脱走者。 何処か知らぬ人も住めなくなった外の世界で、命懸けで逃げ延びた主人公は倒れていた。
「りゅーが!おい、りゅーが!しっかりしろって!なぁ!頼むよ!くっそ……俺を機械にすんなら筋力ぐらいもうちょっと増やしとけっつーの……っ」
機械ゆえに意識も外装も無事であったテルアキが竜牙を抱え、廃れ誰も住んではいない一つの空き家になんとか転がり込み、状態を確認する。あれだけ出血しているはずにもかかわらず、相棒の外傷はかすり傷程度しかなさそうに見える。だが彼は目を覚ます様子もなく、ぐったりとしたままだ。
「っ、どうしたらいーんだよ……!!」
死んだはずの自分を勝手に機械として生かしておいて、自分は逃げ出すだけ逃げて死んでしまうなど冗談じゃない。メンテナンスには高度で緻密なエンジニアの技術が必要不可欠でもあるし、第一自分にももう家族という家族はいないのだ。だからこそテルアキはこの手を離さず外へと出たのだから。死なれては自身の精神的にも肉体的にも多大なダメージだけが蓄積するということは考えずともわかる。どうしたものかと周囲を確認してみても、大半の人間、それもエンジニアなどという職種につく人間は滝臼竜牙のように、あの人工都市へと居住と職場をとっくに移している。
(ほんとにどうすんだよ、勘弁してくれよ……)
思いの外涙腺の脆かったらしいテルアキは、今にも泣きたい気分だった。だが自分が機械で再構築されているのを知っている。涙が出るわけはないと思っていたが、何故か視界が徐々に歪み一筋水分が頬をなで落ちる。
あぁ、これが天才の相棒が作った禁忌された感情(プログラム)か。と実感をし、余計に涙が溢れるばかりだった。
「なんでオレを助けるためにそんなんすんだよ……!オレが同じことしたら怒るくせに……!」
いまだに起きる気配のない相棒に縋っていた時だった。誰もいないはずのこの古い空き家の扉が開く音がしてテルアキは思わず身を固くし滝臼竜牙を背後に隠した。
「……あ、やっぱり」
そこには自分たちと同じように人格保存機関の制服を着た、眼帯の男が人の良さそうな笑顔で立っていた。
「オレたちを捕まえにきたの?」
「……。」
テルアキの警戒体制を見て眼帯の彼は、苦笑をしていた。敵意は感じられないとほんの少し安心をし再度眼帯の男をマジマジと見つめて気がついたことがあった。
あの機関にこんな顔をした目立つ男は居た記憶がない。
少なくともテルアキの、【江差輝明】の記憶にはなかったのだ。
「驚かしてすまない。僕は、うーんそうだな……君たちと同じで違反をして逃亡している者だよ」
「……オレ達と、一緒……?」
「あぁ。僕はジョン=フィール。普段はバレないように日比谷栞と名乗っているんだけどね。ジョンでも栞でも構わないよ」
「あ……」
名前を聞いて、そういえば竜牙がその名を口にしていたことを思い出した。彼は、あの連中が取り逃がしたとされる逃亡者だ。
ジョンと名乗った青年の後ろからは、高身長でテルアキや竜牙よりは幾分か年上に見える男性が、ライフルと何か紙袋に入った瓶を片手にやってきていた。
「栞さん、言われた通りのものは揃えてきた。これでいいか?」
「あぁ、ありがとうジン。そうだ帰るついでに彼を運んであげてくれない?」
「……脱走者か?うわ、アンタと同じ手法で逃げてきてんなこいつ」
「ふふ、僕が残したものを見つけての行為だったなら彼はきっと腕利きのエンジニアだよ。あ、ごめんね。この人は僕の相棒のジンだよ。君と同じ元人間のアンドロイドだ」
ジョンがそう言えばジンと呼ばれた、切れ長瞳を持った190はありそうな大男はテルアキを見て「どうも」と一言挨拶をして確認をとる。
「アンタの相棒、抱えても?」
「えっ」
「そのまま放っとくと危ねぇからよ、一旦俺たちの家に連れて帰る。」
言われるがまま彼らについていくことを決めたテルアキが一つうなずいて見せれば、ジョンは優しげに笑って「そうこなくちゃね」とその空き家の壁を押す。ガタリと音を立ててその奥から歯車が回る音が響き出して、やがて回りきったのか、静かになったのを確認して彼はその壁を押した。開いたその奥は巨大な歯車がいくつも並んでおり最新の技術を見てきたテルアキにとっては、随分と古びた作りに見えた。
「……。すげぇ」
「あはは、ありがとう。それじゃあ行こうか」
中へと足を運べば音を立てて壁が閉まっていく。歩いていて気づいたのはどうやらこの道は下っているということだった。ゆっくりと歩いておりながら、前方の二人から足音がしないことに疑問を抱きつつも見失わぬようについていく。薄暗い通路を照らすのは人工都市ではまずお目にかかることのないランプだ。本物の火が灯され、通路を示すように飾られたランプを辿って歩けば急に前方の景色が開けた。賑やかな声と、沢山の店が並ぶ市場のような場所。地下街とでも言えばいいのだろうか。
「わ、ぁ……!竜牙!すげぇよここ!」
「はは、元気なのはいいがそのリュウガくんは重症だからな、後で起きたら見て周りな」
