Let's パラレル!やまみつ、重鎌、ウィスマナ、クウライを含みます。
大嘘の京都弁があります。ニュアンスでお願いします。
◇
ふかふかのベッドの上、背中に感じるぬくもり。まどろみから意識が微かに浮上し、花のような甘い香りが鼻孔をくすぐる。シャンプー変えたのかな。そんなことを思いながら大和は寝返りを打つと愛しい恋人を抱き締めた。
「ミツぅ~」
「ひゃあッ!?」
「ひゃあ?」
なんだか随分と可愛らしい反応だこと。日ごろなら、まだ寝ぼけ眼の三月が抱き着き返してくれるか、ぐっすり熟睡モードで無視されるか、暑いだの重いだの言われながら腹に何かしら一発食らうかのいずれかだ。初めてのリアクションに戸惑って、大和は腕の中の恋人を見た。
「ミツ……じゃ、ない?」
「ん…え、ウィスト……?」
腕の中の小さな体が大和を見上げる。元気いっぱい、太陽カラーの髪にオレンジに煌めく瞳。その耳元で花を模した飾りが揺れる。
「じゃ、ない……?」
だれ、とマナが戸惑うように呟いた。
■
「マジで大和さんじゃないの?」
「自分、しつこいなぁ。なんべん言うたら満足しはるの?」
ため息を吐く重を前に、三月はだってよぉとぼやきながら出入口であろう扉にくっ付いたモニターを見た。
「『あなた方はパラレルワールドより集められました、同じ顔の皆さまです』……いや無理あるって、これ。どうせRe:valeの番組だろ? 陸や環なら騙せるかもしれないけど、今さらあんたの演技でどっきりなんて……」
バカにすんなよ、とベッドの上でふんぞり返るように座る三月を重は鬱陶しそうな目で見た。きゃんきゃんと吠えるように騒ぐところは彼がよく知る妖怪と同じだ。ただし、見慣れた獣の耳も、触るとさらに喧しくなる腰の尻尾も、目の前の相手には見当たらない。上手く隠している、という様子もなくて、もっとほかの妖怪が化けていると言われた方がまだ信じられた。
「もしかして自分、芸能人?」
「……アイドルだよ」
「アイドル! そら随分とご立派な仕事をされてはるんやね」
「なんか褒められてる気がしないんだけど」
むっと睨んでくるオレンジの瞳を無視し、重は「ほなアイドルはんはああいう仕事もしはるの?」と画面の切り替わったモニターを指さした。
□
「『どこか一組でもセックスしないと出られない部屋』」
震える声がモニターに映る文字を読み上げる。カチャ、と眼鏡をかけ直すとウィストは「夢だな」と顔を上げた。
「研究で疲れているんだな……つまらない夢だ」
「なー! そこの人間! 名前教えろってば!」
「マナの声によく似た幻聴も聞こえるし、一度ゆっくり休もう」
「おいー!」
「とりあえず寝直して……」
「無視すんなっ!」
瞬間、背中にぴりっとした痛みが走ってウィストは「ぎゃあ」と声を上げた。膝をつくウィストの前に、鎌鼬が自慢の鎌を掲げながら立ち塞がる。
「うわっ、おまえそれ何枚着てんの? 全然斬れなかったじゃん」
「いや…明らかに背中まで到達してるんだが……」
身を守ってくれた分厚いコートを脱げば、中央にぱっくりと裂け目が出来ていた。ウィストの背に薬を塗りつける鎌鼬は「ミミズ腫れじゃん、すぐ治るよ」と呑気に言う。
「この鎌鼬様の鎌を受けてミミズ腫れで済むなんて、ラッキーだぜあんた」
「カマイタチ……」まあ、精霊がいるなら妖怪もいるか。深く考えてはいけない。だってこれは夢なのだから。
「よし、じゃあさっさとヤろうぜ」
「何を?」
服を着直しながらウィストがきょとんと聞き返す。
「何って、性交」
けろりと答える鎌鼬の姿はウィストの愛しい相手に本当に瓜ふたつだった。飛び出た言葉はとんでもないが。
「ハァ!? や、やるわけないだろう!」
「でもセックスって性交のことだろ? それしなきゃ出られないっていってるし」
「あんなの真に受けるんじゃない! そもそもそういうのは大切な相手とするべきで……!」
わーわーと喚く言葉を聞きながら、鎌鼬は終始不思議そうな顔を浮かべていた。性交が大切な相手とするべきこと? なぜ?
