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    ファンレターの返事を書くメルと、酒を飲む燐音
    メル燐

    #メル燐
    merphosphorus

    眠れぬ夜に眠れなくて、目を覚ます。
    ようやく慣れてきたベッドから上体を起こして、スマホを見る。午前二時。二十三時にはベッドに入ったはずだから、三時間。眠ることを諦めるには十分な時間だろう。
    水でも飲みに行こうか。そう思ってベッドから出ると、同室の男に声を掛けられる。あちらも、眠れぬ夜だったようだ。

    「HiMERUさん、どっか行くんスか?」
    「少し気分転換に。南雲はまだ粘りますか?」
    「う〜みゅ……。鳴上先輩が起きた時に誰もいないのも申し訳ないし、もう少し粘るッス」

    それに頷いて、ブランケットを肩に掛ける。
    そのまま部屋を出ようとして、そういえば、と思いついてペンと便箋と、いくつかの封筒を引き出しから取り出した。



    共有ルームに足を運ぶと、明かりが灯っていた。先客がいるらしい。引き返そうかと迷って、そのまま進むことにした。なんにせよ水分は摂っておきたい。その後は、またどうするか考えよう。
    そう思って足を踏み入れて、すぐに後悔する。

    「おっ、メルメルじゃん」

    ぴょこぴょこと跳ねた赤髪が人懐っこい笑顔で手を振っている。
    やはり帰るべきだった。
    舌打ちを堪えて引き返そうとする背中に、わざとらしい声が掛かる。

    「え、メルメル行っちまうの? 燐音くん寂しい」
    「……天城、未成年もいる寮での飲酒は控えるべきです」
    「ン、んん。そうなンだけど、旧館の電気がなンかつかなくてさァ」

    そう言って首を傾げる姿に溜め息が漏れる。
    旧館ならいいと思っているのも、そこで飲酒を諦めるという発想がないのも、困りものだ。今更、咎めようとも思わないが。どうせ言っても聞かないのだ。この男に根気強く付き合ってやれるのは、HiMERUの知る限りは桜河くらいのものだった。
    このまま捕まると面倒だ。そう直感は訴えているが、諦めた。見つかった以上、付き合わなければ帰ることはできないだろう。それに、深夜だからだろうか。流石の天城も幾分大人しかった。
    冷蔵庫から天然水を取り出して、コップに注ぐ。その様を見て、天城が「おっ!」と弾んだ声を上げた。嬉々として自分の隣の椅子を引くのを無視して、斜め前の椅子に座る。
    天城は特に気にしたふうもなく体をこちらに向けて、HiMERUの手元を見た。

    「ファンレターの返事?」
    「ええ、少し貯めてしまいましたから」
    「ふうん……。時間、足ンねェ?」
    「足りませんが、不満はありません。アイドルとしての仕事が増えることは、HiMERUにとって好ましいことですから。ファンレターの質が変わってきていることは、複雑ですが」
    「きゃはは! 下品なの増えたァ?」
    「いいえ。HiMERUは天城とは違うので」

    片手にぶら下げたビール缶を揺らしながら天城がけらけらと笑う。ちゃぷん、と滴の跳ねる音がした。

    天城はこういう、ともすれば侮蔑とも取れるような言葉を喜ぶ節がある。どうやら、そこに本音が眠っている。そう思っているらしい。屈折している。この男の人間不信は本当に根が深い。
    とはいえ。天城の意見はHiMERUを相手取る上では的確だった。HiMERUの中の天城への遠慮が少なくなってきている自覚はある。その変化を客観的に言葉で表すのなら、気が置けない、になるのだろう。策略でやっているのか元来の人懐っこさでやっているのかは知らないが、HiMERUとしてはあまり歓迎はできない。

    綺麗に折りたたまれた便箋を開く。そこには丁寧な文字が並んでいる。字の巧拙なんて人それぞれだが、これだけはどのファンレターも変わらない。きっと普段の何倍も気をつけて、想いを込めて、筆を走らせているのだ。
    目を通すHiMERUに、天城は声を掛けなかった。
    隅から隅まで読み終えて、ペンを持つ。ソロ時代から変わらない便箋に、変わらない筆を走らせる。天城は相変わらずぼんやりとそれを見つめながら、口を開いた。

