違反者。「おかしなことを言うよな。そいつは江差輝秋本人じゃないっていうのに」
「ッ、うるせぇ……!!アンタらの管轄のアンドロイドの誤作動でアイツは……!」
「人も機械も誤射ぐらいするだろ、君はそれぐらいわかっていると思っていたが。完璧な存在などこの世のどこにもありはしないぜ?滝臼竜牙」
わかっている。それぐらいは分かっているのだ。この世界では、死んだ人間の人格を保存するためにアンドロイド、いわゆる人工知能を作成及び利用する。ただし、感情の細部や激情など、言葉に表すには大きすぎる自我をプログラミングすることは禁止されており、理由はそれによりアンドロイド並びにAIたちの反乱、錯乱からの暴動を避けるためだった。
作り物でさえ完璧ではないのだから【ミス】は起きるものだと、頭では勿論わかっている。
だがそれでも、彼は自身のこの世で一番大切な親友が、自身の働くアンドロイド/人工知能の元締めの組織の警備アンドロイドの【誤作動】により命を奪われてしまったことが我慢ならず、自身の持ちうる技術を全て注ぎ込んで、外見から中身から感情の細部までを作り、記憶自体は本人の脳からの信号をデータにやりかえ、一体の【江差輝秋】を作り上げてしまった。
「……、おはよ、竜牙……」
「…輝秋…!」
「ヴワァなに、なんだよどうした!?」
いつもなら絶対にすることのない抱擁に慌てながら、江差輝秋を模倣して作られたソレはなんだか嬉しそうに笑っていた。
「怖い夢でも見たの〜?どったのよ〜も〜」
「お前が、お前が居ればいい」
「?な、なんだよ急に大袈裟だな……」
「とにかく、早くこっから出るぞ」
「は、はぁ!?」
説明をする暇もなかった。自分が知る江差輝秋にもう一度命を吹き込むためだけに、彼は法令違反を犯しているのだから、自覚もある以上大人しくしていては、捕まってしまう。
挙句に作り上げた『テルアキ』が目の前でまた、壊(ころさ)れてしまう。
優秀なその組織は早々に違反に気づき、サイレンが響く。
それで、状況把握力が元々優れている輝秋はやっと自身の状況を理解した。
(俺は……もしかして、竜牙が……)
自身の掌を見つめて見ても、生前の記憶となんら変わりない。だが少し指を動かすのに、人とは違う感覚が確かにある。
「……。」
このままでは彼は自分を、作ったせいで捕まってしまうのなら従順に壊されることを受け入れるべきだ。そうすれば彼も厳重注意と謹慎程度で済むはずだ。
誰よりも滝臼竜牙の造り手としての才能と努力を知っているからこそ。
「竜牙、俺を作ったの?」
「相変わらずこういう時だけ聡いのやめろ」
「なぁ、俺が壊されれば竜牙はさ」
「やめろ!頼むから……」
酷く辛そうな顔をしてまるで縋るように手をとって走り出した相棒に言葉は途切れた。
自分が死んだだけで、そんな顔をするとは思わなかったのだ。生前から自分のいい加減さには自分が一番辟易していたから、自分のことなど別に誰も大切には思わないだろうと、思っていたからかもしれない。
「早く逃げんだよ!俺といろ!」
「っ……、わ、わかった」
ぐっと引かれた手が暖かった。
全力で駆け出せば、目の前に現れたのは彼らのトラウマにさえなってしまったであろう警備アンドロイドだった。
即座にホログラムPCを起動し、目の前の警備アンドロイドのプログラムを壊す竜牙に対し、テルアキはそれを制し左手から高圧電流を放ち警備アンドロイドをつかみあげる。
対した筋力は、もち合わせていないがこの程度であればどうってことは無い。
「龍牙!早く!」
「あぁ」
今度は相棒の腕を引いて、裏口から外へ出ようとした時だった。
「何処までお出かけかな?」
「あまり遠くに行かれては困るんでな……。殺されたくなかったらその作り物を処分しろ」
「ふざけんなよ!!【また】殺せって言うのかよ」
「おかしなことを言うよな。そいつは江差輝秋本人じゃないっていうのに」
「ッ、うるせぇ……!!アンタらの管轄のアンドロイドの誤作動でアイツは……!」
「人も機械も誤射ぐらいするだろ、君はそれぐらいわかっていると思っていたが。完璧な存在などこの世のどこにもありはしないぜ?滝臼竜牙」
目の前に現れた人物は、この機関の警察としてのトップクラスに君臨する名コンビだった。眼帯をつけた大男、ロディ=ウィルコックス。サングラスをつけた陽気そうな男、デューイ=カスケン。
彼らに目をつけられて逃げ切れた違反者は、居ないと噂がある。それはもちろんテルアキさえも知っていた。
ただ滝臼竜牙だけが、真っ直ぐに二人を睨み付けて口を開いた。
「あんたら、ジンって名前のアンドロイドとジョンって違反者を取り逃し続けてる癖に偉そうにしてんじゃねぇよ」
「……、これだから腕のいいエンジニアは嫌いなんだ」
慈悲をかける必要は消えた。とロディが引き金を引こうとしたその瞬間竜牙は口角をあげ、アドレナリンに犯された表情で手元の何かを、押した。
ブツンッという耳につく、電源を落としたような音と発砲音はほぼ同時だった。
閃光が走り、ロディとデューイがやっと目を開いた時、そこはまるでもぬけの殻だった。
ただ1つ残されたのは、血痕だ。
致死ほどの量ではないが、ほうっておけばいずれ死ぬであろうと思われるほどの血液だけが残されている。
完全にアンドロイドへなってしまったテルアキに血液が存在する訳もなく、だがたかが1発の拳銃だけではあの一瞬でここまでの出血量にはなるまいと2人は顔を見合わせる。
「厄介だな。ジンとジョンさんに関しては厳重に記録にロックをかけてあったはずだがな」
「あー……あの坊やのがエンジニアの腕が上手だったってことかな」
「チッ、すぐに再発防止用のプログラムを。それからおそらくは、本来はアンドロイドが使用するはずの移動装置を使ったんだろう。生身の人間が使うには、重症は避けられない。そもそも人間用じゃねぇからな」
残された血液を人差し指ですくいあげ、ロディは嫌な笑い方をした。
滝臼竜牙が所持していたのは、告げた通りアンドロイドが使用する移動装置でしかなく人間用ではない。だがその装置自体は行先設定が本来であればなされているものだ。その設定もせずに使用したのであればどこに飛ぶのかわかったものでは無い。現に実験をした結果、行先の設定をせずに飛ばしたアンドロイドは帰ってきてはない。
だが確かに過去に一度だけ今と全く同じ方法でこの組織から抜け出した違反者がいる。彼らが取り逃した唯一の違反バディだ。
製造番号:10010
製造者:ジョン=フィール
同じように大量の血痕を残して消えたゆえに生死がわからず、捜索しても姿さえ確認出来なかったために死んだものだと思っていたが、もしも生きていたならばちょうどいい。
あのお人好しは必ずあの二人を保護することだろう。まとめて捉えて見せる。と内心で嘲笑った。
「……どこに飛ぶかもわからねぇ、自分は挙句死ぬかもしれねぇってのに随分武の悪い賭けをしたもんだなァ」
「今、プログラムの再興は伝えたけど、どうする?探させるか?」
「あぁ、捜索用アンドロイドにあの二人の情報埋めておけ」
「りょーかいヨ、相棒」
「絶対に捕まえてやるさ」
(違反者を野放しにしてやるほど、優しくはない)