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    2r8Co

    @2r8Co

    せあです。
    おもに23、まれに45,❄🍑
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    学パロやまみつ③

    大和…3年。美化委員。帰宅部。三月が好き。
    三月…2年。保健委員。家庭科部。弟に甘い。
    壮五…2年進学クラス。生徒会。双葉王子と呼ばれている。
    一織…1年進学クラス。風紀委員。三月の弟。兄が大好き。
    環…1年。やや問題児。

    まっすぐのススメ! 新入生も入学から一ヶ月が経ち、本格的な授業に入り始めた頃。
     三年生の大和はといえば、教師陣が「今年は受験生という自覚を持つように」と口を揃えるのを適当に聞き流して、穏やかな春の気候に脳内の花畑を咲き誇らせていた。

     購買で適当に購入した惣菜パンを齧りながら屋上でひとりぼんやりと空を眺める。
    「……あの雲、ミツに似てんな」
     ぽこぽこと小さな雲が、五線譜の上のオタマジャクシのように上下しながら浮かんでいる。
     当然、三月になど似ていない。
     しかし、恋する男子高校生には空に浮かぶ小さな雲も、アスファルトの隙間から力強く伸びるタンポポも、水道の蛇口の脇で小さくなった石鹸のかけらさえ好きな相手を思い浮かべるきっかけとなるのだ。
     ポケットからのろのろとスマホを取り出し、レンズを空に向ける。カシャ、と音を立てて切り取られた風景は何の面白みもない水色と白。それに「ミツみたいな雲」と添えて躊躇いもなく三月へと送る。
     数週間前のことを思えば、随分と成長したものだった。
     簡単なやりとりしかされていなかったトーク画面には、今となっては他愛もない会話が溢れている。三月からの唐突な誘いに乗って家庭科室を訪ねて以降、大和と三月の仲はすっかり縮まった。ように思う。少なくとも大和はそう感じている。
     毎晩読み返しているトーク画面をそれでもやっぱり遡っていれば、最新のメッセージが送られてきた。
    『どこかだよ』
     全く以てその通り。三月の返事は最も無難なツッコミで、むしろそれ以外になんと返事をすればいいのやらといった話なのだが、大和はそのたった五文字で胸が苦しくなる。顔をしかめて鋭くツッコミを入れる三月の姿が目に浮かんで、囓りかけの焼きそばパンを食べきる余裕さえなくなっていた。
    「なんでこうなっちゃったかなぁ……」
     ああ……と項垂れる大和の頭上をふっくらと柔らかな雲が流れていく——。
     
     
     