「でもオレ、あんたと同じ顔の人間としょっちゅうヤってるよ」
「……は?」
■
「えっ、じゃああんたらも付き合ってんの!?」
「ちゃうちゃう。そないお綺麗な関係やあらへんわ」
ため息を吐いた重が「セフレや、セフレ」と繰り返す。セックスフレンド。性行為だけを楽しむ友人。突如として飛び出た生々しいワードに三月は「あ、へー」と色のない音を出すしか出来なかった。
セフレ。……そっかぁ。
「そちらさんはお付き合いしてはるんやね」
「え、あ、……まあ」
「ふーん。アイドルなのにメンバー同士でなんて、ええご身分で」
「はは、京都弁ってもうちょっとオブラートに包んでくれるんじゃないっけ?」
自嘲気味に笑った三月が「わかってるよ」と呟いた。わかってる。アイドルなのに恋人がいて、しかもそれがメンバーで、男で。裏切りなんてものじゃない。わかってる。けど。
「好きなんだから、仕方ねぇじゃん?」
寂しそうに。けれど、どこか誇らしげに笑ってみせた三月の姿は、重にとっては初めて見る「鎌鼬」のようだった。
――あいつもこんな顔すんのかな。ちらりと浮かんだ世迷い言をすぐに追い出し、「ほんで?」といつもの人を嘲る笑みを浮かべる。
「そーゆーわけでこちらはヤれと言われりゃなんぼでもヤれますけど。どないしはるの、三月はん?」
◇
大きなベッドの端と端。大和とマナはたっぷり三人分ほどの距離を取って腰掛けていた。
――気まずい。ただひたすらに気まずい。どうせタチの悪いどっかのバラエティ(Re:valeの番組とか)だろうと思ってたけど、セックスって何!? アイドルゲスト回でやるか!? やらねーよ! てことはパラレルどうたらもセックスうんぬんもガチってこと!?
ちらり、と目だけを動かして少し離れた位置に座るマナを見る。彼が和泉三月でないことは確かで。それが今目の前で起きていることの何よりの証拠だった。
「あ、あの、このままだと、オレたち出られないって」
「え? ああ、うん、そうだな」
「……大和さん、は別の世界の人なんですよね?」
「へ? ああ、うん、そうそう」
ドキマギと冷や汗を流しながら答える大和とは反対にマナはひどく落ち着いた様子で、「そう……」と小さく俯く。え、この子もしかしてヤる気なの? マジ? 姿形は恋人に瓜ふたつといえど、名前も性格もまるきり違う。浮気に入るか否かのジャッジに頭を悩ませる大和に、マナは「大和さん」と三月と同じようにその名を呼ぶ。
「オレ、会いたい人がいるんです。……滅多に会えなくて、でも、ずっと会いたい人」
パラレルワールド――異なる世界から集められた、同じ顔の自分たち。
「他の部屋に、きっといると思う。別の世界のオレと一緒に」
「マナ、くん?」
「……お願いします、大和さん。オレ、ここから出たい。協力してください」
お願いします、と揺れる耳飾りと一緒にマナが頭を下げた。
□
「ダメだ!」
「なんで!」
「ダメったらダメ!」
「だからなんで!」
ところ変わって、ウィストと鎌鼬の部屋。こちらではもう十分近くもの間、性交を拒むウィストと納得のいかない鎌鼬との攻防が続いていた。
「何故って、もう何度も説明しているだろう」
深いため息を吐きながらウィストがぐしゃぐしゃと頭を掻く。むーっと不満そうな鎌鼬でも正面から見てしまえば絆されそうで、視線はわざとずらしたままだ。
「まず、同じ顔であっても僕は君の言う友人ではないし、同じように君は僕の友人でもない。次に、そもそもこの部屋がどういうものなのか一切わかっていない。あの指示通りに動いて本当に出られる保証はない」
「だからとりあえずヤろうって言ってんじゃん! ヤって開かなきゃ他の方法考えればいーだろ?」
ぴこぴことイタチの耳が動く。鎌鼬の言い分も一理ある。効率を考えるならひとまず指示に従うのが賢い手立てなのかもしれない。だが、何よりもまず。
「……僕らは男同士だろう。どうやってヤると言うんだ」
ぼそ、と小さな声が部屋に響いた。
「なんだそんなこと? 簡単だよ、尻を……」
「ワーーーっ!! いい! いいから!」
説明してやろうとしたのを遮られた鎌鼬は面白くなくて、「人間はめんどくさいなぁ」とぼやきつつその眼光をふっと鋭くさせた。