    「偉いよなァ。一枚一枚、手書きでさァ」
    「想いには想いで応えたいので」
    「んはっ、アイドルの鑑」
    「ええ、それがHiMERUというアイドルです」

    その言葉に、天城がまた黙る。
    HiMERUは気にすることなく、筆を走らせる。


    HiMERUと天城は似ている。
    いや、似てはいないが。似てはいないし、似たいとも思わないが。あれは、HiMERUというアイドル像には相応しくない。
    とはいえ、自分のアイドル像がはっきりしている。自分で決めたアイドルというベールを纏ってファンの前に立つ。そういうところは、よく似ていた。椎名や桜河とは、そこには明確な差異がある。彼らは、自らの素を見せて、その姿を愛されている。
    どちらがいいというわけでもない。HiMERUはそれでいいと思うし、そのことを苦には思わない。ただひょっとしたら、天城はそれが羨ましいのかもしれない。そう思うことは時々あった。
    一枚分の便箋を想いで埋める。HiMERUの筆が落ち着いたのを見て、天城がビール缶を机に置いた。先程と音は変わらない。今日の酒は、思ったよりも進まないらしい。天城は机に肘をついて、静かに言った。

    「メルメルは、なンで返事を書くの?」
    「はい?」
    「書かねェヤツも多いっしょ。忙しければ忙しいほど、時間も足ンねェ。それを、自分の睡眠時間削ってまでさ、」

    書く意味ってあるの?
    思ってもみなかった言葉に顔を上げる。天城がそんなことを言う男だとは思わなかったから。
    天城と目が合う。その目はどこか、諦観のようなものを滲ませていた。
    その顔になんとなく、筆を置いた。

    考える。返事を書く理由。
    答えならいくらでもあった。HiMERUというアイドルとして、これまで何度も人前でも答えている。天城だってそれを何度も見聞きしているはずだ。
    それでも敢えて、ファンの想いに応えることの理由なんていう、らしくもないことを天城が聞くのなら、そのどれもが、今の天城に返すには適切ではないのかもしれなかった。


    たとえば椎名なら。あの男は、ファンレターそのものにはそこまで関心はないだろう。気持ちは嬉しく受け取っている。そのことに疑いは持たないが、やはり興味を引かれるのは料理の話題のようだった。時折ファンレターで質問があったと言って、ブログやラジオの現場でレシピなどを紹介する程度。けれどそれが彼なりの応え方で、それが椎名ニキというアイドルの個性だった。
    一方で桜河は、ファンレターをよく熟読する。一つ一つの言葉にありがたい、うれしい、と顔を綻ばせる。けれど、返事を書くことはなかった。彼のファンとのコミュニケーションは、ライブのMCや、雑誌のインタビューなどで等身大の感謝の言葉や印象に残った話などを伝えることだった。

    HiMERUはどうだろう。HiMERUというアイドルの個性。ファンレターへの返事にこだわる理由。改めて考えると、すっとは出てこないものだ。そもそも天城が聞いているのは、HiMERUというアイドルのベールの先の話だろうから。
    考えて、するりと、自分でも思ってもみなかった言葉が滑り出す。

    「……繋ぎ止めるため、でしょうか」

    思わず、指で唇を押さえる。
    繋ぎ止めるため。
    その言葉に、自分自身で戸惑った。まさか自分から、そんな言葉が出るなんて。らしくもないことを聞く天城に当てられたのだろうか。HiMERUらしくない。その言葉は、HiMERUの言葉としては失格だろう。

    何を繋ぎ止めたいのか。誰を繋ぎ止めたいのか。
    その答えは明白だった。この文字の先にいるファンだ。繋ぎ止めて、繋ぎ止め続けて、いつかその想いの数々を、本来受け取るべき人物に渡す。その日が来るまで繋ぎ止める。来るかも解らないその日のために、繋ぎ止め続ける。
    それが、HiMERUではない俺の、責務だった。
    固まる俺に、天城はふうん、とだけ頷いた。