    『ミツみたいな雲』
     同時に送られてきたのは青空に白く丸い雲がいくつか浮かんだ写真。
     ……大喜利? ツッコミ待ち? それとも単に馬鹿にされてるだけか。
     五秒ほど悩んで、無難に「どこがだよ」と返す。改めて画像を開いてみるが、それはどこからどう見てもただの浮雲で、人に例えるほど変わった形をしているわけでもない。
     それともあの人には、これが本当に自分に見えたのだろうか。
     ううん、と首をひねる三月に、その正面に座る少年が顔を上げる。前髪がさらりと揺れ、その間から端正な顔と青みがかったグレーの瞳が覗く。
    「どうかしましたか」
    「ん? ああいや、変なメッセージ来たからさ」 
    「……悪戯ですか」
    「違う違う! 普通に先輩からだよ。でもこれ、見ろよ」
     きゅ、と寄せられた細い眉に慌てて否定し、先程送られてきた写真を見せる。体を寄せようとして、二人の間に置かれた揃いの弁当を軽く退けた。今日のメニューはミニハンバーグにプチトマト入りのスクランブルエッグ、胡麻和えのブロッコリー、うさみみフレンズのふりかけをかけた白ごはん。二つとも三月が昨晩から仕込み、今朝詰めたものである。
    「オレに似てるって。意味わかんなくね?」
    「……小さな雲が元気よく跳ねているように見れば、雰囲気は近いかと」
    「えっ、あ、そう? そうなんだ……」
     てっきり否定されると思ったんだけど。
     予想外の肯定に驚きつつも、オレってこんななの? と写真を見つめる。やっぱりどう見ても、ただの雲の写真だ。
    「家庭科部の先輩ですか?」
    「いや、部活は違うんだけど。ちょっと前に偶然知り合ってさ……ふふっ」
     言いながら、思い出してしまうのは保健室で初めて出会ったときのことだった。指先を僅かに切っただけでやけに動揺して、まるで今にも泣きそうなほど瞳を潤ませていた姿(実際は今にも泣きそうなほど三月に一目惚れをしていたのだが)。その翌朝に、なんだかモゴモゴとしながら連絡先を聞かれておかしくなった。
     あのとき保健室にいた委員会の三年生は、大和のことを「愛想だけはいいやつ」「話しかけたら普通だけど、自分からは人に関わろうとしない人」と言った。家庭科部の先輩たちも同じで、「ガチで笑ってるとこ見たことないかも」「よく見たら顔悪くないけど付き合っても面白くなさそう」「メガネ」と好き勝手に評価をし、全五回開かれた部員勧誘イベントに結果として三回参加した大和へ、最後には食事代を請求していた。
     三月からしても、二階堂大和という人物は一見すればどこか掴みどころのない怪しいセンパイの雰囲気を感じるのに、一度隠すのをやめれば驚くほど素直に態度に出る、等身大の男子高校生そのものだった。
     つまり、彼は。
    「多分、女子と話すの苦手なんだよ」
    「……はぁ」
    「普通には話せるけど、意識しちゃうとダメなタイプなんだと思う! オレといるときは全然自分から話すし、ガチ…かはわからないけど結構声出して笑うし。今日のは意味わかんないけど、ラビチャのノリも普通に男子って感じでさ」
     にも関わらず、同級生女子からの評価はイマイチ。彼女がいてもおかしくない雰囲気だというのに、それどころかあまり関わらないとなると、やはり女子生徒とのコミュニケーションが苦手なのだろう。
     食べかけの弁当を中央に戻しつつ、三月はうんうんと頷く。
    「いるよな、そういうヤツ……おまえの周りにもいるだろ?」
     同じように食事に戻った目の前の相手へと訪ねたが、返事はない。三月の声が聞こえていないはずはないのに、ブロッコリーを頬張って「さあ?」と首を傾げるだけ。
     その態度に、三月はため息を吐くと箸を置いた。 
    「……なあ一織。おまえ、本当にこのままオレと弁当食べ続けるつもりか? そろそろ教室行かないと、グループとか出来てる頃だろ」
     ゆっくりと咀嚼を続け、こっくりと飲み込んだ一織は返事をすることなく水筒の温かな焙じ茶に口をつける。
     ほう、と呑気な息まで吐いて、ようやく一織の口から出たのは「……兄さんの迷惑なら、やめます」というなんともずるい返事だった。
     案の定、三月は眉をハの字にして弟を見やる。
    「迷惑なんかじゃないよ。オレだって、たまには一織と一緒に弁当食べれたらいいなーとは思ってたし」
     ぱっと一織の顔が明るくなる。三月は慌てて「でも!」とそれを打ち消すと、「入学してからずっとだろ」と声のトーンを落として続けた。
     三月より一学年下の一織は、今年度の入学試験の成績トップ者として新入生代表を務めた。クラスは三月とは違う特進のA組。体力測定の授業では運動神経の良さも発揮され、その端麗な容姿からすでに校内の女子生徒の間では話題である。
     高校生活を謳歌する三月にとっては、弟にも同じように賑やかな学生ライフを送ってもらいたいものなのだが、当の本人は「学校は勉強をするところなので」が小学生からの口癖。入学から一ヶ月、昼休みになると家庭科部の三月のコネを使い、兄弟揃って家庭科室で同じ弁当を食べるのが常になろうとしていた。
    「部活は? 入んないの?」
    「生徒会執行部を希望していますが、一年生は後期にならないと入部できないそうで」
    「兼部できるじゃん」
    「そこまで器用じゃありませんから」
     爽やかに笑う弟へ「うそつけ……」と内心で吐き、あまりしつこく言って兄弟喧嘩に発展してもいけないと今日のところはこの辺りで鉾を収める。
     一織といい大和といい、どうして人付き合いになると不器用になってしまうのだろう。
     手先の器用さはもちろん、ナチュラルに良好な人間関係を築いてきた三月からするとよく理解できない。その環境が、中学時代より続く「三月くん絶対不可侵条約」により保たれていることを知る弟は「今日の弁当も美味しいですよ」と微笑むばかりだった。
     
     
     
