ラッセとリィレ”こんな男”
ラッセが吐き捨てた言葉がゼルダの全身にじわりと沁み込んでくる。
お互い数々の苦難と多くの代償の果てに辿り着いた最愛の人。
でも今は、「そんな風に言わないでください!」とは声が出ない。
数分前の、まるで野生の獣の様な気配と眼差し、しかし同時に彼の唇や指の感触と自分の喘ぎ声がフラッシュバックして頭の中がぐちゃぐちゃになる。
「…そ、そんな…彼は」
かすれた声でやっとそこまで絞り出した時
「そんな風に言わないでよ、ラッセ」
甘い抑揚をつけて、演劇の台詞のように流暢に続けたのは、先程リンクに言い寄っていた女性、リィレだった。
リィレは茫然自失のリンクの横に並び立ち、先程より強く腕を絡ませ自分の身体にぐっと密着させた。
リィレの豊かな胸が自分の腕に押し当てられ、普段のリンクなら一瞬で赤面しバク宙でもして距離を取ろうとするようなシチュエーションだが、今は心ここにあらずで虚ろな目のまま動かなかった。
「リンクさんはとっても優しくて、紳士的で、素敵な方よ?」
その声にゼルダがビクッと震えた。
そんなことは、もちろん知っている。ここで二人で暮らしていけばいくほど、リンクがどんなに自分のことを大切にしてくれているか、感じない日は無い。
でも、この女性の口からリンクの話は聞きたくない、と生理的に拒絶している。
「さっきだって、私が胸が苦しくてうずくまっていたら通りかかったリンクさんが優しくさすってくれたのよ?」
リィレは掴んでいたリンクの手を自分の胸元にあてがった。
「こんな風に」
「…!」
目の前でリィレの胸の上に手を置くリンクの姿に、ゼルダは口元を押さえ目を丸くした。
「まったく、相変わらずだな。リィレは」
少しも驚いた様子も無く、ラッセが言う。
「胸が苦しいっていうのも、どうせそいつの気を引くための仮病だろ?」
「…どうかしらね?
でも、そんなことは関係ないわ。私のことを心配してくれたリンクさんの心遣いには変わりは無いし、私はそれが嬉しかった。本当に、嬉しかった」
リンクの髪の毛から足先まで、愛おしそうに見つめながらリィレが答える。
「それに、ゼルダ…さん、でしたっけ?貴女の方から誘った…そんなことだってあるんじゃない?」
リィレの鋭い視線がゼルダの宝石の様な両の瞳を貫いた。
「村の人は『美男美女で仲が良くてお似合い』なんて言っているけど、私はそうは思わない。話によると家事や料理をしてるのはほとんどリンクさんみたいだし?貴女はいつも丘の上の変な建物に行って帰ってこない。送り迎えに荷物持ち、まるでわがままなお姫さまとその従者だわ」
連続して放たれる矢のようなリィレの言葉に、ゼルダの口が小刻みに動く。が、遮るように
「リンクさんが、可哀そう」
その一言で、自然とゼルダの目から一筋涙が零れ落ちた。
「いい加減にしろ。この状況、どう見たってそいつがゼルダさんを襲ったに決まってるだろ」
ラッセは渡すものかと言わんばかりに強くゼルダの肩を抱き寄せ、声を荒げた。
「そのきっかけは何だったか、ってことよ。
二人を初めて見た時から、何だか訳ありなのは分かってた。
自由気ままに過ごしている貴女の隣で、我慢して、悩んで、息苦しい中でも一人頑張っていたとしたら?それがどんなにストレスか、ラッセ、分かるかしら?
私となら、リンクさんはもっと気楽に過ごせる。
私なら、リンクさんの心も身体も、もっと満たしてあげられる!」
叫びにも近い声の中、リィレは服の上ではなく、開いた胸元からリンクの手を滑らせ直接自分の胸に押し当てた。
「私は、リンクさんを愛している」
リンクは直に感じるリィレの胸の感触と温かさで、ゼルダは自分がいつも言葉にしたいと思っているのに何故か躊躇してしまうストレートな一言で、我に返った。
「…ゼルダ」
「…リンク」