    「残ってる?」
    「え?」
    「おまえが繋ぎ止めたいファンの子達、まだ、残ってる?」

    天城の目に悪意はなかった。
    それよりもどこか贖罪のような、あるいはどこか縋るような声色をしていた。
    繋ぎ止めたいファン。天城のそれが何を指しているのか、考えるまでもなかった。
    先程水を飲んだばかりなのに、どこか喉が渇いている。ごくりと、喉が鳴る。

    「……残っています。数は、減りましたが。それでもまだ、残っては、います」
    「……そうだよな。……うん、そうだよなァ」

    数が減った。その言葉に、天城が顔を歪める。
    贖罪と諦観。
    天城はどうなのだろう。一度はゼロになったこの男は、どうなのだろう。そう思わせるには、十分な顔だった。

    「……帰って来ましたか」
    「どうかなァ。……まァ、おまえで数が減ってるってンなら、俺のファンはもう、砂漠の中から砂金を探すようなものだろ」

    天城が自嘲気味に笑う。
    その顔に、今も病室で寝ているだろう弟を思った。
    いつか要が目を覚ました時のことを思う。
    要もこんな顔をするのだろうか。何もかも変わってしまった現実を、取り戻せない過去を、こんな顔で、諦めるのだろうか。言いようのない感情が胸を埋めていく。
    気付けば、手を差し出していた。

    「天城、手を」
    「手?」
    「はい。手を貸してください」
    「んん? 俺っち、メルメルの代わりにお返事すンの?」

    すっかり手の止まってしまった筆を見て、天城が不思議そうに首を傾げる。そんなわけはないだろう。そう思いながら仕方なく、机の上に投げ出されていた天城の手を自分から掴む。天城は戸惑いの声を上げながら、されるがままに手を引かれた。その手を、握る。

    「天城は、返事を書いていますか?」
    「え?」
    「ファンレターの返事です」
    「え、あ、……いや、書いてねェけど」
    「昔は書いていたのでしょう?」
    「……そ、れは、」

    口ごもる天城が、酷く幼く見えた。
    聞くまでもなかった。
    書いていたのだろう。手書きで。喜びと、感謝と、愛を込めて。自分の手で、一枚一枚。ファンと同じ熱量の言葉を。あるいは、それ以上の熱量で。その姿は容易に想像がつく。この男から時々滲む俺の知らない誰かは、そういう男だった。
    それでも。それでも、届かなくなったのだろう。
    弟を思う。弟に重ねる。自分は、届けられるのだろうか。繋ぎ止めて、繋ぎ止め続けて、なにか一つでも、変わらないものを残すことができるのだろうか。こんな顔を、幼い迷い子のような顔を、させずに済むのだろうか。

    いつだったか、分の悪い賭けだと天城は言った。
    無駄なのだろうか、自分のしていることは。
    無駄だったのだろうか、天城のしてきたことは。
    なんの意味も、なさないのだろうか。

    そんな諦観を、贖罪を、抱いてほしくなかった。
    抱きたくなかった。天城にも、要にも、俺自身も。
    握った手を、両手で包む。
    自分に、天城に、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

    「大丈夫です。大丈夫。無駄ではありません。ファンが離れることはあっても、それは愛さなくなったからではありません。伝わっています。無駄になんかなりません。報われないことはありません。差し出された手が離れることはあっても、裏返されることはありません。もう二度と」

    その言葉に、天城の手がぴくりと跳ねる。
    目を見開いて、俺を見る。

    「……メルメルもしかして今、俺っちのこと慰めてる?」

    気の抜けた声に、目を瞬く。体中の力が、どっと抜けていくのが分かる。
    いや。最初に出る感想がそれか?
    確かに俺も驚いてはいるけれど。HiMERUらしくない。そう思うけれど。だからっておまえは。
    やっぱり似ていない。HiMERUには、要には、ぜんぜん似ていない。まったく、心配しがいのない男だ。
    はあ、とひとつ息を吐いて、手を離す。自然と声がツンとする。不可抗力だ。今のは天城が悪い。