     
     ゴールデンウィーク明け、大和は再びグラウンドにいた。生徒会、風紀委員会、美化委員会合同の月に一度の清掃活動。
     前回の反省を活かしてブレザーは脱いできたものの、そもそもここ数日の気候は初夏らしく日差しが強くなっていて、じっとりと湿った肌にシャツが張り付いている感覚がする。
     帰りたい。サボってしまいたい。前回のように指に怪我を負って保健室に駆け込みたい。あわよくば、また三月に手当をしてもらいたい。
     そんな思いを抱えつつも、それでも大和は先月よりも意欲的だった。
    『委員会終わったら、家庭科室来れる?』
    『ご褒美用意して待ってるから、ケガせずに来いよー!笑』
     五限の終わりに届いた三月からのメッセージは、すぐさまスクリーンショットをかけて保存した。こんなことを言われてサボってしまえば、三月はきっと怒るだろう。最近では彼の少しばかり幼く見える容姿をつい弄ることも増えてきたが、本気で軽蔑されることはしたくなかった。
     ……小言くらいなら聞きたいけど。
    「そこの三年の男子! ちょっと手伝ってくれないー?」
    「うぉう!? はい?!」
     邪な妄想が始まろうかというところでかけられた声に咄嗟に返事をして見れば、視線の先で女性教師が手招きをしていた。その傍らには謎の木材が積まれている。なんか嫌な予感。
    「あっちの駐車場に軽トラ止まってるから。危ないから二人でね!」
     女性教師は、自身の隣に立っていたもう一人の男子生徒と大和とを指して「二人で」とピースサインを送る。ざっと見ただけでも十枚はありそうな木の板に、ダンボールの固まりやパンパンになったビニール袋。なんじゃこりゃ、と大和が呟いたのが聞こえたのだろう。男子生徒が口を開いた。
    「演劇部のセットを崩したものだそうですよ。もう使い回しもできないと」
    「はー、なるほどね……って、あれ? こないだの」
    「その節はどうも」
     ぺこりと軽く下げられる頭に合わせて艷やかな黒髪が揺れる。三月との出会いを果たした保健室の帰り、廊下で手助けしてやった一年生だった。
    「偶然だな。君も美化委員?」
    「風紀委員です。前回は先生からの雑用が優先されて、清掃には参加できませんでしたが」
    「ああ、なんか貼ってたな」
     大和は彼が抱えていたポスター類を思い出そうとしたが、そもそもあまりじっくり見ていなかったことと、何よりもすぐに三月のことで頭がいっぱいになっていたタイミングだったのでさっぱり思い出せなかった。
     そうこうするうちに、一年生くんが動き出す。
    「これ、軍手があった方がよさそうですね」
    「だな。前回は配られたんだけどな、今日はないのか?」
    「なるべく前回のものを持参しろと言われていましたね……私は貰えていませんが」
    「ああ、そっか。じゃあ俺貰ってくるわ」
    「……ありがとうございます」
     うん、と頷いて大和はすぐに去っていった。
     
     
     
