責任者。 ガチャガチャと音を立てながらデューイ・カスケンは今日もアンドロイドを作るために必要なパーツのそろっている膨大な倉庫内を駆けずり回っていた。この倉庫の片付けをしなければならないのだが本来であれば先日逃げて行ったあのエンジニア、滝臼竜牙に任せる予定だったのになと少しばかり自嘲めいた笑みをうかべ黙々と片付けを始めた。
数多の血管に見立てた配線や爪部分のパーツに、人間の皮膚を模して作られた機体の表面を覆うための布に髪の毛の代わりになる繊維。そのどれもが彼にとっては宝の山に見えた。
人格保存機関、副取締役デューイ・カスケン。実際はこの機関の現在のトップであるのだがそれは誰も知ることのない内情だ。ただ一人デューイ・カスケンのみがわかっていればそれで構わない。
「……参ったな」
彼が奥の方に雑多に詰まれた箱の中から探し当てたのは金のような緑のような色の繊維と明るい青緑の眼球のパーツだった。それを懐かしむように撫でて箱へと再度しまう。絶対に相棒であるロディ・ウィルコックスにだけはバレてはいけない。
本来はロディ・ウィルコックスという人間は17歳で死んでいたことなど。
デューイ・カスケン、その人物はこの組織の現在の実際の代表取締役、そして感情という禁忌にされたプログラムを一番最初に作った天才的エンジニエアだった。共に進んでいた相棒と休日に遊びにいった先で、生きた人間が起こしたテロに運悪く巻き込まれデューイ・カスケンただ一人が生き延びてしまった。だからこそデューイ・カスケンはその禁忌に手を染め、相棒を完璧なるままに『ロディ・ウィルコックス』という名をもつアンドロイドへと作り替えた。
そう、このプログラムを構築したのも自分で在れば、このプログラムを禁忌とする法律を作ったのも、自分である。元々アンドロイドを作る技術は既に出来ていた。この人格保存機関もそうだ。昔からあるにはあったが、ここで製造されてきた死人の代替品たちには最低限の喜怒哀楽の感情しかプログラムができない状態だった。それは単純にその感情の機微をコードに書き出しインプットするという文字にすれば簡単そうなことが当時のエンジニア達の技術では到底再現不能であったせいだ。そこで初めてデューイ・カスケンが相棒を作り替え、感情の細部まで全てを再現してみせた。一時はそれが認められその技術が買われ感情の豊かな、まるで本人そのもののようなアンドロイドが出回った。
だが、すぐにそれの弊害は現れることになる。感情的になったアンドロイドたちに生身の人間が殺されたと相次いで人格保存機関へ連絡が入ったのだ。
その惨状を確認してみれば、どうやら生前同様に喧嘩をしただけだとアンドロイド達は言うばかりだったが、機械で出来た身体は当然生前よりも強くできており、少し力加減を間違えただけで確かに人間一人ぐらい潰せる個体もいたのだ。
その一件以降、感情という名のプログラムの管理を請け負っていたデューイ・カスケンはそれを禁止とすることを決定づけた。自身の相棒が暴走することがないように最新で細心の注意を払いながら、彼には「自分は生身の人間である」という認識を更にプログラムして、自分よりも人の上に立つことに向いている相棒に表舞台を預けて自分は裏でロディのメンテナンスから感情のデバッグ作業などを人にバレぬようにし続けてきた。そうしている一方で感情のプログラムを禁止したことにより確かにアンドロイドたちが大事な人を傷つけることも、殺してしまうことも減ったのだ。人間味が減ったというどうにもならない虚しさだけを残したまま。
「……。今更バレたらうるさそうだからなぁ」
予備パーツである綺麗な青緑色の眼球を無機質な人工灯に透かしてその昔を思い出す。
あぁもう二度とあんな思いはしたくないものだ。と。
親しい人間を亡くして、狂ってしまう人間も山ほど見た。自分もその一人だった。
ふと先日逃げ出していった滝臼竜牙を思い出し、軽く笑う。
何も知らぬようにプログラムしたロディは、彼らを違反者と見なしきっと捕まえるまで追いかけまわす事だろう。だが、デューイはあの二人の行動が痛いほどに理解できるのだ。だからこそ切に願ってしまう。自身が最初に作り出したそのプログラムを使って『本物同然』の機体を作り、自身が代替品であることも理解しているようだったあの二人組が逃げ切れることを。
「つまりその感情の細部のプログラムを最初に作った人がデューイさんってことですか!?」