    「いいえ。ただ、天城燐音というアイドルは、そうではないと思いましたので。砂漠の中から砂金を探すなんて、柄ではないでしょう。そんなみみっちい男がリーダーなら、HiMERUは今後の活動を考え直します」
    「みみっち、……え、んはっ、みみっちいって! 何? くくっ、もしかして解釈違いってヤツ?」
    「いえ、そこまでの思い入れはありません」
    「ちぇ〜」

    ご機嫌に緩んでいた口が、今度は唇を尖らせる。忙しない。
    よっこいせ、なんてわざとらしい掛け声で天城が椅子から立ち上がる。HiMERUが来た時と変わらずちゃぷん、と音の鳴る缶を持ち上げて、一気に煽った。

    「一気飲みは感心しませんが」
    「俺っち今すぐ寝たい気分なの。今寝たらなァんかいい気分で寝れそうだし。メルメルの愛に抱きしめられて寝るゥ」
    「おや、酔いが回ったようですね」
    「愛に満たされたンだよ」
    「そうですか。店員の方が天城のファンだったのですか?」
    「かわいくねェ〜」

    かわいくないのはそっちだろう。ムッとする。
    そんなHiMERUに天城がまた、きゃははと笑った。
    本当にかわいくないなこの男。

    ンじゃおやすみィ!
    そんなふうに声も軽やかに天城がふらりと手を振ってみせる。そのまま足を踏み出そうとして、ピタと立ち止まった。
    振り返った天城はめずらしく、下手くそな笑顔をしていた。

    「なァメルメル、今度それ貸して」
    「はい?」
    「そのペン。使ってみたい」

    天城が指を差した先には、先程までHiMERUがファンレターの返事を書いていて、今は机の上に置かれたままのペンがあった。
    なるほど、と心の中で一つ頷く。

    「いいでしょう。HiMERUが厳選したペンです。書き心地は保証します。ですがHiMERUも気に入っているので、決してなくさないでください」
    「きゃはは! はァい、気をつけまァす」

    そういつも通りに笑って、今度こそ天城は共有ルームを去っていく。その背が見えなくなるまで見送って、スマホを手に取る。何度も使ってきたとあるブランドのサイトを開いた。


    まあ最初の一本くらいなら、HiMERUから贈ってやってもいいだろう。どうせあの男は、なくすなと言ってもなくすのだから。それなら最初から渡してやったほうが面倒が少なくて済む。
    なんて誰に対してだか解らない言い訳を連ねる。

    誠に遺憾ではあるが、それくらいしてやってもいいと思える程度には、さっきの笑顔は少しだけ、愛らしかったのだ。

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    DOODLE一燐ドロライお題提示アカウントさんから、「みかん」お借りしました。
    夢くらい超えてやる「ファーストキスはレモンの味だと聞いていたんだ」

    突然の宣言に、手を止める。
    そんな俺に、一彩はもう一度繰り返した。

    「ファーストキスはレモンの味だと聞いていたんだ」
    「いや、聞こえてっけど」

    俺の返事に、弟は真面目な顔をして大きく頷く。いや、「ウム」じゃなくて。
    おまえいまお兄ちゃんとキスしたって理解してる? それ、お兄ちゃんにとってもファーストキスなンだけど。



    弟とキスをした。恋人として初めて。
    夕食後、風呂上がり。弟は食事のあとに「キスがしたい」と申し出た。俺もこの手の話題に精通はしていないが、なんとなく特殊な状況だとはわかる。念のため、キスだけでいいのかと訊ねたら、キスがしたいと返ってきた。それならばと思ったところで更に、風呂に入ってからにしたいと言い出した。歯磨きじゃなくて。やっぱりおまえはセックスがしたいんじゃないのか。それともおまえの言うキスにはセックスまで含まれるのか。言葉は尽きなかったがそのすべてを飲み込んだ。残念ながら、そんな器用な搦め手を使えるような弟じゃない。それは誰よりもよく知っている。たぶん。
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