     随分と面倒みのいい人なのだな。
     あっという間に小さくなっていく背中を見つめ、一織は「意外だ」と呟いた。
     風貌だけ見ればあまり真面目そうな生徒には思えない。廊下での一件に加えて、今も積極的に動く姿を見てしまえばその偏見も改めねばならないが。
     一織とて、清掃活動に心から参加したいと思うほど奉仕精神は強くない。この時間も出来ることなら明日の予習に回したいし、前回のような雑用を任された方がよっぽど楽だった。サボるという選択肢は彼の中に存在しないものの、六割程度のやる気で参加すればいいと思っていた。思っていたが。
    『一織、今日委員会だよな? 終わったら家庭科室来いよ!』
    『ご褒美用意して待ってるぜ』
     教室を出る前に確認した兄からのメッセージを脳内で反芻させる。
     三月からの誘いで家庭科部のイベントには一度だけ参加したものの、他の先輩陣から「弟くん?!」「弟くん!」「みっきーの弟!」と騒ぎ立てられたため二度と家庭科部へは近づかまいと決めていたのに。
     ……兄さんのご褒美。きっと、素晴らしいスイーツが待っているに違いない。
     思い浮かべるだけで、思わず笑みが溢れるような──。
    「思い出し笑い?」
     伏せていた目を開けば、目の前には見知らぬ男子生徒がいた。
    「思い出し笑いって、えろいヤツがするんだって」
    「……私はエロくありませんが」
    「否定するとこ、ソコかよ!」
     ぶはっ! と吹き出して、その男子は大きな背を丸めるように腹を抱えた。青空のような水色の髪が元気いっぱいにハネている。体格だけ見れば三年生だが、そう見るには顔つきがやや幼い。
     何より、この人を先輩とは呼びたくない。
     一織は直感的にそう思った。
     案の定、目の前の彼は「何思い出してたん?」「なぁなぁ」「てかこのガラクタの山、何?」と好き勝手に騒ぎ立てている。
    「あ、てか敬語じゃなくていーよ。あんたアレだろ、入学式で喋ってたヤツ」
     俺も一年だから、と付け加えられた言葉に一織は心底ホッとした。よかった、同級生だ。
    「名前なんだっけ。あ、俺は四葉環な」
    「和泉一織です。……四葉さんも委員会ですか」
    「いやー? 俺は、授業中に弁当食ってたのがバレて放課後掃除しろって言われたの。知ってる? 数学の谷ちゃん先生、足めっちゃ早い。逃げてもダメだった」
     反省の素振りなど全く無く、むしろ捕まったことを悔しそうに答える環。よかった、ただのバカだ。
     こういう人間とは真面目に会話するだけこちらが疲労を抱くというもの。見るからに体力もありそうだし、上手いこと力仕事は任せてしまおう。一織は頭の中でそろばんを弾き終えると環に向かってハキハキと喋りかける。
    「そうですか、ではここで一緒に片付けをしましょう」
    「いずみ…いおり……いお……」
    「三年の先輩が軍手を持ってきてくださるので、それを着けて……聞いてます?」
    「いお…いおりん!」
    「は?」
    「いおりだからー、いおりんな!」
    「…ハァ?」
     何のことだろう、と本気で首を捻る。
    同級生からあだ名で呼ばれるという経験を高校生になった今、初めて体験している一織は、それがあだ名であることにすら気づいていなかった。愛称など、幼い頃にご近所の人から、三月と合わせて「みっくん」「いっくん」と呼ばれて以来である。
     目の前の彼は何を言っているんだ、と理解できずにいれば、背後からタッタッタッと軽快な足音が近づいてくる。
    「おまたせー。軍手もらってきたぜ……て、なんか増えてる?」
    「うす!」
    「うす。えーっと、君は?」
    「四葉環! 一年!」
    「元気いいな……ああ、友達?」
    「違います!」
    「今なった!」
    「はは、コントかよ」
     仲いいねーと笑う大和に、一織が「早弁の罰として清掃に参加するように言われたそうですよ。あと友達ではありません」と説明する。その眼に光はない。
    「冷たいこと言うなよいおりん〜」
    「いおりん?」
    「一織だから、いおりん」
    「それも違います!」
     やっと「いおりん」が自分を指していると気づいた一織が興奮したように叫ぶ。ああなるほどね、と頷く大和の横で、環はいおりんいおりんと繰り返していた。煽っている自覚はないのだろうが、一織は「違います!」「やめてください!」「やかましい!」と同じように吠えている。
     わーわーとやかましく、収まる様子の無い一年ボウズ共に挟まれた大和はしばらく微笑ましく思いながら立っていたが、ついに耐えられなくなって、ぱん! と何かしらを錬成しそうな勢いで手を叩いた。ぴたりと静かになった二人に満足そうにする。
     ——掃除が長引いて、ミツに会える時間が減るなんて御免だからな。
    「四葉くんと一織くん、な。俺は二階堂。自己紹介はこれで終わりでいいか?」
    「……はい」
    「……うす」
    「よし。……じゃ、始めますか!」
     