「でもさ、他の部屋でも同じようなやりとりがされてるんだろ? マナだって他の世界のあんたと部屋を出ようとしてるかもしれないぜ」
「な……」
レンズの向こうの瞳が揺らぐ。……こいつ、賢そうに見えて動転しやすいタイプだ。鎌鼬は大妖怪ではないが、それでも人間よりは遥かに長く生きている妖怪である。顔を青くさせてぼんやりとたたずむウィストを冷静に見つめ、頭の片隅では彼と同じ顔の男のことを考えていた。
重は頭の回るやつだし、オレと同じようにこんなのただの遊びだって思ってる。――他の世界のオレのことも、今頃もう抱いてるかもしれない。
「覚悟決めようぜ、ニンゲン」
固まったまま動かなくなってしまった体にすり寄ると、鎌鼬は短い尻尾でウィストの背をそっと撫ぜた。
■
「いいぜ、ヤろう」
「――えらいあっさりしとるやん」
重の方が圧倒されて一歩引いてしまう。三月の返答はそれほどまでに潔かった。
「ぐだぐだ言ってても時間の無駄じゃん? あのモニターの指示が本当なら確かにパラレルワールドはあって、条件さえクリアすれば部屋から出られる。それだけだろ」
「ええの? オレは特定の相手がおるわけやないけど、そちらさんはちゃうんでしょ」
人を困らせたいのか気遣いたいのか、どっちなんだ。苦笑しながら、三月は「うん、いいよ」と頷いた。きっと本物の大和がいたなら「よくないでしょ!?」とツッコんで来ている。けれど目の前の相手すら驚いたまま何も言わないという事は、彼はやはり大和ではなくて、あのモニターの説明は全て本当ということ。
「大和さん……オレの世界のあんたと同じ顏した人はさ、オレや仲間のためなら自分ひとりが犠牲になってもいいとか思っちゃう人なんだ。最近はまあ、それがいちばんオレやメンバーの嫌がることだって理解して控えるようになったけど」
不器用で、でもとびっきり愛にあふれた人だ。愛しい愛しい、自慢の恋人だ。
「だから、今もどっかの部屋ですげー悩んでると思うんだよね。非常事態とは言えオレ以外のヤツを抱くなんて浮気だとか、でもオレが他のヤツに抱かれるのはイヤだとか。一緒にいる、他の世界のオレ? のことも守ろうとするだろうし……だから、オレはそんな大和さんを一秒でも早く助けたい」
「言うてることが矛盾してるわ。あんたが他の男に抱かれるんは、その大和はんも一番阻止したいこととちゃうの」
「だろうなー! 多分、すっげー泣くと思う」
三月はひひっと悪戯っ子のように笑うが、きっとその程度では済まないこともわかっている。あれでいて独占欲まで強い男なのだから。
「だからオレは、部屋から出たらとびっきり慰めてやんの。あんたがいちばんだよってしつこいくらい教えてやる。……そのために、ここから出るんだよ」
あたたかな瞳で語る三月はこの部屋に来てから最も輝かしい笑みを湛えていて、重はその眩しさに目がくらみそうだった。
「……しょーもな」
「ん? 何?」
なんか言った、と訊ねる三月の体が一瞬ふわりと浮く。そのまま二人が腰かけていたベッドの上へと弾みをつけて着地して、背中からシーツに沈み込んだ。呆気にとられる様子の表情に黒い影が落ちて伸び、重の体が覆いかぶさる。こちらを見上げる瞳には少しの恐怖が見え隠れしていて、それが余計に重を苛立たせた。
――好きな人のことを愛しげに語る三月の姿は、重が幾度とその身を繋げて来た相手が一度も見せたことのない表情で。きっとこの先も、向けられることのない眼差しで。
「っ、重、やめ……っ」
その瞬間、部屋の一辺からガシャンと金属の音が響いた。
◇
ベッドの上、先ほどよりは距離の縮まった二人は――
「じゃあ触るよ? いい? お兄さんちゃんと許可取ったからね?」
「うん、大丈夫」
「よし。じゃあ失礼して……」
「……っ、やっぱムリ!」
「うぐっ」
――その距離をゼロにしようとしてはもう何度も失敗していた。
「やっぱりキスはなしにしよ? キスしなくてもセックスってできるでしょ?」
ね、ね、と強請るマナは先ほどから大和がキスを迫るたびに「ヤダ」「ムリ」「ダメ」と直前で彼を拒んでは、その顔面に枕やらグーパンやらをお見舞いしていた。フレームの曲がりかけた眼鏡をかけ直し、「そりゃできるけど」と大和が身を起こす。できるけど、それってもっと無謀じゃない?
