技術者。 四話 技術者。
埃にまみれながら彼らはこれからの生活においての稼ぎの話をしていた。やはりいくらこの場所が逸れものの集まるところだと言えども、街として機能しているならばジンの言っていた通りそれなりに資金は必要になるのだ。
「つってもよぉ〜俺たちマジで身一つで来ちゃったし、何をするにも金なんてねぇよなぁ」
マスクをつけ、お気に入りのサングラスをしっかり装備し、白くなってしまったテーブルをざーっと拭きながらテルアキは竜牙に相談をする。一方で竜牙もマスクをつけ戸棚を隅から隅まで綺麗に拭いていた。やはり凄腕のエンジニアだからか埃ひとつ許さないと言わんばかりに真剣そのものだった。
「……。」
「竜牙〜?おい、俺の話きーいーて!」
「あ?今忙しいんだよ、見て分かれや」
「分かるけど!この潔癖が!」
「あぁ?精密機械にゃ埃は大敵なんだっつーの!オメーもだかんな!」
「うるせー!」
ワイワイと始まった口喧嘩はいつも通りのもので、輝秋の方が早くに口を閉ざすかおちゃらけて話が終わっていたのだ。今回もその通り途中で飽きたのかテルアキがふざけたことを言い出せば、一瞬目を丸くした後で竜牙は軽く鼻で笑い再度掃除に戻る。
「竜牙さぁ、機械になったところで変わんねぇなぁとか思ってんだろ」
「思ってねぇよ。生きてんだからいいだろそれでよ」
「……。ん〜」
竜牙の声に曖昧な返事をしながらもテルアキは大昔の掃除道具を手に取り床にそれを何度も滑らせる。シャッシャッという音と共に埃が隅に集められいてき、板の床が本来の色に近づいて見えてきた。それを見たあとで洗面所からバケツに水を汲んで持ってきてボロ布を水に浸す。やはり人間としての感覚とは少し違ってこの人間の皮膚を模して作られた布はまるでゴム手袋でもつけて水に触れているかのような、本当に僅かな違和感を放つ。それが何度目かの自身が人間としては死んでいるという事実を知らしめる。
(そりゃ機械だから水はダメか。……まぁ泳ぐのも好きじゃないし風呂もそんなに長時間入るわけじゃないから、いいか。)
そう思案する傍らで、彼は今のテルアキとしての自身についての正解の見えぬ問題を抱えていた。それはアンドロイドとしてのテルアキとして振る舞うべきなのか、江差輝秋として振る舞うべきか。いや、果たして今の自分は江差輝秋という人物を名乗る資格があるだろうか。もちろんこの機体としての名称はテルアキだと決まっているし製造番号も自身の骨盤のあたりに記載されているのを確認したのだが。どうにも相棒である滝臼竜牙はテルアキのことを輝秋として接している気がした。
(いやそりゃ、輝秋が死んだからそのまんまの俺を作ったんだからアイツからしたら俺は輝秋だろうけど、あー……埒があかねぇ問題な気がしてきた)
自身のことをテルアキとして認識するか輝秋として認識するかで迷いながら、ひたすらに雑巾掛けをしていれば不意に目の前に竜牙の脚が現れる。
「邪魔なんですけ、ど〜……、何その顔!」
顔をあげてみれば、いささか不機嫌そうな顔をした竜牙が腕組みをして自分を見下ろしているから思わず声に出てしまう。そんなテルアキを見て竜牙は更に眉間に皺を寄せながら詰め寄った。
「オメーまーたくだらねぇこと考えてんな?」
「げっ、ソンナコトナイヨー」
「わかりやすい嘘つくなや、下手くそだべ」
「……。今の俺って機械のテルアキだけど、俺が江差輝秋って名乗っていいもんかなって」
わかりやすく至ってシンプルに、そのアンドロイドは自分を作った技術者に疑問をぶつけた。自分一人の思考回路という名前の検索エンジンには答えが載っていなかったからだ。
「あ?簡単なこと言うなや。お前は江差輝秋本人じゃなくても本質が同じなんだ。いいに決まってるべ。江差輝秋と名乗ってもいいしテルアキでもいい。好きな方でいいのよ。俺はお前が幸せに生きてれば何も言わねぇよ。アイツ……輝秋本人が生きれなかった分を俺と生きてけばいいだろ。そのために作ったんだからよ」
わざわざ言わせんなや。とぶっきらぼうに吐き捨てて竜牙はパッとホログラムパソコンを空間に起動させ、室内の家電とパソコンをリンクさせる。ガタガタと自動で回り出した洗濯機の音、空気清浄機の音。どの家電も脱走祝いに、などと言ってジョンとジンが勝手に置いて行ってくれたものだ。機能自体は最新型のようでテルアキが感動していればこれらを作ったのはジョンだと聞いて更に感動していた。どうやら彼らは家電などを作ったり修復したりして生活費を賄っているらしかった。
「あ、仕事。」