「あっやべっ」
人間の食料や野菜に生肉、それから生活必需品。そしてアンドロイド達専用の部品やバッテリー、花やガラス細工などの装飾品から服などの衣料品、様々な店が並び蝋燭の街灯がついている地下街に思わず興奮を隠しきれず相棒を呼んでしまったが、肝心の相棒はそういえば死にかけているのだったとジンの言葉で目を覚ます。クスクスと笑っているジョンに思わず恥ずかしさを堪えながらも、道を外れ歩いていく二人について行った。
やがて二人は、同じような扉が並ぶ通路へ入りその中でも一際古そうな木製の扉を開け、入っていく。その中はデータでみたような古い人間の暮らしを再現したような空間であった。踏めば木の軋む音がする温かな空間と赤い色の古めだが高級そうなソファー。それからここにもランプがある。
ジョンはそれに火を灯して、ジンはソファーへと竜牙を下ろし、荷物をジョンへ手渡した。
「ありがとうジン」
「これぐらいどうってことねぇよ」
それからジンは持っていたライフルをソファーの向かいに置かれたこれまた古そうで高そうな机に立てかけ、その足でキッチンへと向かう。
「おい、そこのアンドロイドくんはコーヒーは」
「えっあ、お、俺は別に」
「あ?俺たちは人間そっくりに人体構造から作られてるから飲み食いしても問題はねぇが?」
「アッハイ……じゃあえっと、いただきます」
「あいよ」
お湯を沸かしながら換気扇をつけその下でタバコを吸い出すその様はどう見ても人間そのもので見分けがつかない。おそらくは自分も他人からはそう見えているのだろう。
なんだか落ち着かない。妙にそわそわして待っていれば注がれたばかりのいい香りのするコーヒーが目の前に出されてきた。
自分の中にある自分とは違うほんの僅かな間隔を痛感していたテルアキにとってこの淹れられたばかりのコーヒーの香りだけは生前と同じもののように思え少なからず、今まで張っていた緊張を解す材料にはなったのだ。ゆっくりとソレを口へ運び、生を噛みしめるように嚥下する。普段飲みはしなかった無糖のコーヒーが作り物の喉を通り胃であるはずの部分へと流れ落ちていく熱を感じながら少し顔をしかめれば、軽く笑いながらジョンがシュガーポットとミルクを差し出してくる。
「苦かったね。ごめんね」
「!あ、いや、すんません……。」
角砂糖を一つとミルクを少しばかり淹れてかき混ぜてから再度口に運び飲み、自分好みの味になったことにうんうんと頷いてみる。
「ふふふ、君は全部顔に出るんだね」
「まぁいいことだと思うがな」
おそらくは自分よりもずっと大人、親ぐらいの年齢であろう二人に笑われてしまい多少の気恥ずかしさが急にテルアキを襲った。二人の空気と安心したことによって気が緩んでしまったのだろうと自身のことを少し思案する。その間にジョンは竜牙の手当に行動を移していた。ジンの持ってきていた紙袋の中からいくつかの瓶を取り出しそれを調合するように合わせて、竜牙の身体に薄く塗っていく。甘くしたコーヒーを飲みながらテルアキもそれを眺めていた。
「心配しなくても大丈夫だ。」
「う、うっす……」
その塗り薬をつけてから数時間が経った頃、竜牙は不意に目を覚ましだるそうにしながらゆっくりと上体を起こしていた。
「竜牙ーー!」
「うわ!うっせぇ!いってぇ!馬鹿!飛びつくんじゃねぇよ!」
まるで弟が兄を慕うように飛びついたテルアキに文句を言いながらも竜牙は楽しそうに笑っていた。
「心配したんだからな!?」
「あーするしかなかったんだよ、結果オーライだろ」
「はぁ??」
圧のこもった声にテルアキの感情の全てが乗っていた。言ってしまうなら表情さえもギャグマンガなみのキレ顔というものになっておりその温度差に竜牙はたじろいだ。
とは言え、彼がこうやって表情をコロコロと変えるようにしたのも竜牙自身だった。生前の江差輝秋は、どちらかというと常に笑っている方が多く何を考えているのか読み取りづらかった。輝秋が、幼少期から両親により虐待をうけていたからか、彼はあまり自身の胸の内を話したがらなかったのだ。
だからこそ竜牙は、テルアキを作る際に自身の手でプログラムをした。輝秋であった彼が心から笑って泣いて怒ることができるように。ただしそれがどんな感情に連なって作動するかまでは分からなかった。まさか、自分がその表情を引き出す要因になっていたとは思いもしなかった。
「わ、悪かった。説明してる暇もなかったからよ」
「悪かったで済んだら俺たちはお尋ね者にはなってねぇし!」
「だーかーら!それはどっちかって言うと悪いのはぜってー向こうだべ!」
繰り広げるように次から次へと苦情の嵐を吐き出すテルアキに負けじと応戦しながらもどこか二人は楽しそうに騒ぎ続けていた。……赤の他人の家で。
「ところでお話してもいいかい?」
「「あっ」」
すっかり忘れていた。そうだ、今からは真面目に聞かなければ。脱走者の先輩コンビの話を。僕らのこれからの話を。