「キスひとつできないんじゃ、先に進むなんてもっと無理でしょ」
「う、」
「マナ……セックスがどういうものかちゃんと知ってるか? しかも男同士。どこ使うかわかってる? ケツだぞ、ケツ」
「わーっ! べ、べつに言わなくてもいいじゃん!」
「いや知らないかと思って……」
「~っ大和さんのすけべ!」
「ウッ」
正直な話、三月と同じ顏・同じ声でありながら、言動は彼よりもやや幼くかわいらしいマナに対して大和もどう接するべきか掴めていなかった。その姿は近頃ではあまり見なくなった「かわいさの自覚のない三月」である。その一挙手一投足がいちいち突き刺さって苦しい。あとなんか脇とか出てるし。
――まずいな……相手から言い出したことだし、何より部屋から出るための行為。感情がなけりゃセーフだと思ってたけど、このままじゃ浮気になっちまう。大人しく部屋が勝手に開くのを待つか? いやでもそれってミツが他の男に抱かれたってことで……あーちょっと考えただけで無理かもさすがに。
うんうんと頭を抱える大和の様子に、マナがぽつりと「ごめんなさい」とこぼした。
「オレ、好きな人となかなか会えなくて……だから、焦ってるみたい」
次にいつ会えるかわからなくて、そもそも、滅多なこととはいえ会えていることが奇跡みたいなもので。余計なことを言ってしまえば、もう自分には会ってくれないもしれない。そう考えて、いつも当たり障りのない話をして終わってしまう。
「バカだよね。また会えても、きっとオレは何も言えないのに」
「マナ……」
物憂げな横顔は、三月の姿では見たことのない表情だった。もしかすると、大和には見せまいとしていただけかもしれないが。
「――出口を探そう」
「え?」
「俺もおまえさんも、好きなヤツに恥ずかしくない姿でここから出る。そんで、おまえさんはちゃんと自分の気持ち伝えろ」
「え、でも……」
「いいから。そんなに悩むほど大事な相手なんだろ? だったら、すぐにでも伝えるべきだよ」
戸惑いの色を浮かべたまま狼狽えるマナに、大和がびしりと言い放つ。それからふっと表情を和らげると、いつもはキツイと揶揄される瞳を穏やかに細めた。
「それとも、マナの大切な相手は告白してきたヤツを無下に扱うような男なのか?」
ハッと目を見開いたマナが慌てて首を横に振る。「じゃ、決まりだな」今度はニッと歯を見せるように笑って、大和は部屋の中を改めて探索し始めた。ベッドしかない部屋では探すところなんてほとんどないが、それでもシーツを捲ったり枕を退かしてみたりと動き回る大和をマナの視線が追いかける。
「大和さんってかっこいいね」
「……その顔でそういうこと言うのは勘弁して」
「え、ごめんなさい! 一生懸命になってくれるの、かっこいいなと思っただけなんだけど……」
「だからやめなさいって」
マナにとっては深い意味もないかもしれないがこちらにはクるのだ、そのワードは。
何がいけないんだろう、とさらにオロオロとしているマナから逃れるように大和は部屋のドアノブへと手を掛けた。
「てか、そもそもほんとに鍵かかって――……開いた」
「えっ!?」
がちゃりと回ったドアノブに、そのまま戸を押せばゆっくりと扉が開く。その向こうには、白い壁の廊下が続いていた。
□
茶色い毛で覆われた耳が小さな金属音を拾ってぴくりと揺れる。
「今の……」
「? 鎌鼬?」
するりとウィストの身から離れ、鎌鼬は扉へと走った。ネイルの施された指先がドアノブを回せば何の障害もなく扉が開く。「開いた!」ウィストも驚いてベッドから立ち上がると、慌てて扉へと駆け寄った。
「てことは……」
「出られる!」
ベッドへと戻り放置したままだったコートを着直すと、ウィストは「行こう、鎌鼬!」と明るい声で言った。その瞳には先ほどまでの影は一切なく、鎌鼬が冗談めかして「さっさと遊んでおけばよかったぜ」などと言う。