そういえば自分達は何を生業にするのか。その話を確かテルアキに振られていた気がする。と今更思い出した竜牙は休憩がてらにテルアキがさっきまで使っていたホウキを杖のように支えにし、しばし思案する。
(俺ができることなんかアンドロイドのメンテと作成とデータのバグ修繕ぐれぇで……いや?それって結構なニーズあるんじゃねぇか?ここはぐれ者の集まりなんだからボロいアンドロイドだっているんじゃ……)
ハッと思いついたように顔をあげた竜牙はホウキを一度隅にたてかけ、必死に床を拭くテルアキを無視したまま玄関の外へと足をすすめる。
「え?竜牙どこ行くん?ちょ、おい聞けー!」
そんなテルアキの声を背後に聞きながら無慈悲にもドアを閉め、市場の方へと歩き出す。地面には赤煉瓦が敷かれ、データの中でしか見たことのない街並みが現れて思わず感嘆の声を出しそうになるのを堪えながら周囲をこれでもかと観察する。市場にはアンドロイド用の部品が売ってはいるが、そのどれもが古いもののようだった。
(なんだってあんなに古い部品ばっかりなのよ)
不思議に思い、更に観察していればその部品を買いに来たらしい女性のアンドロイドが一体いた。見るからに型式も古そうで、どうやら言語機能がバグを起こしているのか何を話したいのかがイマイチ聞き取れない。聞こえてくるのはノイズ音だけだった。
(やっぱり。)
普通のエンジニアは確かにプロセスさえわかれば、感情という名のプログラムを機体にいれることは可能だが、それによって引き起こされる副作用、所謂バグを修繕できる者はほぼいない。それこそおそらく、デューイ・カスケンぐらいであっただろう。
(やってみるか。回路見りゃワカンだろ。それにあんだけバグってちゃ生活しづらいに決まってる。メンテもボロカスじゃねぇか)
「……おい、アンタ大丈夫か?」
竜牙がその女性のアンドロイドの肩を叩けば、彼女はギギ……っという音をたてて振り返る。
「あ、あああ、ス、ススミマセン」
「謝ることじゃねぇだろ、つかどんだけ悪いんだよアンタ!メンテも雑!バグは放置!おいおい寿命短くなるぞ!」
「で、デデも、ココニハ、たくさん」
「……まじか」
顔をあげれば彼女と同じように、古びたアンドロイドたちが具合悪そうに歩いているのが見える。
「……驚いたかい?」
「!」
横から聞こえた声に振り向けば、ジョンが立っていて困ったように笑っていた。
「僕もね、できる時にメンテナンスだったりしてあげるんだけど、残念ながら内部の回路バグまでは詳しくないんだ。でも、君なら直してあげられるだろ?」
「……うっす。よし、とりあえずアンタからだな。ひとまず俺ん家に行こうぜ、直してやる。」
「ア、アア、アリガ、トウ」
任せたよ。と竜牙の肩を叩いてジョンは別の家の扉へ歩いていく。今から仕事でねと軽く言って手を振っていた。
「ただいま」
「んもー!どーこ行ってたの、よ!だ、だだ誰よその女ァ!」
「うるせっ……黙ってろ急患だ」
「キュウカン⁉︎鳥⁉︎」
「なんでだよ!九官鳥なんかいるか!こんな時代によ!」
突然出ていった相棒が知らぬ女性のアンドロイドを連れて帰ってきたことに動揺しすぎたテルアキは混乱し竜牙に詰め寄るが、当の竜牙はポケットから一つの正方形の小さな箱を取り出し、カチッと端のボタンを押す。するとその箱が大きめの段ボールほどの箱になり、ガチャリと開ければ中には沢山のアンドロイドを作るための部品と工具が詰め込まれている。彼の本来の仕事道具だ。
「じゃあそこ座ってくれ。一旦シャットダウンするから。起きたら直ってるさ」
「ハ、イ」
「ねぇ〜?竜牙〜?待ってよぉ〜俺に説明がまだだよなぁ?」
「お前は賢いからもうわかってるなこれが俺が見つけたここでの俺の仕事よ」
「カーッ浮気よ」
「言ってろ」
プツリと彼女のうなじにある電源を落としてから、竜牙はまず彼女の皮膚がわりの布を剥いでいく。中の基盤を確認しホログラムパソコンに繋ぎ、まずはデバック作業を開始する。こうなった相棒は俺の声を全く聞いちゃくれないのよと不貞腐れながらもテルアキはチラリと壁にかけられた時計を見る。
現在時刻は十五時半。あの女のアンドロイドの修繕は一体何時に終わるやら。
(夜中の三時ね。明日の昼飯かけてもいいよ)
一人で賭け事をしながら、テルアキはその間に自分の得意ごとを処理し始める。
(お、ラッキー。輝秋の服そのまま着せてくれてたのか)
ポケットをまさぐれば、先程竜牙が出したものと同様の小さな箱が出てきた。それを躊躇もなく同じようにボタンを押し拡大し開けばその中には沢山の色とりどりのガラスや宝石と針金などが入っている。
