ。それだとまるで地球自身が進んでそうした変化を遂げているようだ。自分達の手で多くの自然を淘汰して地表を文明で覆い尽くした末路がこれだというのに。
    僕の不審をよそに説明を続ける教師の顔つきはこれもまた他人事で、どうしてこの人はそんなに平気な顔をしているのだろうと不思議だった。だって僕にはどうにも、今まさに人類を追い詰めているという環境の変化は、物言わぬからと身勝手に淘汰された自然からの報復のように思えたのだ。
    教師はそんな僕の話を大袈裟だと笑って、僕を変わり者だと言って、まともに取り合ってはくれなかった。僕は責任の所在と、都会の人々が自然への畏敬を失った経緯を知りたかったのに。
    その時の僕の傷心具合を聞いた兄さんは、こともあろうに手を叩いて大笑いした。なんて兄さんだ。僕は真剣だったのに。
    唇を尖らせた僕に、兄さんは目尻を拭いながらまあまあと言った。単に面白い経験をしたものだと思っただけで、僕の傷心を笑ったわけではない。自分も都会に来たばかりの頃は頻繁にコミュニケーションエラーを引き起こしたものだけれど、学校に通ったことはなかった。困った時の対話相手は椎名さんくらいのもので、その椎名さんも料理以外はからきしだったから、そういった疑問はすべて書物や論文を当たって調べたのだと。
    なるほど確かにその手があった。最初からそうすれば良かったのだ。それならば僕は教師に笑われることも、変わり者だと言われることもなかった。それに、教師に迷惑をかけることも。ただでさえ僕は都会の人間からしたら変わり者なのだから、極力人の手を煩わせることのないように行動しなければ。
    そんな僕の言葉に、兄さんはそれは違うと首を振った。
    人と対話をすることは大切なことだ。教師に訊ねなければ、その教師がどんな考えを持っているかは解らなかった。偶然、その教師にとって秋の長さは大した話題じゃなかったかもしれない。けれどそうじゃない人間だって対話を重ねていれば現れる。
    そうして悪戯げに笑って、兄さんは自分を指した。
    『たとえば、いつかの俺みたいに』



    「つまり僕は、一年中秋であればいいのにと思うんだよ」
    「ううん、ぜ〜んぜんわかンねェ」

    兄さんが肩を竦めて自動販売機で買った甘酒の缶を傾ける。手袋もしない、マフラーもしない。羽織っているのは秋頃になると出てくる厚手のジャケット一枚。そんな軽装備で真冬の夜明けに挑んだ兄さんは、案の定寒い寒いと言って体を震わせた。道すがら買って兄さんが散々暖を取った缶の中身は当然冷めてしまっていて、一口だけ飲んですぐに顔を顰めて、まだ重たい缶を僕に押しつけた。

    「弟くん、これやるよ。お兄ちゃんからの誕生日プレゼント」
    「だから言ったのに。それでは寒いよって」
    「あ〜あ〜聞こえない聞こえなァい」

    握るもののなくなった手で自分の耳を覆った兄さんは、今度は自分の手の冷たさに「つめたっ!」と肩を跳ねさせた。変だ。考えなくてもその結果は分かりきっているはずなのに。
    僕のそうした指摘に、兄さんは幼い僕がいかに珍妙でその言動に振り回されていたかを語ることがあるけれど、僕からしたら今の兄さんのほうがよっぽど珍妙だ。そもそも、幼いころの話を引き合い出すというのもどうだろう。僕には兄さんにおしめを替えてもらった記憶はないのだ。なくて良かったけれど。
    今度は僕で暖を取ろうという魂胆だろう。背中から抱きしめるように引っ付いてきた兄さんをそのままに、僕は緩やかな山道を進んだ。