     
     ◆
     
     
     生徒会の腕章をぶら下げて、逢坂壮五はゴミ袋を抱えていた。効率性を考えたせいで、両手に二つずつ抱える羽目になっている。
     へろへろと蛇行しながらゴミ捨て場を目指す姿は、若葉マークのドライバーを思わせた。その足元が、小さな石を踏みつけてバランスを崩す。
    「! うわっ」
     倒れる。それも、後ろ向きに。
     咄嗟にゴミ袋を投げ捨てることも出来ず、ぎゅぅっと瞳を閉じて覚悟を決めた壮五だったが、その体はあたたかな手に受け止められた。
    「っぶねー……大丈夫?」
    「あ、大丈夫、です……」
     ぽかんとしながら頷けば、壮五を助けた人物は「ん」と同じように頷いてその手からゴミ袋を二つ掻っ攫った。
    「これ、向こう持ってくの?」
    「え、あ、悪いです!」
    「いーよ。サボりの口実〜」
    「さ、サボりは良くない!」
    「そこ? いおりんみてぇ」
    「いお、りん……?」
     ぽかん、と呆けている間に相手はサクサクと進む。足が長い。一歩も大きい。
     ——コンパスだ。文字通り。 
     ぐるり、と脳内で大きな円が描かれる。あ、ゴミを捨てているならサボりではないのか? そんなことを思いながら慌てて目の前を背中を追えば、ゴミ捨て場に着いた。
    「おいっしょ、っと。ん、そっちも」
    「あ、はい」
    「よいせっ」
     壮五よりも二周りほど大きな手が、ぽいぽいっとゴミ袋を投げ込む。壮五が一人で追えるより三分程は早く済んだ気がした。
    「あ、ありがとう…ございます」
     お礼を述べ、礼儀正しく頭を下げる壮五。その頭上でフッと笑い声が聞こえたかと思えば、「じゃーな、双葉先輩」と言い残し人の気配が消える。
    「双葉、せんぱい……?」
     顔を上げれば、そこにはもう誰もいなかった。
     
     
     
     ◆
     
     
    「やっと終わった……」
     はぁ、とため息を吐いて自身の席に腰を落ち着けた大和は、三秒と経たぬうちに椅子を倒す勢いで立ち上がった。
     やっと終わった。つまり、やっと三月に会える。
     ご褒美ってなんだろう。いや、わざわざ家庭科室に呼び出しってことは食べ物なんだろうけど。わかってるけど期待しちゃうよな、男子高校生だもの。
     あわよくば帰り道を共にできないかと、鞄を抱えて教室を出る。廊下をスキップしてしまいたかったが、それぞれの教室に生徒が残っているのが見えたのでやめておいた。それでも軽い足取りだけは抑えられず、滑るように階段を降りる。そうして、あっという間に第二校舎へ辿り着いた。
     三月の待つ家庭科室はこの廊下を進んだ先だ。ワックスで反射する廊下は、自身を歓迎して発光しているかのように見える。恋ってすごいな。完璧に浮かれた頭で鼻歌でも溢しそうになっていれば、自身の前方を行く人影に気がついた。
     なんとなく見覚えが……というか、つい先程で一緒にいたような。
    「よっ、お疲れ」
    「!? お疲れ様です……?!」
     振り返った一織の表情は、突然声をかけられた上にそれが大和だったことへの驚きでしっかり崩れていた。廊下で初めて声をかけたときのことを思い出す。ほんの一時間程度共に作業をしていただけだったが、なんとなく、大和は一織が気に入っていた。
    「こんなとこで何してんの?」
    「……人と待ち合わせを」
    「へぇ! 女子か」
    「後輩に対してすぐにそういった発言をするのは控えた方がいいですよ。近頃はハラスメントに溢れていますから」
    「冗談だろーが!」
     なんて現実的な高校生だ。少しくらい話に乗ってくれればいいものを、ノリが悪すぎる。一織とも親しくなったつもりで声をかけてしまったが、やはり浮かれ過ぎていたのだろう。大和はヤダヤダ、と首を振ってさっさと一織と分かれようとした。
     が、大和が歩を進めれば同じ方向へ一織も進む。短い廊下を、並んで歩いている。いつの間にか。
    「……おまえさん、何処まで行くの?」
    「二階堂先輩こそ、どちらまで?」
     まさか、と互いの表情が引きつり始める。その二つの背中へと投げられたのは、闇をも照らす明るい声。
    「あれっ。なんだ、もう委員会終わったのか?」
     反射的に振り返れば、待ち望んでいた姿がちょこっとそこに立っていて。
     大和と一織はほとんど同時に瞳を輝かせた。
    「ミツ!」
    「兄さん!」
     ————ん?
     ギギギ……と音の立ちそうなほどぎこちない動きで、大和が隣を見る。
    「にい、さん……?」 
     んー?
     同じように、ふるふると小刻みに頭を揺らしながら一織がこちらを見る。
    「ミツ……?」 
     ん? んん?
     妙な動きで向かい合う二人の顏は青い。そんなことはさっぱりと気づかず、ただ三月だけが穏やかにかわいらしく「ん?」と小首をかしげた。 
     
     んんんんんんんん????????
     



    続く!
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