「竜牙、ちょっと目ぇ触っていい?この人の」
「おう」
テルアキは、竜牙が連れてきた彼女の瞼を開く。汚れ切ったその瞳の元の色は深い海のような青色のようだった。それを確認し終われば、こめかみのあたりを軽く押し込む。そうすることで彼女の眼球を担っていたガラス玉が落ちてくる。
「使い込んでんな。……でもなんか見た目年齢多分俺らとあんま変わんなさそうだしな……どうすっかな」
何かに迷いながらも、彼は箱の中から取り出したエアーで眼球の汚れを飛ばし、シートで丁寧にふきあげる。そうすれば見違えるように綺麗になったそれを蝋燭の灯りに透かしてみる。
「ん、いいね。傷はついてねぇや!だったら新しいのはいらねぇな。このまま行こう。思い出も詰まってるだろうし」
「……。デバックは終わった。今から機体の方やっから、手伝えよ」
「あいよー感情イカれてなかった?」
「ギリ。イカれる寸前だった。あぶねぇ」
「うわー」
感情というプログラムは、基本的なものにしろ禁忌になった方にしろ、長年放置され続けるとバグを起こし人間で言うところの鬱状態を付与してしまう。彼女はその寸前だったらしい。
それからは二人がかりだった。人格保存機関で働いていた頃も二人でこうやって誰かのためのアンドロイドを作っていたななんて思い出しながら。
まだ動くパーツはそのままにしておいてエアーで埃を飛ばし、血管に見立てた管から流れるオイルは入れ替えた。そうして飲食物をオイルへ変換する機能の胃袋の代わりの器官を新調し、組み直して綺麗にした眼球をはめ込み、新しい皮膚の代わりの布をはりつけ、綺麗な髪を縫い付けていく。
「髪の縫い付け久しぶりだなー」
「そっちの細かいのはお前の仕事だからよ」
「そうねぇ。竜牙さぁ俺作る時大変だったろ」
「すげぇ大変だったわ。隠れながらプログラム組んで全部一人だぞ。一気にやり通したからよ徹夜で」
「イカれてんな……」
そんな会話をしながらも出来上がった頃には深夜三時を回っていた。脱走からここまでたった一日。流石に脱走初日にする量ではなかったなと二人は彼女の起動は早朝に持ち越しそのまま床で倒れるように眠ることにした。
なんだかいい匂いが鼻を掠めて竜牙とテルアキは目を開ける。自分達はきちんとベッドで寝かされていて、思わず互いのどちらかが運んだのかを確認するが竜牙もテルアキもそんな記憶はなかった。それよりもこの匂いの原因は。心当たりはあるっちゃあるのだが、と二人でソロソロとリビングの方へ行けばテーブルの上にはベーコンと目玉焼きとトーストが並べられており、キッチンからは何かをコップに注ぎ入れる音がする。そしてコップを三つ持って出てきたのは彼らが昨日修繕したアンドロイドで、淡い墨色の髪と海のように深い青色の目を持つ彼女は二人を見た。
「おはよう御座います。メンテナンスしていただいてありがとうございました。」
「「え、あぁ……?」」
「これはお礼ですから、お構いなく。」
どうやらこの朝食は彼女からのお礼らしいと言うことをやっと理解した二人は席につき、口にそれを運ぶ。
「んま〜!」
「ふふ、よかったです」
「悪いな、冷蔵庫なんもなかっただろ。昨日きたばっかりで買い物にいく金もなかったからよ」
「大丈夫ですよ。これぐらい」
「んまいよコレ〜!あ!名前は?」
「私はメアリー。あの市場で食事処をしていました。今は……相棒が他界してしまったのでできてなかったんですけど」
ポツポツと話すその口調はあまりにも寂しそうだった。メアリー曰く、相棒が本来メンテナンスを素人なりに覚えてしてくれていたようだが彼女は数年前に地上へ物資をとりにいったきり帰ってこず、探しにいった先で死んでいたらしい。彼女のことも自分と同じアンドロイドにしてしまうか一瞬迷ったらしいがメアリーにそんな技術は当然なく、諦めたのだと少しばかり寂しそうに彼女は言った。
「……。だったらさぁ!今度から俺たちんとこにメンテナンスされにおいでよ!」
「料金制でよければな」
「ちゃっかりしてんな竜牙……」
可哀想だろ安くしてやれよ〜などと言い合いを始める男二人を見ていたメアリーはおかしそうに吹き出してうなずいた。
「いいえ大丈夫です。直してくださったおかげで食事処も再開できそうですからお支払いします」
「どうも」
「ごめんね〜メアリー!」
「いいえ、こちらこそ。遅くまで直していただいてありがとうございました」
その日以降二人の家の玄関の前には手製の看板が立てられた。
【アンドロイドのデバック、機体のメンテナンス、修繕行います。】