    日付を跨いだ一月四日。僕と兄さんは郊外の山を登っていた。そこまで高い山ではないけれど、都会にしては珍しく、ビル群に遮られることなく景色を楽しめる穴場。という触れ込みだ。
    人脈の多い兄さんが偶然、そんな気はなかったけれど図らずも、談笑していたどこかの気の利く誰かから、仕入れてきた情報だ。
    聞いてもいないのになにやら言い訳めいたことを並べた兄さんは、しばらくして大きく息を吸って、一緒に日の出を見に行かないかと僕に誘いを持ち掛けた。
    少し前までの僕ならば、兄さんのその話をすべて信じただろう。兄さんの態度の不自然さになんてこれっぽっちも気付かなかったし、なんて素晴らしい偶然だと心から喜んだはずだ。
    けれど、さすがの僕も学習する。
    今回の提案はきっといつだったかに、都会に来てアイドルとして迎える年末年始は楽しいけれど忙しくて、たまにはゆっくりと初日の出を見ることが出来たらいいのに。と、僕が溢したことを覚えていたのだ。
    格好つけたがりの兄さんにとってこの気付きは痛手なんだろう。僕に誕生日の予定を訊ねる兄さんの顔はどこか苦かった。それならいっそ素直に誘ったらいいのに思うけれど、兄さんはどうもその分野が苦手だった。僕も、兄さんのようなさりげなさを装う分野はいつまで経っても苦手だから、お互い様だけれど。
    それに過程がどうあれ、格好つけが上手くいっていたっていなくたって、兄さんからの誘いはいつだって、どんな内容だって飛び上がるほどに嬉しいのだし。なにかと理由をつけてもらう駄菓子だって、いつも僕が賞味期限ギリギリまで取っておくからと、ひなたくんが鍵付きの『兄さんからもらったお菓子ボックス』を用意してくれたほどだ。
    今だって、背中にのしかかる成人男性一人分の重さが気にならないほどに足取りは軽い。

    「それで、なんで秋がいいンだよ」
    「え?」
    「さっき言ってたっしょ。一年中秋がいいって」
    「ああ」

    耳元で聞こえた兄さんの声に何気なく頷くと、僕の肩に顔を埋めた兄さんの髪が頬をくすぐった。思わず首を傾けて避けた僕に察したらしい。うりうりと顔を押しつけてくる兄さんは猫のようだ。嫌ではないけれど、危ないのでやめてほしい。別に崖っぷちとは言わないが山なのだ。僕が転んだら諸共だ。こんなところではなくて、もっと別の、例えば僕がハグをした時に抱き締め返してくれるとか、そういった形でくっついてくれたらいいのに。
    唸る僕の反応にけらけらと笑う兄さんの頭を押し返して、僕は話を続けた。

    「秋は兄さんが元気になるからね。兄さんは夏も冬もなにかと体調を崩しがちだから、一年中秋なら兄さんもずっと元気でいられる」
    「あン? 俺っちの適応能力が低いみたいに言うンじゃねェよ。別に俺っちの適応力が特別低いってワケじゃねェ。人類は文明の発展を選択することで生物としての成長を捨てたンだ。きっと文明が潰えた時、真っ先に淘汰されるのは人類だぜ。それこそ弟くんの言うように自然からの報復によってなァ」
    「だとしてもだよ。僕の受けた授業によれば、おそらくこの先数十年、少なくとも僕や兄さんが存命の間にその未来は訪れない。幸いなことにね。事実、夏に僕の健康講座を無視した兄さんに処置された点滴は有効だったし、先程も自動販売機は正常に働いていた。ならば僕たちは適応の努力をするべきだ。悪戯に命を擦り減らすべきじゃない。せめて無茶な冷暖房の使い方はやめたほうがいいし、お腹を出して寝たり外で酔い潰れて寝たりするのはもっとやめたほうがいい。僕がとても悲しむ。いいかい兄さん。僕は、兄さんが苦しんでいたら、とても、悲しい気持ちになる」
    「ハイハイ」
    「ハイは一回だ」
    「はァ~~~い」

    むかつくなこの兄さん。
    なにかしらの効果はあったようだからいいけれど。
    乗り気な兄さんならここから更に『ハイは一回』という決まり文句に対してセンスがないだとか時代遅れだとかハイが一回である必要性だとか、あらぬ方向に話を展開して煙に巻くから。それがないということは、少なからず僕の言葉になにか感じるところがあったのだろう。なにせ兄さんは理屈屋のくせに愛に弱い。
    機嫌が上向いた僕に、兄さんが横から顔を覗き込んでくる。

