なあブラッド、と酔っ払いらしい丸い声がブラッドリーを呼んだ。隣に座る黄色い瞳が、テレビから外れてぱっとこちらに向く。カインが何を言いたいのかは考えずとも予想が付いた。テレビ画面には肉汁が溢れるステーキが映し出されている。
「あれ食いたい」
ぐいぐいとブラッドリーの服を引っ張り、見てみろよとカインがテレビの方を指さす。画面上には、ステーキの他にも店の情報が表示されていた。日付が変わってからしばらく経つが、店の営業時間の方は問題ないようだ。今のカインがそこまで見ているかは不明だが。
おいしそうだと言うのにそうだなと相槌を打ってやると、カインが途端に不満げに頬を膨らませた。ちゃんと見ろと訴える声に答えるように膨らんだ頬をくすぐってやると、ますます眉を吊り上げている。俺じゃなくて、と当たり前のように口にさせるのにはそれなりに長くかかったのを思い出す。
小さく笑うと咎めるように名前を呼ばれた。言葉だけでは足りないとようやく気付いたのか、ブラッドリーの頬を掴んでテレビの方に向けさせる。先程とは違う部位のステーキが映っていた。
「ほら、ああいうの、ボスも好きだろ」
だから食べに行こうとカインが服を引っ張る。
「運転も出来ねえのにか?」
カインが持つグラスを軽く弾いてやれば、中に入ったままの琥珀色の液体が揺れた。ブラッドリーの指先を追った瞳がゆっくりと瞬く。自分が何を手にしていたのか今気付いたような顔をして、カインがグラスに残っていたウイスキーを一気に飲み干した。空になったグラスがゆらゆらとあたりを彷徨い、ローテーブルに置かれる。バイクの運転どころか、走ることさえ難しそうな有様だった。さすがにそのあたりの判別はついているのか、カインが大人しく頷く。
それでも発言を取り下げる気はないらしい。だって、と、ブラッドリーがしたことを真似るようにグラスを突いてくる。
「ブラッドは、運転できるだろ?」
今日は飲んでないからと得意げな顔をした。確かにそれは間違っていないが、ブラッドリーが何のためにそうしていたのかは恐らく分かっていないのだろう。
「このブラッドリー様を足に使うつもりか?」
「ブラッドだって食べたいんだから、別にいいだろ」
早く行こうと強請るように覗き込んでくる。その提案が当たり前に受け入れられるのだという顔をして。
赤く染まった頬を撫で、顎を掴む。顔を軽く上向かせると、それだけでカインの瞼が落ちた。望み通りにキスしてやれば、嬉しそうな声が上がってしがみついてくる。すぐに離せば追うように身を乗り出し、夢中で舌を伸ばす。指先で摘まんでやれば眉間に皺が寄った。だが、その表情の割には、少し舌の表面をくすぐるだけで先を期待するように瞳が潤んでいる。
「出掛けてもいいのかよ」
指を離して笑ってやると、よくない、と拗ねた声が言う。続けて、ブラッドはいじわるだといつものように。不満を示すように尖っていた唇が、ふと何かを思いついたかのように綻んだ。
「もうちょっとだけキスして、食べにいって、そのあと続きをしよう」
名案だとでも言うような顔をして、ブラッドリーの返事を聞かずに唇を寄せる。この先カインがどうなるかは火を見るより明らかだったが、黙って髪を梳いてやるだけにしておいた。