一方その頃、目が覚めてジンとジョンから今後の話をしようと言われていた主人公組は先輩達から聞かされた事実に目を丸くしていた。
「あぁ、そうなんだ。デューイくんは20年前かな、それぐらい昔にあったテロに巻き込まれて家族も亡くしてるんじゃなかったかな。だからこそ人格保存機関の亡くなった人を機械として生かすっていう方針に惹かれてたんだと思うけども」
「はー、苦労してるんだなぁ」
「……。でもそれを禁止したのもあの人って、データに書いてあった気が……。」
脱走をする前に見たデータでは確かにその法を作った人間の名前にデューイ・カスケンと書かれていたはずだと滝臼竜牙は口元に手を添えて真剣に考え込む。その動作を見て、面白がってテルアキも同じようなポーズをとってはいるが、どうやら思考回路はフリーズさせているのか絶対にわかっていなさそうな雰囲気を漂わせている。
「ふふ、そうだね。彼はきっとそのプログラムを使っているアンドロイドたちのことは嫌いじゃないんだと思うよ。だからうまくロディ・ウィルコックスを転がしてくれているから俺達はここで自由に暮らせている、と思った方がいいかもしれないね」
「あぁ。バレて本気で制圧にでも来られたら流石に勝てる気はしねぇからな」
「本当にね。生かされているようなものだよ。」
だからね、とジンの淹れたコーヒーをのみながらジョンは少しばかり思案をしてテルアキと竜牙を見つめて口を開く。
「君たちにデューイ・カスケンというエンジニアを表舞台に引きずりだしてきてほしい」
「エッ?」
「は?」
「彼がたった一言、『感情の制限を外す』と言えば僕らは何にも怯えなくて済むからね。それに人格保存機関は全面的に感情法を決定づけて違反してしまった者を悪として排除する姿勢だ。それだけ大きなところと戦おうとするなら、より強力な協力者がいたほうがいいに決まっているしね。デューイくんはあの組織の中で一番に話が通じる相手なはずだから」
確かに話を聴いている限り彼は限りなくこちら側の人間だろうが。どうしてジョンがデューイのその情報の詳細を知っているのだろうかと竜牙は少なからず怪訝な目をジョンヘと向ける。その目に気づいたらしい当人は苦笑をしたあとで
「僕はデータベースに勝手に入り込んじゃってね。そこで彼らの詳細のデータを見ちゃったのさ」
と申し訳なさそうに告げてくる。本来であれば喋る気はなかったらしいが、どうやらテルアキと竜牙ならデューイをこちらへ引き入れるのに役立ちそうだと思って話をしたらしい。
「そ、そういうことなら。うまくやれる気はしないんすけど……。なぁ竜牙」
「お前はまだいいよ喋るのは得意だろ。俺は喋るの全然ダメだからな」
「竜牙はホラ、圧っていうか、口が悪ぃからよ……。」
「うるせぇ」
そのあとも少しばかりくだらないやりとりをし、出されたケーキを頬張りすっかり緊張も溶け切った二人はジンに案内されて自分たちに与えられた新居へと向かう。
地下街の一角、一番奥の古びた木製の扉を開ければ若干の埃っぽさはあるが濃い色の木が張り巡らされた床は踏むたびにコツコツと子気味いい音が響く。
小さなキッチンとシャワールーム。それからリビングに寝室。個室はねぇんだなと思案する竜牙の横でテルアキは嬉しそうに新居探検を始めていた。
「うわー!!竜牙ー!見てみ~!このシャワーめちゃくちゃ型式古いレアのやつだよ!ヴィンテージだ!すげーー!」
「呑気だなお前よ…………。」
「へへ!褒められてんな!」
「褒めてねぇのよ」
「必要最低限の家具家電は置いてあるけど食料だのなんだのは自分たちで外に探しに行ったり店で買ったりしてくれ。金は手持ちがあるならいいだろうが無けりゃそれも外で探して来い。たまに空き家に金庫ごと置いて行ってるバカもいるからまぁちょっと歩けば見つかるだろ」
「うへぇ、シビア」
やる気があるのかないのか微妙な説明をしてジンは一つのアンティーク調の鍵を竜牙に渡し、部屋を出ていく。どうやらこれがこの家という区切りの空間の鍵らしい。
随分と洒落た鍵だなと軽く蝋燭の灯に照らして見たところで、だるそうに竜牙は周囲を見回して告げる。
「……先に大掃除するべ」
「そうね……」
どれだけの期間人がいなかったのかは知らないがこの空間は確かに埃っぽくていただけない。換気扇を回し空気を循環させながら男二人、まずは新居の大掃除から始まるのだ。