    「何かな兄さん」
    「なンで急にご機嫌になってンのォ?」
    「僕だけの秘密だよ」
    「秘密ゥ? お兄ちゃんに隠し事とは弟くんも偉くなったモンだなァ?」

    ふん、と兄さんが鼻を鳴らす。

    「あれかと思ったっしょ。俺っちが紅葉云々ってヤツ」
    「誰かから聞いた?」
    「聞いた。ニキの野郎が『弟さん、なにか腐ったものでも食べちゃったんすかね~』つってて腹立った」
    「フム。それは心配させてしまったね。今度椎名さんに謝らないと……。兄さんも安心してほしい。僕は特段なにか腐ったものを食べた記憶はないし、去年の健康診断にも問題はなかった。兄さんが華麗だと思うのは僕の心からの意見だよ。兄さんはそういった物言いを好まないから、この場では敢えて選ばなかっただけでね」
    「そりゃご配慮どうも」
    「兄さんは本当に華麗だよ。今も、昔も」
    「……。あっそ」

    兄さんは興味がなさそうに返事をして、それから押し黙った。僕はそれに倣って、一人白い息を吐く。



    秋は好きだ。昔から。
    故郷の山一面に広がる紅葉はとても鮮やかだった。夏の生命力に満ちた緑も美しいけれど、実りを伝える秋の紅葉は息を飲むほどで、僕の心まで色付くようだった。夏を越えて青白さのなくなった兄さんの背に見る紅葉は一際華麗で、まだ何も知らなかった頃の僕は、何度も兄さんを散歩に誘ったものだった。
    兄さんが故郷を出て行ってしまった年の秋も、変わらず紅葉は美しかった。美しくて、美しくて。ただそれだけだった。いくら間近で眺めても、心が湧き立つようなあの感覚は、いつまで経っても訪れなかった。
    いつからだろう。兄さんと二人きりで山を散歩しなくなったのは。大きくなってからは、兄さんとの散歩なんて考えることすらしなくなっていた。兄さんは君主で、僕はそれを補佐する者だった。僕が兄さんの隣に並んで散歩をするだなんて、そんなことは有り得てはならない。それが正しいことだった。
    だと言うのに、兄さんのいない秋が訪れるたび、心のどこかの幼い僕は、ああもっと兄さんと散歩がしたかったな。そんなことを言っては俯いた。

    都会に来て兄さんと再会したのは夏だった。
    兄さんにとって夏はやっぱり辛く苦しい季節だった。僕にとっても、人生で一番苦しい夏だった。

    そうして、苦しい夏を越えて、生きることを知った僕に、初めての秋が訪れた。

    僕は兄さんを散歩に誘った。兄さんは少し驚いて、難しい顔をして、それから、『いいけど』とぶっきらぼうに頷いた。
    兄さんと見る紅葉は本当に鮮やかで、木々は命を枯らす準備をしているというのに、僕はまるで命を吹き込まれたようだった。
    僕はそのことを伝えたくて、興奮のままに兄さんを見た。

    兄さんは紅葉ではなく、僕を見ていた。
    ゆっくりと瞬きをするその姿に僕は目を奪われて。
    ふと思った。
    僕が美しいと感じたのは兄さんの背に見る紅葉ではなくて、はしゃぐ僕をこうして見つめてくれていた、兄さんだったのかもしれない。
    その気付きは自分でも驚くくらいに、ストンと胸に落ちた。

    だから僕は、秋が好きだった。



    思考に耽っていた兄さんが、ふと顔を上げて、「甘酒ちょうだい」と言った。僕は兄さんに押しつけられた時から二口分ほど軽くなった缶を見て、首を傾げた。

    「冷たいよ?」
    「いいンだよ、喉渇いただけだから」

    僕が差し出した缶を受け取って、兄さんはそれを一口啜る。兄さんはさっきと同じように顔を顰めていて、僕はやっぱり変だなと思った。
    そのまま一息に飲み干した兄さんが、ぼんやりと眺めていた僕を横目に顎をしゃくる。なんだろうか。そう思って振り向いた先で、僕は思わず「わあ」と声を漏らした。昇り始めたばかりの朝陽が、滲むように空を照らしていた。

