ラッセとリィレ、その後リンクとゼルダの細やかながら心温まる結婚式が執り行われている今日、舞い散る花びらと盛り上がる村人たちの輪を、ラッセは少し離れた場所から眺めていた。
輪の中心にいる二人の姿が徐々に近づいていって、ラッセがハイラルの大空を飛ぶシマオタカに視線を移した時、ワッと歓声が上がった。
時は、「あの時」の少し後に遡る―
陽が傾きはじめ、ハイラルでも有数な夕焼けの風景が広がるハテノ村。
茜色の光が、無言でのろのろ歩く二人の横顔を照らしていた。
いや、正確には歩みが遅いのは俯いたままのリィレで、隣のラッセは普通に歩いている。距離が開くと歩みを止めたり、わざと遅く歩いたりで、つかず離れずを保っている。
村のメインストリート(と言ってもわずかな商店や宿が軒を連ねる程度だが)に出るところは少し下り坂になっているのだが、ラッセの数歩後を行くリィレがバランスを崩した。
振り返り、膝をついたままなかなか立ち上がらないリィレをラッセは黙って見下ろしていた。
リィレと初めて会ったのはもうかなり前、双子馬宿で住み込みとして働いていた時だった。
冒険者、と呼ぶには装備も行動も頼りなく、かといって商人でもない。
時々ふらっと現れては同じようにふらっといなくなる不思議な女性で、ただ大胆な服装や人なつっこい言動で行き交う旅人やトレジャーハンターからは人気があるんだよ、と当時のオーナーが教えてくれた。
でもその性格からか色恋沙汰のトラブルも多く、その顛末を見続けていたラッセは、正直彼女が苦手だった。
だからハテノ村に引っ越して荷物整理をしていた時、独り隣の家で暮らすリィレの姿を見かけた時は本当に驚いた。
話好きのおばさんたちによると、素朴を絵に描いたようなこの村では少々”浮いた”存在で、最近は村を出たり戻ったりを繰り返しているらしい。真偽不明の噂話が面白可笑しく続きそうだったので早々に立ち去ったから、それ以上は分からない。いくら苦手な人のこととは言えそれ以上話を聞いているのは嫌だった。
「…バカみたい」
遠くから聞こえてくるカラスの声に混ざってリィレのか細い声が重なる。
「…それは僕も同じだ」
密かに想いを寄せていた人が目の前で別の男にキスを、それも長くて、熱くて、気持ちの込もったキスを見せられたのだ。惨めで悔しくて自分の不甲斐なさで気持ちが圧し潰されそうだが、男のメンツという普段なら下らない感情で何とかこうして立っていられる。その意味ではありがたかった。
「らしくないじゃないか。どうせいつもの、ただの遊びだろ?」
リィレは目を閉じて、口元を緩め小さく息を吐く。それはため息と微笑みが混ざった不思議な表情。
「…あの時は、本当に苦しかった。
ナイフで刺されたみたいに痛くて、息が出来なくて…。そしたらリン…あの人が声をかけてくれて。
旅慣れているのか応急処置で心臓マッサージをしてくれたんだけど、すごく楽になったの。ようやく声が出るようになってお礼を言ったら、そしたら急に顔を真っ赤にして『あ、あの、身体に触れてしまって、すみません…』って」
リィレは弱々しく、くすっと吹きだした。
「今さらでしょ?でも、それが何だか可愛くて笑っちゃって。でも本当に、嬉しかった。今までこんな風に心配されたこと、無かったから」
「……」
穏やかなオレンジ色の光の中淡々と続くリィレの声。ラッセは黙って見つめている。
「どうしてもお礼がしたくて『お茶でも』って誘ったんだけど、そしたら『家で待っている人がいますので』って」
リィレが一瞬眉をしかめる。
「あの人がキレイな女の人と暮らしているのは知ってた。で、それ聞いたら、何だか急に腹が立っちゃってね。つい言っちゃったの。
『どうかしら?その人だって本当は待ってなんか無いんじゃない?
もっと一人の時間を楽しみたい。羽を伸ばしていたいとか、思ってるんじゃないかしら?』
そしたら一瞬怖い顔して、一言『…失礼』って、行ってしまった」
そこで、言葉は途切れた。
「…なんで言っちゃったのかな、あんな事」
一呼吸置いて、リィレが立ち上がった。スカートに付いていた落ち葉を軽く叩いて落とす。
「…ラッセ。私、近いうちに村を出るわ。
もう、戻らないかもしれない。そしたら私の家も嫌じゃなければ使っていいわよ」
目の周りを真っ赤に腫らして鼻をすすりながらリィレが言う。
言葉に詰まって、ただ立ち尽くしていたラッセに「…それじゃ」と言い残し、リィレは坂を下りていく。
「その時は」
背中から聞こえたラッセの声に、リィレは足を止めた。
「…送ってやるよ。双子馬宿くらいまでなら」
リィレの目から、さっきとは違った意味の涙が溢れる。
そして振り返って、真っ赤に染まった満面の笑みで答えた。
「ありがと!」
ハテノ村の家々にはちらほら灯りが付き始め、夕食を作る香りが流れてきた。
これからリンクとゼルダがハテノ村でどんな家庭を築いていくのか。
それはまた別のお話。