「安心したのは君もだろう? ……それに、あのままじゃきっと後悔もしたさ」
「ハァ? どういう意味……あ」
「ん」
「えっ」
部屋から一歩出たその瞬間、鉢合わせた二人組。自分たちによく似た顔の人間がそこにいて、鎌鼬の尻尾が一瞬ぶわりと逆立った。隣の男は、もっと驚いた様子だったが。
「マナ……」
「っ、ウィスト……!」
大きな瞳にぶわりと涙が浮かぶ。駆けだしたのは殆ど同時で、次の瞬間にはウィストとマナは互いの体を抱き締め合っていた。
「マナ、無事でよかった」
「うん、うん…会えて嬉しい、ウィスト……!」
あっという間に二人だけの世界。互いの存在を確かめるように、その背に回した腕の力を強める。
「ふふ、痛いよウィスト」
「あ……すまない」
「ううん。……ね、ウィスト。あとで聞いて欲しいことがあるんだ。部屋から出たら、ウィストに伝えようって決めてたことなんだけど」
聞いてくれる? と熱を込めて見上げてくる瞳に、ウィストは「もちろん」と頷いた。
「全然両想いじゃん」
そんなことだろうと思ったけど。小さくツッコんだ大和も、そんな二人の向こうにさらに別の影を見つけると「ミツ!」と恋人の名を呼ぶ。
「大和さん!」
こちらに気がついた三月がすぐに走り出す。その後ろでは、重がつまらなさそうに欠伸をしていた。
「ったくびびったよ、てっきりどっかのドッキリかと思ったらさ」
「だよな。まぁ、流石にこの状況じゃもう信じるしかないけど……」
自分たちと同じ顏の人間が、きっちり三組。よく見れば皆少しずつ顔つきも違って、その名も服装も関係性も大和と三月とはまるで異なる。 異様な光景に三月は「夢かな」と大和に訊ねたが、返って来たのは「痛覚はばっちり」と現実を示す答えだった。
「もしかして大和さん、ヤった?」
「ってないわ! 何当たり前に聞いてんの!」
「え、だって痛覚とか言うから……」
「誤解だ!」
ったく、とため息をつく大和がおもむろに三月の手を取る。普段は人のいるところでは決してやらないけど、今くらい構わないだろう。指先を絡めてしっかりと恋人繋ぎをすれば、大袈裟な程に拗ねた態度を作って言う。
「俺がミツ一筋なの、知ってるくせに」
「えー? へへっ……うん。知ってるよ」
「あれま、鎌鼬はん。ご機嫌ですなぁ」
「……気色わりぃ」
「誰がや」
ジトっとした視線がぶつかり合う。先に逸らしたのは鎌鼬の方で、そのままスス……と隣へ並んでくる姿をやけに大人しいなぁなどと見下ろした。
「遊んだ? あの人間と」
「なーんも」
「……ふーん」
「そちらさんは」
「何もシてない」
「あ、そう」
「うん」
「……ほなどこの部屋やろね、けったいな指示に従ったんは」
「もういっこのとこじゃないの、普通に考えて」
「こない見せつけてきとるのに?」
ぽこぽことハートが飛んできそうなほどにラブラブな二組に、重がシッシッと追い払うような手つきをする。確かにそうだ、どちらも本来の相手が一番であるのは明白で、例え部屋を出るために不貞行為を行ったとしてそんなにすぐ切り替えられるものだろうか。
「んなこと言っても、じゃあどこの部屋が……」
鎌鼬の言葉を遮るようにバン! と大きな音を立てて開いたのは、六人から少し離れた先。四つ目の扉だった。
「え……」
全員が呆気に取られる中、部屋から二つの影がのんびりと出てくる。
「おお、これが出口か。無事に出られてよかったな、大将!」
「そっすね。てかちゃんと服着てくださいよ、ライデンさん」
「ワハハ、すまない!」
「ったく……なんであんだけヤってピンピンしてんだよ」
廊下を去っていくクウラとライデンを見送り、六人は恐る恐ると彼らが出て来た部屋を覗く。しっかりと乱れたベッドはそのままに、扉のモニターが「脱出成功!」の文字を煌々と映していた。