    「……俺は、冬が好き」

    兄さんが唐突にそう言って、朝陽に目を奪われた僕の頭を撫でた。えっ、と言う僕に、兄さんの話は淡々と、なんでもないことのように続けられた。

    「その冬、母上はお腹に赤ん坊を宿していた。お腹も大きくふくれて、年を跨いでもとても新年を祝えるような状態じゃなかった。里の連中も母上にかかりきりで、俺は邪魔だと追いやられて。何もできなかった俺は、せめて母上の無事を祈ろうと思った。神様に一番近い場所に行きたくて、山の奥の、足を踏み入れてはならないときつく大人に言われていた場所まで一人で行った。そこで俺は、日の出を見たんだ。意識なんてしちゃいなかったが、偶然にも俺はそこで初日の出を見ることになった。……本当に、本当に美しくて。俺は当たり前みたいに、ああきっと、母上のお腹にいる子はこの景色が見たくて、いま生まれることを選んだんだろうと思った。ならこの景色は、俺だけが知ったこの景色は、俺が見せてやらなきゃなって。結局その日、その子は生まれなかったけど。ひょっとしたら、思ったよりも寒くてびっくりしちまったのかもな。だから俺は祈ったんだ。母上の無事と一緒に、その子の無事も。そうしてその三日後に、赤ん坊は無事に生まれた。たった数日ずらしたところで、暖かくなるはずもないのにな。分かりきったことにぴいぴい泣く赤ん坊を見て、馬鹿だなぁと思ったけど、それ以上にほっとした。こんなに寒いのによく頑張ったなぁって。これからたくさん、あの景色も、もっと綺麗なものも見せてやるからなって。そんなふうに考えていたら、何もかもが色付いて見えた。俺はあの日以上に美しい冬の日は知らない。俺の大切な弟は、きっとこの世で一番美しい冬の日に生まれてきたんだ」

    兄さんはゆっくりと一つ、瞬きをした。
    その瞳に映っていたのは、僕だけだった。

    「だから俺は、冬が好き」

    誕生日おめでとう、一彩。
    その声は朝陽に透けて、蕩けるようだった。
    その顔を見て、その声を聞いて、光が滲み続ける朝空のように、僕の心にも鮮やかに色が滲んでいた。

    僕はどうやら、考えを改める必要があるようだった。
    そうだ。一年中秋だなんて、季節が秋しかないだなんてもったいない。どんな季節もどんな天気も、僕は兄さんと見ていたい。幼い僕も、今の僕も、それは変わらない願いだった。春の夜明けも、夏の夜も、秋の夕暮れも、冬の朝も。兄さんと見る景色はきっと、この上なく美しい。
    だって遥か昔、僕が母の腹の中で見たいと願った景色は、こんなにも美しいのだから。

    そしてそのたびに、兄さんが僕を見るたびに、僕は兄さんの瞳に恋をするのだ。


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    DOODLE一燐ドロライお題提示アカウントさんから、「みかん」お借りしました。
    夢くらい超えてやる「ファーストキスはレモンの味だと聞いていたんだ」

    突然の宣言に、手を止める。
    そんな俺に、一彩はもう一度繰り返した。

    「ファーストキスはレモンの味だと聞いていたんだ」
    「いや、聞こえてっけど」

    俺の返事に、弟は真面目な顔をして大きく頷く。いや、「ウム」じゃなくて。
    おまえいまお兄ちゃんとキスしたって理解してる? それ、お兄ちゃんにとってもファーストキスなンだけど。



    弟とキスをした。恋人として初めて。
    夕食後、風呂上がり。弟は食事のあとに「キスがしたい」と申し出た。俺もこの手の話題に精通はしていないが、なんとなく特殊な状況だとはわかる。念のため、キスだけでいいのかと訊ねたら、キスがしたいと返ってきた。それならばと思ったところで更に、風呂に入ってからにしたいと言い出した。歯磨きじゃなくて。やっぱりおまえはセックスがしたいんじゃないのか。それともおまえの言うキスにはセックスまで含まれるのか。言葉は尽きなかったがそのすべてを飲み込んだ。残念ながら、そんな器用な搦め手を使えるような弟じゃない。それは誰よりもよく知っている。たぶん。
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